ミリア2
自己紹介も終わりミリアの持っている道具を見せてもらうことにした。
一緒に流れ着いた食料品がミリアの分だけで残り二日分。
以前に食べた分の空容器が一日分。
漂流してきた木材がいくつか。
その材木と見分けがつかない釣り竿一つ。
竿が途中で折れていて、木に糸がついているのとほとんとど一緒だ。
終了。
ぶっちゃけ何も無いに等しい。
「ミリア、見せてもらってから言うのもおかしいと思うが、俺に奪われる可能性は考えなかったのか?」
10歳ぐらいのミリアと、16歳の俺では魔法を使わなくても圧倒できる。
ミリアは表情を変えずに数秒間沈黙した後に少し後ろにのけぞった。
「襲うの? ミリアは魔法使いだよ! 凄く強いよ! 食べても美味しくないよ!」
脅しに魔法使いだと言うことは、この世界は魔法の存在が一般レベルで知れ渡っていると言うことか。
「襲う気は無いよ。と言うか闘いたいのか、闘いたくないのか」
虚勢を張っただけだろうが、凄く強いのに食べられたときの心配するなよ。
「だが、こいつは借りるぜ」
俺は釣り竿を手に取る。
釣りをしたことは無いが、餌の調達さえ出来れば今晩の夕飯ぐらいはどうにかなるだろう。
「私も釣りでお魚食べようとしたけど……」
「安心しろ。俺が魔法使いの釣りを教えてやる」
そう言うわけで洞窟を出てミリアにつれられて行くこと約八分。俺たちは岩場にたどりついた。透明度の高い海の中を覗いてみても、魚の影が一切見えない。海藻はあるので飢えをしのぐぐらいはできそうだ。
俺は海藻を採るために海の中に入る。水の感触がひんやりとしていて気持ち良い。
首まで浸かって、さて泳いで取ろうかと言うときに、
「危ない!」
ミリアが叫んだ。それと同時に何かが来る事を察知する。
反射神経で飛来するソレをつかむ。
十センチほどの魚で、無茶苦茶鋭い歯を持っている。何より色がトロピカルで毒々しい。
毒をもってそうなので、とりあえず遠方に投げておく。
「ご主人様、どうして投げちゃうの?」
「どうしてって……毒持ってそうだったし」
「マッハピラニアには毒なんて無いよ。でもすっごい歯を持ってて、すっごく早くて、すっごい凶暴で、すっごい歯を持ってるんだよ」
"すっごい"のどさくさに紛れて同じ事を言ってる。とにかくすっごいのだろう。
「また偶然手づかみできることなんて無いのに」
ミリアが言い終わるかどうかと言うときにマッハピラニアが襲ってきた。
そう言うわけで今度は捕まえた。
「凄いよご主人様、どうしてあんなに速い魚を捕まえられるの?」
「俺は魔法使いであると同時にバリツの使い手でもあるからな」
「ばりつ?」
「格闘技だよ」
名探偵であるシャーロック・ホームズも使っていた最強の格闘技だが、今本当のバリツを知るものは少ない
そうこう言ってる合間にもマッハピラニアがまた突っ込んでくる。ヤクザの鉄砲玉みたいだなと思いながら、もう一匹も捕まえる。
二匹とも陸地にぶん投げておく
「ピラニアを陸地に投げるからミリアはそれを確保してくれ」
「了解しました、ご主人様」
会話をしている合間にも三匹、四匹とどんどんこっちに向かってくる。
自らの動きを、マッハピラニアと波の動きに合わせることで、衣服を着ている状態でも陸で動くのとほぼ変わらない動きが出来る。
途中から数えるのが面倒になってひたすらマッハピラニアを陸に飛ばし続けた。
うんざりしたので陸地にあがると、ミリアがマッハピラニアを一カ所に集めてくれていた。
総合計で七十二匹。こんなに食えるか。六十匹ほどを海に投げつける。
「夕飯は任せる」
家に居るときは調理人が毎日作ってくれていたので、調理については全く解らない。
「はい、解りましたご主人様」
ミリアは楽しそうに笑った。
ミリアがご飯を作る合間に、俺は先ほど海岸で見つけたワインを洞窟にまで持って来る事にした。
ミリアに飲ませるのは不味いかも知れないが、俺が飲む分には問題無いだろう。
幸いミリアが飲む分の水は明日まで持ちそうだ。
俺が戻ってくると洞窟から煙が出ていた。
「お帰りなさいご主人様」
マッハピラニアが、串刺しになった状態で焚き火に置かれている。
何度見ても毒々しい。俺だけだったら絶対に食べなかった。今後もミリアの現地知識を頼りにしよう。
「お塩があれば良かったのになぁ」
「塩か」
海水を沸騰させれば出来る気はするが……止めておこう。にがりとか、色々必要だったはずだし、素人が下手に手を出すとろくなことにならない。
「どうやって火をつけたんだ?」
火がつけられそうな道具は無かったはずだ。
「ミリアは魔法使いだよ」
ミリアは人差し指から火をだした。百円ライター程度の火だが、日常生活で使う分には十分だろう。
「どうして驚くの?」
「俺の国だと魔法は一部の人間しか使えなかったんだ」
「ミリアの国だとみんな使えたよ」
「ミリア自身はどれぐらいの魔法が使えるんだ?」
「ミリアは火をつけたりするのが精一杯」
日本の魔法使い血族の子供とほぼ同等だ。しっかり教えたら優秀な魔法使いに成るかもしれない。
「焼けたみたいだよ。ご主人様食べて」
ミリアから手渡されたので、マッハピラニアを食べてみることにした。
ぼそぼそとした淡泊な味わいで、あまり美味しくは無い。
美味しくは無いけど、空腹には勝てず一瞬で食べ終わってしまった。
「美味しいですねご主人様」
マッハピラニアに息を吹きかけながら、ミリアはゆっくりと食べている。
「そうだな。ミリアは普段何を食べているんだ?」
「お芋のスープとか、ライ麦パンとか」
あんまり食生活はよろしく無いみたいだ。メロンパンを食べさせてみたい。
「ご主人様も故郷の食事が懐かしいの?」
「懐かしくないと言えば嘘になる」
「ミリアもライ麦パンが食べたい」
パンの作り方は知らないけど、麦やイースト菌が必要なことぐらいは知っている。こんな事になるんだったら、魔法やバリツの特訓なんかせずに、料理とかサバイバルを学んでおくべきだった。
夜も更けてくるが、娯楽と呼べるような物は当然無い。
ミリアと話しても良いのだが、すでにお眠らしく洞窟の中で横になっている。足場は砂場になっているので、眠れるけれど、安眠とはほど遠い。
ベッドが欲しいな。
ふかふかで柔らかい奴。せめてミリアだけでも良いとこで寝かせてやりたい。
こんな何も無いようなところで、ベットなんて……
いや作れるぞ?
「出来た!」
できあがったそれを担ぎながら、俺は洞窟に走り込んだ。
「ご主人様もう寝ましょうよ?」
半分寝かけていたミリアが目をこすりながらこっちを見ていた。
「見て驚くなよ」
「まず暗くて見えないよ…」
そうだった。
夜でも見ることが出来るように目を魔法で改造しているけど、ミリアの目は普通の目だ。
俺はミリアの頭をさすって、ミリアの瞳も魔法で変える。
「凄い! 夜なのに視界がくっきり! こんな魔法初めて!」
神経を強化する魔法ぐらい天音の一族なら誰でも使えた。魔法使いの数は圧倒していても、魔法使いの質は日本の方が高そうだ。
にしても驚くと耳がピコピコ動くのか、可愛いな。
「本当にご主人様の魔法は奇跡みたい」
「喜んでる所悪いんだけど、見せたいのは視界の魔法じゃないんだ」
「違うの?」
「これだよ」
俺はそれをミリアの前に置いた。
「水が氷みたいに固定されているの?」
「だいたいそんな状態だ」
正確に言えば違う。水を魔力の層によって覆っている。その魔力もある程度の弾力性を持たせているので形が変わる。
魔法によるウォーターベットだ。
チャームポイントとして、ウォーターベットの中にマッハピラニアを一匹入れてある。
名付けて、ウォーターベットマッハピラニア号
「飲み水にならないのに海水を洞窟内に持ち込んでどうするの?」
「こうするんだ」
俺はベットに腰を掛ける。
「ほら、こいつをベットにすれば!」
魔法が破れる感覚、そのまま水の中に背面ダイブ。
ミリア用だから魔法の層を薄くしたのが失敗だったな。
マッハピラニアに噛まれながら、俺は冷静に考えていた。
「本当に、本当に大丈夫なんだよね!」
「お前のご主人様だぞ! 絶対に大丈夫だ!」
ミリアはベットを何度も両手で押している。
ウォーターベット二号は先ほどの失敗作と違い、魔力の層を何倍にも厚くしてある。破れることは絶対に無い。
ミリアは耳を一回だけピンと立てる。
「ミリア行きます」
覚悟を決めて、ベットの上に乗る。
ごろ、ごろごろごろ、ごろん。ごろごろ。
「柔らかくて気持ち良いです!」
ミリアはひたすらベットの上で転がっている。
「だろ! ジャンプしても大丈夫だぞ」
「怖いからヤダ」
「とりあえずそいつを使って寝ろ。俺は自分のベッドをもう一つ作ってくる」
「解りましたご主人様。」
俺がウォーターベッド三号、俺専用君を洞窟に運び込んだ時にはミリアはすでに眠っていた。
俺もさっさと寝るか……