金剛眼5
帰還スキルを頼りに金剛眼の住居まで走る。
帰還スキルで帰還場所に登録しておいたら良かったのだが、かなりの経験値を必要とした上に数に上限がある。
場所を記憶するのはほぼ経験値を必要とせず数に上限がない。
こんな事になるなら帰還場所に指定するべきだった。
扉を蹴破り金剛眼の家に入る。
前に入ったときとは違って、通路が立体的な迷路のような状態になっている。
俺たちが踏み込んでくることを予測して金剛眼がわざとこのように空間をぐちゃぐちゃにしたのだろう。
「手分けをしましょう」
リースはひん曲がった階段を駆け上っていく。
「ご主人様どうするの?」
「手当たり次第に当たっていくしかないだろうな」
ミリアと共にダンジョンよりもダンジョンめいた通路を駆け回る。唯一の救いと言えば、モンスターが出てこないことぐらいだ。
重力がぐちゃぐちゃになり、どう考えても成立しないはずの通路が成立してしまっているので、この世界がどうなってるかなんて考えるのは止める。
七回目の扉を開ける。ハズレだ。直感スキルは今日も外してくれる。
「ご主人様次はきっと当たりだよ」
ミリアの慰めの言葉を聞いている時だった。
強大な力と繋がる感覚があった。
その力が金剛眼と繋がっている事がなぜか理解出来た。
金剛眼が力を燃やしている。
しかし何を燃やしているんだ。俺はそれを理解しているはずなのに全く理解できなかった。
力に導かれるように俺はよろめきながら歩いて行く。金剛眼が燃やす感覚が俺にも伝播してくる。
熱量を持たない熱さ。奇妙な表現だがこれ以上の言葉が見つからない。
八つ目の扉。
この中にテネブがいる。俺と繋がっている。
部屋全体に幾何学模様が描かれており、その全てが俺と金剛眼と繋がっている。
中心には巨大な水槽が置いてある。
水槽の中には死骸が入っており、かろうじて顔は解るが残りの四肢は細切れになっている。
ドロシー………違う。
ドロシーによく似ているけれど、水槽に入っている女性はエルフの女性だ。
「待っていたよ」
水槽の裏からテネブが出てくる。その脇にドロシーが憂鬱な表情をしている。
大量の魔力、ゴブリンに送ったリアニメイトのスキルツリー,ドロシーによく似た死骸、そしてドロシー、
これだけそろえば状況証拠だけで十分だ。
「その水槽の中身を蘇生したいのか?」
「その通りだ」
「その為だったらゴブリン達を残虐に殺せるのか! あんたのことを慕っていたの知ってるだろ!」
「全てはこの瞬間のためにやってきた実験の一つだよ。
もっとも予定は良い方向に狂ったがね。
ドロシーを依り代にしようとしていが、君の"特異点"が使えるなら話は別だ。トリーヴァの完全な蘇生が出来る」
「"特異点"……」
俺が追放された理由で有り、世界を終極させる原因。
爺様が俺を殺すための名目として作りあげた逸話だと今まで思っていた。
しかし現に俺は"特異点"によって金剛眼との繋がりを理解した。
「金剛眼、お前は俺の敵だ」
まず人を殺すときに大切なのは、最初に自らの心を殺す事だ。
相手の家族、愛する人、社会的地位、未来への可能性、それらを考えてしまう自らの良心を殺し尽くす。
そうしてから初めて他者を殺せる。
金剛眼の持つ優しさや、水槽の女性や、ドロシー、などの考えを俺は全て切り捨てた。
人殺しの機械にそんな物不要だ。必要なのは研ぎ澄まされた殺意のみ。
「僕の敵は君ではない。
僕がどんなに頑張ろうと"特異点"を持つ君には勝てない。僕の"特異点"はほぼ燃やしきっているからね。
だから考えたトリーヴァ自身に"特異点"を奪ってもらおうとね」
金剛眼の"特異点"が燃えた。
それと同時にトリーヴァが水槽を突き破ってでてくる。
欠損した部分を魔力で強引に補っており、体中に幾何学模様が刻まれている。
何よりトリーヴァ自身にも"特異点"があり、金剛眼よりも強大であることが体感できた。
相手が誰であろうとも関係無い。敵を滅する拳になれ。バリツの構えを取り、呼吸を整える。体を支配する。
トリーヴァが一歩一歩確実に歩いてくる。鉄仮面のように変わらない顔からは涙が流れ落ちていた。
俺は構えるのを止める。
トリーヴァは敵ではない。
ただ、金剛眼に振り回された犠牲者の一人だと、俺はようやく気づかされた。
「少年よ、私を殺してくれ」
子供をあやす母のような優しい声でトリーヴァはささやいた。
「トリーヴァ! どうしてだ!
僕たちには幸せに成る権利がある。僕たちだけで好きに暮らせばいい!
その少年を殺せば、僕たちは夢見ていた理想を手に入れられるんだ」
「私は"戦争"で死んだことを後悔なんかしていないし、他者を蹂躙する貴方なんて見たくなかった。早く殺して」
俺は手でトリーヴァの頭を二つに切断し脳を粉砕した。
脳は痛みを知らない器官だ。もっとも安らかに眠るのなら脳を狙うのが良い。それにバリツで鍛え上げられた手刀は刀よりも鋭く、訓練された筋肉は痛覚を感じる前に全てを終わらせる。
だから痛みは一切感じなかったはずだ。
「きさまぁ!!!!!!」
金剛眼が叫ぶ中、俺は魔力で弾丸を作りあげマシンガンのように射出する。
魔力を火や氷に変換せずに使うことによって、魔法を使うときに出来るわずかなタイムラグを減らすことが出来る。
だから反応しようがないはずだった。
刹那のタイミングで、ドロシーが金剛眼をかばってしまった。
「どけ! お前を殺したくない!」
一瞬だけ制止する。
ドロシーは金剛眼の前で両手を広げて動こうとしない。
「いやよ!」
ドロシーは奴隷のミリアを酷いように扱っていた。
とは言え、それはこの世界の文化的側面も有り、ドロシーだけを非難できない。
ドロシーにだって優しさがあり、愛情がある。
それでも俺は金剛眼と共に彼女も殺した。
この殺し方だとかなり痛いだろうなと想像してしまう。
ゴブリン達のカタキだ、ミリアをイジめてきた報いだ。
そうやって強引に正当化させようとしている自分が居た。
結局俺は俺の自分の心を完全には殺し切れていない。
二人の原型がなくなるのに1秒もかからなかった。
突如として部屋そのものがぐんにゃりと曲がっていく。ここは金剛眼の住処で、意図的にねじ曲げられた空間だ。
制御していた本人が居ないのにどうやってこの空間を保てると言うのか。
二人を弔う事なく俺とミリアは帰還スキルで壁へと戻っていった。




