デート
メイド服ミリアは完璧に思えた。
「歩きにくい……」
ただし実用性を除く。スカートの丈が長すぎてこのままでは歩くモップになりかねない。そりゃスカートの裾を持ってる姿は可愛いけど、ダンジョンでは邪魔なだけだ。
しかしながら、メイド服ミリアを捨てるのは惜しい。
そう思っているのは俺だけではない。
「どうにかしてみましょう。私に良い考えがありますから少し待っていてください」
リースだってミリアに可愛い服を着せたくてたまらない。帰還スキルを使って一人で壁に戻っていく。
「ミリアは裁縫できるか?」
「うん」
なら問題は解決だった。
帰還スキルで壁の所まで戻ったがリースの姿は見当たらない。リースなら一人でも問題無いので気にしないことにして、俺は金属蛇から奪い取った金属を手に取った。
金属を削り出し、ぬい針などの裁縫道具を作りあげる。
全部作るのに三分もかからなかった。
「裁縫するのには神の力とか要らないだろ?」
「うん。でも特別な力が欲しいときはやっぱり必要だよ」
これ以上メイドミリアに何かを足す必要はあるのだろうか? いや、無い。
「でもご主人様、糸がないよ?」
「糸ならいっぱいあるだろ」
帰るときに一緒に持ってきた一着を俺は一瞬でバラした。
服など所詮糸の集合体でしかない。
ならば、バラせば糸になるはずだ。
「そんな暴論を本当に出来ちゃうのはご主人様だけだよ……」
「とにかく糸は用意した。自分の背丈に合うように縫ってくれ」
これだけ服があり、裁縫道具もある。
これで衣服に関する心配はほとんど無い。あるとすれば俺が女物を着なくてはいけない悲しい現実ぐらいだ。
ミリアが縫い物をしているのを横で見ているとリースが出てきた。なぜかドヤ顔である。
「私もエンジュのような知性溢れる発想を試してみました」
「いやでも――」
もう問題は解決している。後はミリアがメイド服の裾を合わせるだけだ。
「紡績機と裁縫道具の蘇生に成功しました。これで衣服の大量生産ができます」
「……問題が二つある。糸の入手とすでに服が大量にある」
リアニメイトスキルを使ってなのだろうが、物は蘇生ではなくて修理では?
「えぇですから、ミリアに似合う服を作りましょう!」
そりゃミリアに可愛い服を着せたいが、このメイド服で十分満足しているので現状要らない。せめて綿とか手に入るなら話は別なんだが……
まぁ、せっかくなので、蘇生した紡績機を見る為に廃墟の中を覗く。
そこにあったのは魔力でできあがった車輪を高速回転させる紡績機だった。腐敗したりして無くなったパーツを強引に魔力で補っている。
紡績機のやる気は満々だと言わんばかりに車輪を回している。
「テレポーターの魔力の一部を紡績機に回したらこんなにも元気な紡績機が出来ました」
「……これ本当に作ってくれるのか?」
人をひき殺すことは出来そうだが、糸が作れるとは思えない。
「どうでしょうね?」
まぁいいか、実害はなさそうだし。
夜中、紡績機の回転音で目を覚ました。
寝入るときには静かになっていたので、放置していたのが、どうやら夜中に活性化したらしい。
そう言えばリースに止め方を聞いていない。
元から壊れてるし、マルーからもらった洋服のおかげで使う事も無さそうだし、ぶちこわすか。
廃墟に入ると、女性が紡績機を使って糸を作っていた。
誰だこいつ? と思い始めた瞬間から、世界が色々とおかしくなってることに気づいた。
まずここは廃墟じゃない。きちんとした家屋になっている。紡績機も魔力で強引に修復したようなものではなくて、新品同様の目新しい物だ。
俺は急いで外に出た。
まず外は昼間だ。そしてテレポーターでは多くの人が行き交っている。
男が俺をすり抜けて壁の外へ向かっていく。
とりあえず自分のほほをつねってみるが痛い。
「エンジュ! 起きてましたか」
リースが俺に向かって手を振ってきた。このおかげでこの世界が現実かどうかがハッキリした。
「リースが起きるわけ無いから夢だな」
「エンジュ? それはどういう意味ですか?」
リースは少し不服そうだ。不服に思うぐらいなら朝きちんと起きて欲しい、ミリアが泣いて喜ぶぞ。
「言葉通りだ。夢だと解っている以上こんな世界に居続ける理由など無い。俺は熟睡させてもらう」
「この世界は間違い無く現実ですよ」
「どうしてそう思う?」
「紡績機を蘇生させるときにテレポーターの魔力を流用しましたが、どうやらテレポーターも蘇生対象に入っていたみたいで」
「テレポーターが見てる夢、みたいなものか?」
前にゴブリンを蘇生して情報を引き出したが、どうやらそれと同じ事をテレポーターにやった結果、テレポーターの情報が出てきてしまった。
と言うことだと思うが納得できない。
まぁいいか。どうせ納得できることの方がこの島では少ない。
「たぶんそうだと思います」
「それだとここに映っている物は全部過去にあった物と言う事か」
「えぇ」
さきほからリースと俺の前を多くの人々が往来している。どうやらこのテレポーターはバーンランドの主要な交通機関だったらしい。
無人島どころか立派な都市だ。それがテレポーター以外完全に滅ぶって何があったんだよ……
「ここは帝国イニツィオ、昔私が住んでいたのですから間違いありません」
俺はリースにつれられてトンネルを抜ける。トンネルを抜けるとそこは大都市が広がっていた。天を目指して高くビルがそびえ立ち、その上をいくつもの丸い飛行体が浮いている。
ローマの建築技法で東京を作ったような不思議な場所だ。それが感想だ。
「エンジュ早く行きましょう」
「……あぁ」
道なりにそって俺たちは進んでいく。多くの人々が俺たちに気づくことなく歩いている。人であふれかえっているのに、聞こえるのは俺とリースの足音だけだ。
「ミリアにも見せてやりたかったな」
なぜかこの世界でミリアを見つけることが出来なかった。まぁ夢だし居なくてもしょうがないかなと思う。
「そうですね。ミリアは奇麗な景色を見るのが好きでしたから、とても喜んでいたでしょうね」
ミリアが耳を踊らせながら街中を駆け回る姿を想像する。
「そう言えば、リースと二人きりってこれが初めてか」
基本的にミリアも隣に居ることが多いので、完全に二人きりになるようなことなど無かった。
「えぇ」
「デートだね」
「えぇ!? ち、違います。私はそう思ってエンジュを誘ったのではありません」
「そうか、俺そこまで嫌われていたのか」
「違います。嫌ってなどいません。私はただ、ただ」
このへっぽこお姉さんをいじめるのは止めよう。マルーと違って罪悪感が沸いてくる。
「とにかく二人っきりは初めてだね」
「は、はい」
「一つ重大な疑問が浮かんだからそれだけ答えて欲しい」
「私に答えられる物なら」
リースにしか答えられない問題さ
「何歳? こんな大昔の都市に住んでるんだからけっこうな歳なんだろ?」
どう考えてもこの帝国が一日二日で滅ぶはずがない。こんな帝国がバーンランドにあるなら、ミリアだって知ってるだろ。
そう考えると、エルフであるリースはとっても長生きで人間の歴史には残っていないような事実すら知っていると考えるのが妥当。
さて、リースは一体どれぐらい長生きなのかな?
俺の質問を聞いてから、リースは口をあんぐりと開けた状態で固まってしまった。年収でも低すぎたのだろう。
「…………17歳です」
堂々と嘘をついてきやがった。
「17歳です!」
「嘘―――」
「17歳です!!」
「そっか、俺16だよリースの方が一つ年上だったんだな」
ぱーっと明るい笑顔が咲いた。
リースさんは17歳そういうことにしておこう。
「ところでリースはどこに向かってるんだ? ここに昔住んでたんだったら、観光名所にでも案内して欲しい」
「この辺りの観光名所ですと、イニツィオ議事堂や、リグランダルト塔ですね」
「場所さえ教えてくれればリースをおぶってダッシュで行くけど」
「町並みを覚えておきたいのでゆっくり行きましょう。きっともう二度とこれないでしょうし」
リースと二人でイニツィオの町並みを見ながら歩いて行く。もっとも町並みを見ているのは俺だけ。
「ここのアイスクリームの季節限定の春のフルーツミックス食べ損ねてました」
リースは食べ物ばかり見てはこの世界の物が食べられないことに落ち込んでいる。
今度はアイスクリームのウィンドウボックスにべったりと張り付いている。まるで樹液に張り付くカブトムシだ。
「実際に触れたって買う金が無いだろ」
「ポイントカードが貯まっていまして……」
「そんなに食べたいなら、エルダードラゴンの討伐が終わったら一緒に食いに行こう。さすがにこの店は無理だろうけど、奢ってやるぐらいはできるからさ」
ウィンドウに張り付いていたリースがいきなり俺の所に来て、両手をぎゅっと握る。
「ほ、ほんとうですか? 絶対ですよ絶対ですからね!」
「あ、あぁ」
「三段重ねにしますからね!」
「何段でもいい」
「やった~。約束ですよ! 絶対ですよ! そうだ約束破りが出来ないように願掛けをしましょう」
リースは俺の顔に顔を近づけてきた。
ファーストキス? ありがとうございます。少しかがみながら目を瞑るとぶつかる場所が違った。
ぶつかったのは唇ではなくて、おでこだ。
「約束ですよ。絶対ですよ。運命の神に誓いますよ」
「あぁ、運命の神に誓って」
「これで違っていたら、エンジュは運命の神によって裁かれますよ」
……神ってエルダードラゴンよりも強いのかな?
破る気は全くないが、運命の神に会ってみたいなとは思う。立ち位置的には隠しボスっぽいし。
子供のようにはしゃぐリースを見ながら、俺は少し考えてしまう。
なんでエルダードラゴンの討伐なんてしているのだろうと。厳格に勇者の使命を全うしている時よりも、今のようにはしゃいでいるリースの方がらしく思える。
厳つい表情も格好良くて素敵ではあるが、朗らかな笑顔の方が、リースには似合っていた。
その後も、ケーキ、クレープ、ワッフル、と有りとあらゆる食べ物を食べる約束を交わしてしまった。
「食べ過ぎで太るぞ」
の一撃必殺の台詞が
「勇者は太りません!」
の一言で、ここぞとばかりに食欲を暴走させた。通行人から食い物を奪おうとする人間のどこが勇者だ。
「つきましたよ」
「今度は何を食べる気だ?」
「リグランダルト塔についたんですよ」
「食べるのか?」
「塔までは食べません! 近くにあるパンケーキのお店はとても美味しくてよく利用していましたが、塔は食べません」
リースは俺の手を取って走り始める。
「この世界のことをきちんと記憶しておきたいんです」
魔法で動いているらしいエレベーターに乗せられて、展望室にまで運ばれる。
展望室からの眺めは幻想的であった。
街がある一線を越えると消えてそこから森やら山やらが続いている。
テレポーターが記憶している世界と現実世界の境界線。
きっとリースが見たかった、見せたかった世界とは違うのだろうけど、これはこれで素敵ではある。
リースを見てみると浮かない顔をしている。
「全ては見られないのですね」
「みたいだな リースの家はどこにあるんだ?」
リースが指を指す方向は高い建物が存在しない。たぶん住宅地だ。
「リースの家に案内してくれよ」
「えぇ」
リースの家に向かう途中ふと気になることがあった。
「俺たち帰れるのか?」
ここに来てから体感で三時間は経過している。リアニメイトスキルが原因だとリースは語っているが、それだって推論でしかない。
「帰らないとダメですか?」
リースは悲しそうに笑いながら答えた。
リースもおおよそ気付いてはいるのだろう。俺たちに生理的欲求がほとんど存在していない事に。
そりゃ美味しい物は食べたいが、空腹や、喉の渇き、眠気を一切感じていない。
たぶんこの空間ではそういった物が一切要らないのだろう。
止まった時の中に俺たちは来てしまった。だから、俺たちも止まり続けていると。
本当に帰らないといけないのだろうか……
俺にとってはもう一つの意味になってしまう。
本当に地球に帰らないといけないのだろうか?
俺はここに来たときは鍔鬼や天音に復讐をしようと思っていた。しかしこの世界でのんびり暮らすのだって別に悪いことではない。
何だかんだ言って俺はこの暮らしが結構好きだ。
リースにとっても同じようなものだ。
幸せだった世界に止まるのと、エルダードラゴンを殺す旅を続けるの。
どちらが幸せなのだろうか?
「私は―――エンジュとならこの世界に居続けてもいいかなって――思います」
それは歪曲された愛の告白にも聞こえたし、薄く引き延ばされた自殺願望にも思えた。
「俺は――」
街の人々から観測されずに生理的欲求を持たないまま、リースと二人で永遠の時を過ごす。
俺もリースのことは結構好きだし、このまま居続けてもそこそこ楽しめるだろうとは思う。
でも―――
「俺は帰りたい。一緒にアイスクリーム食べに行くんだろ?」
リースが何かを言おうとしたとき、俺たちの前をエルフの親子が通り過ぎて行く。
「わたし、おっきくなったらパパみたいになるの」
父親に手を引きずられながら歩く小さな女の子を俺は知っている。
幼い頃のリースだ。今だって美しいが、この頃はお人形のように可愛らしい。
リースの目から涙が落ちていた。
その涙が地面に落ちると、世界その物に波紋が広がっていく。
「待って! パパ行かないで!」
しかし世界は加速的に崩壊していき、リースがパパの肩に手を触れようとしたときには
世界は真っ白く包まれていた。
「ご主人様、はやく、早く起きてよぉ」
ミリアが俺に馬乗りになっている。
「そうですよ。私のように早く起きませんと」
俺の横にはリースが先に起きて、ドリアードの果実を食べている。
つまりこれも夢なのでもう一度寝てもいいと言うことだ。
それにしてもさっきの夢は凄く良かった。現実でもリースとデートしてみたい物だ。今なら先ほどの夢の続きを見られるかも知れないので、頑張って眠らないと。
「お休み」
「勇者様を見て夢って判断しないでよぉ」
「それ以上の判断要素がこの世界のどこにある?」
無い。絶対に無い。まず鍔鬼に殺されて以降が全部夢でも俺は納得する。
「ありますよ。私はアイスクリームの約束を覚えていますからね」




