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第4駅 囚われの幼馴染

 今日も王国列車は世界の終点目指して走っている。

 雲が速い。


 フィフィ坊と遊んだり、魔術を競い合ったりすること早三年。

 俺たちは六歳になった。

 フィフィ坊も六歳なので少しは手加減できるようになって何より。

 まあ、まだまだ子供だから振り回されることは多いけど。


 そんな俺たちはいつしか運天士を目指す仲間となっていた。

 列車の玩具をフィフィ坊にあげたのがきっかけだったのかもしれない。


 よし頑張ろう、早く運天士になって真奈を探しに行くんだ。


  ◆ ◆ ◆


 ある日。

 母さんが庭で洗濯物を干している。

 その横を俺たちが通り過ぎ、


「母さーん、フィフィと庭裏の煙突森で遊んでくる」

「はいはい、フィフィちゃんと仲良くね。あ、でも、あんまり奥に行っちゃ駄目よ!」

「分かった~」

「行ってくるねー、おばさ~ん!」

「ななっ、おばさんって。私はっ、まだまだピチピチの二十二歳ようっ!」


 フィフィ坊の一言に、お布団を激しく叩き始めた母さん。

 はっはっは、平和だなあ。


 ……さて、屋敷の裏で広がる煙突森に入った俺たち。

 いい感じに草木が茂っているから、探検気分が味わえる。


 フィフィ坊の虫捕りに付き合わされ、森の中を進んでいく。

 俺が作ってやった金属の虫かごを手に、フィフィ坊は陽気な足取りである。

 いいね、その屈託のない笑顔。

 魔脈がもったいなかったけど、虫かご作成用の魔術プログラムを組んだ甲斐があったってもんだ。


 しかしまあ、木に登ったり飛んだり跳ねたりと、こいつは身軽だなあ。

 目がいいのか、草木に擬態した虫をあれよあれよと捕まえていく。


「トッくん! 見てみて、虫さんいっぱい」

「わあ、うじゃうじゃいるね。これはグロテスクだ」

「なんでさ、綺麗でしょう。ほーら、トッくんにもあげる」

「いらないって」

「はい、どうぞ」


 虫かごに手を突っ込んで、虹色に輝く虫を鷲掴み。

 普通の子なら躊躇するところ、こいつにそんな感覚はない。

 この間は、でっかい王様かぶとを頭に乗っけてたもの。

 そんなのが彼のマイブーム。

 まあ、付き合ってやるけどさ。


「いてっ噛まれた。しっかしお前さあ、虫とかそんなのが好きだよなあ。で、今日は何する?」


 フィフィ坊は俺の手を引き、森の奥の煙突を指さした。

 得意げな笑み、こいつのプニプニした頬にえくぼができている。


「あのさ! 僕ね、煙突の下で秘密基地を見つけたんだよ。声がするから、そこに誰かがいるみたいなんだー」

「秘密基地ぃ? おいおい、それに煙突の下って……」


 車内エネルギーの排出口である煙突。

 その下に、大抵ダンジョンの入り口があるってのがこの国の列車事情。

 なんだか嫌な予感がする……。


 フィフィ坊は純白体質である。

 そのため体が頑丈で結構無茶をする。

 よくどこかへ探検に行って奥さんを心配させる悪い癖がある。

 で、必ずどこかしら擦り剥いて帰ってくる。

 きっとロクでもない場所を見つけてきたのだ。


「えっとフィフィ、その秘密基地ってどこにあるの?」

「森の奥の奥に、地下階段があるんだ。そこだよ!」

「うわあ、地下階段って、それダンジョンの入り口じゃないか。多分、そこにいる誰かってのも危ない人だよ」

「んん、ダンジョン? なあにそれ」


 きょとんとして俺を見つめるフィフィ坊。

 まさかダンジョンのことも知らずに、地下階段へ入ったんじゃないだろうな。

 本当、見た目だけはか弱そうな美少年なのに、怖いものなしである。


 彼の頭を飛び回る綺麗な蝶々を逃がすと、ダンジョンについて話して聞かせた。


「フィフィ、お前も知る通り、この世界って列車だろう?」

「うん、僕も列車の運天士になるんだ! トッくんと同じだねっ」


 そりゃいい夢だけど、だったらなおさら命を大切にしないと。


 赤ん坊のころ、地下階段から出てきた犬の魔物を見たけど、あれはヤバかった。

 あの時は母さんが瞬殺したけれど、子供だけでどうこうなる相手じゃない。


「よく聞け、俺たちが普段住んでいる場所は列車でいうところの屋根部分だ。分かる?」

「うん、ばっちり」


 キラキラの笑顔だけど、分かってなさそう。

 だってもうすでに森の奥へ向かってるんだもの。

 あおあおとした茂みに入ろうとする彼の手を引き、制止する。


「こらこら、待てって。列車だから当然、客室や貨物、古代の駆動部分がある。昔はどうだったのか知らないけど、今はそこ全部がダンジョンで魔物の住処だ。な、恐ろしいだろ?」


 列車の屋根下には未知の地下領域がたくさん広がっている。

 この列車が走り始めて、もう一四七八年も経つけど、まだまだ謎の部分は多い。

 あの強い母さんだってそんなダンジョンに挑戦する者の一人。

 だから子供の出る幕じゃない。


 けどフィフィ坊は目を輝かせた。

 わあ、こいつは駄目だな。

 ぴょんぴょん跳ねるたびに、短い金髪が楽しそうに揺れる。

 って、見とれてる場合じゃない。


「か、帰ろう。あんまり奥に行ったら、母さんに怒られる」

「えーなんでさー、面白そうでしょう?」

「お前、本当やめろよ。ダンジョンは駄目だって」

「いーやーだ!」


 さすが六歳児、言うことなんて聞きやしない。

 止めようにも、馬鹿力でずるずる引っ張られていく。

 こいつは俺と違って、白魔術一辺倒の体力馬鹿。

 脳みそまで筋肉なんじゃないかと思うことも少なくない。


「ぐっ、フィフィ、ち、ちょっと待って」

「ほら、行こう行こう」

「じ……じゃあっ、こうしよう。魔術勝負! 負けたら勝った方の言うことを聞く。どう?」

「勝負? ふーん、分かった。じゃーあ、チャンバラにする? 殴り合いにする?」


 こいつは本当、そんな爽やかな顔でどうしてそういうこと言うかな。

 ……もちろん体力馬鹿の純白野郎と殴り合いはしたくない。

 もち肌だと思って油断すれば、魔術の拳骨はもはや石である。


 そうだな、ここは不公平にならないよう、お互い苦手な銀魔術で勝負しよう。

 確か治癒系全般が銀魔術だった。

 じゃあ、あそこの草陰で萎れている花を復活させたら勝ちってことで。


「よし、フィフィ。ここは一つ銀魔術で白黒つけようじゃないか。あそこで枯れそうになってる花を元気にした方が勝ち」

「えー、僕は白魔術が得意なのにぃ」

「俺も黒魔術の方が得意だよ。だけど銀魔術だって運天士になるために避けては通れない道だぞ!」

「むむう。はいはい、分かったよ。じゃあ僕からやるねっ」


 ほっ、上手くこっちのペースに持っていけたな。

 運天士を目指しているだけあって、魔術に関しては真面目である。


 彼は俺が持ってた魔術大全を手に取ると、花の前にしゃがみ込んだ。

 花としばし睨み合うフィフィ坊。

 小さなピンクの花は風に負け、くたっと倒れている。

 さ、お手並み拝見といきますか。


 ちなみに治癒魔術は、白魔力と黒魔力を扱うのでプログラムを組むのが難しい。

 短いけど、母さんでさえ詠唱していたからな。

 だから魔脈が未熟なフィフィ坊に、無詠唱はまず無理。

 詠唱式でも厳しいだろう。


「えーと、ローヒールの詠唱式はこれかな。

 水の精霊よ、清き言霊より命ずる、その母なる安らぎを以って、今、命の息吹を……ローヒール!」


 ……うむ、何も起きない。

 強化魔術一辺倒の彼だから、やっぱり治癒系の魔脈ができてない。

 魔術の種類によるが、ある程度は魔脈をプログラム化してないと、詠唱式でも駄目。

 詠唱式ってのは魔力の流れをサポートする、自転車でいう補助輪みたいなものだから。


「あれ、おかしいなあ。ちゃんと詠唱したのに、どうしてできないの?」

「はっはっは、フィフィよ。修行が足りんな!」

「むっ。じゃあトッくんやってみてよ」

「よーし、見てろ」


 本を受け取り、花の前にしゃがむ。


 さすがに俺も無詠唱で治癒はできない。

 多分、本気で治癒専用のプログラムを組もうと思ったら、魔脈が足りなくなって他のプログラムを犠牲にしないと駄目な気がする。

 だから母さんも専用のプログラムは作らなかったんだと思う。


 俺にできることは既存の魔脈構造で、専用ではなく擬似的な治癒プログラムを再現するくらいか。

 そしたら、詠唱式のサポートも相まって発動はするはず。

 じゃ、やってみよう。


「水の精霊よ――」


 ……あら、さっそく右肩の辺りで魔力の流れが止まった。

 くっ、えっと……どうすればちゃんと通るか。

 そうだな、近くの水属性の黒魔力が通る魔脈――水脈が使えそう。

 えっと、ちょっと魔脈を組み換えてっと。

 うん、上手くつながった。


「清き言霊より命ずる――」


 うっ、難しい。

 今度は腕まで来て止まった。

 多分、霊脈が足りてない。

 仕方ない、少し強引だけど近くの脈を引き込めばいけるか?

 むむ……。

 ……よし。


「その母なる安らぎを以って、今、命の息吹を――ローヒール」


 霊脈と水脈が上手くプログラムを組織し、手から銀色の柔らかい光が出てきた。

 たちまちそれがくたびれた花を包んでいき、やがてピンクの花は起き上がった。


 色々とごまかしたから効果はいまいちだけど、まあ上手くいったか。

 今までずっと魔術に手を伸ばしてきたのが功を奏したみたい。

 案外、別プログラム用の魔脈で代替できるよう。

 おかげで既存の魔術プログラムをいじってしまったけど、あとで組み直しておけば問題ないだろう。


「トッくん、すっご~い! ねえねえ、詠唱が途切れ途切れになってたけど、何かしたの?」

「そりゃあ、あれだよ。魔脈をちょちょいと組み換えて、即席の治癒プログラムを作ったのさ」

「わあ、面白い! でも、脈って一度張っちゃったら、もういじれないんじゃないの? ねえねえ、どうしたら組み換えられるの?」

「どうって、普通にできるだろ?」

「えぇー、分かんないよ。じゃあ、今度教えてね!」

「うん、分かった」

「えへへ、ありがとう」

「コホン……では、勝負についてだけど。俺の勝ちでいいね。オーケー?」

「うん、分か――あっ……あぁっ!」


 なんだよ、「あっ」って。

 嫌な予感に眉をひそめていると、すぐにフィフィ坊は駄々をこね始めた。

 ああ、ほらあ、やめてよもう。


「やっぱり駄目っ。秘密基地に行かないと!」

「あ、おい、何を言うんだ」


 この年齢の子供は、自分が自分がなんだよなあ。

 孤児院でも小さい子はそうだった。

 だけど、小さいころから約束を破るのが当たり前になっちゃ駄目だ。

 ここはきちんと言い聞かせないと。


「お前なあ、約束は守れよ! 奥さんにもいつも言われてるだろ? 嘘吐きは運天士になれないぞって」

「で、でもでも! 秘密基地の方から……声が聞こえるの! 悲鳴だよ。あ、あわわ、まずいよ。大変だよっ」

「はあ、声だって? そんなの魔物の鳴き声か何かだろう」

「ううん、多分、人間の声だよ。あっ、ほら……やっぱり悲鳴が!」

「嘘だあ。だって何も聞こえないもの」


 ザワザワとした森のざわめきしか聞こえない。

 嘘までついてさ、がっかりだよ。

 前から思ってたけど、こうもわがままだとちょっとね……。


「嘘じゃないよ。信じてよ! トッくん!」


 んー、今回はいつにも増して食い下がる。

 まさか本当に聞こえているのか。

 その焦り、尋常じゃなくてだな、今にも駆け出しそう。

 でもなあ……。


「だけどフィフィ。ダンジョンは危ないって。な、帰ろう」


 母さんにも煙突森の奥には行くなって言われてる。

 そんなよく分からない声のために、危険を冒すなんて馬鹿げてるよ。


 するとフィフィ坊に勢いよく突き飛ばされた。

 口元を引き結び、眉間に寄った可愛らしいシワ、あ、いやいや怒りの形相だ。

 拳を小さく震わせて……こんな必死なフィフィ坊を初めて見る。

 普段、能天気なのが嘘みたいだった。


 フンと鼻息一つ、俺に背を向けると、


「トッくんの意気地なし! もう知らない! 僕だけでも助けにいってやるんだから!」

「あ、待てっ」


 呼び止める間もなく、フィフィ坊は森の奥に向かって駆け出した。

 がさっと茂みを飛び越えて、すぐに姿が見えなくなる。


 あーくそっ、何なんだよ一体。

 ここ三年、あのやんちゃ坊主に振り回されっぱなしだ。

 もう知るか、勝手にしろ! ……と、言いたいのは山々だけど、さすがに放っておけないぞ。

 まったく世話の焼ける。


 すぐにフィフィ坊の後を追いかけた。


  ◆ ◆ ◆


 はあ、はあっ……はあ……っ。


 だ、駄目だ、見失った。

 あいつ体力馬鹿だし、その上魔術で走力を強化されたら追いつけなかった。

 葉っぱで腕や脚が切れるし、さんざんだ。


 それに木々がかなり迫ってきた。

 結構奥まで来てしまったみたいだ。

 ……どうしよう。

 こんなとこまで来たのは初めてだから土地勘がない。

 このまま放っておいて、フィフィ坊がダンジョンに入りでもしたら……。

 いくら魔術が使えるといっても六歳の子供に過ぎない。

 そんなことになったら大変である。


 そうだな、時間がかかるけど母さんを呼びに戻るか?

 煙突を見失い、現状ダンジョンの場所さえ分からない。

 うん、母さんに助けを求めよう。

 そうやって屋敷の方に戻ろうとした時。


《誰……か……》


 え? 声?

 ああ、声が聞こえた。

 すぐ近くにダンジョンの入り口があるのか?

 な、なんてこった、フィフィ坊は嘘をついてなかったんだ。

 しかも、これ……日本語?


 思わず足を止めて、そっと耳を澄ます。


 ザワザワ……森のざわめきの向こうから、確かに声が聞こえてくる。

 直接こっちに働きかけるような……不思議な声。


《いや、あ、あぁ、苦しい……助……けて……》


 悲鳴だった。

 それに、この声って。

 まさか……。

 いや、聞き間違いか?

 ううん、でも……。


 気がついたら、声のする方へ誘われるように走り出していた。

 草木が覆う視界を、必死にかき分けていく。

 声の主を確かめたくて無我夢中だった。


 今まで、ずっと気がかりだったけど、どうしようもなかったことがあったんだ。

 手がかりも何もなかった、おまけに自分は生まれ変わったときた。

 だから、もう会えないのかも、と考えることも少なくなかった。


 でも、この声を俺は忘れていなかった。

 真奈だ!


  ◆ ◆ ◆


 森の最深部。

 木々が密集し、おかげで日光が遮られ薄暗い。

 木漏れ日の梯子はしごだけが、地面を照らしていた。


 声のする方に走れば、ダンジョンの入り口らしきものが目の前に。

 その入り口には紫色に灯る結界魔術が張られていた。

 が、鋭利なもので切り裂かれた形跡があり、人が通れるくらいの穴が開いている。

 誰かがダンジョンの結界を解き、侵入したのは明らかだった。

 いったいここで何が起きている?


 不気味な地下への階段が、びゅうびゅうと風音を立てる。

 この下に王国列車の古代文明空間が広がっているのだ……。


 ゴクリと喉を鳴らすと、階段の闇から声が聞こえた。


《あ、ぁ……い、嫌……。痛い、怖いよ、苦しいよう……。……誰か……誰か……ぅ、う……》


 風の音に消されかけているが、間違いなく真奈の悲鳴だった。

 嘘だろ、六年間もこんな場所に封じ込められていたのか?

 いったい誰がこんな酷いことを……。


「ど、どうする。どうしよう」


 ダンジョンの前で右往左往。


 早く真奈を助けてやらないと。

 それは分かっているけど、足が震えてビビっていた。

 母さんを呼びに戻ろうか?

 でも、そんな時間なんてあるか?

 けれど子供一人じゃ……。


 不安から、思わず逃げるように一歩退いた。

 すると革靴の踵にコツンと何か当たった。

 視線を落とすと、


「あ……っ」


 フィフィ坊の虫かごが草の上に転がっていた。

 かごは無残にも砕け、中の虫が何匹か死んでいる。


 さすがに不吉な気配を感じずにはいられなかった。

 駄目だ、母さんを呼びに戻ってる時間は……ない。


「やる……しかないっ。すぐに真奈とフィフィ坊を助けないと!」


 急がないと大変だ。

 きっと魔物もいる、結界を破ったやつだって何者か分からない。


 覚悟を決め、こうして俺はダンジョンに潜っていった。

 運天士になるため頑張ってきたんだ、自分の力を信じて進め。

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