彼と胎児
テストを兼ねて。
「君はだあれ?」
突然現れた、良くわからない胎児に良く似たそれに、僕は話しかけた。まだ体を構成している途中のそれは、今考えれば口のような物はありそうだったが、まだ口として機能するような状態ではなかった。それでも僕は、僕以外の何かがここに居てくれる事にとてつもない安堵と、哀れみが溢れてきて、ボロボロ泣きながら、鼓動しているそれにひたすら話しかけていた。
「どこから、こんな所にきてしまったんだい?」
口の無い彼とも、彼女とも判断出来ないそれは、勿論答えてくれなかった。
「それじゃあ、何処か知っているかい?」
それは黙っていた
「僕はどうしてここに居るのかな。」
答えてくれる訳が無かった。
でも、僕は知っていた。
ここは誰かを閉じ込めるため、或は僕を隔離する為に生まれた空間に違いなかった。確かな心当たりがあった。幾つも、幾度も重ねた罪が、誰とも接触する事の出来ない、懲罰部屋を作り上げたのだろうか。犯した罪を償う為に僕はどんな罰でも受けようと心に決めここに来たのだが、苦しい体罰を想像していた僕にとって、この空間は想像以上の物だった。
この場所には、ものが無かった。人、物、動物、植物・・・拷問器具の一切も見当たらなかった。あるのは、ただただ白いだけの、壁の無い、出入り口もない空間だった。この世界にあるのは、僕という概念と、白と、世界の知識だけが燦々と降り注いでいた。
真っ白で、己の影すら落ちない場所で、僕は恐らく老いる事も無く、ただひたすら知識だけを蓄積させていった。ここに来て何年かはきちんと月日の経過を測っていたけど、途中で馬鹿馬鹿しくて止めた。生命を維持出来るような物が一切無いのに、僕は死ななかった。死後の世界だと思った事もあったが、止めどなく入ってくる知識は、とても分かりやすい、諦めのつく可能性を否定した。考える事を止めて、廃人になれたら、と幾度も考えたけど、僕はその度に自分の中の、大切なものを思い出しては、悶え苦しんで、結局、また知識の海に溺れて、生きる事を選んでしまうのだった。
深淵の闇の中だったら、誰かが居るかもしれないと思えたのに、白く住んだ静かな世界は、誰もここにはいないと、頼んでも居ないのに証明してくれた。
だから、突然現れた胎児に、僕はとても驚いた。
何の確証もないのに、僕以外にも罪深い人は居るのだと思う事が出来た。これが何を犯したかなんて知らないのに、そう思う事で、とても安心してしまった。
「自己紹介がまだだったね」
僕はこれから共に生きれるであろうそれに、自分勝手な理想を押し付けながら、挨拶をした。
「僕はコロスケ、よろしくね」
涙はぽろぽろ、止まらなかった。
それはドクンと、鼓動を打っているだけだった。






