第26駅 最強の空賊
魔界列車での三年間を振り返る。
我ながら充実した日々を送れたのだと思う。
フィフィとの修行が日課で、筋肉もついてきて体が出来上がってきた。
もっとも武術系の脈を鍛え込んでいない俺は、黒天流の一級どまりだけど。
広く浅くという感じの武術系の魔術は、どうも俺と反りが合わなかった。
やはり鉄道製作用魔術が俺のメインだな。
コークスさんの下で魔導機関の勉強をしたことは、魔術師としての俺の血肉となった。
おかげで、真奈のメンテナンスくらいなら一人でもできるように。
もちろんユニセリアさんを棺桶から引きずり出すことも忘れていない。
運天士の固有魔術は最上級。
だから俺も対抗して、固有魔術――つまり必殺技を開発していた。
そんなある日のこと。
陰鬱な空気を和らげようと草花が植えられた城の庭。
かつての湿地帯で、今日も俺はフィフィと修行をしていた。
少し離れたところで、アルジェリカさんが岩に腰かけて、こちらの様子を見守ってくれている。
この人は、帝国からの依頼で銀色の魔術師――四番線の亡霊を追っているのだけど、中々苦戦しているみたい。
そのおかげか暇を見つけては俺たちの稽古に付き合ってくれたり、空賊の討伐や冒険者ギルドの活動に協力してくれていた。
その時。
ん? アルジェリカさんの後ろの方、岩陰から五歳くらいの女の子が出てきたぞ。
足首まで伸びた、ぼさぼさの緑髪が特徴的。
外なのに、へそが見えるくらい生地の薄いネグリジェみたいなのを着てて、変なの。
ひらひらがひょこひょこ歩くたび揺れてる。
挙動不審に辺りをきょろきょろ。
細い腕を顔の前でばってんに組んで日光に抗ってる。
で、俺と目が合うと、急に顔を真っ赤にさせて、転げるようにどこかへ走り出した。
あ、こけた。
って、パンツはいてない!
まくれたネグリジェから見えた青白いケツに目を奪われていると……、
「隙ありっ!」
はっ! フィフィの掛け声。
いけね、謎の幼女によそ見をしてしまった。
修行に集中、振り返る。
剣を振り下ろすフィフィ、ギラリと光る陽炎の剣。
鋭くて速い――が、太刀筋はギリギリで見切れそうか。
目の覚めるような一撃、すんでのところで金属の盾で受け流す。
おっと、とよろけながら距離を置き、さて、どうしよう。
ふむ、突進の勢いを殺し切れていないフィフィの重心は前のめり気味かな?
相手が体勢を立て直す前に、例の必殺技を試してみるか。
弾倉部にあたるリングパーツが特徴的な拳銃を腰元から取り出す。
こいつは俺が試作した一点物。
リング部分は加速装置。
電気変換した魔力を流し、銃口から金属弾を発射。
拳銃を介した弾速は今までの数十倍。
よって視認することはほぼ不可能。
次の瞬間、陽炎の剣がギンと弾かれ、放物線を描いて池へドボン。
勝負あり、今日も俺の勝ち越しだった。
一息ついて、コケっぽい緑髪の幼女がいた方を振り返るけど、もう姿はなかった。
変なの、あれは一体なんだったんだろう?
……ま、いいや。
と、フィフィの方を向くと、武器を失ったそいつは風に吹かれ、ひざから崩れた。
「俺の勝ちだな。フィフィ」
「……ま、負けた。くそ、なんだよそれ。また変なの作ってさ。この、ずるっこ」
「ずるじゃないよ。これは<環状リニア>っていう魔導拳銃だ。まだ試作段階だから、もっと口径を大きくしていきたいね」
得意になった俺は、どこかカタツムリみたいな魔導拳銃を腰のホルダーにしまった。
この拳銃、カタツムリ的なリングの中は空洞になっていてね、電気に変換した魔力を流すと環状のリニアモーターになる。
そんなモーター内で、金属弾を半永久的に加速させるのがミソだ。
環状だから、長大な加速装置をコンパクトにまとめることに成功した。
そのようなことを説明してやると、フィフィは仰向けに寝転がってふてくされた。
「くそ~っ。わけわかんない装置を作ってくるなんて、相変わらずの変態魔術師だよ」
ぎゅうっと目をつぶったフィフィは汗だく。
息も上がって、なんだかネズミを取り逃がした猫みたいにクタクタだった。
中遠距離に特化した黒天流と違い、白陽流は身体能力を駆使した近接格闘で動き回るから、そりゃ疲れるよな。
ダイエットには打ってつけかもしれないけど。
フィフィは寝返りを打ってうつ伏せになると、うーうー言いながら草をブチブチ抜いて悔しがる。
あ、バカ、せっかくマナが植えた貴重な緑なのに、なんてことを。
「こらこら、草を抜くんじゃない。それに勝てないってお前、手を抜いたら抜いたで怒るじゃないか」
「そんなの当然だろ。手を抜いたトッくんに勝ったってしょうがないじゃないか! ふん、今に見てろっ、明日は勝つからねっ」
「いや、明日はコークスさんの講義に出席するから遠慮しとくよ」
「む~っ」
うわ、睨むなよ。
修行に付き合ってやれないからって、あからさまに機嫌が悪くなった。
どうもここ数年、フィフィには目の敵にされている。
……しかしなんだ、態度とは裏腹に胸が膨らんで女らしくなったな、こいつ。
寝転がってても、山なりの胸が服を突っ張ってるのが分かる。
と、下らないことを考えていた時。
「ん……」
じめっとした風が吹いて、ちょっとの間だけ目を閉じてしまう。
それで開けたところ、一瞬のうちに俺とフィフィの間に何者かが転移して来た。
今日は雪が降るような場所じゃないのに、いつの間にか銀色の風が俺の赤茶髪を撫でていた。
反射的にフィフィが起き上がり、転移者に殴りかかった。
でも、やっぱり体力はもう限界か。
転移してきたそいつは風のような身のこなしで回避。
ずれたとんがり帽を深めにかぶり直し、ふふ、と笑う。
暴れ馬のケツのようにポニーテールを振らせ、フィフィが倒れこむ。
同時、アルジェリカさんが電撃が走ったように立ち上がる。
一触即発の張りつめた空気。
肌一つ見せない男はどこ吹く風でこちらを見据えていた。
「あんた……」
「久しぶり、とでも言っておこうか」
男がそうだったように、俺はこいつを忘れていない。
この神出鬼没さ、それに単独転移ができるとなると間違いない。
男は一歩、こっちに歩み寄ると、
「元気にしていたようでなによりだ、少年」
魔宝財団の人間でアルジェリカさんのターゲット、それで超特級魔術師とも呼ばれていたっけ。
そんな野郎は……銀色の魔術師に他ならない。
長く立てた襟で相変わらず顔を見せない男は、ふと、こちらに手を差し出した。
「よし、まだマナは来ていないな。先回りした甲斐があったというもの。……では少年、握手を。話すと長いからね。作法は覚えているだろう、君?」
「……マナに何かしたのか?」
「だったら握手だよ、君」
こいつも相変わらずだな、と心の中で溜め息一つして握手を交わす。
途端、男の中で広がるマドリードの地下鉄網のような脈線路の一端を垣間見て、その中に一筋の光を感じた。
次の瞬間、脳内で映像がフラッシュバックして、俺は渇いたのどを鳴らし後ずさった。
修行の成果か、こいつの思考が一瞬だけ読み取れた時、俺は鳥肌を立たせていた。
「あ、あんた、真奈の記憶を……っ」
「笑え、少年。少々面倒なことになってしまったのだ。……こちらとしては不本意だったが、仕方あるまい」
と言って、銀色の魔術師は咳き込み、ゴホッと地面に吐血した。
意外と満身創痍みたい。
なんだろ、こんなやり取りを前にどこかでしたような……デジャヴか?
不審に思って少し身を引いたところ、うわっ! 勢いよく飛んできた氷塊に男は吹っ飛ばされてしまった。
まったく次から次へと。
射線の奥に目をやると、狩人の目をしたアルジェリカさんが、ちょうど腰の剣を抜いたところだった。
やっぱり、そうなるよね。
銀色の魔術師は頭を抱えるとまた吐血、ふらつきながら立ち上がった。
じりじりと後退して、アルジェリカさんから距離を置きつつ、俺に別れを告げる。
「ごほ、ごほ……っ、痛烈だな。なるほど今日は女運が酷く悪い。……ここは大人しく退散しよう」
男は咳き込みながら、詠唱を始めた。
多分、転移して逃げる気なんだ。
するとアルジェリカさんが吠えた。
「四番線の亡霊、お前はここで仕留めるよっ! 空賊と結託しての反鉄行為の数々、その元凶を見逃すもんか!」
氷弾を飛ばしつつ、剣を構えて距離を詰めるアルジェリカさん。
詠唱の邪魔をされた男は、分厚い銀色の衣服を刻まれながら、ふらふらと後退。
「その口ぶり、そうか帝国の冒険者だな。まったく厄介な……」
「何をごちゃごちゃ言ってんだ!」
「戦闘は専門外、これは不味いかな。……少年、協力してくれ。私の事情、少しは感じ取ったろう?」
装束を血まみれにした男は片膝を突き、アルジェリカさんを迎撃しようとボロっちい木の杖を構えた。
助けてくれって、このパターンもデジャヴだよ。
気は進まないが、さっき握手した時に感じたことが本当だとしたら……。
アルジェリカさんには悪いけど、今は男に協力した方がいい。
魔導銃を構え、切りかかったアルジェリカさんの足元に金属弾を飛ばし、意表を突いた。
俺からの横やりに、え? とバランスを崩す。
その隙に男が、鉄の棒を何本も発生させてアルジェリカさんを絡め取り、あっという間に捕縛してしまった。
男はとんがり帽子を整えると、肩をすくめて溜め息を一つ。
「……ふう。転生術に加えて、魂修復の影響は大きいようだ。少年がいなかったら、打ち倒されていたかもしれないな」
「うぐぐっ、トレインっ。どうしてこいつを助けたんだい?」
鉄の棒がアルジェリカさんの筋肉質だけど柔らかそうな肉体を緊縛していて、かなり苦しそう。
「そ、それは……」
「空気が重くなったな、邪魔者は失礼する。……さて少年、ここからは魔界列車での〝最終課題〟となる。心して臨むのだ」
男は俺たちに背を向けると、杖を突きながらどこかへ歩いていく。
待て! とアルジェリカさんが叫ぶ。
彼女の必死な様子を見ると、少し罪悪感が湧いてきた。
けど、今は男と敵対している場合じゃないんだ。
今は最終課題とやらをどうにかしないと。
対照的な振る舞いを見せる男とアルジェリカさんの間で、俺は静かに決意を固めていた。
「ま、待てっ、逃がしゃしないよ。この犯罪者め!」
男はよろよろとした足取りを止め、背を向けたままで、
「犯罪者で結構。だが一つ君は、勘違いをしている。確かに我々は鉄道本局と敵対しているとも。だがね、帝国の情報統制によって君は真実を知らないのだよ」
「よく言うよっ。空賊と一緒になって、好き勝手やってるくせにさ」
「いや、空賊といっても私の協力者は違う。彼らは世界の果てを夢見ているだけ。だからこそ、私についてきてくれる」
「わ、わけの分からないことを言うんじゃないよ! この世界じゃあねえ、時間厳守は絶対なんだっ。国列車の運行計画通りに世界を進まないお前たちはそれだけで悪なんだっ! 違う?」
「……だったらそこの少年とともに、この世界に巣食う闇の一端を見るしかないな。そうすれば君の言う空賊と私の言う空賊の違いが分かるはず。本当の敵だって見えるだろう」
そう言うと男は立ち止まり、湿った風に装束をはためかせながら俺の方を向いた。
「少年、いい脈だった」
「ちょっと待って。あんたは俺の味方、なのか?」
「いいや、私のことよりマナだ。もうすぐここに来るから言い聞かせてやってくれ。あれは私の言葉を聞こうとしないからね」
「ま、真奈のことは、その、ありがとう」
「礼なんかいらない。……む、そろそろ仲間と合流しなければな。では失礼する」
男はゴホッと吐血すると転移魔術を発動させて、どこからか吹き込んだ銀色の風に紛れて消えた。
男と入れ替わる形で、真奈が金属音を立てながらやって来た。
後ろには、ララァとコークスさん、そしてシャナクが続いている。
シャナクがいるってことは、やっぱり握手した時に感じた情報は間違いないってことか。
この分だと、最終課題ってやつにも心してかからないと。
ギュッと拳を握り、これから衝突する敵に緊張感を覚えていると、やってきた真奈が俺の手を取った。
遠慮なく無邪気な様子。
表情もいつもより明るく見えるのは気のせいではない。
真奈はやっぱり元に戻ったみたいだった。
おかげで豹変した真奈にコークスさんが怪訝そうな表情を浮かべているし、シャナクも薄気味悪く笑ってる。
でも、これが真奈だから。
頭をポンポンと撫でつけ、ムッとした様子のこいつに俺は懐かしさを覚えた一安心。
で、真奈は俺を俺だとは気付いていないから、俺を探そうとぐいぐいと手を引いた。
「トレイン君! お願いがあるの、私についてきてっ。私の大切な人を探すのを手伝ってっ」
銀色の魔術師と握手して感じ取ったいきさつと一致していて、これまた面倒なことになったもんだ。
何がどうなれば、俺が俺を探す必要があるんだよ。
俺は、真奈から手を放し、ううん、と首を振った。
「いや、真奈。あいつを探す必要なんかないぞ」
「え、どういうこと?」
「だって俺がテッ――」
と、ここまで言いかけて、慌てて口を閉ざした。
いけね、周りにはフィフィたちがいるじゃないか。
俺も真奈も、転生者であることは知られない方がいい。
耳打ちだと、耳のいいフィフィには聞こえてしまう。
握手で伝えようにも機械の体には伝わらなかったし……。
仕方ない、俺がテッちゃんであることは二人っきりの時に告げないと。
出かかった言葉を飲みこみ、ははは、と作り笑いでごまかした。
真奈はきょとん。
「ん、どうしたのトレイン君?」
「いや、何でもないよ」
ふるふると首を振ったところ、ララァが肩に乗った。
イテテ、耳たぶを引っ張るなって。
「あわわあ~! トレイン君、大変なことになっちゃったわよっ! ユニーがっ! ユニーがっ!」
ララァめ、耳元でうるさいぞ。
まずは耳の穴に向かって喚くのはやめようか。
ララァの羽をつまみあげ、目の前でぶらぶらさせながらデコピンを食らわせてやった。
ビシッ、ビシッ、ビシッ。
「どうしたんだ、ララァ? そんなに慌てて、ん? ん?」
「痛いっ、痛いってば、このアホ! と、とにかく大変なの! ユニーがね、どっか行っちゃったんだよぉ!」
慌ててるのは分かったけど、声がでかいよ。
芳醇な魔力がしたたる唾、すごくひっかかってるからね。
「なるほど、ユニセリアさんがどっかに行ったのか。なんだ、いつものことじゃないか。あの人、いつも散歩に出かけてるだろ?」
「いや、違う! 違うのよ! あの子ったら、今日は固有魔術の棺桶を解いて歩いてどこかに行ったのよ! あの引きこもりがだよっ!」
……なんだと?
「う、嘘だ! あの引きこもり女が自分の足で散歩だなんて――あ、もしかしてユニセリアさんの髪の毛って緑色?」
「うん、そだよ?」
「なるほど。まさかあの幼女が……」
ユニセリアさん、幼女だったのかあ。
いや、まあそれは置いといとこう……。
「で、どうしてまたそんなことに……。何かあったのかな?」
「うーん、やっぱり、さっき来たあいつが原因かも」
「銀色の魔術師?」
「うん、そう。あの野郎……何の連絡もなしに現れたかと思ったら――って、いや違う。あいつとは初対面だからね、知り合いじゃないからね?」
手をブンブン振って慌ててる。
こいつ、嘘吐くの下手だな。
口笛を吹いて誤魔化しているところ悪いけどさ、銀色の魔術師とララァが知り合いなのはもう気づいている。
とりあえず、気づいていないふりをして話を聞いてやった。
「えっとね、そいつが言うにはね、この魔界列車のダンジョン部分に侵入者が転移してきたっていうのよっ。多分、ユニーはこの列車を守ろうとして……きっと」
「今さら運天士の使命に駆られたのか? まさか」
「それは私にも分からないよ。ユニーったら、どうして今になって……」
「とにかくだ、今は侵入者ってのを何とかしないと」
こんな辺境まで転移して来たってことは、侵入者はもしかしたらジスターと似たような手合いかも。
だとしたら侵入者の狙いは車霊体になるし、それならユニセリアさんが相棒を守ろうと考えたのなら納得がいく……多分だけど。
「つまり最終課題ってのは、侵入者からララァと真奈を守ることか。……で、銀色の魔術師はどうするって?」
「あいつは別の場所に転移して、そこの仲間と一緒に敵の転移経路を絶つって言ってたわ。多分、転移始点の装置を止めるんだと思う」
転移経路を絶ってくれるのか、ありがたい。
さすがは単独転移が可能な超特級魔術師と言ったところだな。
「敵の増援は銀色の魔術師次第ってことか。それにしても改札転移に詳しいんだな、そいつ?」
「まあね、あいつの単独転移魔術って改札転移を参考に習得したみたいだからね」
「……初対面なのに、やけに詳しいじゃないか?」
「あっ、初対面だったんだ。ぴ~ひょろ~ろ~」
下手な口笛だ。
さて、どうしたものか。
とりあえず侵入者の強さを知りたいところだな。
顎に手を当てて物思いに耽ったところ、さっきからこの場になじまない男、シャナクがニヤリと笑みを浮かべた。
って、こいつ……勝手に俺の頬に手を添えてこっちの考えを読んでやがるし。
綺麗な顔に似合わず、相変わらず気持ち悪い。
近寄るなっ、と手をはたくと、シャナクは、ちぇっ、と肩を落とした。
でも、口元は笑ったままなのが、嫌な感じだ。
「な、なんだよ……勝手に触って」
「いえ、亡霊殿からの情報を、と。ええ、侵入者は、空賊、運天士、楽園の車掌から成ります。空賊は<天狼の夜>といえば分かります?」
首を振る。
「有名ですよ? 元運天士<天狼>の下で構成される傭兵部隊のようなものですかね」
「元運天士……」
楽園の車掌がいるってことは、やっぱり真奈とララァを狙っていると考えて間違いない。
しかしまあ、シャナクとこうやって話をする時が来るなんて今でも信じられないし、正直さっさと切り上げたい。
だけどあっちは平常運転、サラサラの灰色髪を小指で巻いて怪しげに目を細めた。
「老人とはいえ、帝国列車の運天士でしたからね。相当な使い手ですよ」
帝国列車の元運天士、元とはいえ運天士連中は例のごとく最悪だな。
正統派な運天士だったロロークさんの死を悲しんでいると、シャナクが続けた。
また頬を撫でられて、ゾッと背筋に寒いのが走った。
「それにしても帝国列車の縁でしょうか、侵入した運天士もまた<天下無双>で帝国列車の人間です。そして楽園からの車掌はエミュータ殿ですか。ふむ……」
「天下無双って運天士の中でもお前と張るくらいの強さだったな」
「一対一の戦いなら互角でしょうね。けれど殲滅力、耐久力は私をはるかに上回ります。何せ彼は帝都インダストペリアルが生んだ最強の機械人間ですからね」
機械人間って、今度の敵も大変そう。
元運天士率いる最強の空賊、帝国列車運天士の天下無双、そして終点駅からの女性車掌、か。
にしても今回の侵入者は、帝国列車が関係する人間がいやに絡んでいる。
同じ帝国列車の冒険者であるアルジェリカさんの方を向くと、砕けて散らばった鉄の拘束具を足元に、手を額に当てていた。
ぬるい風に青い髪をなびかせ、宙を仰ぐと、
「えっと、天衣無縫だっけ? なんであたしのところの運天士が空賊なんかと手を組んでいるのさ? それも本局の車掌も一緒だとか? なんの冗談だよっ」
「……さあ、私は亡霊殿に乗っただけですからね。それはあなたの目で確かめることでは?」
「はっ、アホくさ。何かの間違いに決まっている。私は私で勝手にさせてもらうよっ」
アルジェリカさんは唾を吐き捨てると、どこに行くのか庭園を後にした。
そんな彼女の背中を見送りつつ、シャナクが俺の頭にポンと手を乗せる。
こいつ、いやに触ってくるな……。
「トレイン君、あの女性を追うといい。地下の転移区画を拠点に、天狼殿、天下無双、エミュータ殿が指揮を執っているはずです。ええ、空賊の構成員はざっと三百以上です。そろそろ実働隊が地上に出てくるでしょう」
「お、多いな……。それで、お前はどうするんだ? ……言っとくけど、俺はお前を認めたわけじゃないからな」
こいつは母さんを殺した。
憎しみは消えたわけではない、と睨みつけてやったら、シャナクは冗談っぽく肩を竦めた。
「おお、怖い。睨まないでくださいよ。……そうですね、私は地上で魔界列車の住民がたを避難させます。運天士ですからね、乗客は守りますよ」
妙に表情を引き締め、シャナクはおもむろに手を差しだした。
睨み返すと、ふふっと笑顔を返された。
「な、なんだよその手」
「君の戦う理由があります。口で話すと長いので」
この野郎、言ってくれるじゃないか。
見透かしたような態度が気に入らないが、俺はこいつの真意を知りたかった。
差し出された白い手を握ると……、
「う、うわぁっ!」
こいつの魔脈から嫌な思い出が流れ込んできて、思わず飛び退いてしまった。
母さんと別れた瞬間の思い出に吐き気がして、それにこの野郎……。
こ、こいつはあの夜、銀色の魔術師と戦っていた。
「実はあの夜、ジスター殿と私に加えて、天下無双も来ていたのですよ。天下無双がロローク殿を、私がリリーザ殿を仕留める手はずでした」
シャナクは続けた。
「瀕死のリリーザ殿に止めを刺そうとした時でした。なんと亡霊殿が転移してきたのです。彼は武闘派ではなかったものの手強かった。おかげで依頼者であるジスター殿が亡くなるまで粘られてしまいましてね」
「それってつまり、母さんは生きているってことか……っ」
「ええ、そうなりますね。マナ殿の記憶を元に戻すよう言ったのも彼女ですよ」
胸のつかえがとれた。
そっか、母さんは生きてたんだ。
シュバルツさんの言ってことは本当だった。
「母さんは今どこに?」
「天下無双たちの元へ向かっているはずです」
「この列車に来ているのかっ」
「ええ、天下無双は姉の仇ですからね。単独行動は控えるように行ったのですが、頭に血が上っているようで……急いだ方がいい」
「助けに行かないと」
「ええ、今度はあなたが彼女を助けてあげる番です。今の君ならできるでしょう」
俺の腰元で鈍い反射光を返す魔導銃、そいつを見つめてシャナクは頷いた。
さて、と、これでは戦わないわけにはいかない。
アルジェリカさんを追って、母さんを助けに行こう。
あ、それとユニセリアさんも放っておけない。
頑張ろう、これが親父の顔を見るための最後の壁だから。
母さんに貰った赤いペンダントをギュッと握り、走り出そうとした時、おや、隣に真奈とフィフィが並んだ。
「行くよ、トッくん。師匠、来てるんだよね」
「やっぱり耳がいいな、お前。でも、疲れは?」
「フィフィちゃんは私がちゃんと治してあげたよっ。リリーザさんにはお世話になったからね、助けてあげようっ。で、その後、テッちゃんを探しに行こうね!」
「……その話はあとにしようか。うん」
「マナ、テッちゃんって誰? それに性格変わった?」
「ううん、今までがおかしかっただけだよ? あ、テッちゃんって言うのはね、私の大切な人なんだ」
「ええっと、マ、ナ……?」
真奈……、こいつ前世のことを隠す気がないのか?
おかげでフィフィが真奈の頭を心配してしまう。
と、とにかく! 母さんの元へ向かわないとっ。
「はい! この話はもうやめっ。とにかくアルジェリカさんに追いつこう。で、ダンジョンに向かうぞ。いいな、真奈、フィフィ?」
「前衛は僕に任せて!」
「回復は私が担当するね?」
「じゃ、私は案内しちゃうよ!」
「俺はダンジョンの謎解き担当ってところか」
こうして俺たちはララァとコークスさんを道案内に迎えて、車内ダンジョンに向かった。




