表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

ソロ

 ドーム状の巨大な会場だった。

ステージ上の巨大なスクリーンに映し出されるデジタルの戦場に五万を越える観衆は息を潜めて見入る。

通常のスポーツ観戦のような大きな歓声は上がらない。

「ブレット」で選手同士の勝敗が決まるのは一瞬だ、よってチーム戦の優劣が引っ繰り返るのも一瞬だ。

試合の流れを左右する決定的な場面を皆が待っている。

画面上で青い戦士が猛烈な速度で相手の赤いヘルメットを補足し、立て続けに二人を仕留めた瞬間、会場が沸騰する。

「ブルーチームのアタッカー「コカトリス」の動きが冴えている!今仕留めたのはレッドチームの……「モーガン」ついで「アイアンメイデン」!」

「これはレッドに厳しい展開ですね、「モーガン」のバックアップはチームの柱だ、序盤に失うのはハンデが大きい」

実況解説にも頭と舌の回転が必要だ、目まぐるしい戦況を追って観客に状況を伝える。

「ああっと!「ピース」が落ちた!これは痛い!チームのエースが落ちた!」

「まだわからない、「ソロ」がいる、彼女は単独になってからが強いんだ、そりゃもう理不尽に」





 デジタル上の戦場で戦うプレイヤーには会場の熱気は伝わらない、当然ながら実況も聞こえない。

聞こえるのは仮想現実が伝える空気と銃声とキルログ、そして仲間の通信音声のみだ。

「仕留めた!セクターBオールクリア!」

「いいぞ!五人目だな?ラスト一人だ!」

「コカトリス」をエースに据えたブルーチームは優勝に王手を掛けていた。あともう一人を仕留めれば莫大な賞金と名誉に手が手に入る。

工場地帯をモチーフにしたフィールドでパイプから噴出する排煙を掻き分けて「コカトリス」と「マネキン」は薄暗い路地を進む。

「セクターDクリア、間違いない、ブロンドの子猫ちゃんはセクターCにいる」

「いやーマジに美人でしたね、てっきり出回ってる写真は加工されたもんかと」

「油断するな、「ソロ」の子猫ちゃんは単独からが強いって散々聞いただろ」

「わーかってますって」

言葉通り軽口を叩きながらもマネキンは死角が発生しないように周囲を警戒しながら足を進める。


パン、パパン


銃声が響いた。

二人は素早く視界の端のキルログを確認する。目に映るのは仲間二人の死亡報告。

「油断しやがって」

コカトリスは舌打ちを打つ。

「はっ……!はっ……!はっ……!こちら「ヒューズ」!負傷した!今狩場におびき寄せる!」

その二人に交戦中の味方から通信が入る。

「了解」

二人は短く返答すると狩場を目指して移動を開始した。

狩場、というのは戦場のマッピングをした際にピックアップした有利なポジションを取りやすい、もしくは敵を罠にかけやすい地形をした場所の事だ。

敵がこちらを深追いしてきた場合にはそこで味方と合流するように動くのだ。

「ふっ……!ふっ……!ふっ……!」

ヒューズは背後に迫る足音を聞きながら狩場に続く狭い一本道を駆け抜ける。

(ついて来いこの野郎、迂闊について来い!)

この一本道には地雷が仕掛けてある。

普段は気付く罠であっても、手負いの相手を追い詰める時は視野が狭まりがちになる。

そしてその相手の警戒が足元に向かないよう、ヒューズは走るスピードを全く緩める事なく歩幅の調整で地雷を避けて路地を走り抜ける。

(どうだ!引っ掛かれ!)

タンッ タンッ タンッ

予想していた背後からの爆発音は聞こえなかった。

代わりに追ってきていた足音の位置が高くなったように聞こえた。


バスンッ


ヘッドショットを受けた経験は何度もある、しかしこんな感覚はヒューズにとって初体験だった。

真上から頭頂部に向けて串刺しにするようなヘッドショットなど初めてだ。

戦場から意識を切断されたヒューズには何が起こったかわからなかったが会場のスクリーンには映っていた。

ソロは狭い路地の壁を交互に蹴って高々と跳躍し、ヒューズの頭上を飛び越えざまに真上から弾丸を打ち込んだのだ。

驚嘆すべきはこれはゲーム内だから出来る動きではないという事だ。

「ブレット」内でのプレイヤーの身体能力はプレイヤー自身の身体能力に準ずる。つまりソロは「生身」でもあの動きが可能だと言う事だ。

呆気にとられる会場をよそにソロの動きは止まらない。

シャコッ

異様に長く感じられる滞空時間の中で腰からサイドアームのピストルを抜き、ソロは狩場に飛び込んでいく。

ドサッ

「!!」

コカトリスとマネキンは路地の両脇にスタンバイしていた。路地から出た瞬間に挟撃する手筈だったのだ。

走り出てくるのが味方か敵かは色で瞬時に判断が効く。

現れたのは倒れ込むヒューズの体。誘い込みに失敗し、奇襲は不発。

二人が考える事が出来たのはそこまでだった。

味方の死体に気をとられる二人の頭上高くにソロは飛び出た。

空中でライフルを持った右手とピストルを持った左手が鳥の羽のように広げられる。


パパンッ


両手から迸るマズルフラッシュが火の翼のように一瞬広がり。両脇の二人の頭に同時に穴が穿たれる。


ドサッ


ドサッ


スタンッ


壁蹴りで宙に舞い上がってから着地する間の空中トリプルヘッドショット。

いっそ優雅に見える仕草でソロは地上に舞い戻った。

銃の二丁撃ちが公式の大会で有効に活用された初めての場面を観客達は目撃したのだった。


・ 




 会場は興奮のるつぼと化していた。

「とんでもない!何だ今のは!何なんだ今のは!」

「だから言ったんだ!彼女は理不尽だ!ああ!くそったれ!」

「ええと、最後の動きは?飛んで頭上から撃って銃を両手持ちに変えて二人を同時に……?駄目だ、降参だ、とてもついていけない」

解説と実況の音声も掻き消す場内の歓声の中スクリーンが消え、落とされていた場内の照明が灯ると巨大なスクリーンの下に設置されている12の黒い球体が見えた。

プシュ、とエアーの抜ける音が響いて球体が開き、中のシートからプレイヤー達が起き上がる。

そのうちの一人のプレイヤーが機体から姿を表した瞬間一際大きな歓声が会場を包む。

プレイヤー達のなかで唯一の女性、いや、少女だった。

長く、美しいブロンドを後ろに纏めた少女は蒼い瞳を細めながら小さく手を上げて観衆に応える。


プレイヤータグ「ソロ」

本名 キアンカ・カスタッチ

ワールドランキング3位


 女性プレイヤー中では下位に大きく水を開けての最高ランクであり、名前の由来になっているようにクランに所属しないソロプレイヤーである。

一部例外を除いて大きな公式戦はチーム戦が基本なのだが彼女は契約金によってチーム間を渡り歩く傭兵のようなスタイルでランキング上位に食い込んでいる。

綿密な連携が勝利の絶対条件と言える高ランク帯でこのスタイルは異例と言える。

加えてモデル張りの容姿とスタイルを有しているとなれば人気が出ない理由はない、のだが……。

「おいおいおい!「ファイアーライン」にプライドはねーのか!?」

「ふざけんな!」

「雌猫が!」

「お前が出ると実力がわからねえんだよ!」

割れるような歓声の中には激しいブーイングも混じる。

そう、先ほどの一戦のようにチーム戦にも関わらず「ソロ」の独力でチームが勝利してしまった場合、それは果たして「チーム」の勝利と言えるのか?

そういった議論が専門家の間でも毎回交わされる事になる。

それは彼女でなければ起きない事態だ、普通は単独でチームの劣勢を引っくり返す事は不可能に等しい。

それを可能にしてしまう彼女が異例なのだ。

よって彼女を「金で買える女神」「バランスブレイカー」などと揶揄して嫌う観客も少なからず存在する。

「……♪」

ソロはブーイングを寄こした客席の一角に心からのものとしか思えない完璧な営業スマイルを向けて手を振って見せる。

素晴らしい強心臓の持ち主、というのも彼女の評価の一つである。




 

 「宝石箱をひっくり返したような」という表現は陳腐だが的を射ている。

富裕層区画に建つ高層マンション、地上85階からの夜の展望を眺めながらキアンカは思った。

一人で住むにはあまりに広い室内に明かりは灯っておらず、窓から差し込む夜景の明かりだけが薄手のスポーツウェア姿のキアンカを照らしている。

慣れとは不思議なもので越してきた当初は素敵だと思えたこの景色も毎日眺めているとありきたりに思えてくる。

いや、今日のこの景観が陳腐に思えるのも自分の機嫌が悪いからだ。

「……うっ……ざ……」

夜に行われた公式試合の後の「ファイアーライン」のエース「ピース」からのアプローチを思い出したキアンカは秀麗な眉をひそめて呟く。

(契約金の倍を出そう、いや、糸目はつけない、是非我がチームに移籍してもらえないか?)

どう考えてもエースとは名ばかりでチームの足を引っ張る実力しか持たないプレイヤーだった。にも関わらず不釣り合いなチームメイトが揃っていたのは自分に対してしたように資金力に物を言わせてモノにしてきたのだろう。

宝の持ち腐れだ、個々の実力が如何に優れていても司令塔がボンクラでは実力など何割も発揮できない。

加えて自分に対するあの目付き、プロになってからもうんざりするほど感じてきた下卑た欲望を隠そうとして隠しきれていない男の目。

観客も観客だ、「手柄を奪った」だの何だの、自分の動きの何処を見ていたのか。

チームが残存していた時には自分は自分のポジションに与えられた役割をしっかりこなしていた。

連携が脆くも瓦解したから自分は自分の取れる最善の動きとしてあの立ち回りをせざるを得なくなったのだ。

(……やめやめ)

折角シャワーで気分が一新されたというのに思い返していると胸が悪くなる。

くしゃくしゃと髪を掻き乱すとキアンカはリビングの中央に設置されている大きなスクリーンの前に座り、手元のパネルを操作する。

ブン、とスクリーンに映し出されるのは「ブレット・オンライン」のシンプルな文字とメニューの画面。

カーソルが「プレイヤー検索」に合わされる

カタ、カタ、カタ

検索欄に入力された文字は「duch/wife」


カタン


(-----該当するプレイヤーはおりません-----)


これはわかっている、ブレットを起動する時にいつも行う儀式のようなものだ。

……ひょっとしたら公式にデビューする日が来ないとも限らないではないか、いや、違法筐体からアクセスしている時点で有り得ないのだが……。

何かの間違いでぽつんとリストに名前が上がったりしないか、そんな希望からつい起動するとまずこれをしてしまう。

「……」

キアンカは小さくため息をつくと検索画面を閉じ、全国の試合履歴を検索していく。

「彼」のログインを確認するにはこうして地道に試合の履歴を調べていく以外無い。

「…………やっぱり、今日も入ってない」

キアンカは片膝を抱えてゆらゆらと体を揺らす。

前回の最終ログインから数えて二週間だ、入る日にちはランダムではあるがこれほど間が開いた事はない。

「何かあった……?何もないよね……?」

まるで知り合いの安否を心配するような様子でキアンカは不安気な声を漏らす。

実際には正体など知る訳もない。

そもそもプロでやっている立場としては違法ログインをしているプレイヤーなど侮蔑の対象でしかないはずなのだ。

しかしキアンカは知っている。

知ってしまった。

次元の違う存在というものを。


 初めて遭遇したのは二年前。野良PTとの試合での事だった。

プロであっても感覚を鈍らせない目的で普通の野試合に参加する事はよくある。当然、参加した側のチームのワンサイドになるのが殆どだ。

だというのにその日はデスが多かった、多すぎた。

プロであってもデスを避けられない場合は多々ある、野良試合で不覚を取ることもある、しかしそれにしても異常だった。


12キル30デス


キル数をデス数で割られたのは公式試合であっても近頃は記憶にない。

最初は自分がスランプに陥ったのかと思った、しかし試合後のキルログを見てそうでは無い事がわかった。

自分に30ものデスを付けた相手は全て同一の相手だったのだ。なおかつこちらからは一つのキルも取り返せていない。

その品性の欠片も感じられない名前には覚えがあった。

世界で最も有名な違法プレイヤー、ランキングに乗らない世界一位。「duch/wife」

腹が煮えた。

プロになる程の人間は程度の差はあれど負けず嫌いだ、そして彼女はその中でも自他共に認めるトップクラスの負けず嫌い。

その自分が非公式の違法プレイヤーにいいようにやられたのだ。尚且つそれを他のプレイヤーに目撃されている。

自分のようにしてダッチに経歴を傷つけられるプロのプレイヤーは後を絶たない。自分はそれらとは違う、違うはずだ、このままで終わらせるものか。

その後、暇を見つけては膨大なマッチの中を地道に探し続け(検索で捕まらない事をこの時は非常に恨んだ)ついに見つけたのが半年前。

雪辱を果たすべく対戦に臨んだ。

この時は他の戦況を度外視し、ダッチにのみ焦点を当てて動いた。

油断はない、完全に本気だった。


0キル40デス


試合が終わった後に腰が砕けてマシンから立ち上がれなかったのは初めてだった。

次こそは、と考える事ができなかったのも初めてだった。

勝負に負けて泣かされたのは……7歳ぐらいが最後だったろうか。

立ち直るのに一週間の休暇を必要とした、むしろ一週間で立ち直れたのは彼女の精神のタフさがあってこそと言える。休暇の間引退の文字も頭をよぎったのだ。

そして、今日もまたキアンカは「彼」を探す……ダッチの性別は判明していないが映像記録に残る体の動きから男性である事はほぼ間違いないと推測されている。

何故また探すのか?

無論、リベンジのため。

そう自分では考えていた。

しかし最近になってキアンカは自分の考えに疑問を抱き初めていた。今だに自分がダッチに勝てるビジョンは浮かばない、全く勝てる気がしない。

だのに、自分は対策も考えずにひたすらに彼の姿を探し続けている。

例え挑んだとしてもまた無残な戦績を付けられるのは目に見えているというのに。

あんな目にまた逢いたいとでも言うのだろうか、無慈悲な弾丸で雑魚のように……。

キアンカは頭を振った。

この考えは毎晩のように自分を悩ませる、悩むくらいなら探すのをやめればいいというのに何故か止められない。

そして今、ダッチのログインが途切れた事がひどく心に引っ掛かっている。

毎日ではないが三日と間隔を開けた事はなかった、それが今日で二週目だ。

「……」

キアンカはブレットオンラインを閉じると「ニュース」を開く。

「政治」「事件」「芸能」「スポーツ」等々のジャンルが提示され、キアンカは「事件」を選ぶ。

最新ニュースを飛ばし、過去の履歴を遡る。

ページを飛ばす手は今から13日前の記事で止まる。つまりダッチが最後にログインした翌日の日付け。

キアンカはその中のごく小さいスペースに表示されている記事を選択した。

『労働区域にて射殺事件発生』

記事の内容は労働区域の海岸沿いの倉庫内にて身元のわからない男性一名の射殺体が発見された、というものだ。

普段労働区域での出来事など殆ど発表されないがこの事件は労働区域での流通が厳しく制限されているはずの銃器による殺人が発生したという事で記事になっていたのだ。

「……違うよね」

自分でも考え過ぎだと思う、この発見された遺体がダッチである、だなんて……。

しかしいつもログインする時間帯から推測するにダッチが労働区域の住人である可能性は低くない。

そしてこの事件の日付を境にダッチは姿を消している。

つまり可能性としては……。

「違う、絶対に違う……」

キアンカは呟く。

他の死因ならわからない、しかしこの事件の死因は「射殺」

銃で撃たれた、という事だ。

それならば有り得ない、あのダッチが銃で撃たれて死ぬ、など。

無論、ゲームと現実の銃撃戦では勝手が違う部分もあるだろう。しかし「ブレット」は極めて優れた銃撃戦のシミュレーターと言える面もあるのだ。

だとすればやはり有り得ない、キアンカはそう思う。

しかしこの事件の死体がダッチではなかったとしても何かダッチに関わりのある事件なのではないか?

キアンカは何故かその可能性を切り捨てる事ができずにいるのだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ