ロップポックス
「くしゅん」
ミリアの可愛らしいくしゃみがダンジョンに響いた。
「風邪か?」
金剛眼を殺してから早三日、未だに寒い。
本来ならまだまだ春のような陽気が続く時期らしい。試しに天の祝福の音で快晴にしてみたが、気温はさほど上がらなかった。
やはりバーンランドは謎が多い。
「ううん。大丈夫」
「トマトを食べないからこうなる」
あれからビビドとの死闘が何度も続いたが、トマトは無事収穫されていた。フツーにトマトなので特に語ることもない。
「トマトはヤなの―――くしゅん」
「今日はもう切り上げるか」
今日の収穫は十手、パン、ブレイブホーンが一体。
十手には日本語で梅澤と書かれているが、魔力刻印が読み込めないので適当に放置。この世界の無茶苦茶さにはもう慣れた。
そう言うわけで、パンにトマトとブレイブホーンのスライス挟む。サンドウィッチだ。
ダンジョンの地べたに落ちてるパンの衛生状態など知った事ではない。腐敗臭がしない以上焼けば食える。
これにタマネギ、レタス、マヨネーズがあれば完璧だなと思いつつ食べる。
「ミリアどうしたんだ?」
ミリアがパンを握ったままボーっとしている。
「だいじょ……」
全部を返答する前にミリアは胃液を吐きだした。
魔法は病気に対しては全く役立たない。痛みを緩和したり、病状を和らげるぐらいはできるが、根本的な完治ができない。免疫を高めようとすればセットで病原菌まで強くなるので全く意味が無い。
ミリアの体の周りにありったけの服を被せ、魔法による鎮痛を行う。
「ご主人様はオーバーだよ、ちょっと体調悪いだけ」
心配掛けたく無いのだろうが、高熱を出している時点で説得力が無い。
「寝てろとにかく寝てろ」
「……お話、何かお話して、してくれないと寝ない」
話か、しかし何を話せば良いのだろうか。
そう考えて居ると、隣でビビドがワシャワシャ言いながら踊り始めた。手には"ロウソクのキャッド"が握られているのでもしかしたら自分が読もうと思っているのかも知れない。
「ビビドありがとう」
ビビドはしょんぼりと葉を揺らすのを止めた。
「絵本でよろしいでしょうか? それとも神話の話でもしましょうか。私、けっこう神話には詳しいですよ」
「……ご主人様の話が聞きたい」
言葉に詰まった。
俺と言う人間は、魔法と、天音と、バリツで出来ている。
結局の所、ただの殺戮兵器だ。
そんな俺の人生をミリアには聞かせたくない。
「ご主人様の事なら何でもいいの」
「良いのか、俺は自分の事を話すのが苦手だし、別に楽しい話は存在しないが」
「私もエンジュの過去を聞いてみたいです」
リースもかよ。……俺は話せそうな話を必死になって考える。異世界から来ましたと話せばそれだけで話は持つのだろうが……しかし今話すような事でもないしなぁ……
「一族の都合でいつも俺は特訓ばかりしていた。
周りの人間は俺が天音の魔法を使えないことを理由に、どんなに優秀でも認めようとしなかった。
だから、もっと強くなろうと意固地になって特訓ばかりする日々だった。
そんな俺を唯一認めてくれていたのが妹の桜だった。
兄様は誰よりも努力していて立派で、そんな兄様が私の兄様であることが誇りだと言ってくれた。
桜は魔法がほとんど使えない子で、一族からも存在しないような扱いをいつもされていた」
俺は妹の話をすることにした。天音の一族の中で唯一勝てない少女。
「ミリアに似ているかな」
「ミリアに?」
「見た目とか、たしなめるような発言するところとか。
桜は魔法が使えないことを馬鹿にされても、ほえほえしているような温和な子でね。どうして馬鹿にされても怒らないのか聞いた事がある」
「何て言ったの?」
「魔法は使えないけど、私は生きているし、十分幸せだからそれで良い」
その一言だけで、俺は桜に勝てないことを理解した。
俺は幸せになるために他者からの承認に求め続けていた。天音の一族も他者の支配によって幸せを求めている。
桜だけが自分の中に幸せを見つけた。
最初に聞いたとき俺は負け惜しみだと思った。当時の俺には天音の魔法以外の価値観が無かった。
『そうか、魔法など使えなくてもバリツによって、天音での地位を向上させることぐらいは出来る。馬鹿にするような奴らと対等の立ち位置になれる。俺が稽古をつけてやろう』
まともに管理されていない野外訓練場で、俺はそう桜に返事をしたんだ。
『いらない。
兄様、庭をごらんになってください』
言われたとおりに俺は訓練場を見る。草は生えっぱなしで、少し歩けば広大な敷地を誇る裏山に入れる。訓練をするには持って来いの場所だ。
『いつもどおりだが?』
『いいえ、今日オオイヌノフグリが咲きました。兄様、足を上げてみてください』
言われたとおりに俺は自分の足をあげると、小さな青い花を踏みつぶしている事が解った。
『ここ三日ほど前からウグイスの声も聞こえるようになりました』
『あの鳥か』
『それはメジロです……』
桜は頭を抱えながらため息を吐いた。
今思うと、桜に頭を下げてサバイバル知識でも教えてもらっておけば良かった。
『こんなにも世界が美しく共存しているのに、なぜ皆さんが支配しようとしているのか、私には理解できません』
ここに来てようやく俺は桜の真意を理解できた。
桜と俺の見ている世界は全く別の物で有り、桜の世界には魔法など最初から必要無い。
『でも外に行けるのは羨ましい……かな?』
桜は天音の屋敷から一度も外に出たことはなかった。桜の役割は他の魔法の一族に嫁いで関係を保つだけだ。
だから、嫁入り修行だけしていれば良い。子供さえ埋めればそれで良い。
下手に外に出して、駆け落ちでもされてしまうと、天音の名に泥を塗るようなことになる。
『海に行ってみたいの』
『テレビで見れば良いだろ?』
『海を見るんじゃ無くて、海を感じたいの、潮風とか、匂いとか、波を足で感じたり、そういうこと一度で良いからしたいの、あとあと、潮干狩、潮干狩りもしたいな』
その夢が叶うことがないのを桜が一番理解している。
他の家に嫁いだ所、魔力のほとんど無い桜に政治的な力は無く、幽閉されるだけだ。
『じゃあ、俺が連れて行ってやるよ』
『でも、私を勝手に連れ出したら兄様が処罰されます。私はそこまでして出たくない』
『俺がこの家のトップに立てば良い。そうしたら桜を好きなところに連れて行ってやる。どこの海でも良い。ハワイでも死海でも、どこだって』
『―――はい。楽しみに考えておきます』
「だから俺はいっそう修行に励んだ。天音の魔法など無くても最強で有り、自分が一番天音で優秀であり、跡取りは俺しかいないと認めさせる為に……
ミリア、ごめんな。やっぱりつまらない話しか出来なかった」
「ううん。ご主人様の事が知れて良かった。それで、あの――」
「どうかしたか?」
「なんでもない。おやすみなさい」
ミリアは服の中に顔を埋めた。
「病状から考えるとロップポックスでしょうね」
ミリアから聞こえないように距離を取った後、リースは淡々と俺に告げた。
「風邪の一種か?」
「いいえ、ロップ族限定の疫病です。致死率4割で、耳に蕁麻疹が出てくるのが特徴です。本来なら歩くのすら困難な病気のはずですが、私たちに心配かけさせたくなかったのでしょうね」
致死率四割。天然痘とほぼ同一だ。
「治す方法はあるのか?」
俺はリースの首元をつかんでしまう。
「離してください。今では薬があるので、ちゃんと処方さえすれば助かります」
「解った」
ならやることは一つだ。
俺は図書館に入ると床をたたき割る為に―――
「ちょっっっっっと待ちなさいよ! 時間ぐらい考えなさい! わたしこれから寝るのよ! 夜更かしはお肌の敵なの! わたしの美貌が台無しになったらどうしてくれんのよ!!」
マルーがネグリジェ姿で飛んできた。
「すまない!許してくれ!」
俺は土下座をした。
「な、なによ土下座なんてしちゃって、今までそんなことしたことなかったじゃない。ってか土下座するなら最初から床を壊そうとすんな!」
「ミリアがロップポックスにかかった。薬が欲しい」
島の外にまで買い物に行けるマルーなら薬が入手できる。戦鉤爪や遺産囲いの私物の中に薬がある可能性だって十分にある。
「そう、じゃあ見殺しにすることね」
「どうしてだよ!」
「あんた損得勘定ってのが解らないの? 薬を買うお金よりもロップの奴隷を買う方が安いの。それにわたしはあんたらの敵よ。みすみす敵の言う事きくわけないじゃない」
マルーの言うとおりだ。
俺とマルーは敵であり、殺そうとしてきた相手を助ける理由はなく、俺たちが払えるような物も無い。
虫が良すぎる。
それでも、俺は頭を下げるしかない。
「お願いだ。俺に出来る事なら何だってするから」
「へ~……なんでもするんだ?」
床に金属が落ちる音が聞こえた。
「じゃあそれを使って、腕を一本引きちぎってよ。そしたら考えてあげる」
俺は頭を上げた。床にはショートソードが無造作に置かれている。
「そうか、解った」
俺はショートソードを持ち上げて、左腕を床に押しつけた。魔力とバリツでの精神統一によってある程度痛みを和らげる。
腕一本欠けたとあらば、もうバリツは役に立たないだろう。
まぁそれでも良いか。ミリアが助かるなら。
ショートソードを振り上げる。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
「なんだ? 左腕だけでは不足か?」
普通は命をよこせだ。話がうまくいきすぎていると思ったよ。
「なんでよ! なんであんたは迷わなかったのよ! あのロップの子供があんたの生活の何の役に立ってるっていうのよ! 戦闘もダメでただのお荷物じゃない! わっけわかんない!」
「友達だから」
ミリアは未だに自分だ奴隷だと思っているのかも知れないけれど、それでも俺はミリアの事を友達だと思っている。
この島に来て色々辛い事があった。今だって生活の品質は最悪なのだろう。
それでも俺は今の日々が気に入っている。
ミリアが世話を焼いて、リースが少しボケた事をしてくれるこの日常が俺は好きだ。
天音に居たころにはそんなことは一切無かった。他者を出し抜くために修行をし、他人と関わらない趣味としてゲームをする。
俺は自ら孤独の中に突き進んでいた。
だから、友達とこうやって生活するのが、こんなに楽しいなんて知らなかった。
「それ以上の理由なんているのか?」
「どうして!? わたしの時は誰も救ってくれなかったのに! あのロップは救われるというの!?」
マルーは言った後に頭を抱えた。その後、八つ当たりで本棚を蹴り飛ばした。
「わたしはあんたらを助けられないの! わたしは戦鉤爪の手下で逆らえないの! わたしは戦鉤爪の使い捨ての手駒なの! わたしの立場も解ってよ!! 解ってよぉ……」
マルーは泣いていた。
「……すまなかった」
きっとマルーにも何かに嘆願した事があったのだろう。助けて欲しいと叫んだのだろう。
「……ふん」
マルーはその場から消えていった。
壁の所にまで戻るとリースが一人で焚き火していた。ミリアは寝入ったらしい。俺はリースの横に座った。
「マルーには諦めろと言われたよ」
「彼女は敵だから頼るのが筋違いですよ。後は、ミリアの体力次第と言う所でしょうか」
リースは淡々と述べた。
「どうにも……出来ないのか?」
「私だってどうにかしたい!」
リースは拳を強く握っていた。
ビビドも状況を理解しているのかわざわざと葉をざわめき立てている。
「そうだよな。お前にとってもミリアは大事だもんな。
なぁミリアの為にドリアードの果実でもつけてくれよ。元気の出るような栄養いっぱいの奴を」
ビビドは何か言っている。ミリアはビビドの言いたいことが大体わかるそうだが、俺には翻訳魔法を使っても一切解らない。動物用の翻訳魔法を作っておくべきだった。
ビビドは"ロウソクのキャッド"の絵本を俺に手渡す。
読めと言う事か?
俺が読もうと絵本を開いた時には、変化が起こり始めていた。
ビビドの生い茂っていた葉が急激に枯れていった。ビビド自身も光を放ちながらどんどんと小さくなっていく。
俺がビビドを止める間もなく、ビビドは小さな根に姿を変えた。
「どういうことだよ?」
「……私たちは大きな勘違いをしていたみたいです」
リースは根を注意深く観察している。
「マンドレイクの根です。不老不死や、万病に効果があり賢者の石の材料であるとも言われています」
「……なんでドリアードいや、マンドレイクが登録されていなかったのに、そのドロップアイテムがガイドブックに登録されているんだよ?」
「錬金術師ケラルスが極々たまに市場に流しては大金を得ています。
実際に不老不死になった人はいませんが、万病に効くのは間違いありません。
こうやってケラルスはマンドレイクの根を入手していたとは……
どう考えてもドリアードの根に改名すべきですね」
ビビドがドリアードかマンドレイクかはこの際どっちでも良い。
とにかくこれをミリアに飲ませれば助かるかも知れない。
俺がマンドラゴラの根を粉末状にして、リースがミリアを起こした。
「ミリア、薬が手に入ったから飲め」
ミリアの口の中にマンドラゴラの根を入れて水を飲ませる。
「苦いよぉ……」
「我慢しろ」
ミリアが顔をものすごくしかめたが、とにかく飲ませることに成功した。
「明日にはきっとよくなってますよ」
リースがミリアの頭を撫でる。
「うん。明日もみんなと一緒にダンジョンにいくもの」
そう答えるとミリアは寝入った。
翌日、ミリアは昨日の事が嘘だったように全快した。少なくとも、いつものように寝坊しているリースよりはよっぽど元気だ。
「ご主人様お薬すごいね! もうすっかり元気になれたよ! ところで、ビビドはどこ行ったの?」
俺は話すべきか迷った。
そのお薬がビビドであり、ビビドが命がけでミリアの事を救ってくれたと。
正直に話したらミリアは自分の事を責めるかも知れない。自分が病気にならなければビビドは死ななかったと。
「………ビビドはキャッドになった」
ろうそくのキャッドは人の為に燃え尽きた。ならばビビドの事もそう表現すべきだろう。
だから俺はこう答えた。
ビビドがミリアの為になりたかったから率先してやったのだと、ミリアの所為では無いのだと。
人は誰かの為に燃える。それが生きる意味なのだと。
決して他者を支配することが生きている意味ではないのだと。
「ビビド……」
朝食の後、俺たちはビビドのお墓を作った。遺体はないので、土を盛って拾った石にビビドの名前を掘って地面に置いた。
安らかなる眠りがありますように。
ミリア日記
ご主人様がミリアに優しいのは、ミリアが妹様に似ているからなんだ……




