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第5駅 初めてのダンジョン

 薄暗い階段を下り続けている。

 天井からパラパラと砂埃が落ちてくる。


 乾いた風がびゅうと吹く。

 石造りの壁が水分を吸って、空気が乾燥しているんだ……。

 緊張感も相まって、喉が渇く。


 ダンジョンの中はどんよりとした空気に覆われていた。

 視界が悪く危ないので、体内の土脈と水脈を寄り合わせるように組み換え、松明の木を生成。

 む、緊張のせいで組み換えが上手くないな、形がいびつだ。

 まあいい、その先っちょに火属性魔術で明かりを灯す。

 ついでに金属魔術で頭にヘルメットを被せる。

 そうやって魔物と遭遇しないことを願いつつ、王国列車の地下へと潜っていった。


 かつーんかつーん。

 足音が不気味に反響し、寂しい雰囲気だった。


「おーい、フィフィーどこだ~……」


 あんまり大きな声を出すと怖いから、小声でフィフィを呼ぶ。

 当然、返事はなかった。

 多分、もうかなり奥まで行っちゃったのかも。

 あいつ、足速いしな。


 階段を抜けると、狭い回廊が現れた。

 古代文明の装置がどこかで動いているのか、遠くの方でゴウンゴウンと重い音が聞こえてくる。

 息を呑み、恐る恐る石の回廊を進む。

 地面がでこぼこしてるから転ばないように注意して。


 松明の炎が、パズルのごとく重なる石壁の隙間に深い影を刻む。

 十字路にT字路、その上似たような景色ばかりが続くから迷いそうになった。

 けど、真奈の声を頼りに進む。

 足取りに恐れはあるものの、迷いはなかった。

 彼女の声は不思議と、直接この体に訴えかけてくるよう。

 真奈の声を頼りに勇気を振り絞っている。


「真奈、ずっとこんな場所に閉じ込められていたのかな。今度こそ、絶対に助けてやらないと……」


 結界まで張って閉じ込められていたんだ、怖かったし寂しかったに違いない。

 六年も気付いてやれなくて、すごく情けない気持ちである。

 ちゃんと助け出せたら、母さんに頼んで屋敷に迎えてやろう。

 美味しい料理と、温かい寝床を用意してさ。


 前世での真奈との日々を思い出して、少し笑う。

 すると、


「何か、来る……」


 さっきからずっと遠くの方で聞こえていた重く乾いた音が近づいてきた。


 ゴウン……ゴウン……ゴウンゴウン……ッ。


 音源が動いている……?

 トラップか何かか?

 そう思って立ち止まり、壁に耳を当てる。

 石の壁伝いに音が聞こえた。


 音は一定のリズムを刻んでいて、何かの足音みたいだった。

 魔物だろうか?

 いや、なんだか機械っぽい音だ。


 音はこっちに向かって、迷うことなく近づいてくる。

 これには焦った。


「な、なんなんだよ……」


 震える声を押し殺し、どこか隠れる場所がないか辺りを見回す。

 しかし、そんな場所はなかった。

 石の壁に隙間はあるけれど、そこから一定間隔で熱い蒸気がプシューッと噴出していた。

 入ろうものなら火傷は必至。


 仕方ないので、足音から遠ざかるよう迂回することにした。


 十字路を左に曲がって、右に曲がって、まっすぐ進む、そして逃げるように曲がる。

 よろよろとした足取り、まるで自分の足が自分のものではないようだった。

 依然、足音が近づいてくる。

 ジグザクに曲がって、相手を混乱させるように進んでみるのだが……。

 それでも足音が遠ざかることはなかった。


 ゴウン……ッゴウンッ!


「追跡されてるんだ……。原因は臭いか? 足音か?」


 分からない。

 どうしよう。


 そうやって泣きそうになっていると、いつの間にか足音が二つ分に増えていた。

 泣きっ面に蜂。

 だぶった足音が鼓膜を震わせ、もうすぐそこまで。

 音が狭い回廊の空気を震わせ、天井から砂埃が落ちてくる。


「ごほっけほっ。く、くそぅ……」


 やばい、やばい。

 下手に動くと、地理がない俺じゃ追い詰められるだけ。

 く、来る……目の前のT字路、左右の両側からやってくる。


 足がガクつき逃げ出しそうになったけど、やめた。

 真奈たちが大変なんだ、逃げてる時間すらもったいなかった。

 こ、こうなったら迎撃してやる……っ。

 覚悟を決め、曲がり角の方へ右手を構えた。

 大きく深呼吸、そして金属弾の準備を始める。


 すると、そいつらは現れた。

 バランスの悪い体型の人間……じゃないな、人形か。

 金属骨格を剥き出しにした筋張った体、異様に短い脚と長くて太い腕が特徴的。

 まるで松葉杖を突いた怪我人みたいな歩き方。

 ぎこちない歩行だけど、列になった二体は結構なスピードで迫ってくる。


 カメラレンズみたいな頭部の目が一つ、闇を赤く照らしていた。

 歩くたびに、それがぶらぶらと揺れる。


 脚は相変わらずがくがく。

 だけど、化け物を目の前にすると存外覚悟は固まった。


 機械人形を狙い、金属弾をぶっ放す。

 しかしビビった体は正直で、手元が狂い弾の軌道が逸れた。

 弾は回廊の壁ごと配管を抉り、プシュー! と白い蒸気を噴出させた。


 ええい、下手な鉄砲も数を撃てばだ。

 今度は弾丸を三十発くらい連射して見舞ってやった。

 でも、駄目。

 ヂュインッヂュイィンッとけたたましい音を上げ、弾が次々に弾かれてしまったのだ。

 まったくなんて硬さだよ。

 威力が足りてないのか、装甲がへこみすらしない。


 はあ……はあ……神経が、魔脈が擦り切れそう。

 だけど集中を切らすな。

 腕の中の土脈を四つ寄り合わせ、すぐに金属弾プログラムを組み換える。

 今度は一発の大きさをスイカくらいにしてぶっ放した。


 ガギイイン、と大きな音を立て弾が直撃、機械人形を大きく吹っ飛ばす。

 やった! 後ろのやつまとめて倒れ込んだ。


 先頭のやつは何度か立ち上がろうと、がくがくと硬い音を鳴らして腕を回す。

 しかし起き上がったところでカメラの輝きが失せ、動きを止めた。

 腹の金属骨格が事故車両みたいにひしゃげて、ピストンから黒煙がもくもくと上っていた。


「へへ、ざまあみろ……スクラップだ」


 ほっとしたのも束の間。

 後ろの方の機械人形がむくりと体を起こした。

 さっきの一撃でところどころいかれてしまったようだが、動作に問題ないらしい。

 相変わらずの奇妙な振る舞いで、近づいてくる。


「だったら、壊れるまで……っ」


 右手を構え直した。

 金属弾を射出――

 あ、れ……?

 え……出ない。


 くそ、魔力の流れが滞っている。

 ああっ、魔脈が切れてるんだ。

 そのせいで金属弾プログラムがエラーを起こしているっぽい。

 無理やり脈を組み換えたり、弾を連射したりしたのが不味かったのかも。


「う……」


 機械人形がじりじり寄ってくる。

 たまらず逃げるように後退。

 くそ、こっちに来るな。


 だけど狭い通路、逃げ場所はない。


「う、うわああ」


 半ばヤケになって松明をブン投げる。

 人形は転がった松明を一瞬だけ見つめるが、

 魔力切れで松明が霧散してしまえば、こちらに向き直った。

 明かりが消えた闇で、レンズの光線が俺を捉えた。


 覆いかぶさってくるような闇の中で、逃げるように後ずさった。

 まるで肉食動物から逃げようとする小動物のごとく、視線すら離せず、じり、じり、と。


 どん……。


 ん、何だ? 背中に何かぶつかった。

 まさか袋小路に追い詰められたのか、と振り返ったら、そこには一人の男が。

 手には不思議な輝きを放つ古木のロッドを握っている。

 それに照らされ、少しくすんだ銀色のローブが浮かんだ。


「何か声がするかと思ったら、少年ではないか。……しかしその姿、なるほど、転生術は成功していたのか」

「あ……、あの時の暴走列車にいた」


 異世界行きの列車で殺された時、一緒にいた魔術師風の男だった。

 なんで、そんな人がこんなところに?


 ふいに男は首を振った。

 目深に被ったつばの広いとんがり帽と、首周りの分厚いローブでその表情はうかがえない。

 ただ声だけが、怪訝そうだった。


「さて、困ったことが起きたぞ。……マナが見つかってしまったのだ。原因はなんなのだろうか、君?」


 何言ってんだ、この人?

 んなこと俺に言われても……。


「あの、何を言って――というか前っ」

「原因はだな……少年、おそらく君の存在である。私の結界術は完璧だからな、そうとしか思えん」

「なに言ってんだ! 目の前だよ! 前!」


 き、機械人形が迫ってきてる!

 すると男はゆったりとした動作でロッドを構えた。

 ローブの袖から、意外とたくましい腕が覗いた。


「あれは旧式のオートマタだ。熱に反応して追跡してくる。なに、取るに足らないものだよ」


 男はロッドからポッと炎の人形を作り出して、機械人形の前に放った。

 取るに足らないものだ、と彼はもう一度呟いた。

 すると炎人形は歩き出して機械人形の前で踊り、誘うように通路の奥へ消えていく。

 機械人形もまた、炎人形につられ闇の中へ消えていった。

 ゴウンゴウン、その不気味な足音が遠ざかっていく。


「擬似熱源だ。覚えておくといい」

「……す、すごい」


 敵が消え安心、そして男の知恵に感心していると、


「では話を戻そうか。私は今、とても困っているのだ、少年」

「は、はあ……」

「私はマナを封印していたが、結界が破られた。本来、見つかるはずのないこの場所が知られてしまったのだ」

「ちょっと待って下さい。あの、話が呑み込めない」

「ふう。私はね、文明遺産を管理保護する〝魔宝財団〟の人間だ。マナという遺産を保護しにきたのだが……、少し手違いが起きてしまったのだよ、君」

「え、えっと、その財団は知りませんが、手違いですか……大変ですね」

「まったくだ。あの時、君を死なせてしまったことが失敗だった。……マナに懇願されて転生術を施してやったのだ。マナを封印する関係上、好都合だと思い施術したが……それは仇となった」

「あのつまり、どういう……?」

「つまり、マナのおかげで君は助かったということだ。転生術には触媒がいる、例えばマナの〝心身〟がそうだな。しかしそのせいで、君とマナの間に何らかの相互作用が生じてしまったのだろう……それが手違いだ。やつらは君の誕生からマナの存在を気取った」


 言っている意味はいまいち分からんが、一つ分かった。

 この人、いや、こいつはさっきから真奈の封印がどうのと言っている……。

 つまり、そういうことだ。


「あの、もういいです。俺は真奈を助けたいんだ。結界とか封印とか……あんたが悪者だってことは分かった。真奈をこんな場所に閉じ込めやがって! お前、敵だな?」

「落ち着け、少年。自慢ではないが、今の私は手傷を負い、余裕がない。君が私に牙を剥けば、私も身を守るために君を倒さなくてはならなくなる」


 何言って――……ん、確かによく見たら彼の足元、血がじわじわと広がっていた。

 超然とした態度なのに、ローブの中身は結構やばいのかもしれない。

 しかし俺には関係ないよ。

 と、身構えたところ、男は続けた。


 表情は読み取れないが、口調は相変わらず冷淡だった。


「それに君、考えたまえ。マナを助けたいというのなら倒すべきは私ではないのだよ」

「な、なに……?」

「あれは恐ろしい力を持っている。そして、あれを利用しようとこの場所に入り込んだ輩がいる。君のいう敵は彼らだ。私ではない」

「……どうして、そう言えるんだ?」

「私はマナを保護し、世界の終点へと送り届けるのが任務。確かに封印はしていたが、仕方のないことなのだ。彼女のためである」


 どこまで本当なのか分からなくなってきた。

 確かにさっきは助けてくれたけど……。

 でも、怪しいことに変わりはない。


 とりあえずダンジョンの入り口に結界を張っていたのがこいつであるのは間違いない。

 だけど、その結界を破ったのが別にいて、そいつが敵だとこいつは主張する。

 うーむ。


 あれこれ考え込んでいると、男は俺に提案した。


「なんにせよ私は困っている。そしてマナが見つかってしまった以上、四の五の言っていられない状況だ。これも何かの縁、私に協力してもらうぞ」

「……」

「疑っているな。だけど時間はないぞ。今、この瞬間もマナが強大な敵の手に渡ろうとしている」

「…………」

「信じてくれなくても結構。しかし君、今でも聞こえるあれの悲鳴を聞きたまえよ……。おのずと答えは決まるのではないのかね?」


 そう、真奈が苦しそうなんだ……。

 助けて、助けてって言っている。

 少なくとも今、この男が真奈を苦しめていないことは確かであった。


「……わ、分かったよっ。どうすればいいの? 真奈の苦しみを止めてやりたい。助けたいんだ」

「よろしい。では、握手をしよう」

「あ、握手?」

「この世界の作法だよ、君」


 おもむろに手を差しだしてきた。

 友好の印かな、もしかして案外フレンドリーなの?

 まあいいや。


 手を握り返すと、男は頷いた。

 表情が見えないから、どういう意味の頷きかは分からない。


「ふむ、なるほどな。……では笑え、作戦だ。私はこれから君の母上に助けを乞おうと思う。その間、マナを連れていかれないよう時間を稼いでくれ。……それだけだ」

「え、それだけ……」


 おいおい、本当笑っちゃうよ。

 落ち着き払った口調の癖に、全くのジリ貧じゃないか。


「な、情けないなあ、あんた! 六歳児に時間稼ぎを頼んで、あんたは脱出して母さんに泣きつくのか……。一緒に戦うって言えないの?」

「笑え。例え私がここで傷を治し共闘しようとも、また同じことの繰り返しなのだ。だったら私は陽炎の剣士を呼ぶ。そして君はどうだ、マナのおかげで特異体質である。これは勝率の問題なのだ」

「勝率の問題……物は言いようだ」

「マナを助けるためだ」

「……む」

「頼むぞ。残念ながら、強大な敵を相手取るには、私の味方は心もとない。君でさえ頼りなのだ。では、私は行く。敵は二人、健闘を祈っているぞ」


 男は俺に重要な役目を押し付けると、ぼつりと呪文を呟いた。

 詠唱式の転移魔術だろうか、眩い光に包まれるとどこかに消えた。


「何だったんだ、一体……まあ、どっちにしろ真奈を助けることに変わりはないけどさ」


 そういえば、名前も聞きそびれたな。

 でも、いいやつとは思えなかった。

 真奈を守るとか言って、結局六年もこんな場所に閉じ込めてたんだから。

 いや、魔術師風の男のことはいったん置いとこう。


 ヤバそうな敵がいるらしいが、俺のやることは変わらない。


 松明を作り直し、助けを求める真奈の声の元に向かっていった。


  ◆ ◆ ◆


 回廊を歩く、歩く、歩く。

 だんだん真奈の悲鳴が近くなってきた。

 もうすぐそこだ。


 しかし、さっき魔術師の男から貰った知恵が役に立った。

 魔力を余分に流し込んだ松明を放置すればダミー熱源になったのだ。

 そうやってオートマタの探知をごまかして進むことができた。


 さらに進むことしばらく。

 通路が開けてきた。

 そして壁際に怪しい光が灯り始めた。

 どうやら石の隙間から蛍光が漏れているらしい。

 シュッシュッポッポッと、蒸気の巡る音も相変わらずだ。

 壁の裏に何かあるのかもな。


 警戒しつつ、広がっていく空間を進んだ。

 じわじわと天井が高くなってきた。

 それに伴い、天井を支える柱も出てくる。

 でこぼこしていた地面も整い始め、歩きやすくなった。

 うすぼんやりとした光が地面からも生じ、松明の必要もなくなる。


 松明を投げ捨てたところ、何か目の前に見えた。

 目を凝らすと……、


「ん、あれはっ!」


 フィフィだ。

 ぐったりとして動かない。

 地面から上る光の粒が、まるで死体にたかる羽虫のようだった。

 嫌な想像が働き、すぐに彼の元へ駆け寄った。


「フィフィ!」


 抱き起こそうとしたが、やめる。

 どこを痛めのかは分からない。


 とりあえず出血はないようだ。

 胸に耳を当てる。

 心臓は動いている。

 大丈夫、呼吸もしている。

 袖をまくり、腕や脚の様子を見る。

 ……骨折もしていない。


 どうやら、圧倒的な力量を持つ者に一撃で気絶させられたようだ。

 とりあえず命に別状はなさそうなので、ホッと一安心。


「水の精霊よ、清き言霊より命ずる。その母なる安らぎを以って、今、命の息吹を――ローヒール」


 医療の知識はないが、いちおう治癒魔術を掛けておく。

 内臓がやられていない限り、これで死ぬことはないはず。


 ふと顔を上げると、小さな扉があった。

 赤くてやけに装飾が凝った扉である。

 そこから真奈の悲鳴が聞こえてくる。

 あそこにあいつがいる。


 助けないと! と思い、立ち上がろうとしたところ、フィフィ坊が目を覚ました。


「う、うー……ん。あっ……トッくん。おはよう」

「あ、フィフィ、目が覚めたのか。よかった」

「トッくん、あのね……僕ね……うぅ、ごめん。トッくんの言うとおりだった……ごめんなさい」


 よほど怖い思いをしたのか、目に涙を溜めて、しょんぼりと反省しているようだった。

 怖いものなしだと思っていたけど、まだ小さな子供なんだよな。

 叱ることは多い、けれど今、彼を責める気はなかった。

 こいつのおかげで真奈を見つけることができたのは間違いないのだから。


「そう、しょんぼりするな。俺の方こそ悪かった。お前は嘘を吐いていなかったんだ。それどころか君は勇気ある人間だった。……そのつまり、信じてやれなくてごめんってこと」

「悪いのは僕なのに……えへへ、トッくんは優しいね」

「フィフィには感謝しているんだ。……よし、仲直りも終わったことだし、少し待っててくれ。ちょっと忘れものを取り返してくる」

「い、行っちゃうの?」

「どうしても、やらなきゃいけないことがあるんだ。少なくとも、ここで逃げちゃいけない、絶対に」

「じゃあ僕も……! ……うっ」


 体を起こそうとしたフィフィ坊は喘ぎ、苦痛に顔を歪めた。

 俺の治癒魔術じゃ、あまり上手に回復させてやれなかったみたいだ。

 今度、きちんとプログラムを組んでおこう。


「ありがとう、フィフィ。その気持ちだけで十分だよ」


 覚悟を決めて立ち上がった。

 しかし決意とは裏腹に膝が笑っていて、なるほど俺はビビっていた。


 俺よりずっと実力者だったろう、あの魔術師の男をボロボロにした者が相手。

 どうなるか分かったもんじゃない。


「あのさ、フィフィ。……も、もし母さんが来たらさ……今まで楽しかったって伝えておいて。俺を生んでくれてありがとうって」


 気づいたら、縁起でもない台詞を口にしていた。

 情けないことに声が震えていた。


 じゃあな、と手を振り、真奈の元に向かおうとする。

 そしたら、なんとフィフィ坊は立ち上がった。

 座れと促すが……、


「やっぱり、僕も行く! だって、すっごく強いおじさんが中にいるんだもん。だ、駄目だよ一人で行っちゃ」

「で、でも、お前……無理だよ」


 来るなと言うが、フィフィ坊は目を閉じて集中を始めた。

 すー……はー……と深呼吸。

 すると風も吹いていないのに、短い金髪がさらさらとなびいた。

 白い魔力が立ち上り、力強く彼の体を包んだのだ。


 フィフィ坊は俺の手を握った。

 しっとりと吸い付くような、とても柔らかい手だった。


「魔術で体を強化すれば……大丈夫。それに二人で協力しないと、絶対にあの子は助けられないよ。僕は、トッくんを一人で行かせないんだ。だって、君の友達だもの」


 温かくて、思わず安心してしまうような魔力が流れてきた。

 すごい、勇気が湧いてくる。


 どうやら俺は同じ間違いを繰り返すところだったらしいな。

 そうか、そうだよ、一人で行っても犬死にするだけ。

 それじゃ、意味ない。


「ありがとう、フィフィ」

「へへ、どういたしまして!」

「よし、必ずあの子を助けよう! 行くぞ!」

「うん!」


 フィフィ坊が一緒に来てくれるのは、心強い。


 けど、二人が行って二人とも死にましたじゃ話にならん。

 時間さえ稼げれば、母さんが来てくれるはず。

 なので生存能力を極限まで高められるよう、防御重視の魔術プログラムへと魔脈を組み換えた。


 そして真奈を助けるため、赤い扉に向かって駆け出した。

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