やっと気づいた気持ち
一瞬、何が起こったのか分からなかった――――
ただ唇に温かい感触がして。
指一本動かせれなくて。
視線の先には、夫がぼやけて見えて、ようやく事態が分かってきたと思ったら、唇を軽く啄まれた。
「……っや」
アリソンは片手で夫の胸を押してもう片手で唇を覆い、一歩後ずさった。
恥ずかしさから涙もあふれんばかりに潤み、顔を背ける。
「…あ……」
背後から夫が小さく声をもらした。
アリソンがびくっとすると、身体を背けていたため伸ばされていた手がぴくっと動き、静かに下ろされたのに気づかなかった。
(私の初めてのキス…)
こんなムードもへったくれもない雰囲気でされたことに、アリソンは怒りたくなった。
初めてのキスはもっと…穏やかで、優しくて、むずがゆくて…。そんな想像を浮かべていたのに。
なのに、いきなりで少し強引なキスで思っていたのと違い、涙でいっぱいの瞳で夫を睨む。
「っ出ていってください!早く!」
夫はたじろぎ、アリソンの言葉に戸惑っているようだった。
アリソンはそんな夫に、待てないとばかりに駆け出した。
「陛下が出ていかないのなら、私が出ていきます!」
猛スピードで出ていった王妃に、ポツンと一人残されたラビは為すすべもなかった。
「アリシアー!」
「! 王妃様!?」
バンっと大きな音をたてながら入室してきた王妃に、ベッドメイキングをしていたアリシアは驚く。
「私、今夜からここで夜を過ごす。もう陛下といません」
「ど、どうされたのですか、王妃様。陛下に何かされましたか?」
「キ…」
「き?」
「キスされた…」
「え?キスまだだったのですか?」
「……」
「……」
「恥ずかしい…」
「いえ、私も言い過ぎました。申し訳ございません」
「ううん、き、気にしていないよ」
「…気にしていますよね」
アリソンは、アリシアと一緒のベッドに寝ていた。
王妃のベッドとは違い、広さが半分ぐらいになったので密着状態だ。
でも窮屈とは感じず、むしろ温かく心地よい。
うふふとアリソンが幸せそうに笑うと、アリシアは頭にはてなを浮かべた。
「ふふ…。こうして人と一緒に寝るの子供のとき以来だなあって」
「そうなんですか」
「うん。陛下とまだ一緒に寝たことないもの」
「…王妃様」
「ね、王妃様じゃなくて、アリソンって呼んで?」
「! …承知致しました」
「うん、あと押し掛けてごめんなさい。ゆっくり寝たいはずなのに」
「いいえ、とんでもないです。私も人肌恋しかったのです。それに王…アリソン様とご一緒に寝ることができるなんて、光栄です」
「アリシア…。色々と迷惑かけてるけど、これからもよろしくね」
「アリソン様、迷惑なんてとんでもございません。むしろ、アリソン様の側近をさせて頂き、色々と学ばせて頂いています」
「アリシア…。ありがとう!」
アリソンはアリシアに抱きつき、アリシアも抱き締め返してくれた。
いつの間にか二人でお話ししながら、寝落ちしてアリソンは幸せだった。
◇◇◇
「やってしまった…」
「何がです?」
ラビが自室のソファで頭を抱えていると、側近のニケが飲み物を運んできた。
事情を話すと、器がラビの目の前に置かれるが、ラビは飲む気にはならなかった。
「どうしました?あなた様のお好きなスープですよ」
「違う…。いや、違わないが…」
「王妃様のスープが飲めなかったから、お作り差し上げましたのに、飲んでくださらないのですか?」
「…いや、飲もう」
しかし、一口飲んだだけでラビは器を置く。
「…自業自得です。嫌われている者にいきなり接吻されたら、誰だって嫌に決まっています」
ガンっと頭に岩が落ちてきたように感じて、ラビは益々落ち込む。
ニケはさらに追い込んだ。
「それに、陛下は王妃様を蔑ろにしすぎました」
「え」
「初夜に他の女に子供を産んでもらう発言は、終わっていますね」
「う」
「さらに侍女に毒をもられたということを信じ、それを確認しないままに王妃様を責めるなんて。もう男としてダメです」
「ぐ」
「ジャバード殿下に王妃様の名を呼ばれて嫉妬を露にするなんて…。一国の王として心が狭すぎます。きもがられます。離婚です」
「……」
本気で落ち込み、何も発さなくなった王を見て、ニケははあっとため息をはく。
「何です?最初はどうでもいいと言っていたのに、今になって魅了されましたか?」
「……」
「私からみても王妃様は魅力的です。殿下だって、他の男性も王妃様のことはあなた様より先に、分かっていましたよ」
「……知っている」
「おや、ようやくですか?一生冷えた夫婦を見なければと思うと憂鬱でしたが、ようやくですか?」
「…何度も言うな。俺だって、最近のことじゃない」
「……」
陛下は疲れたかのような表情を浮かべていたのに、今は瞳に強い意志が宿っている。
まるで、独占欲が芽生えたかのような―――
ニケは、普段笑わない口角を少し上げた。
「そうですか。それは大いに結構。早く王子か王女を抱かせてくださいね」
「ばっ!…………努力する」
真っ赤になる陛下にニケは、くすくすと笑うのだった。