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ラブソング

 

 俊郎は逆さまだった。

搭乗口に蹴り込まれた利郎は梯子を転げ落ちて通路にひっくり返った状態で逆さまに艇内の景観を見ていた。

(……狭い)

第一の感想がそれだった。

海面から覗いて見えた船体はかなり大きく見えたが目の前の薄暗い通路は人一人分……体を横にすればぎりぎり二人がすれ違えるぐらいの幅しかない。

その上両側の壁には無数の計器類やバルブが突き出ていたりするのでかなり圧迫感を感じる。

スタン、と逆さまの世界を見ていた俊郎の目の前にブーツを履いた足が着地した。

その足がしゃがみこむとぬうっと無骨なガスマスクが俊郎を逆さまに覗き込む。

ガチャ、とマスクが取り払われるとその下から色素の薄い髪が零れ、鮮やかなグリーンの瞳が現れた。

「芸術点の高いポーズですが維持しなくていいですよ」

「あの、腰が、まだ、抜けて……」

ハギはおもむろに俊郎の腰のベルトを掴んだ。

ひょい

「うわわわわわっ」

そのままベルトを取っ手に鞄の如く持ち上げてしまう。

華奢な外観から想像もつかない怪力である。

「立てますか」

「たっ……立てます、立てますから下ろして……」

ぺたん、と手足を着かせてもらうとフラフラと立ち上がる。

「ついてきてください」

ハギはつかつかと狭い通路を先に進んでいく、慌てて俊郎も歩き出す。

「あの……」

「質問は後で受け付けます」

矢継ぎ早に起こる展開に混乱しながら説明を求めようとするが突っぱねられる。

俊郎は仕方なく黙ってハギの後をついて歩いた。

大きなタンクや騒音の激しい機関室の間を縫うように歩き、いくつかの狭苦しい階段を下りていく。

やがてハギは一つの個室らしきドアの前で足を止めるとその重厚な扉をノックした。

コンコンコンコンコン

「……」

「……」

「……」

「……」

返事がない。

一瞬、俊郎とハギは顔を見合わせる。

ハギは無表情だ、俊郎はどういう顔をしていいかわからない。

コンコンコンコンコン

「……」

「……」

「……」

「……」

やはり返答はない。

「あの……留守では……?」

「……」

恐る恐る言う俊郎には答えず、ハギはかりかりと後頭部を掻くとノブに手をかける。

ガコン

扉は容易く開いた。

ハギは部屋の中に入る、俊郎も後に続いて入る。

どうやらそこは船長室のようだった。

船長室といえどやはり構造的にかなり狭くできているようだ。

その部屋の壁沿いに配置されているのはベッドに小型のクローゼット、小物入れ、小型のテレビ。

一番大きいのは応接用と思われるテーブルだが、それも二人が向かい合って座るのが精一杯というサイズだ。

その船長室の主らしき男がベッドに腰掛けていた。

船長らしい制服などは着ておらず、ラフなジャケットを着込んでいる。

肩まで伸びるブラウンの髪に俳優のように端正に整った顔立ち。目は閉じられている。

腕と足を組んでじっとベッドの上に静止している……いや、よく見るとかすかに足がゆらゆらと揺れている。

その頭に装着されているのはヘッドホン、結構な音量で聴いているらしく微かに音が漏れている。

ドンッ!

「うわっ」

ハギが背筋を伸ばした姿勢のまま一度床を強く踏んで音を鳴らした。隣の俊郎はびっくりして飛び上がる。

「……ん……」

男はその音でようやくこちらの存在に気付いたらしく、髪と同じブラウンの目をハギ達の方に向ける。

「あー、すまんすまん、気付かなかった」

「……まだ警戒域を出ていません」

「固いこと言うな、もうじきだろう?」

「出ていません」

男は表情を崩さないハギに苦笑を向けると傍に設置されている受話器を取る。

「ボーヒー、警戒域は抜けたか?」

受話器から何か返答が聞こえた。

「よし、抜けたそうだ、かけるとしよう」

そう言ってヘッドホンを外すと壁に設置されているスイッチを弄りはじめる。


ーーーーーザーーーーザザーーーーーー


俊郎は思わず天井を見上げる、放送用のスピーカーから何か音楽のようなものが聞こえ始めたからだ。


あ……ど……みの……ザザ、ザ


♪嗚呼、君と出会ったのは暗い雨の日だった♪


♪知っているかい、あの日僕は目と目が会った瞬間君とこうなる事がわかったんだ♪


♪本当さ、嘘じゃない♪


ノイズ混じりの音で潜水艇で流れるには不釣り合いなやたらと古いラブソングが流れ始めた。

俊郎の初めて聞く雰囲気の曲だ。

呆然とその曲に耳を傾ける俊郎の隣でハギは文句を言いたげだったが何も言わなかった。

「ま、座りたまえ」

男は小さなテーブルの向かいに座りながら俊郎に言った。

俊郎が思わずハギの方を見るとハギはすっと身を引いてドアの付近に立った。

行け、という事らしい。

俊郎はおずおずと男の前に座った。

「落ち着いたかい」

男はテーブルに両肘を置いて指を組むと微笑を口元に浮かべながら言った。

「……いえ……あまり……」

俊郎は正直に答えた。

倉庫についてからの一連の出来事に頭が全くついていっていないし、状況も全く把握できていない。

そう、倉庫での出来事から……。

俊郎の顔から徐々に血の気が引いていく。

モーリス。

自分が殺した。殺してしまった。

ゲーム内と同じように。

つい、反射で……。

「グリンについては気にしなくていい、あれは彼が望んだ事だ」

「……グリン……?」

「あー、あそこでは違う名前だったか、何だったっけ……」

「モーリス・ミシガン」

額を抑えて考え込む男に、俊郎の背後からハギが冷静に補足した。

「そうそう!モーリス、そんな名前だったか」

「……偽名?」

「そう、君が撃った男の本当の名は「グリン・バネ」というんだ」

ずい、と男がテーブルに身を乗り出して俊郎に近付いた。俊郎は思わずのけぞる。

「「グリン・バネ」だ、覚えておいてくれ、君のキルログの特等席に座る男の名前がそれだ」

俊郎はごく、と喉を鳴らした。

「特等席」、モーリスが最後に口にしていた言葉だ。

「それを君が忘れない事が彼が最後に望んだ事だ、叶えてやってくれ」

「……あなた、は……誰ですか……何者、ですか……」

俊郎は質問しなくては何もわからないと思い、声を震わせながら言った。

男はふむ、と鼻を鳴らすと椅子に深く腰掛けた。

「君はニュースは見ないタイプかい」

「……はい」

「なるほど、じゃ、教えよう、俺の名前はペンブライトという、ペンと呼んでくれたらいい」

「……はあ」

「職業はテロリストだ」

「はあ……は!?」

聞き捨てならない言葉をさらりと言われた。

「君達の立場から見れば、の話だがね」

俊郎は俯いてテーブルを見つめる。

「自分がどういう立場に置かれているかわかるかい?」

「…………俺は、テロリストに誘拐されたんですか」

ペンはにっこり笑ってパチン、と指を鳴らした。

「その通り」


♪君の瞳は僕を射抜いた♪


♪僕の心は病にかかってしまった♪


♪嗚呼、生涯治らない病さ♪


青い顔の俊郎の頭にはただ、場に全くそぐわないラブソングの歌詞が流れ込むばかりだった。








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