第三話「交渉」~それぞれの思惑~
大理石でできた円卓に純白のテーブルクロスの上に湯気がほのかにたっているティーカップが3つ置かれている。
普段なら、決して一か所に顔を見せ合うことなどしないW. O. M. S.の
プレイヤーを代表する重鎮がそこにいた。
結社の最高指導者にして死の賢者、ヘイト。
円卓騎士団の団長にして若き剣聖、ヘイゼル。
平和と共存を愛するオーブ連合が議長の盲目の賢者、シーク。
そして、エゴイスト・パーティメンバーにして槍聖、ルリ。
最後に、渦中の中心人物であり灰塵の碧きエゴイスト、ユメ。
この、いづれも他を圧倒する力とカリスマ的な指導力でW. O. M. S.の世界の均衡を保ってきた指導者が集まっていたのであった。
少し、重苦しい空気の中、最初に今回の交渉の場を提案した円卓騎士団の
団長ヘイゼルが口を開く。
「今回は、お忙しいところに集まって頂き感謝します。昨今、話題の
プレイヤーのユメさんにはご面倒をおかけします。シークも有難う。
それに、ルリ。貴方もこの場所にいるとは予想していませんでした。」
一同は、ルリの方を向いている。
それもそのはずで、ルリも腕前の槍術と弓術に加え、卓越した知恵で
W. O. M. S.に伝説を残したことのあるプレイヤーであり、競技場で
剣聖ヘイゼルと白熱の死闘を繰り広げることで一気に著名人となっていた。
また、プレイヤーの二つ名は、通常「○の賢者」もしくは「○のヴァンパイヤ」といった賢者や固有名が付くことが大半で「槍聖」などと呼ばれることはない。
故に、ルリに崇拝するファンクラブが出来、サークル「白猫槍術の茶会」が
創設されたのであった。
そんなルリとヘイゼルは、お互いに「聖」の称号が与えられていることも
あって好敵手であり、昔からの良き旧友なのであった。
ヘイゼルは優しい笑顔のままティーカップに口をつけた後、少し間を置いて
続ける。
「あなたも、こんな遠い場所まで有難う、ヘイト。交渉の招待に応じてくれて
嬉しいわ。姿を直接拝見するのは久しぶりだけど、元気だったかしら。
貴方、いつも骨だけだから心配しているのよ。」
「別に大した苦労ではないよ。私の魔術を使えば瞬間的に移動可能だ。
それにW. O. M. S.の歴史に残る交渉の場に招待してくれたことには、
わたしも大いに感謝している。ところで、わたしは好きなようにこの世界を
楽しんでいるが君は少し疲れているのではないか?
わたしは、お前のその笑顔を後悔と絶望で涙するところを見るのが楽しみ
なのだ。それまで、勝手に倒れられたら困るのだがな。」
「なッ!貴様ァ!」
ヘイトの発言に副官のユリコが柄に手をあてながら険しい表情で叫んだ。
「ヒッ!…。」
突然の叫び声にルシファーが思わず涙目で声を漏らす。
そんな、自分の後方で叫ぶヘイトに目をやらずヘイゼルが言う。
「やめなさい、ユリコ。今日は争いをしに来たのではないのよ。」
「しかし、団長!」
「やなさい、命令よ。」
叫ぶユリコに対し、あくまでも笑顔で冷静な口調で命令するヘイゼルに
ユリコは、歯を食いしばる。
少し間を置いたあと、心の膿を出し切るように深い呼吸をして、柄から手を
どけたユリコの顔には冷静さが戻っていた。
「申し訳ございません、ヘイト様。ご無礼をお許し下さい。」
深々とヘイトに向かって頭を下げるユリコにヘイトが答える。
「いや、かまわないさ。主を馬鹿にされて黙っている下部はいない。
わたしも少し意地悪が過ぎたようだ。謝罪しようヘイゼル。」
少し、大げさに両手を上げて答えるヘイトに対して、ヘイゼルが答える。
「ありがとう、ヘイト。わたしの方こそ部下が無礼をしたわ。
それにユリコも剣を収めてくれてありがとう。」
ヘイゼルは、そう言うとティーカップからほのかに甘いハーブの香りがする
紅茶を一口飲んで話を続けた。
「では、本題に入りましょう。あんまり話が脱線するとユメさんに失礼に
なるわ。」
ヘイゼルが目線をユメに向けながら言った。
「そんなことないわ。あなたたちの会話を聞いていると、どうなるだろうと
胸が高ぶるの。なかなか面白かったわ…。いっそ、この場で誰が一番か
死闘をすれば話が早いのよ。…まぁ、わたし以外は全て潰すだけね。」
「ちょっと、ユメちゃん。」
ユリは、自信たっぷりで少し子供じみた笑みを浮かべて答える。
その発言内容に心配をして思わず声をかけてしまったルリがいた。
交渉の部屋が静まり返る。
しばらく静まり返った部屋でヘイゼルは、まだ湯気がほのかに
残っているティーカップに口をつけていた。
そんな、優雅な姿のヘイゼルと同様にヘイトの骨だけの顔は、平然としたように見えたが内心では顔とは全く逆の心境であった。
(こいつは、どこまで本気で言っている。本気でこの面子でやりあって
自分一人が生き残れると思っているのか?わたしと剣聖、そして神速の
3人を相手にして。まさか、わたしも知らないワールドアイテム以上の
切り札を隠し持っているのか…。馬鹿な、有り得ない!そんな訳が
あるはずがない…。だが、こいつは危険だ!危険過ぎる!!
武闘派揃いだったウロボロスを解散させたのだからな。交渉が決裂しときを
踏まえどうにか先手を打つべきか…。)
この時、ヘイトが背後に立つアスワンに指で合図を出していたことには
誰も気づいていない。
そんな沈黙が続いた後、ヘイゼルが先に発言する。
「そんな事言わないでユメさん。」
「ユメでいいわよ。その代りわたしもヘイゼルと呼ばせてもらうわ。」
「わかったわ。では、ユメ。わたしたちは、争いをしに来たのではないの。
貴女に自分達の連合に加入して貰いたくて交渉の場を用意したのよ。
それも強制ではなく自発的にね。」
ヘイゼルは、ティーカップを持った片手の高さを少し下げ、小さな息を
吐いた後、言葉を続ける。
その自然な優雅な動きに、現実世界でのヘイゼルは、きっとどこかの
令嬢なのだろうとユメは思う。
「円卓騎士団は、貴女に新たに新設する連合の団長の椅子と占有している
都市を一つ貴女に提供する用意があります。それに、騎士団が保有している
ワールドアイテムから貴女が望むものを一つ差し出しても良い。
わたしの愛刀ヴァルキュリアの加護を差し出してもいいわ。」
「団長ッ!」
「ヘイゼル、それは…。」
「貴女は…。」
ユリコ、ルリ、シークがほぼ同時に驚愕の声を出す。ユリコにいたっては、
顔を真っ赤にして小刻みに肩が震えていた。
すると、ヘイトの方から骨だけの口から立派に見える綺麗に並んだ
健康そうな歯を見せながら高らかに笑う声が聞こえた。
「…ッハッハッハッはっ。それなら、我が結社は、貴女にW. O. M. S.の
この世界を提供する。我らと、ユメ…お前が組めばこの世界に邪魔出来る
ヤツなどいない。そこの剣聖を含めた円卓騎士団を蹂躙し全てのプレイヤー
を手中に収める。その暁には、W. O. M. S.史上初、いやVRMMORPG初の
女王の座を用意しよう。無論、我が結社が所有するワールドアイテムと
領土から気に入ったものを持っていくが良い。」
「あなたね!さっきから好きなこと言ってるんじゃないわよ!!」
再び、ユリコが柄に手をかけるよりも早くヘイゼルが発言する。
「やめなさいと言っている、ユリコ?いい加減覚えなさい。わたしたちは
交渉に来ているの、彼らにも発言権はあってよ。」
「ッ…。しかし、このままではあまりにも。」
「貴女の言いたいことは分かります。でも、今は我慢なさい。
早いか遅いか、いずれ彼らと決着をつけなければならないのだから。」
ユリコは、必死に我慢をこらえながら耐えていた。
そしてヘイゼルが笑顔のままヘイトに問いかけた。
「ヘイト、貴方の提案は以上かしら。」
ヘイトは、首を少し上下に動かしてヘイゼルの問いに答える。
そして、ヘイゼルは、シークに笑顔を向け言う。
「シーク。貴方は、まだユメに提案をしていないわ。何か提案があるなら
遠慮せず言って。」
ヘイゼルとヘイトのやり取りを静かに観察していたシークがヘイゼルの
問いかけに少し間を置いてから、両手を組んだ手を円卓の上に置いて発言する。
「正直に申し上げて、我らオーブ連合はヘイト様やヘイゼル様が提示した
条件以上のものを貴女に出すことが出来ません。」
険しい表情をして発言するシークだったが、悩んだ挙句、少し間を置いて
続けて言う。
「…そうですね、一つだけ貴女に提供出来るものが我らにあるとしたら
平和です。もしオーブ連合の猟兵団として貴女に参加して頂けたら、
今後の結社と騎士団との戦争勃発時には我らオーブ連合も資源の供給の
ストップといった経済封鎖および仲裁役を引き受け、必要とあれば兵を
派遣して早期決着に尽力します。過剰な力は暴力でしかなりませんが、
適度な力は抑止力としての効果があります。貴女の力を抑止力として
我らに貸して頂きたい。」
「ッははっははっ……。それはいい!オーブが我らに兵を向けるだと。
虫けら程度の戦力が束になったところで何が出来る?
それに、貴様らのLV.と装備では、第三界まで進攻することなど
到底出来やしないだろう。」
ヘイトは、目を深紅の赤色ににぶく輝かせながらあざ笑うかのように言った。
「そうです。現状、我らオーブの戦力は乏しいと言っていいでしょう。
真向から挑めば前線は崩壊し、戦闘と呼べるものにもならないはず。
ですが、重要な素材を採取できるフィールドおよび重要交易拠点を
いくつか抑えることが出来れば我らの経済封鎖は、十分に抑止力として
機能するでしょう。わたしは、戦争自体を否定してはいません。
無用なPKや過剰なフィールドの独占といった生活の基盤を揺るがす行為を
無くしたいのです。そして、自分たちの主張を行うためにも始まりの
城塞都市スクルドで円卓騎士団の庇護だけに頼って生活していてはいけない
と考えています。」
シークの主張を聞きながら、温かい紅茶が継ぎ足されたティーカップを口へ
運んでいたヘイゼルが一呼吸置いて発言した。
「ごめんなさい、シーク。あなた方オーブに対して、円卓騎士団の
末端の者が少し横暴を働いていることは報告で聞いています。
騎士団は大きくなり過ぎたのかもしれないわね。これからは、
自分たちの驕りを正し、誠実に振る舞うように気をつけます。
…でも、戦力を増強して自警団を創設するのには賛成よ。他者に
依存しているだけでは真の対価は得られないと思うから。」
「どうか宜しくお願いします、ヘイゼル。」
シークとヘイゼルは互いにうなずき合い合意を確認した。
そして、ヘイゼルがユメに向かって問いかける。
「以上で、わたしたちの条件は提示しました。如何でしょう、ユメ。
貴女の答えを聞かせくれませんか。」
しばらく、目をつむり黙って各代表の発言を聞いていたユメにこの場の全員の視線が向けられる。
すると、微かにユメの肩が小さく緩やかに前後したと思うと微かな音が
聞こえてきた。
「…ぐぅ~ぐぅーグぅ~…ぐぅーグぅ~、……グワッ!」
豪快なイビキとともに大きなアクビを一つしながら座ったまま背伸びをして
夢から覚めるユメ。
「ちょっと、ユメちゃん。貴女ね。」
そこには、慌ててそれを窘めるルリの姿があった。
「だって、話の途中から幹部の椅子がとか、お姫様にしてやる……みたいな事が
聞こえてくるから眠くなるのよ。はっきり言って、幹部やお姫様なんて
面倒なだけよ。それに私には使い勝手の良い舎弟クンがいるしね。
レアアイテムだって他人から貰うよりも自分で冒険して奪い取るから意味が
あるし楽しいと思うの。」
「じゃ、貴女は何になら興味を抱くというの?」
まだ、少し眠たそうな顔で答えたユメに対して、ヘイゼルが笑顔が向けて
質問する。
顔は笑っているが、その目は真剣だ。
「そうね……。やっぱり、何もいらないわ。欲しいものは自分で手に入れる。
この世界では、その気になれば自分の努力次第で夢をかなえられるって
ことを皆が忘れているのよ。まぁ、あえて言うならば刺激かしら。
現実世界では、体験出来ない広大な様々なフィールドで自由に冒険をして
素敵な景色を見たい。それに、未だ誰もが成し遂げていないクエストや
ボスを討伐したいわ。」
そこまで言うとユメはヘイトに視線を移し言葉を続ける。
「だ・か・ら!わたしは結社が大・嫌・い!!この前だって、せっかく
綺麗な湖沿いでお弁当を食べようとしたら急にウロボロスっていう
陰険な連中に襲われて、お弁当が台無しになったのよ!
あなた結社の代表なんでしょ。責任とりなさいよ!
食べ物の恨みは凄いんだから。」
そこまで言うと、ユメは何か怒りを思い出したかのようにヘイトに
向けていた視線を冷たいものに変えた。
「…まぁ、いいわ。わたし、これからは結社の連中が視界に入ったら大嫌いな
ゴキブリと一緒に灰にしてやるって決めたんだから。覚悟しなさい。」
「それは、失礼した。どうやら一部の下っ端が勝手な行動をして
迷惑をかけたようだ。謝罪しよう。まぁ、あれだ…。ここは、過ぎたことは
お互い水に流して将来のための建設的な話し合いをしようではないか。
我らには、力があるのだから。」
ヘイトは、両腕を肩位置まげあげたリアクションで発言した。
「だ・か・ら。早く帰りなさいって言ってるのよ。結社の連中はゴキブリ、
わたしは掃除屋なの。貴女達はわたしに退治される運命なのよ。
もう、これは決定事項なの。」
「ちょっと、ユメちゃん。あんまり人をゴキブリ呼ばわりしちゃ駄目よ。
そりゃ、わたしも苦手だげど…。でも、あの人達をゴキブリ呼ばわりしたら
ゴキブリが可愛そうよ。だって、ゴキブリは素早くてすぐに逃げられ
ちゃうけど、あの人たちは死ぬまで向かってくる脳筋集団なんですから。」
さらっと、フォローしていると思いきや、ヘイゼルとは別の優しさの笑顔を
しながら止めの一言を言い放つ姉のルリ。
「そうね。訂正するわ。貴方達はゴキブリ以下、…ノミね。それとも、腐った
ものにしか寄生できないウジ虫かしら。まぁ、どのみち駆除するわ。
害虫には変わりないんだし。」
ユメが馬鹿にしたような含み笑いとともに言い終える。
ヘイゼルは、相変わらず笑顔の顔のままティーカップに3杯目の紅茶を
継ぎ足して甘い香りのするティーカップを口に運んでいた。
シークは、一連のやり取りを静観していた。
そこには見るからに肩を大きく震わせ、骸骨の顔の目に当たる部分を深紅の
光を輝かせるヘイトの姿があった。
そして、ついにダムが決壊したがごとくの感情で怒鳴ったのであった。
「貴様らァ!!許さん!絶対に許さんぞ!!必ず後悔させてやる。
わたしの前に膝まずかせて処刑してやる。せいぜい、今のうちに楽しむこと
だな。帰るぞ、アスワン!」
「畏まりました。」
乱暴に立ち上がり、会議室のドアを大きな音を立てて出ていくヘイトに付き
従うようにアスワンも出て行った。
ヘンゼルは、ティーカップを片手に持ちながらヘイトが出ていくときに挨拶の言葉を言っている。
「御機嫌よう、ヘイト…。」
ヘンゼルの顔には、薄っすらと笑みがこぼれていた。
「それで、ユメ。貴方は円卓騎士団にも加入しないってことでいいの
かしら?」
「そうね。」
「じゃ、これからは、どうするつもりなの?ずっと、どこにも所属しない…、
つまり中立のオーブ連合にはいるってことで良いのかしら?」
「そうよ。その方が気ままに冒険出来そうだから。それに、オーブ連合に
所属してれば、いずれ剣聖の貴女とも刃を交える日が来る予感がするの。
それって、とてもドキドキする刺激よ。貴女もそう思わないヘンゼル?」
「貴女ともいずれ刃を交えるのも楽しそうね。分かったわ、今日のところは
わたしたちの負けね。」
「いいえ、わたしたちの勝ちよ!だって、害虫を追い出すことが出来たん
だから。まぁ、次は潰すわ…。」
ヘイゼルは、丸く綺麗な目を大きくした。
そして、ティーカップを円卓に置くと手で口元を隠して下を向き、肩を
震ませて笑って言った。
「ぷッ…、クス、フフフ。そう…ね。今日……は、わたしたちの勝ちね。」
しばらく下を向いて肩を震わせていたヘイデルは、どこか清々しい顔で
ティーカップに残った紅茶を飲みほし思っていた。
大手ギルド同士の各付けが進み閉塞感が漂っていた現在のW. O. M. S.の
世界が、ユメという大きな起爆剤が新たに加わることで加速的に時間が流れて
いく予感。
そして、新たな物語が生まれる楽しみとユメを円卓騎士団に入会させる
ことが出来なかった、ほんのわずかな寂しさと共に。
「そんな訳でヨロシクね!シーク。ルリ姉。」
突如、ユメに声をかけられたシークは、銀の丸縁眼鏡に指をあてながら、
ルリと一度視線を合わせた後にユメに視線を移して言った。
「もちろん。僕たちは貴女を歓迎します。ようこそ!オーブ連合へ。」
すると、シークの後ろに立っていたルシファーは、ユメに駆け寄ると大きな
涙を流しながらユメにしがみつき、「…あ・りがトぅ。」と繰り返し何度も
鼻声混じりに言っていた。
そんな光景を見守っていたルリが言う。
「さぁ、もうそろそろ夕飯の時間よ。今日は、このぐらいにして一度、
帰りましょう、ユメ。あなたも元気でね、ヘンゼル。」
「御機嫌ようルリ、ユメ。今日は楽しかったわ。
また、どこかでティーパーティでもいたしましょう。」
ユメにしがみついいていたルシファーと、シークそしてユリコにも挨拶を
して、現実世界にユメとルリは帰還した。
この日、正式にユメが所属する「エゴイスト・パーティ」は、オーブ連合の
猟兵団として所属することになったのであった。