第9駅 ガラクタ系カノジョ誕生
母さんに武術を教えてもらうことになって二年近くが経過した。
月日が過ぎるのはあっという間だった。
そして、とうとうジスターが俺を殺しに来ることはなかった。
もうすぐ俺は八歳になる。
母さんはジスターのことを警戒しているのか、冒険に出かけるときは必ず真奈を一緒に連れていき、俺をロロークさんのところに預けた。
ロロークさんには迷惑をかける形になったけれど、彼女は俺に多くのことは聞いてこなかった。
ただ運転席に座る彼女は、いつもこう言って笑った。
「妹が何も言わずに私を頼る時は、決まって大変な困難に立ち向かっている時なのよ」
それに対して俺はこう尋ねる。
「それなのに母さんに事情を尋ねないのですか?」
「リリィは私よりずっとずっと才能のある人間だからね、あの子なら何とかすると思っている。それに理由を聞けば、きっと姉妹喧嘩になると思うの」
笑顔に隠された、少しの憂いを目の当たりにして、俺は思った。
この人はきっと、母さんや俺たちの抱えている秘密に薄ら気づいているんだなあ、と。
そしてロロークさんはどこまでも続く線路を見つめながら、決まってこう締めくくった。
「でも、もしもどうしようもないことが起きたら、すぐに私を頼ってね。私も王国の要職を預かる人間だけど、その前にあなたたちの味方だと思っているから」
「ありがとうございます、ロロークさん」
七天士の一人にして二番線弐号国、王国列車の運天士〝天女のロローク〟は偉大だった。
彼女は俺にとっての理想の運天士だと会うたびに実感する。
◆ ◆ ◆
数日後。
風に揺れる洗濯物、それにとまった小鳥のつがい、そんな昼下がり。
家事の後、今日も庭で母さんは俺たちに武術を教えてくれていた。
一汗流したところで、母さんは髪をバサッとかき上げて、
「ふう、ではではお二人さん。ちょっとそこに座りなさい」
「はーい、師匠」
「こらこらフィフィ、胡坐をかくんじゃないよ」
フィフィに注意しつつ、母さんの前できちんと正座。
応援係だった真奈もちょこんと俺の隣に落ち着いた。
母さんは腰に手を当て、庭の木偶人形を指さし、ふっふーんと含み笑い。
ああ、この表情は機嫌がいい時のものだ。
「では! そろそろ二人には奥義に挑戦してもらいます」
「わあ、必殺技だあ!」
フィフィが立ち上がって目を輝かせて飛び跳ねる。
こらこらフィフィさんよ、落ち着きなさい。
と思っていると、母さんは彼女の頭にチョップを一つ。
フィフィがううっと肩を落とすと、母さんはコホンと咳払いして続けた。
「こら弟子二号、最後まで話を聞きなさい。あなたの場合、奥義と言っても基本の技術よ」
「ええ、難しいのがいいのにぃ~」
「フィフィちゃん、私はいつも言ってるわよね。武術は基礎が大事なのって。基礎ができていれば、最強になれる! とくに白陽流はね」
「……あ、そっか。はい、分かりました師匠」
「よろしい。ではフィフィちゃんには白陽流の奥義〝鋭化〟を実践してもらいます」
母さんは腰から剣を抜くと説明を始めた。
「白陽流の神髄は、霊脈による肉体や武具の強化作用。これができて初めて白陽流の使い手と言えるでしょう。そして同時に白陽の究極奥義ともいえます」
と言いつつ、母さんは抜いた剣をそっと地面に落とした。
すると剣は水面に落ちるように、するりと地面深くまで突き刺さったのだ。
すごい、まるで地面が豆腐みたいである。
なるほど、鋭化をすればここまですさまじい切れ味になるのか。
肉体強化はフィフィの専売特許だったが、鋭化はどうだろう。
するとフィフィは不満げに頬を膨らませてしまった。
ちぇっと地面の小石を蹴る。
「えー、つまらなさそうな技だなあ。地面なんか切れなくたって、僕の拳ならガツンと砕いちゃうのに」
「あら、そんなこと言ってていいの? 硬化だけできても運天士にはなれないわ。もっと言えば、肥大化、軟化、流化……とまあ、と言ってもいろいろあるの。ほら、とっととやる」
とにかく強化にも色々と細かいジャンルがあるってことか。
もっとも、フィフィ本人はよく分かってないみたいだけど。
彼女は本能で学ぶタイプらしい。
「んむう……コーカとかエーカとか言われてもわけわかんないよ。でも運天士になりたいからとにかくやってみる!」
「ふふ、そうね。フィフィちゃんはとにかく実践あるのみ。じゃあ、持ってる木剣であの木偶人形を切りなさい。切れれば合格よ」
「よーし!」
「あ、言っておくけれど、腕力を強化しちゃ駄目よ。剣の切れ味だけで勝負してね」
「むう。……よ、よーし」
木の剣で木偶人形を切るのか。
普通なら無理だろう、というか子供の腕力でできるわけない。
フィフィは腕っぷしこそ強いが、さすがに肉体強化なしでは難しい。
と思いながら、剣と格闘している彼女を見つめていると、しばらくもしないうちに木偶へ切りかかった。
そしてあっさり両断してしまったのだ。
さすがは脳みそ筋肉!
ゴロゴロと丸太の一丁出来上がりである。
や、やるなあ、楽勝じゃないかフィフィ。
母さんも満足げに頷いている。
「さすがはフィフィちゃんね。天性の白魔力の強さとまっすぐさがあるわ。これくらい楽勝だったかしら?」
「わーい、できた!」
できた~できた~とフィフィがあまりにはしゃぐので、母さんは一つ忠告。
「こらフィフィちゃん。喜ぶのはいいけど、白陽流の道はまだまだ長いわよ。達人は斬撃を強化して飛ばしたりもできるし、そのさらに達人はそんな斬撃を生身で受け止める。とにかく精進あるのみ!」
「あ、はい。師匠。すみません」
素直なのはフィフィの良いところだ。
ただ、ちょっと馬鹿だからすぐ忘れるのが悪いところ。
「まあでも、何はともあれ今日からフィフィちゃんは白陽初級ってところかしら。おめでとう」
「わあ、ありがとう!」
これで今日からフィフィは白陽の使い手か。
少し感慨深い。
ちなみに白陽流はもっとも使い手が多く、もっとも最強に近い流派だとされている。
霊脈一辺倒の白魔術は構造が簡単で、ほとんどの場合詠唱式を用いない。
白陽流はそんな白魔術を主体に据えた近接格闘武術。
ゆえに実戦的で、強い。
魔術プログラムの効率化を追及する武術において、白陽流はまさに単純明快な強さを誇るのだ。
フィフィはこれからもっともっと強くなる。
彼女の才能は並ではないからな。
おっと、人のことは置いとこう。
母さんに呼ばれた、今度は俺の番だ。
「さて、トレイン。あなたには黒天流の奥義〝仕込み〟をしてもらいます」
「ああ、仕込みかあ。うーん、あれって面倒なんだよね。属性は何でやるの?」
「そうね、とりあえずあなたが好きな金属でやってみたら。そうね仕込んでもらうのは、軌道設定。この屋敷を一周するように金属弾を飛ばしてみなさい!」
「分かった」
母さんは俺には多くの説明をしない。
俺の才能ってやつを買ってるからだ。
さて、白魔術が既にあるものをどうにかする魔術だとしたら、黒魔術はない物を作り出す魔術である。
大抵は火、水、風、土になるし、属性を混ぜれば金属とかも生成できる。
黒天流はそんな黒魔術を扱う武術。
ポピュラーな魔術師像はこれだろう。
さて、今回の課題は生成物に魔脈を仕込むこと。
これが仕込みという技術で、使いこなせば魔術に自由な動きや制限を加えられる。
もちろんそんなことを専門にやろうと思ったら魔脈を浪費して、できることも狭く実戦的ではない。
そういうのは学術系だ。
一芸を尖らせる学術系の魔術師とは違い、武術系の魔術師は連結を考慮した汎用魔術プログラムを作り上げ、体に覚え込ませる。
それだけの修行を二年積んできた。
よし、やってみよう。
息を整えて集中し、腕を前にかざして……、
「土脈、風脈連結――軌道金属弾」
普段ならただまっすぐ鉄弾が飛ぶだけの術だが、今回は違う。
金属を生成しながら、弾に魔力を流してプログラム化した魔脈を仕込み、飛ばすのだ。
いわばラジコンだ。
射出された金属弾はすーっと屋敷の奥まで飛んでいき曲がった。
当然、弾は視界から消えるも、魔脈を仕込んだので存在は感じ取れる。
達人なら、魔弾に視力プログラムを埋め込んで誘導ミサイルみたいな術も作れるらしい。
もっとも俺の場合は、おおよその気配を感じ取るしかないが。
そうやって金属弾に集中していると、ようやく屋敷を一周して背後から弾が回ってきた。
ちょうど母さんのところまで来ると、金属弾は魔力切れで霧散。
ふう、やっぱり神経をかなり使うなこれ。
「何とか成功したかな。どう、母さん?」
「うん! 合格ね。しかし驚いたわ。まさか二年足らずで黒天流の応用技術を修めるなんて……。私でもそこに至ったのは九歳の時なのに、ちょっと悔しいかもっ」
「じゃあ、俺の方が早いね。やった母さんに勝った!」
「ふふ、末恐ろしい子だ。たった七歳で黒天二級、白陽初級、銀星初級の三流派全てをきっちり修めるんだものね」
「大したことじゃないよ。師匠に恵まれただけ」
まあ、母さんが驚くのも無理はない。
特異体質の俺の場合、必要に応じて魔脈を自由に組み換えらえるから、人よりずっと魔術や武術の覚えがよい。
行き詰った時は脈を組み換えれば大抵は上手くいく。
もっとも、この世界の人から言わせれば、魔術線路が汚い、となるわけだが。
とにかく、これで三流派の土台はできた。
ちなみに三種類の武術を鍛えていくのは、よほどの天才でない限りほぼ無理らしい。
もっとも母さんは若くして、白陽特級、黒天一級、銀星二級を修めた天才の中の天才だが。
おまけに体内の線路延長は数万メトロにも及ぶ。
母さんは俺の頭を撫でると、ニコッと笑った。
「うーむ、さすがは私の息子! これはおめでたいわね。うふふ! もうすぐ八歳になることだし、これは何か素敵な贈り物をしなきゃだわ!」
今日の修行はこれでおしまい。
汗を拭って空を見上げれば、洗濯物を咥えた小鳥がどこかへ飛んで行った。
ああ~っ! と母さんの叫び声。
◆ ◆ ◆
誕生日のある日、気付けばもう八歳。
精神的にはあまり成長した気はしないが、感慨深い。
部屋で真奈と遊んでいると、屋敷に誰かやって来た。
コンコン、と玄関のドアが鳴っている。
母さんがいつもついているテーブルに目をやるが、紅茶の入ったカップが一つ、湯気を立てているだけ。
そういえばさっき、屋敷の地下倉庫に行ったっけ。
「トレインさん、お客様が来たようです。じゃあ、私は隠れますね」
真奈はすごく二番線語が堪能になった。
まあ、俺に対して敬語なのは相変わらずだけども。
正体をばらしても意味がないし、当面はこの距離感が続くだろうね。
しかし誰か人が来るたびに隠れる必要があるなんて……ちょっと可哀そう。
何とかしてやりたいんだけどなあ。
おっといけない、感傷に浸っている場合じゃない、お客さんを待たせちゃう。
「ちょっと出てくるよ。真奈は地下倉庫で隠れてて」
真奈にそう言い聞かせ、すぐに玄関へ行き扉を開ける。
「はい、どちら様――」
「トッくん~! お誕生日おめでとう~!」
「うわっ!」
ゴチン! と頭の辺りでいい音が鳴った。
イテッ、おでこをぶつけちまったよ。
まったく、いきなり抱きついてくるなよな。
まあ、これでこそフィフィって感じはするんだけど。
とりあえず石頭での一撃に目を瞑れば、その気持ちは嬉しい。
どうやらご両親と一緒に、俺の誕生日を祝いに来てくれたみたいなのだ。
「やあ、フィフィ。今日も相変わらず元気だね」
「うーん、トッくんももう八歳なんだね! あのトッくんがねえー……。あっ、でもね? 僕は君より早く八歳になってたんだよ! じゃーあ、僕の方がお姉さんだ!」
「そ、そう。とりあえず、僕から離れてくれると嬉しいよお姉さん」
そうだな、俺の思うお姉さんは、出会って早々頭突きはくれないよ。
と、内心溜め息を吐いて反応に困っていると、奥さんがフィフィを俺から引きはがしてくれた。
ちなみに彼女の隣にいる、やたら筋肉質でパワフルなおっさんが旦那である。
農作業ってのは、上腕筋を豊かにしてくれるね。
きっとフィフィは顔がお母さんに似て、気質はお父さんに似たのだろうなあ。
「トレイン君、お誕生日おめでとう。いつもフィフィと遊んでくれて、ありがとうね」
「いえいえ、こっちも楽しいですから」
立ち話もなんなので、早速アルユンユご一行を屋敷に迎えた俺だった。
場所を移して、屋敷の大広間。
もう八歳なので特別にパーティーを開いたりはしなかった。
母さんと仲の良いアルユンユ夫妻を招いての、ささやかな集まりとなった。
夫妻と母さんは酒を飲んで、楽しくおしゃべり。
たまに俺の自慢話が聞こえてくる。
わっはっはーという母さんの大笑いである。
フィフィはいつもの調子で元気一杯。
がつがつとテーブルに並んだ料理をたくさん頬張っていた。
でもなあ、頬にソースを付けてさあ、もうちょっとお淑やかにしないとだよ。
うぐむっ。
「ほおら、トッくんも食べなよ~っ!」
「や、やめて、無理やり食べ物を突っ込まないで」
「ほら、ほおら~」
うぐむっ。
うっ、ぐっ、こいつは相変わらずだ。
無邪気というかなんというか、初めて会った時から何も変わらない。
実は女の子だったということを毎回忘れそうになる。
長い時間が経った、夕日が庭裏の煙突森に傾いていく。
ふと、真奈のことが気になってしまう。
みんなが楽しく過ごしている間、あいつはずっと薄暗い地下倉庫で一人ぼっちなのだ……。
思えばここ二年、彼女はまともに屋敷から外に出られなかった。
唯一外に出る機会があるとすれば、母さんと一緒に魔宝石を補給しにダンジョンへ行く時だけ。
理由は一つ、車霊体である彼女は人目についてはならないから。
車霊体は存在そのものが貴重で尊く、誰か個人が所有していいものではない、らしい。
かつての真奈の笑顔を思い出すと、やるせない。
だけど子供の俺にできることは多くない。
今の俺はテッちゃんではなくてトレインだし、真奈は肉体と記憶がない。
せいぜい話し相手になってやるくらいか。
フィフィがちょんと頬をつついてきた。
「うーん、元気ないね。トッくん?」
「フィフィ、お前は気楽でいいよな」
と、頬をつつき返してやると、ほろ酔いの母さんが寄ってきた。
「うーい、ひっく……っとぉ。おお、トレイン~! あなたに、誕生日プレゼントをあげようと思うのだ! ちょっとこっちにいらっしゃ~い」
「うわ、酒くさっ」
「うん、くさいねえ。師匠ー、おばさん臭がするよー」
「っ! お、おばさんじゃなくてだねえ――」
「分かってるって、母さんはまだピチピチだ。分かってるよ、俺は」
「そ、そうよ! 私はまだまだ……って、話が逸れたわね。とっておきのプレゼントあげるからこっちにいらっしゃい。ひっく……」
母さんは紅潮した顔面のまま、俺を別室に連れ出したのだった。
しかし母さん、足取りがおぼつかないぞ……。
連れてこられた先は屋敷の地下倉庫。
薄暗く隙間風も入り、おまけに地面が裸の剥きだしだからちょっと寒い。
足元をネズミがそそくさと走って、壁と地面の隙間に消えた。
「うー、さむっ。目が覚めるわ」
母さんは肩を抱くと犬みたいにぶるぶるっと震え、酔いを醒ましたようだった。
「で、母さんプレゼントって何?」
「そうそう、それなんだけどね。私、この二年ほど、ダンジョンでずっと探し物をしてたの」
「探し物?」
「二年前、物騒な奴らと出会ったでしょ。特に金ぴかのキツネ男、えーっとジスターだったっけ? 母さん、それが心配で心配でね……だから何とかしようと思ったの」
「でも、来なかったでしょう? 案外諦めてくれたのかも……」
「そんなわけないでしょう? あいつはねえ、零号国の人間。つまり……楽園のある終点駅からやってきた人間なの。あの金ぴかの制服、間違いないわ」
「え、どういうこと? すでに終点駅には誰かたどり着いてるってこと?」
「そう。もう何百年も前に先駆者が楽園に着いたのよ。それが零号国の人間たちよ。私たちが今走っている線路だって元々は零号国が作ってくれたものなの」
「も、もしかして、俺ってとんでもない人間に命を狙われてるんじゃ……」
「だから心配なのよ。本当ならロロ姉に正直に話して頼りたいけど、姉さんも立場があるからねえ。これ以上、私が王都を引っ掻き回すのもあれだし」
「……ど、どうしよう」
「ほら、そんな顔しないの。そのために、とっておきの誕生日プレゼントってわけだから。ほら、これ」
母さんはドレスからおもむろに一つのペンダントを取り出した。
そしてそれをそっと俺の首に掛けてくれた。
チャリンと涼しい音を立て、赤くて綺麗な輝きが胸元に落ちる。
「母さんこれは? 綺麗なペンダントだけど」
「それはね、今までで私が手に入れた中で最高の魔宝石〝真紅宝珠〟。それを研究車両の知り合いに加工してもらって魔法具にしたの。つまり魔除けのお守りよ」
「魔除け?」
「銀色ローブの魔術師がいたでしょ? 彼に言われたのよ」
「あの人、か」
「これがあれば心配無用! ……とはさすがに言わないけど、敵があなたを探そうとしてもそう簡単には探せなくなるはず」
「あ、ありがとう母さん! すごいっ」
「でも油断は禁物よ。あなたたちが立派になるまでは私が守ってあげるつもりだけど、零号国の人間はアールド古代文明の全てを知り尽くしている。……だから、分かるわよね?」
「うん、分かった。俺も守られるだけじゃなくて、真奈や母さんを助けられるようにもっともっと強くなるよ」
俺の言葉に、母さんは目を細めて、微笑んだ。
そっと俺の頭を撫でながら、
「さっすがは我が息子。頼もしいね! ……じゃあ、そんなあなたにもう一つプレゼントがあります」
「え? まだあるの?」
「と言っても、こっちはあなたというよりはマナちゃんへのプレゼントなんだけどね」
母さんは頬をポリポリと掻くと、倉庫の奥に向かっていった。
俺もついていく。
たどり着いた奥には、布が被せられた何かゴツゴツとしたものがあった。
薄暗いことも相まって、ちょっと不気味。
「なにこれ?」
「マナちゃんの入れ物ね。車霊体は魔力の塊だから、敵に見つけてくださいって言ってるようなものなの。だから魔力を閉じ込める入れ物を特注で作ってもらったってわけ」
「へえ、その研究車両の知り合いってすごいんだね」
「まあ、あいつはかなりの凄腕よ。あ、でもパパには劣るけどねっ。――って、あいつのことはもう忘れるんだった! さっきのはナシ、忘れてっ」
母さんはギリリと唇を噛むと、勝手に不機嫌になって首をブンブンと振った。
赤茶の長髪が乱暴に揺れ、肩を落として、はあっと溜め息を吐く母さん。
どうやらまだ見ぬ父さんは研究職だったようだ。
そして喧嘩別れだろうか、父さんに対して、母さんは複雑な感情を抱いているらしい。
……もっともそれは俺の知ったことではないが。
とにかく母さんには研究畑の人間とコネがあるってこと。
「ふう、嫌な過去を思い出しちゃったわ。と、とにかくよ、これを見なさい!」
母さんは勢いよく布を取っ払った。
そして現れたのは……、
「あっ、人形!」
そう、人形である。
といっても結構武骨で、いつかのダンジョンで見たオートマタをシャープにしてより人型に近づけた外観。
まだまだバランスの悪い人形で、パッと見は中々迫力があった。
ただ、美的センスには個人差があるもので、母さんは誇らしげにふふんと顎をしゃくった。
鼻高々って感じ。
「母さん、ダンジョンでオートマタを捕獲したの! そして大改造してもらったのがこれ! けっこう可愛いでしょう?」
ロボットアニメで出てくるとしたら間違いなく敵側のデザイン、おまけに初期型って感じの雰囲気に溢れている。
「ええ、可愛いのかなあ? これ……」
首を傾げていると、母さん。
「むっ、この子は可愛くないと申すか。ま、まあ、実際に動くところを見たら、感想も変わるわよ! マナちゃん出ておいで!」
母さんが物陰の奥に目をやると、そこから銀色の球体が飛び出してきた。
そして母さんの周りをふわふわ飛びながら、
「こ、これが、私の体なんですか?」
「そうよ! ちょっと乗り移ってみてよ」
「あっ、はい!」
真奈の声はどこか昔の面影を感じさせて、なんだかウキウキしてた。
あの無邪気な真奈が帰ってきた、とこっちまで嬉しくなっちゃうよ。
銀色の光がオートマタに乗り移ると、それはやがてギリギリと音を立てて動き出す。
おお、相当高度な魔術プログラムが仕込まれているようで、これはすごい。
ギリギリ、ギリギリ……。
垂れていた首ががくがくっと震えた後に持ち上がった。
あっ、目が二つあるぞ。
おかげでダンジョンで見たやつより愛嬌を感じる気がする。
今度はぐったりと垂れていた手足に力感がみなぎり、オートマタはぎこちないながらも立ちあがったのだ。
そう、立ち上がったのだ!
震える足腰ではあるけど、そしてオイル臭いけれど、おまけにちょっと硬そうだけど、でも立ってる。
あの真奈がだ。
あの車いすだった真奈が……。
俺は思わず顔に手を当てた。
手に熱い涙が伝っていく。
「真奈が立った! これは……これはすごいよ、母さん! これはすごい! 間違いない、なんてこった!」
「え、あら、どうしたのトレイン? やだ、なんで号泣してるのっ」
「だってすごくうれしんだもの! すごく! 夢を見てるみたいなんだ俺」
「まあ、喜んでくれるのなら、母さんとしても嬉しいけどね! どう、マナちゃん、体の感じは?」
真奈は頭部のレンズをチカチカっと楽しげに輝かせた。
青い光がまばたきのように、チカチカ点滅する。
そしてバアッと腕を広げて、母さんに抱きついたのだ。
ガシャアーンと音を立ててガラクタが崩れる。
母さんの足がバタバタ。
なんだかすごくおかしくなって、俺は涙しながら笑った。
「リリーザさん! 私、立ってる! 歩ける! 嬉しいです! ああ、リリーザさん。ありがとうございます」
本能で分かっているのか、もしかして記憶が少し戻ったのか、真奈は立てたことにとても喜んでいた。
歯車をグルグル回しながら、母さんを締め上げる。
うーん、感動的だなあ!
「ぐっうう、ちょっとマナちゃん? 重い……重いのよう……っ。トレイン、助けてぇ~」
「リリーザさん、ありがとう。ありがとう!」
「母さん、ありがとう!」
「お礼は良いから、助けてってばあっ」
こうして真奈はちょっとごつい機械の体を手に入れたのだった。