急接近
馬が徐々にスピードを落としていくと、アリソンをくるんでいた布が、バサッと取られる。
陛下の胸に顔を押し付けていたアリソンは、ゆっくりと顔を上げた。
すると、前方に王宮と砂漠の民が住んでいる街が見えた。
帰って来た実感があるのと同時に、不安が募っていく。
(先ほど、陛下はジャバードのことを裏切り者と言っていたけど、民はどう思っているのだろう)
不安顔のまま夫を見上げると、視線を感じたのか至近距離でバチっと目が合った。
慌ててそらしたが、募る不安は消えなかった。
やがて、街に到着すると、馬は歩いて進んでいく。
民たちはぞろぞろと来る一行に目をやると、馬の邪魔にならない程度に集まってくる。
そして、アリソンの予想していた反応とは違っていた。
民たちはジャバードを見ると、最初は驚いていたものの、次第に「殿下!殿下!」と言いながら、好意的な反応が返ってくる。
それは、王宮で待っていてくれた侍女や護衛たちも同じで、アリソンは密かにほっとした。
◇◇◇
アリソンの侍女、アイシャも泣きながら抱きついてきて、罰は与えられなかったようで安心した。
ジャバード一行も交渉が成立するまでは、しばらく王宮で過ごすことになった。
アリソンは久し振りにゆっくりできる時間を持て、自室でくつろいでいた時…ー
「入るぞー」
ノックもせずに扉を開けたのは、ジャバードだった。
アリソンは慌てふためき、寝巻き姿の自分に頭が回らなかった。
「な、なん…!何しにきたのですか!」
「んー。夜這い」
ジャバードは平然と言いながら、アリソンの座っている目の前までやって来る。
「というのは嘘で、あんた、料理が上手いんだってな。一品食べたいなーって思ってな」
頬を赤く染めているアリソンに、ジャバードは悪戯っぽく微笑んでいる。
さらに、腰に手を当てながら屈んできて、顔を近づけてきた。
「そ、そんなことならば、こんな夜に来ないでください」
「夜じゃないと、二人きりになれないだろ」
「え」
お互いラフな格好をしており、アリソンは今さらだが、髪をさらしていることに気づいた。
慌てて何かを巻こうとするが、周りには何もない。
動揺しているアリソンに、ジャバードは何か勘づいたのか突然にやりと笑う。
「別に髪を隠そうなんて思わなくていいぜ?もう知っているんだから」
「そういう問題じゃありません!こんなところ、陛下に見られたら…」
トントン…ー
扉からノックの音が聞こえたかと思うと、返事を待っているのか数秒沈黙があった。
「は、はい」
「入るぞ」
扉を開けると、夫が半分身体を室内に入れたまま、こちらを見つめて再び沈黙する。
「…ジャバード、何故ここにいる」
絞り出したかのような低い声が、室内に響いた。
「アリソンとの仲を深めようと思ってね。こうして…」
「仲を深める必要はないし、王妃を名で呼ぶ許可もしていない。しかも夜更けに、兄の妻の部屋を訪ねるとは非常識すぎる」
「堅いな、兄さん。俺はただ義姉さんと話をしたかっただけだ」
「お前は砂漠の掟を軽く考えているようだが、本当は罪に値する。それと二度と、王妃の部屋を訪れるな」
「……分かったよ」
夫の静かな怒りに、ジャバードは渋々といった感じでため息をはく。
くるりとアリソンを振り返ると、ジャバードは顔を近づけてきて「また来るな」と言い残し、出ていった。
後に残された夫とアリソンは、重たい沈黙に包まれる。
夫は、アリソンをきつく睨んでいた。
アリソンは怯むが、何とかこの状況を回避しなければと思い、台所へと向かう。
しかし、その行く先を夫が阻んだ。
「何故、あいつを部屋に入れた?」
低い声とともに、静かに見下ろしてくる夫が怖くなり、アリソンは無意識に片手を胸の前へやる。
「っ申し訳ございません…。ただ、私が入れたのではなく、ジャバードが…」
「あいつの名を呼ぶな!」
大きな怒声に、アリソンの身体がびくんと震えた。
夫は不愉快そうに眉間にシワを寄せ、一歩距離を縮めてくる。
あまりの剣幕に、アリソンは冷静さをなくし、怯えて一歩後退しようとしたが…
ガッと手首を掴まれた。
「いた…」
「あいつに緩和されたか?どうなんだ?」
ぎりっと力を込められ、痛さに目をぎゅっとつむると、少しだけ加減されたが掴まれたままだ。
アリソンは恐る恐る目を開けるが、夫の目は見れなかった。
「…そんなことはされていません」
「…そうか?俺の目には、お前たちは仲が良さそうに見えたが」
「っ…そんなことありません!」
アリソンは掴まれている腕を振るが、離さないとでもいうように腰にも腕が回される。
「あ…」
引き寄せられ、夫との距離が近くなりアリソンは顔を赤らめる。
「初々しい反応だな。やはり、あいつに何かされたのか」
夫は、なにか誤解をしているようだった。アリソンは誤解を解きたくて、口を少し開けるが、夫の漆黒の瞳が真っ直ぐに覗き込んできた。
「忘れるな。お前の夫は俺のみ。お前の部屋に入っていいのも、名前を呼ぶのも俺だけだ。髪を見せていいのも俺だけだ。いいな」
綺麗だけど男らしい顔が間近に迫り、アリソンは顔をそらした。
夫だというのに、いまだにじっと見られるのは怖い。
アリソンが夫から顔を背けていると、ふと手首を離された。
ほっとしたのもつかの間、いきなり顎をくいっと正面に向かせられ、漆黒の瞳と視線が合う。
「…何故、目をそらす」
「っ…」
何もかも見透かすような夜の瞳が、力強く見下ろしてきて、アリソンは怖さなのか恥ずかしさからなのか分からない感情があふれ、涙がにじんできた。
「また泣くのか…」
夫の低い声に失望されたと思ったアリソンは、視線を下にやり、唇を噛む。
すると、あたたかい唇が目尻の涙を吸う感触がして、思わず視線を上にやった。
「泣くな…。お前に泣かれるとどうしたらいいのか分からなくなる」
夫は困ったように呟き、顎を掴んでいた手でアリソンの涙をそうっと拭う。
夫の言動と行動に驚いたアリソンは、夫を見つめた。
(どうして…)
アリソンは、夫の優しい行動に理解ができなかった。涙は止まったはずなのに、まだ親指で目尻を優しく拭ってくれる夫に戸惑う。
(私のこと嫌いなんじゃないの…?)
そう思ってしまうと、再び涙がたまっていき夫の親指を濡らす。
「……泣かないでくれ…」
アリソンは、優しく戸惑うような夫の指と声に、涙が抑えられなくなりポロポロとこぼしていく。
ラビは、あまりに静かに泣く妻に、自分が不甲斐ないと思うが、半開きになった唇に目を奪われる。
泣き止ませたいと頭では思うのに、目は赤い唇に視線を奪われていた。
泣いているせいで微かに震え、惹き付けられたかのようにその赤い唇を奪っていった。
途中で投稿をしてしまったことと、長らく放置してしまったことをお詫びいたします。
申し訳ございません…。
次回もいつ投稿するかは未定ですが、今回のことのようにならないように気を付けたいと思います。
途中からですが、どうぞお読みください。