ポルテニア
一般的に水の上を走るのは不可能と言われている。
だがバリツと魔法の前に不可能は無い。あるのは挑戦したものと、これから挑戦するものだ。
バリツで鍛え上げられた脚力と、魔法によるフロートを組み合わせることによって、水の上でも容易に走ることが出来る。
俺はドラゴンソードを背負い深呼吸した。
街にたどり着いたとしても金がなければ何も出来ない。今の手持ちの物の中で一番金になりそうな物はドラゴンソードだ。
一応神竜のネックレスも持っていくが、高額買い取りは期待できないだろう。魔力刻印で神竜のネックレスと確認できるが、原形をとどめていない。
ドラゴンソードを売ってミリアをつれて帰れるアイテムを買う。買えなければ無人島生活で楽が出来そうなアイテムを買う。
それが今回の目的だ。
「すまない。ミリアを連れて行けなくて」
俺一人が街にたどり着くので精一杯、ミリアを連れて帰る余裕はない。
「ご主人様が助けを呼んでくれるだよね? だったらミリアは待てるから大丈夫。それに勇者様もいるし」
俺が島に居ない合間、リースにミリアを見てもらうように頼んである。さすが勇者だけあって、二つ返事でオーケーしてくれた。
「だから勇者様ではなく、リースと……」
「上下関係を忘れない。これがデキる奴隷なんだよ」
「……とにかく行ってくる」
水の上に立つのは魔法の訓練として行うこともある基本技術の一つだ。
これが出来ると威力調整や場所の調整がうまくなる。
足の裏に魔力を集めて浮遊する魔法を使う。
魔力を足の裏に集めすぎると、うまく立つことが出来ずそのまま吹っ飛んでしまう。少なすぎれば水の中に沈んでいく。
重要なのはバランスだ。
一歩踏み出し海の上へ立った。
「すごい。ご主人様本当に水の上にたってる」
「エンジュの魔法は魔王状態でなくとも素晴らしいな」
「じゃあ行ってくる」
俺は北に向かって走り始めた。
直感スキルを使って方向を修正しながら三時間ほど走るとポルテニアに到着した。
海から人が走ってきたのを目撃されると何かと面倒なので、人が居ない場所から上陸する。
海から見ていたときは解らなかったが、ポルテニアは高い壁に囲われていた。当然検問もある。
しょうがないので壁をジャンプで飛び越えて街の中に侵入。運良く誰にも見られることは無かった。
ポルテニアは中世ヨーロッパのような町並みをしていた。
街の中では人間、エルフ、獣人など色々な種族が歩いている。さすが異世界。
しかしそんな面白い光景を見ている暇など俺には無い、早くグルグギルドを探さなければならない。
商人以外が物を売るにはギルドを経由しなければいけないらしい。別にどこのギルドでも売ることは可能らしいが、冒険者なら、グルグギルドを選択するのが良いらしい。
決して、決してガイドブックのステマに負けた訳では無い。
あくまでミリアとリースのオススメがグルグギルドだっただけだ。
……ごめん嘘です。
街の中を一時間ほどうろついてようやくグルグギルドを発見した。直感スキルも使ったのだが、街の中にありそうとしか思えなかった。
んなの解ってるよ!
イングギルド、アフーギルド、リブドアギルドなど他のギルドは見つかったのだが、やはりガイドブックでなじみのあるグルグギルドの魅力には勝てなかった。
グルグギルドの中は酒場のように人がたむろしていた。
依頼を請け負うだけではなく、武器、防具、道具などもまとめて扱っているからだ。
よくわからないので受付嬢に話しかける。
「グルグギルドへようこそ今日はどのようなご用件で」
「物を売りたい」
「ギルドの会員証をお見せください」
ギルドの会員証専門のスキルツリーがあり、それを使ってみせるらしいが持っていない。
「すいません持ってな――」
「他のギルドから変更ですね。今ですと最大3万ゴールドのキャッシュバックがありますよ」
小説だとギルドへ入るのに試練があったり、いくらか金が必要なパターンがあったりしたけど。
金がもらえるの!?
異世界万歳!!
「元々はどこのギルドですか?」
「いやギルドに入るのは初めてで」
受付嬢が俺に魔力を流す。
「キャッシュバックは他のギルドから当ギルドに変更される方限定のキャンペーンなのでご了承ください」
ミリアがギルドに入るのにはお金がかかると教えてくれたから、話がおかしいとは思っていたが、やはり条件があったか。
「では、ギルドの説明を――」
「大体知ってる、スキルツリーは調理、紡績、鍛冶、それにガイドブック無料版とサバイバル技術の載っているのがあるならそれも」
仕事を請け負うのならギルドの説明も必要だが、ドラゴンソードだけ売れればそれでいい。
「今なら、剣スキルもつけるとお得ですよ」
ファストフードかよ……
異世界でも日本でも人の考える事は変わらないって事か。
「いりません。それでいくら?」
「49990ゴールドです」
ガイドブック有料版半年分のお値段か。
「手持ちが無いからこれの買い取りでどうにかならないか?」
受付嬢にドラゴンソードと、神竜のネックレス(残骸)を差し出す。
「神竜のネックレス!?」
受付嬢が素っ頓狂な声を上げる。ギルド内が一瞬で沈黙する。そんなに大物だったのか魔王レクサス。
「グルグギルドが買い取ってくれると友人が教えてくれたんだが、やはり美品じゃないとダメか?」
「この状態の神竜のネックレスですと50ゴールドしかお出しできませんが、それとは別に魔王レクサス討伐報酬として2億ゴールドの報酬金をお払いします」
「あいつが、魔王レクサスを」「嘘だろ?」「ギルドに今まで入っていなかったのに?」「どんな魔法使ってるんだよ」
そこかしこでひそひそ話が聞こえてくる。
「こっちの剣は?」
「ドラゴンソードは500万ゴールドで買い取らせていただきます」
神竜のネックレスが使える内に量産しておくべきだった。
「鑑定係が精密な検査をしますので、一時お預かりさせていただきます。その合間にギルド登録をすませましょう。この水晶の上に手を置いてください」
差し出された野球ボールほどの水晶の上に手を置いた。
「魔力量53万って化け物ですか貴方は!? 普通100も有れば宮仕えの魔法使いになれるんですよ? ……最後に、名前を教えてください」
「エンジュ、天音槐」
受付嬢が首をかしげる。
「アマネエンジュ どこかで聞いた事があるような……」
突如としてギルド内にブザーのような騒音が鳴り響いた。
「この人! 指名手配の魔王アマネエンジュよ!」
はい!?
誤解だと説明する間もなく、ギルド内にいた人々が武器を俺に向かって投げつけてくる。
「どういうことだよ! 説明しろよ!」
返答の代わりに斧を持った男が俺に飛びかかってくる。
ここに居る人間を皆殺しにするなどたやすいだろう。でも、この人達は別に悪人じゃないしなぁ……
それに指名手配されている魔王だと認識されてしまった以上、そんなことをやってしまっては街全体どころか世界を敵に回す事態になってしまう。
逃げるしか無かった。