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雇用

 「テロリスト……」

俊郎は呟いた。

「うん、テロリストさ」

ペンは言った。

「誘拐……」

俊郎は呟いた。

「そう、誘拐だとも」

ペンは肯定した。

「ひ……」

俊郎は顔を上げておどおどと抗議する。

「ひどいじゃないですか……」

「はっはっはっはっ!」

耐えかねたようにペンが吹き出す。俊郎の態度がおかしかったらしい。

「あれ、は」

「うん?」

「モーリスが俺に銃を向けてきた、あれは……」

俊郎は思い出す。

モーリスが二丁の銃を前にしてテーブルに座っていたあのシチュエーション。

「あなた方の指示なんですか……?モーリスに、俺を殺せと指示したんですか……?」

「永久の~愛を誓う~よ~♪」

「……??」

「ふふん♪君の~……ああ、すまん、ここのサビ好きなんだ」

艦内に流れている歌を歌ったらしい、会話の途中で急に歌い出すものだから意味がわからなくなる。

「どこまで喋ったっけ?ああそう、僕らの指示ではないよ、あれはモーリス自身が望んだ事だ。あの現場にあった二丁の銃には両方共に実弾が込められていた、君が反撃しなければ君はモーリスに殺されていた、それは事実だよ」

「どうして……」

俊郎は改めてショックを受ける、それほど深く知り合っている訳ではないがそこそこには付き合いがあり、そして世話になった相手が自分に本気の殺意を向けてきたという事だ。

「そもそもモーリスって……」

「彼は我々のエージェントのようなものだったんだよ、労働区域で使えそうな人員を探していたんだ」

「……」

俊郎は思い出す、モーリスと出会った切っ掛けは何だったか……?

そう、「ブレット」だ。

仕事場の同僚から噂を聞いたのが最初だ。

「上流階級の有料ゲームを無料でプレイさせてくれる場所がある」と。

そこで教えてもらったのがあの古びた家電店だ。

「ゲームを餌にして……?」

「ゲームのうまい人を発掘したかったからね、君以外にも沢山の候補者はいたんだが君が飛び抜けていた」

「ゲームのうまい下手がどう関係するんですか?」

「なあ、ダッチ君」

「俊郎です」

「じゃ、トシロウ君……どっちでもいいや、君が夢中になっていて他でも大量の中毒者を出しているあのゲームさあ……ちょっとおかしいと思った事はないかい?」

「?」

俊郎は視線を彷徨わせてペンの真意を探ろうとするが、わからない。

ペンは整いすぎて貼り付けたようにも見える笑顔で俊郎の事を見ている。

「そもそもゲームって何の為に作られると思う?」

「……遊ぶためです」

「ああ、消費者からすればそうだ、しかし製作者としてはどういう目的で作っていると思う?」

「……売れる、ため」

「その通り!」

ペンはぱちん、と指を鳴らす。

「あらゆるアプローチを試みるのも消費者の糞みたいな我侭に付き合うのも気の遠くなるデバッグ作業も全ては売れるため!マネーのため!……そこで、ブレットを見てみるとだ……」

「……?」

「あまりにも「リアル」に拘りすぎじゃないかな……?ゲームの醍醐味は現実にできない事が出来るって事だ、なのにあのゲームは現実にできない事はとことんできない、走れば疲れる、ジャンプしてもビルを飛び越えるほど飛べたりしない、段差一つ登るのも現実と同じで一苦労だ。あの丸い機械本当に凄いんだぜ?医療用スキャナーが搭載されていてプレイヤーのコンディションを正確に読み取り、ご丁寧にゲーム内と同じレベルの負荷を肉体にかけるんだ」

知っている、だからプロの「ブレット」プレイヤーはアスリートのように鍛え抜かれている。

「そこの所が一番の人気の秘訣ってところもある、しかしさっきの話に戻るが売れるためにはもっと近道があったはずなんだよ……何故ブレットはプレイヤーを「スーパーマン」にしなかったのか?」

「……か、開発者の拘りとか……」

「違うね、そもそもあれは売れる事を目的に作られたゲームじゃない」

「……じゃあ、どういう……」

「理由は今、僕の目の前にあるよ」

俊郎はペンの目線を追おうとしたが、ペンの視線は自分に向いているようにしか見えない。振り返って扉の傍に立つハギの方を見たがどうやら彼女を見ているのでもない。

「兵隊の育成……最終的には君のような人間を作る事が目的なんだよ、あれは」

「お……俺……?」

俊郎は自分を指差す。

「開発側の想定と違ってその理想のケースが労働者の中から生まれ、尚且つそれをテロリスト側が手にしたというのが最高に皮肉だけどね、ハハハ」

自分?自分が何だというのだろう、たかだかゲームがうまいだけのただの労働者……。

「おいおい、自分がちょっと前に何をしたか忘れたのかい?」

「そっ……!」

一瞬、忘れていた事実を突き付けられて俊郎はまた青くなる。

「シュミレーターだよあれは、事実プレイヤーは現実の戦場で通常の兵士に比べて別格の動きが出来る、何より恐れを麻痺させる術に長けている、彼らにとってゲームだからね」

ペンの顔に苦いものが浮かぶ。

「急造の兵士じゃまるで太刀打ちできないんだこれが……」

(兵士……戦場……?)

不穏な単語で俊郎はますます不安になる、いや、元々テロリストというだけで十分不穏だが……

俊郎は不安を飲み込んで今までの話を整理して考えてみる。

「つまりあれは……さっきのあれは……実験……?」

「と、いうより試験だね、君が実際に使い物になるかどうかを見たかった」

俊郎はごくりと喉を鳴らした。

「あんた方は頭がおかしい」

「ハハハ」

ペンは笑っている。

「自分の部下の命をテストのために使い捨てにするなんて……」

「あー、勘違いしないで貰いたいんだがモーリスは強要されて君のテスト相手になった訳じゃない、あれは彼自身の希望だったんだ」

「……」

「元々先の長くない身ではあったんだ。聞いたんじゃないか?」

「黒肺病……」

「そう、それそれ、あの労働区域に長期間潜伏すれば避けられない事だったんだ、そのまま病気で死ぬより君の手に掛かることを撰んだ」

「……俺に対する殺意は無かったんですか」

「殺す気でやったのは本当だろうさ、でないと意味がないからね?だが彼は確信しているようだったよ、「ダッチが試験に落ちるなど……自分に殺されるなどあり得ない」ってね」

(今日もキメてくれよチャンプ!)

不意に、俊郎の脳裏にモーリスの声が蘇った。

同時に今更のように胸にどうしようもない悲しみが込み上げてきた。

それが友人を手に掛けてしまった事に対する罪悪感なのか、それとも友人が身分を偽って自分を事件に巻き込んだ事への恨みからの感情なのか。

俊郎にはわからなかった。

「感慨にふけっているところ悪いが、本題に入って構わないかい?」

気付けばペンはテーブル両手を組んで乗せ、真剣な顔になっている。

俊郎は一層の緊張を強いられる。

その俊郎の目の前でペンはすうっと両手を広げ……。

「永久の~愛を誓う~よ~♪」

サビに入った。

「あの、本題入ってくれませんか……」

「ごめんごめん」

思わず後ろを振り返って見てみるとハギは額に手をやってげんなりした表情をしている。

……彼女も苦労しているらしい。

「まあ、話の流れから予測出来ると思うが、君をスカウトしたいと思っているんだ」

「誘拐しておいてですか」

「勿論、君に退路は用意していない、戻れば君は通報される事になる」

「誰に……ですか?あの現場は誰にも」

「僕らが通報するからね、証拠は彼女が映像に収めてくれている」

にこにこしながらペンは言った。俊郎は思わずまた後ろを振り返った、ハギは視線を逸らすでもなく無表情に見返す。俊郎は黙って視線を前に戻した。

「最初から選択肢なんてないじゃないですか……」

「そう、選択肢は用意しない、しかし君にはやる気を出してもらわないと困る、貴重な人員と引き換えに手に入れた君にね」

(いけしゃあしゃあと……)

声に出しては言わなかったが俊郎は思った。

「考え方を変えてみなよ、雇い主が変わったって事さ、しかも労働条件はそうとうに改善されるはずだ、報酬も出すし休みも……ま、不定期だけどある、少なくともあの馬鹿げた「労働基準法」には縛られなくてもいい」

「仕事の中身が問題です……これ以上人を殺せっていうんですか?」

「スコアさ」

「え?」

「戦場がデジタルからリアルに移行しただけでやる事はゲームと同じさ……君はそこでスコアを稼ぐ、それだけだ」

「……」

「割り切れないかい?ま、割り切れなかろうと何だろうと君が犯罪者な事に変わりはないけどね?」

「う、ぐ……」

俊郎はテーブルに頭を伏せて顔をごしごしと擦った。

ペンは笑っている。

「一つ、君のやる気を後押しする事実を教えておこうか」

「……?」

「グリン……モーリス?どっちでもいいや、彼もかかった黒肺病ってあるだろう?」

「……それが?」

「あれ、原因不明の奇病とかじゃないんだよね、政府が配布してる水が原因」

「え?……」

ペンは悪意の感じられる笑顔を浮かべながら近くの本棚から一冊のファイルを取り出した。

「それも、意図的に」

「は?……」

ぱさ、とテーブルの上に投げられたのは一枚の書類。自分の顔写真が載っているそれは……。

「……住民票?」

「そそ、その住民票のここのところ、よ~く見てみて」

ペンは写真の真下あたりの記述を指差している。

「生産率」

と表記されている。

「普通の……ああ、普通の住民票とか見たことないだろうけどこの「生産率」って表記は君ら労働区域の住民にしか無い記載なんだ、気にしたことなかったろ?」

「はあ」

「君らの寿命はこれによって決められる、この生産率が一定のラインを切ると居住区に設置されているタンク……あったろ?小さいやつ」

覚えがある、労働者の住居には必ず設置されている貯水タンクのような……。

「あれに黒肺病の元凶になる毒が入っていてね、労働力が衰え始めた労働者……例えば年齢で体力が衰えた人や障害者なんかを速やかに「間引き」するべく水道に混入されはじめる訳だ」

「……待って、下さい」

俊郎はたどたどしく指摘する。

「どうしてそれを知っていながらモーリスは黒肺病にかかったんですか」

「潜入する時に馬鹿でかい貯水タンクなんかを持ち込めたら話も違ったんだろうけどね」

ペンはその反論を予想していたかのように言う。

「水を飲まずに生きる訳にもいかないしね、加えて生産率の基準をクリアするほど労働してちゃ勧誘に時間も取れない……労働時間も水分摂取も誤魔化し誤魔化しやってもらったがそれでも五年も持たなかった」

俊郎は震える手で書類を指差して言う。

「こ、この資料が本物だという証拠は……」

「ない、疑うなら結構、信じないのも自由、だが僕は事実を言っている」

真意の読めない笑顔でペンは言う。

「労働者である君が一番近くで体験したんじゃないかな?とにかく働けなくなったやつから病気にかかってなかったかい?都合良く」

「……」

その通りだ。

「いやあ、大したもんだ、君たちは寿命を全うする権利すら与えられていない、まさに家畜、いや、「畑で採れる労働力」とでもいうべきか」

「……」

「僕らが戦う相手はこのイカれた畑を作った政府だ、義はこちらにあると言って差し支えないだろう?」

「……」

「加えて、君もやがて働けなくなればこの毒で殺されていたという事を考えると僕らは君の命を救ったとも言え……」

「わかりました」

俊郎は目だけでペンを見上げて言った。

泥のように濁った目をしている。

ペンはぱちんと両手を鳴らした。

「素晴らしい!君もついに正当な憤怒に目覚めたという事だ!これから共に」

「住居は与えてもらえますか」

握手を求めて伸ばされた手を無視して俊郎は言う。

「うん、元の住居には戻れないから当然住む場所は用意があるさ」

伸ばした手をぷらぷらさせながらペンが言う。

「仕事は明日からですか」

テーブルの上でぷらぷら振られる手を尚も無視しながら俊郎が言う。

「いや、すぐにどうこうって事はない、まずは住居に君の仕事道具なんかを……まあ、仕事の準備期間が必要って事だ、全ては環境を整えてからだ」

諦めずに手をぐぐっと伸ばしながらペンが言う。

「わかりました、ハギさんについていけばいいですか」

徹頭徹尾その手を無視しながら俊郎は席を立つ。

「あ、うん、」

とうとう握手を諦めながらペンが言う、寂しそうだ。

「それでは失礼します」

「あ、ちょっと待ってくれ」

呼び止められて振り返った俊郎の手に何かが投げ渡された。

「っと……!?」

渡された物を見て俊郎は目を見開く。

ヒッチャー

あの時使ったのと同じピストルが手の中で鈍い光沢を放っている。

(……支給品?)

一瞬そう考えて顔を上げた俊郎は目を見開いた。

「最終テスト」

そう言うペンの手には自分の手にあるのと同じピストル。

笑顔だ、その笑顔の裏から猛烈な悪意が吹き出して俊郎の全身を襲った。

引き金に掛かっているペンの指が動く。

俊郎の意識がぱちん、と切り替わった。

体が必要最小限の動きで僅かに右に傾けられる、ペンの手のピストルが火を吹く。

放たれた弾道は肩すれすれに逸れている。

僅かの間も置かずに俊郎の手の中でマズルフラッシュが二度閃いた。

二発の弾丸はペンの心臓に正確に吸い込まれる。

「がっ」

ペンの笑顔が歪む。

俊郎は小さな挙動で振り向きもせずに脇から背後に向けてもう一発放った。

ハギは俊郎が動き始めるのとほぼ同時に動き出していたが腰のホルスターから半ばまで銃を抜くのが限界だった。その目はスローモーションのように迫り来る死を知覚した。

こちらを見もせずに放たれた俊郎の銃弾はハギの傷跡の残る左目に着弾する。

弾丸は眼球を貫通し、眼底を砕き、脳漿と脳を掻き混ぜながら頭部を貫通し、後頭部から飛び出して背後の壁に頭蓋の内容物をぶちまけた。





 ♪そう、二人の愛は永久に、永久に途切れる事はなく♪


甘い男性ボーカルの声が慕情を歌い上げる。


ポタ、ポタ、


水滴が落ちる音がする。


ハギはそれが血の滴る音ではないことに気付く、汗だ、自分の顎から伝った汗の滴る音だ。

これほどに冷たい汗をかいたのはいつぶりか。

無意識に左目を手で触れる。

穴は空いていない、当然だ、あの銃は空砲だ。

火は散っても弾が撃ち出される事はない。

自分だって本来撃つ気はなかった。だがあまり唐突に叩きつけられた純粋な殺意に体が反応してしまったのだ。

だから、自分の眼球に弾丸が飛び込んで脳が吹き飛ばされるというあのビジョンは自分の見た幻覚だ。

剣豪が放つ気で相手を斬るように、そこに殺意がぶつけられたのをそう知覚したのだ。

ようやく混乱に陥っていた五感が正常に働き始める。

(あれは誰だ)

目の前に半身にしてこちらに銃口を向けている男が立っている。

自分が連れてきたトシロウという名の労働者の顔をしている。

だが違う、それはあの労働者ではなかった。

怯えた様子も困惑した様子も今はその顔に浮かんでいない。

何もない、一片の感情も伺えない、それはハギが知る限り死人にしかできないはずの表情だ。

(こいつだ)

半ば無意識に悟った、あのグリンが心酔し、最後には殺されたいとさえ願った相手。

こいつがそうだ。

(ダッチだ)

と、そのダッチの表情が徐々に崩れ始める。

表面に出ていたその得体の知れないものが引っ込み、内からあの気の弱そうな青年が再び顔を出した。

俊郎は泣きそうな表情で銃を下ろした。

「空砲、だよ……安心してくれ」

ペンが笑顔で言う、しかし頬を伝わる汗から彼が自分と同じような映像を見たことをハギは悟った。

ガラン

テーブルの上に銃を投げ出すと、俊郎は震える声で言った。

「……二度と、二度と俺に殺意を向けないで下さい」

怯えた目でペンとハギを交互に見ながら言った。

「冗談でも、やめて下さい」




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