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アラブの王と王妃  作者: 雪見だいふく
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砂漠のシーク

今回はアラブ系です。


「お前の正妃としての役割は、公務のときだけだ。子は他の女に生ませる。私に愛を求めるな」


初夜の寝室で、夫となる人に嫌悪を含んだ瞳で言われ、異国から嫁いだ王妃アリソン・リンドグレンは、目の前が真っ暗になった。

夫が(はな)った言葉は、アリソンにとって強い衝撃を受けさせたのだった。



夫は容姿端麗で、顔も男らしく女性の扱いには()けているようだった。

アリソンが嫁いできた時、夫の容姿に心臓が音をたてたのも事実だが、初夜の物言いに一気に何かが崩れた。


アリソンは内向的でおとなしく、目立ちたがらない性格だ。

趣味も読書と、面白みがないとよく言われた。夫もアリソンの性格に呆れ、あまりアリソンに興味を持つ素振りは見せなかった。


嫁いでから数ヶ月、今だに公務以外は関わりがない夫から、アリソンの存在は(うと)ましがられていた。

夫はアリソンを見ると、顔をしかめ見たくないものを見てしまったという表情をする。

アリソンはそんな夫の表情に傷つき、なるべく夫との関わりを公務以外には作らなかった。

寝室も別々で食事も一緒には取らない。夫が初夜の後に、そうしようと言ったからだ。


 なぜそれほどまでに嫌われているのかは分からなかったが、これ以上は傷つくのも嫌なので今日もアリソンは、おとなしく執務室で王妃としての公務をこなしていた。



「王妃様、休憩をしましょう。もうお昼時で昼食をとりませんと」


 王妃の側近、アイシャがアリソンの顔を心配そうに覗き込みながら言う。


「もうそんな時間?ごめんなさい、お腹空いたよね」

「いえいえ。では、食事をお持ちいたしますのでお待ちください」


 アイシャは垂れた目元を優しく細め、柔らかく微笑みながら退出した。

 アリソンはふうっと息を吐きながら、イスの背もたれに体重を預ける。

 集中しすぎて疲れている目を閉じれば、扉からコンコンと音がした。


「はあい」

「私だ、入るぞ」


 アイシャかと思い、気の抜けた返事をすると、男性の低い声が聞こえてきた。

 入室してきた男性は背が高く、砂漠の民特有の首から足元まで覆われている長衣の白い(トーブ)に包まれており、頭は白い(シュマーグ)で髪を隠していた。

 さらされているのは顔だけだが、力強い黒目に萎縮(いしゅく)してしまう。

 男らしい顔立ちには、男性からも女性からも人気だが、アリソンにとっては苦手だった。


 アリソンの目の前にいる夫、ラビ・ヒュセイノフが真っ直ぐな瞳でアリソンを見つめている。

 それだけでアリソンは、心臓が高鳴り泣きそうになるが、どうにか震える声を絞り出す。


「…陛下、どうされたのですか?このようなところへ」

「聞きたいことがある。昨夜、侍女に毒を盛ったと聞いたが本当か?」

「え?…いいえ」

「本当か?」


 夫が言っていることにアリソンは、全く身に覚えがなかった。

 夫は正妃よりも侍女の言ったことを信じているのだろうか。

 アリソンにはそれが悲しく、顔を(うつむ)かせた。


「証拠はあるのですか…?」

「…なに?」

「私が毒を盛った証拠はあるのですか?」

「…」


 アリソンが少し語尾を強めると夫は黙る。

 アリソンには見えなくても分かっていた。夫が顔をしかめていることを。

 その表情を見たくなく、アリソンは顔を俯かせたまま、(まぶた)をぎゅっとつぶる。


「…証拠はない。だが、侍女はお前に盛られたと言っている。嘘をつく必要性を感じないから、お前が最も怪しいと思った」

「‥っ」


 アリソンは閉じた瞼に、悔しさから涙が溜まるのを感じた。

 なぜ、こんな思いをしなければいけないのだろう。

 そもそも夫が、アリソンを(ないがし)ろにするから、侍女がアリソンにやってもいないことをやったと言いふらすのだ。

 これは、数ヶ月の間で何度も経験してきたことだった。

 その度にアリソンは、悔しい思いをし影で涙をこらえてきた。

 しかし、夫はそのことについて知らない。一国の王のくせにして、たった一人の妻に見向きもしないから侍女たちの陰謀(いんぼう)について知らないのだ。

 アリソンはこんな夫に好意を抱いていることが、バカバカしくなってきた。


「…証拠もなく、よくも人を疑えますね」

「なに…」

「私が犯人だとおっしゃるのなら、お望み通りにします。でも、私は犯人ではありません。そもそも侍女とは何の関わりも持っていません」

「何を言っている。身の回りの世話をしてもらっているだろう」

「いいえ、全てアイシャがしてくれています。彼女以外の侍女には会ったことすらありません」

「…嘘をつくな」

「本当です」


 アリソンが必死に弁解しても、夫は冷ややかに見下ろしていた。まるで、アリソンから出ている言葉は全て偽りなのだと信じているかのように。

 アリソンは情けなさから涙も引っ込み、無感情に夫の黒目を見つめる。

 夫は、そんなアリソンの視線に眉をひそめ、苛立ったように小さく舌打ちをする。


「…まあいい、調べてみたら分かることだ。お前の言っていることが偽りなのだということが」


 夫は無表情に言い、颯爽と背を向け退出する。

 アリソンは引っ込んだと思った目元から、涙が再び溜まるのを感じた。

 今度は我慢することなく涙をぽろぽろとこぼした。



◇◇◇



 結局、侍女に毒を盛った犯人はアリソンではないと分かったが、夫は何も言わなかった。

 アリソンもあえて何も言わなかった。

 この出来事が原因で、アリソンはますます夫を避けるのであった。









一話目から少し、暗くなってしまいました。なんとか、これから二人の仲がどういう風に変わっていくのか、筆者も楽しみにしています。

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