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第24駅 魔界列車の運転士と妖精さん

 時刻は昼前、場所は先頭車両。

 今にも崩れ落ちそうな木組みの冒険者ギルドに俺たちはいた。

 埃だらけのカウンターを挟んで、半漁人みたいな魚介系のおっさんがやたら大きな目玉をぱちくりさせていた。

 久しぶりの来客に驚いているところを悪いけど、さっそく天涯孤独について尋ねてみた。


 ただ、俺の話す三番線語は独特の訛りがあるらしく、おっさんは首のエラをひくひくさせて笑い、話にならない。

 コークスさんに協力してもらって、同じことを何度か繰り返してやっと話が通じた。

 まったく面倒だな。


「ん、天涯孤独ぅ? あー、ユニセリアのアホなら、あそこの城にいるはずだ。この時間帯だとそうだな、釣りでもしてるんじゃないか? ……にしても、あの変人に用があるとは、お前さんたちも物好きだな」


 呆れた様子を見せつつ、魚介系ギルドマスターは崩れた壁の方を指差した。

 腐った木の隙間から見えたのは、霧に包まれた泥山みたいな城。


 なるほど、あそこにいるのか……よし、さっそく行ってみよう。

 俺たちは料金としてカウンターに魔宝石を一つ置くと、ギルドを後にした。


 ギルドから湿地帯を歩くこと十分足らず、運天士の城にたどり着いた。

 大きめの岩が敷地の境目としてごろごろ並んでいるだけで、城壁や城門といった類はないみたい。

 情報だと、この城が魔界列車の操縦施設兼運天士の住居となっているらしいが……。


 と、城の敷地内を歩いていると、水たまりを大きくして緑色にしたような池が見えてきた。

 そういえば、話によると運天士は釣りをしているとか言っていたっけ。

 ここで何が釣れるのかは想像もできないが、様子を見るだけ見てみよう。

 泥で靴をぐちゃぐちゃにしながら、池に向かうと、おや……。


「なんだあ、おかしな浮遊物が見えるな」


 コークスさんが目を細め、枯れ枝のような指で池の方を指差した。


 霧が濃い中で目を凝らしたところ、うん、何か見えるぞ。

 蛍のようにぼんやり発光していてまるで虫のような、いや少し違うような……なんだろうあれ。


「妖精さん、だね」


 フィフィはチラリと見ただけで、そう断言した。

 こいつは目がすごくいい、色々と敏感だから。


 それにしても妖精さんとは? それはまた珍妙な。

 恐る恐る池の方に歩み寄ると、虫みたいなものが小さな人の形をしているのが分かった。

 正確には蝶々みたいな羽が背中に生えているから、確かにフィフィの言うとおり妖精のよう。

 池の上で羽ばたきながら、小枝から糸を垂らしていて、なるほど釣りをしている。


「釣り? ……あの変な虫みたいなのが、運天士ユニセリアなのか?」

「どうだろうな。俺は物語の中の運天士しかしらん。が、実物があれだとしたら驚きだ」

「はは、確かに」


 俺が苦笑し、コークスさんがやれやれと肩をすくめたところだった。


 虫みたいなのがピクリと反応し、こちらに気が付いた。

 ポイッと枝の竿を池に投げ捨てると、羽を羽ばたかせてこっちに飛んできた。

 蝶々みたいな見た目にそぐわない結構な速さに面食らっていると、そいつは俺の鼻っ柱に飛び蹴りをかましやがった。

 手のひら大くらいの小さな体とはいえ、綺麗に入ったものだから鼻の軟骨がぐにゃっと潰れて、うっ、痛烈。

 しゃがみ込んで悶えていると、頭に響く鈴の音みたいな声が浴びせられた。


『さっきから黙って聞いてればっ! 私のことを虫だって~? ふんっ、失礼しちゃうねっ!』


 虫みたいなくせに一丁前に三番線語を話している。

 涙目を拭い声の主を見上げると、とんがった耳をひょこひょこさせている小さいのが、ほっぺたを膨らませていた。

 そいつはキラキラとした羽を羽ばたかせながら、真奈の頭に乗っかると、ふんっとそっぽを向きご機嫌斜め。


『で、なあにあなたたち、私に何かご用? ……あーあー、せっかく大物が釣れそうだったのになあ』

「あの、あなたは一体? 運天士さんじゃないですよね?」


 ふてくされている妖精さんをそっと捕まえた真奈は、手のひらにそれを乗せると不思議そうに尋ねた。

 対して妖精さんも、くりくりした瞳で真奈を見つめると……やがて不思議そうに首を傾げた。


『あら、驚いた。ふーん、あなたって私と同じみたいね。この感じ、間違いないわ』

「えっと、それってつまり、あなたは……」

『そうよっ、私はユニーの後見人で車霊体で〝ララァ〟っていうの! うふふ、よろしくねっ、不思議な車霊体さん』

「あ、その、よろしくお願いします」


 真奈がぺこりと頭を下げて、ララァがえへんと胸を張ってる。

 しかしこいつの正体に気付くとは、同族にはわかる何かがあるのか?

 にしても、このちっこい裸の幼女みたいなのが天涯孤独の車霊体だとはなあ。

 正直、思っていたのと違う。

 もっと神聖なイメージを抱いていたし、列車の中枢から出てこないと思っていたのに、釣りをしてたんだもの。

 いや、今はそんなことより運天士だな。


 俺は立ち上がると、ララァとかいうちっこい車霊体の首根っこをつまみ上げた。


「おい、車霊体。ユニセリアとかいう運天士はどこにいるんだ? 相棒なら知ってるだろう」

『あん、やだっ、ちょっと乱暴しないでよ! 君みたいな野蛮なのには会わせるわけないでしょ! ユニーはとっても繊細なのよ』


 おっと、しくじってしまったか、蹴られた怒りで紳士的ではなかった。


 車霊体はパタパタと真奈の方に逃げ延び、俺に向かってアッカンベー。

 駄目、怒らせてしまったみたい、ここは真奈に任せよう。


「真奈、丁重におもてなしして差し上げるんだ。……ほら、魔宝石あったろ」


 真奈は、うん、と頷くと、水色のワンピースドレスの裾から紐でくくった袋を取り出し、そこから一つ銀色の石をつまんだ。

 もうそろそろ数が少なくなっていたけれど、この際ケチってても仕方ない。


「あの、ララァさん、この魔宝石で機嫌を直してもらえませんか?」

『あら! 魔宝石じゃないの! おいしそうな魔力だ~っ』


 よし、餌付けは上手くいったみたいで、ララァとかいうのは銀色の石ころを美味しそうにペロペロ舐め始めた。

 さて、とっとと話を進めてしまおう。


「で、運天士はどこにいるの? 俺たちはこの人を探しているんだ」


 シュトロハイム博士の写真をララァに見せる。

 するとララァは、むむっ? と興味深そうに身を乗り出し、バランスを崩してしまう。

 魔宝石と一緒に真奈の肩から転げ落ちたドジっ子さん、そいつをキャッチしてやり写真をもう一度。


『えへへ、ありがと』

「で、この人のこと分かる?」

『うん……驚いた、これってリニアードよねえ? あはは、あの仏頂面が笑ってる~。こんな写真を残しているなんて、意外すぎっ』

「やっぱり、親父のことを知っているんだなっ」

『そりゃ、あいつには世話になってるしね。……そっかあ、やっぱりあいつの言ったとおりになったんだ。じゃあさ、君がトレイン君なんだね?』


 ララァは屈託のない笑みを浮かべて、こちらをまじまじと見つめる。

 で、ニヤニヤし始めてるし。

 小さな手でペシペシと鼻を叩かれたら、さっきの痛みがぶり返した。


『ぷぷっ、変な感じ。確かにリニアードと似てるかも~。あはは、そうね、そういうことならいいわよ! ユニーのお友達になってあげてね、あなたたち』

「あのさ、友達はいいんだけど、そのユニセリアさんはどこにいるの?」

『別に探さなくても、もうしばらくしたら出てくるわよ。今日のお昼に遊ぶ約束してたからねっ。そんなことより、魔宝石もっとちょーだい』

「遊ぶ約束?」

『なによ悪い? そうよ、あの子ったら身内がいないし、内気な性格だから友達もいないし……だから私が相手してあげないと、独りぼっちなのよ。そんなの可哀そうでしょ』


 なんだか事情が読めないな。

 困惑していると、コークスさんも戸惑った様子で耳打ちしてきた。


「話を聞いていると不安になってきたぞ……。天涯孤独ってやつは頼りになるのか? それにしてもなんだ、俺の思い描いていた運天士はだな、もっとこう……」

「いや、こんなもんですよ。俺も最初の方は驚いてましたが、もう慣れました。とりあえずはシュトロハイム博士の手掛かりを掴めたことを喜びましょう」


 俺の知っている運天士の中で、まともなのはロロークさんくらいだった。

 残念ながら、あの人も死んじゃったし、今さらぼっち野郎が運天士でも驚かないさ。


 と、強がっていたら、遠くの方から車輪が転がる乾いた音が鳴り響いてきた。

 それがじょじょに霧深い中で近づいてくる。


 ララァがピクリと反応し、物音に敏感な小動物みたく辺りをきょろきょろすると、霧の向こうを指差した。

 で、またすぐに魔宝石をペロペロ。


『あ、来たみたい。ほら、あそこの方で棺桶が地面を滑ってるでしょ? あれがユニーよ』


 ララァは人懐っこいのか、すっかりこちらに気を許したみたいで俺の肩に乗って教えてくれた。

 まるで木の実をほおばる子リスだな。


 苦笑しつつ霧の中に目をやると、確かに真っ黒い棺桶が泥の上を滑っている。

 見るからに怪しいが何なんだろうあれ、話によると棺桶の中に運天士がいるのだろうが……。

 今までの運天士も一癖ある奴らだったけど、やっぱり天涯孤独も例外じゃない。

 これは気が抜けなさそう。


 ふと、ララァが背伸びして俺の頬をペチペチ叩いた。


『あのさあ、そんな張りつめた顔してたら、ユニーが怖がっちゃうでしょ~。あの子、すごく気弱なんだからね』

「な、なんだか調子が狂うな。それにしても、あの棺桶には車輪がついているの? さっきから、走行音がするけど」

『うん。リニアードがね、ユニーがお外に出れますようにって外出用の線路を作ってくれたのよ。えっとね、棺桶に車輪がついていてね、ああやって引きこもったまま出かけることができるのよ』

「引きこもったまま外出か……。しかし親父も親父で、面倒なことをしたもんだな」

『ユニーにとってリニアードは命の恩人だからね。あいつったら愛想はないけど、なんだかんだで世話を焼いてくれてるのよ』


 ははは、そうなんだ。

 けど、なんだろうなこの感じ。

 ……さっきから親父の話を聞けるのはありがたいんだが、はしばしの言い方が気になる。

 ララァの口ぶりだと、今でも親父と会っているようにも聞こえるじゃないか。


 ま、まあ、それも運天士に聞けば分かること。

 さっそく俺たちは池の手前で止まった棺桶の方へ向かった。


 さて、この黒い棺桶をどうしよう。

 年季が入ってところどころレンガ色に錆びたそいつは、池の前で止まったまま、うんともすんとも言わない。

 この中に運天士ユニセリアがいるらしいが、中が空っぽだと思わせるほど、本当に何の挙動も示さない。


 ララァが棺桶の上で四つん這いになって耳を蓋に当てる。

 すると棺桶の中から、ララァとやり取りする運天士の声が聞こえてきた。

 どうやら女の人みたい。

 だけどこの人、棺桶の中から出る気はないみたいで、ごにょごにょと何を言っているのか分からなかった。


 ララァはユニセリアさんとひとしきりやり取りすると、運天士からのメッセージを告げてくれた。


『えっと、ユニーはこう言ってるわ。ひ、ひぃ、なんなのようこの人たちは? きっと私を殺しに来たのね、そうよ、そうに違いないわ! ちくしょう、騙したわね、この羽虫野郎! って、私ごと疑っているみたい』

「異常に疑り深いな。とりあえず、リニアード・シュトロハイムという男について知っていることを教えていただけませんか? 僕は彼の息子です。……と伝えて」

『あいあいさ~』


 親父の写真をララァに渡してやると、また棺桶とやりとりを始めた。

 ララァを介しての棺桶とのやり取り……うん、地味に面倒だ。

 そのせいかフィフィは、機嫌悪そうに離れたところで素振りを始めた。

 さっきから三番線語で俺たちがやり取りしているから、話に入れず仲間外れみたいで嫌なのかも。


 やり取りすることしばらく、ララァが、うんしょっ、と親父の写真を棺桶の蓋の隙間に持っていった。

 すると棺桶の蓋がほんの少しだけ開いて、ものすごいスピードでその隙間に写真を吸い込んだ。

 やがて棺桶からガタガタゴソゴソと不審な音が聞こえ始めて、数分後にまたうんともすんとも言わなくなった。

 な、なんなんだろうな、この人は……。


 奇妙に思っていると、またララァが棺桶からの伝言をくれた。


『うん、えっとね~。ユニーったら、すっごく怒っているみたい。ああ、私のリニアード様、どうして、どうしてなの? 私の知らないところで、なぜガキなんか作っているの? ……だって』

「話が見えない……いったいどうなっているんだ? じゃ、じゃあ、あなたは親父のなんなんです? って、伝えてみて」

『了解~。……うん、うん、そうだね。え~、そうだったの? なるほど、本気ってわけね。あー……えっと、トレイン君? ユニーったらリニアードに助けてもらった時からずっと、あいつに恋をしていたみたいなの。心の中ではいつだって私はお嫁さんだったって。つまり、別の女との愛の結晶である君には敵意を抱いているみたい。お、お前とリニアード様は絶対に会わせないぃ、あのお方は私だけのものですから! ……だって』


 マジでなんなんだこの変人女は……手がかりは目の前にあるってのに、くそ、頭が痛くなってきた。

 それにそろそろ親父の写真を返してほしいんだけど。


 結局、どうにかして説得しようと試みたものの、運天士ユニセリアが俺たちを認めてくれることはなかった。

 ララァの案内で泥の城でしばらく世話になる運びとなったが、先行きは不安なばかり。

 とにかくだ、親父の正妻気取りの変人女を、棺桶の中から引きずり出さないと話は始まらない。


 ここ数日、こちらからいくらか行動に出てはみた。

 引きこもりには水攻めだ! ということで、棺桶を池に沈めたのだが、さすがは運天士だけあってそれくらいじゃ出てこなかった。

 ゲホゴホと、むせてはいたけどね。

 次に俺の必殺魔術、爆熱烈風金属弾で棺桶を破壊しようとしたが、あちらの魔術で相殺された。

 なるほど……骨が折れそうだぞ、これは。


 余談だが、親父の写真が返ってくることはなかった。

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