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第21駅 美人冒険家と不良整備士 前編

遅れて申し訳ない。

その代わりといってはなんですが、今日は前後編続けて二回更新です、夜にまた。

 車内、木製の通路には露で濡れた足跡が数人分描かれていた。

 泥で黒く染みこんだそいつは、まだできて新しそう。

 ドクトーベ駅で何人かの客が乗り入れたらしい。


 山脈を穿つ洞窟トンネルを進む列車、すっかり冷え始めた車内にて。


「んで、なんであたしたちの隣に座ってるんだい。もしかして、迷子だとか?」


 通路を挟んで隣側、青髪の女性と黒髪のその息子が座っていた。

 貧相な胸元で腕を組んだお姉さんが、ツンとした目つきでこっちを見てる。

 偉そうに顎を上げて、ふん、と、こっちを見下ろせば、耳のピアスが涼しげな音を立てていた。


 さて、と。

 下手に構うと因縁をつけられかねんし、買っておいた駅弁を食べてしまおう。


 ドクトーベ駅の洞穴からずっと寒く、鼻をすすりながら石の弁当箱をパカッと開けた。

 寒いと、どうも腹が減る。

 空気が冷え込み、窓が曇り始めていた。

 香ばしい肉の香りに鼻をひくひくさせていると、


「そこの赤茶髪の坊や、無視ってわけかい? こっちはありがたく心配してやってるってのに!」

「もぐもぐもぐ。わあ! 根菜が可愛く列車型に切られてるぞ! これは~、芸術だねっ」

「コラッ! そこの妙に綺麗な目をした男の子。あんたのことだよ!」

「イテッ!」


 うげっ、頭に何かぶつけられた。

 ちょっと涙目になりながら、視線を下ろす。

 と、真奈の足元に割と大きめの、そうだな、手のひら大の氷玉が転がっているのを発見した。

 ちくしょう! お姉さんがやったんだ。

 俺はそっとお弁当箱を閉じると、悪戯っぽく笑っている青髪の女を睨みつけてやった。


 ピーピョロョロョーと、変な音色の口笛を吹いているお姉さんは向かいの席に足を乗せて知らんぷり。

 でも、してやったり! って感じで笑っているんだから、舐めてやがる。

 これは、なんだか腹が立ってきたぞ。


「えいっ!」


 とりあえず転がっていた氷玉を投げ返してやった。


 ゴチン!


 見事、お姉さんのドタマに直撃。

 口笛を吹いて、調子に乗っていたお姉さんはグヌヌと頭を抱えてうずくまる。

 あはは、ざまーみろ。


「えっと、アルジェリカさんでしたっけ? あなたは俺のことが嫌いみたいですね! ルフェール君をボッコボコにしたのは俺じゃなくてフィフィなのに。頭にでかいタンコブができたよ……酷い人だ」


 と、フィフィの方に目をやるが、あいつはつり革にぶら下がって、猿みたいに遊んでいた。

 ぶらーんぶらーんと雲梯よろしく、魔族の方たちに奇異の目で見られている。

 ま、まあ、ルフェール君と楽しくやっているみたいでなによりか。

 うん……なんだか恥ずかしくなって、俺は何も見なかったことにして俯いた。


「ふふん、まるでアホのパーティだね」

「お互い様ですよ。ルフェール君、フィフィの尻を追っかけて楽しそう」

「う、うるさいっ。……ちっ、白けちまった」


 お姉さんも罰が悪そうに、魔術で氷のグラスを作って酒を注ぎ、……そして、ぷいっとそっぽを向いた。


 しばしの沈黙。

 なんだか妙な空気になってしまった。

 頭上のランプがぶらぶらと、列車の揺れに合わせてブランコみたいだなあ。

 喉の奥でこっそり笑っていると、お姉さん。


「さっきは心配してるって、恩着せがましく言ったけど……ありゃ、嘘だ」


 彼女はムスッとした表情を浮かべると、歯切れ悪く口をもごつかせてる。

 かと思うと、唇をとんがらせ、ジトッとした目でこっちを見た。

 水色の瞳は透き通っていて、涼しげなピアスの音色と合わされば、まるで氷細工みたい。


「いや、さ。ギルドでルフェールがのびちまった後にだね、坊やたちのことを調べようとしたんだよ。ん、悔しかったからねっ、いつか仕返ししてやろうと思ってさ!」

「……根に持つ人ですね。けど、調べるって? 何を?」

「お、やっぱり坊やは何も知らないみたいだねえ~。ふふん、教えて欲しいかい?」


 いい塩梅なのか、紅潮した面持ちでくっくっくと笑ってる。

 お姉さんはニヤ~っと笑みを作って、少しだけ舌を覗かせた。


 これはもしかして、酔っ払いに絡まれたのかな?


「んん~、どうなんだい?」

「……いや、結構です。なんだか、うざかったので。どうぞ、お酒を続けて下さい」

「コラッ! 大人をからかうんじゃないよ!」


 わっ、危ない、また氷を投げてきた。

 この人、手癖が悪いぞ。


 でも、さすがに二度も同じ手はくわないので、サッと避けてやった。

 するとだ、ゴーン! と鐘のような音が近くで鳴って、思わずビクッと背筋が伸びた。

 振り向くと、真奈が頭を抱え、イタタ、とでかい図体を丸くしているところ。

 おやま、オートマタって痛いんだね。


 お姉さんは、あわわ、と口に手を当てて、悪戯がばれた少年みたいに表情を歪めた。


「あ、ヤベッ。怖そうなオッチャンに当たっちまったよ!」

「んもうっ、オッチャンじゃありませーん! ひどい!」

「!? なんだいその声、お、女の子?」

「あ、その……気にしないでください。ただの連れです。風邪気味で、声が少しばかり乙女チックに」

「んな、バカなっ」


 と、やり取りしていると、ガタンと列車が揺れ、突然フィフィがお姉さんに飛び蹴りをかましてくれた。

 どうやら振り子の要領で勢いがついてしまったみたい。


 うぐおおー、と絶叫が響き、お姉さんの酔いはすっかり醒めたみたいだった。


  ◆ ◆ ◆


 山脈トンネルの深く、まだまだ先は長そうか。

 俺たちは通路を挟み、ベルオルク親子と話をしているところだった。


「何の話をしてたっけ? ん~……あ、そうだそうだ、坊やの情報をあたしのライセンスで調べようとしてたってことだっ! ガキんちょに頭をやられちゃって、いけないねえ」

「ごめんね、おばさん!」

「ふん、麗しきお姉さまと呼びなっ」

「まま、落ち着いて。え~と、ライセンス……? それって冒険者カードのことですよね」


 お姉さんは頷いた。


「それもライセンス機能の一つさ。冒険補助機能の他にも区間転移機能、経路検索機能、と、用途は多岐にわたるね」

「へえ、知らなかった! この板って、そんなにすごかったんですね」

「世界のどこかにいる〝超特級魔術師〟の一人が製造した魔法具の端末らしいからね。あたしたちには理解できない代物だよ」


 お姉さん曰く。

 冒険者カードもといライセンスは、数多くの組織で発行できて、また色々な機能を追加していくことが可能なんだと。

 功績を重ねるほど、例えば冒険者の場合は依頼をこなすほど、ライセンスの機能を増やしていくことができるとか。


「で、そいつで調べようとしたんだけどさ。……するとどうだい、坊やの情報はなぜか遮断されていた。こうさ、カードから人物図書館の情報を引っ張ってこようとするんだけど、あ~、弾かれちまう!」


 氷グラスに石みたいな氷を放り、アルジェリカさんは酒を煽った。


「……身に覚えはありませんね」

「帝国でも五本の指に入る冒険者のあたしだ。権限外ってことはないと思うんだけどねえ。トレイン・レイルロード、あんた、何者? まさか、ただの迷子ってわけじゃあない」

「いや、普通のどこにでもいる少年です」

「冗談っ、魔界に行く普通の少年なんてどこにいるよ!」

「そ、それは……は、ははは」


 あんまり正体を探られるのは好きじゃない。

 とりあえず話を逸らそうか。


 俺は鼻をすすりながら、ベルオルク親子の旅の目的でも聞くことにした。


「と、ところでアルジェリカお姉さんは、どうして魔界へ? 帝国でも屈指の美人冒険家のあなたですから、きっとすごい目的があるんでしょう?」


 ちょっとおだててみると、お姉さんはまんざらでもない様子。

 んふふ~、とか笑ってるし。

 まあなんだ、簡単な人でよかった。


「よせやい、美人だなんて。まあ、その通りだけども!」

「ふふん、ママは帝国直轄の依頼を受けていてだね、とある人物を追っているんだ。その人物っていうのが魔――もごもごっ」

「あ、わわ。こらこら、ルフェール。部外者に触れて回るんじゃないよ」

「……?」


 何やらコントを始めたので、首を傾げていると、アルジェリカさん。

 鼻先をこすると、苦笑い。


「あ~いや、あれだよあれ、ちょっとした人探しさ。ま、坊やたちには関係ないけどね」

「はあ、そうですか。……うぇ、へっくち! うう、寒い」


 いよいよ寒く、カチカチと奥歯が音を立て始めてる。

 窓を見ると、露が凍って白くなっていた。

 山脈を隔てて、気候がかなり変わってるのかも。


 肩を抱いていると、アルジェリカさんがシートに掛けていた魔獣の毛皮を投げつけてきた。

 ボフッと、たっぷり生えた毛に顔が埋まり、おお、暖かい。


「寒いならそれにくるまってな。ちょっとあたしにゃ、獣臭い」

「え、いいんですか? でも、それだとルフェール君が寒そう」

「ふふん、あたしはこうやって息子を抱いて! 暖めあうのさあ! ね~え、ルフェール~?」


 アルジェリカさんは、ルフェール君をマントで包んで抱き寄せた。

 そのまま、ルフェール君の頭を撫でつつ、窓の外へ顔をぷいっと向けた。


「遠慮なくもらっとくっ! ……んっ」

「んー……」

「な、なにさっ、そこのオートマタじゃあたしみたいに暖は取れないだろ?」

「! どうして?」


 うわ、この人、気づいてる。


「ははーん、外套で身を隠してるけど、関節の駆動音に、この気温じゃあ魔力の排ガスもよく目立つ。一流の冒険者が目にしたら一発さ。おやおや、運天士になりたい割には勉強不足だねえ、坊や?」

「うぐっ」

「あらま、張り合いがないねえ。じゃ、もののついでだ。運天士について少しお勉強といく?」

「え?」

「ええ~!?」

「うわっ、フィフィ、上に乗るな。重いっ」


 外の景色の氷柱の数を数えていたフィフィが、こっちに身を乗り出した。

 ちょうど太ももの間に手を突きやがって、危うく股間を潰されかけた。

 冷や汗を拭っていると、いつの間にかアルジェリカさんは氷のグラスを空にしていた。


「んじゃ、よく聞いときな。ルフェールの好敵手がそんなじゃ駄目だ」


 ルフェール君の頭をポンと叩き、お姉さんは貧相な胸元から金色のライセンスを取り出した。

 また酔いが回ったのか、ゆらゆらと頭を揺らしながら、


「ライセンスには〝区間転移〟っていう機能があってね、指定された区間内を一瞬で行き来することができるんだ。で、運天士になりたかったら、時期が来た時に改札へ向かうといい。そしたら選抜試験のある〝孤島〟に転移するってわけ。ね、簡単だろ?」

「……転移」

「この世界にはところどころに改札装置がある。そいつにライセンスカードを認識させれば転移完了! もちろんライセンス権限によって転移できる区間は様々。その中でも運天士選抜試験用の転移は特別区間扱いだから、転移の中でもかなり特殊。一年に一回だけさ」


 転移……か。

 転移に関して、俺は色々と思うところがあった。

 例えば、ジスターがどうやって俺たちを追ってきたんだろう? とかね。


「……なるほど、そういうことだったのか」

「どうしたんだい?」

「いや、こっちの話です。貴重な話、ありがとうございました」


 アルジェリカさんに貰った毛皮にフィフィと丸まり、俺は白い息を吐き出した。


 おかげで、ジスターやシャナクが神出鬼没だった理由がこれで分かった気がする。

 あいつらは転移して俺たちを追っかけてきたんだ。

 ……さ、もう少し話を聞いとくか。


「アルジェリカさん、アールド鉄道本局の職員権限を教えてください」

「なにさ、藪から棒に」

「俺は勉強熱心なんです」

「残念……本局の連中はよく分からない。噂じゃ、特別な改札で全世界を行き来できるほどの権限があるとか聞くけど……実際はどうだろう。何にせよ、想像のつかない世界さ」

「改札で全世界、ですか」


 全世界とは、恐れ入る。

 しかし改札で転移と聞けば、母さんと駅島で似たようなことをしたのが思い出される。

 あのころは楽しかったな。

 今と違って、帰る家があって、家族というやつが迎えてくれた。

 ……おっと、いけね、アルジェリカさんとルフェール君を見ていると、つい過去に思いを馳せちゃう。


 なんだろ、アルジェリカさんはどこか母さんを思わせた。

 髪の色は違う、胸の大きさも、話し方だって、母さんと違って素直でもない。

 でも、ルフェール君に優しく振る舞う姿や、俺に何かと教えをくれる姿を見ると、母親として、冒険者としてのリリーザ・レイルロードと重なるものがあった。


 アルジェリカさんは息を一つ置くと、車窓から氷グラスを投げ捨て、話を締めくくった。


「――つまり、ライセンス権限の強さは個人による。運天士にしてもさ、天衣無縫は本局に近い権限を特別持っていて、かと思えば天涯孤独の権限は大したもんじゃない。そういうもんだ」


 アルジェリカさんがライセンスを胸にしまい、この話は終わった。


 興味深い話を聞けたな。

 と、向かい側で座っている真奈を見つめて考える。

 もし、もしも、俺もジスターと同じような権限を持つことができるようになれば、だ。

 世界の果てに一瞬で行けるようになるのかな?

 〝楽園〟だもの、そこには真奈の記憶と体を元に戻す方法だってあるかもしれない。

 何でも叶いそうな夢の響きに、また昔みたく戻れるかな、などと甘い希望を見てしまう。


「う、そんなに見つめられたら恥ずかしいです。ふふ、焦らずにお父さんを探しましょう。ね、トレインさん?」


 きっと笑っていると思わせる、真奈の優しげな口調。

 だな、何もジスターのようにならなくたっていい。

 親父――シュトロハイム博士なら、もしかしたら真奈を元に戻す方法だって知っているかもしれないし。

 うん、焦らなくたっていい。

 鈍行列車の旅もいいもんさ、いろんな景色を見ていこう。


  ◆ ◆ ◆


 また日が経ち、コークス氏との約束の日となった。

 今日で終点駅、魔界列車への乗り換え駅に到着する。

 というのに、だ。


 ガシャン!


「あ、グラスが……」


 窓辺のスペースに置いていたアルジェリカさん特製の氷グラスが落ちた。

 靴紐の間から冷えた茶が染みて、うう、冷たい。


 どうも、車内の揺れが激しかった。

 想定以上の負荷が掛かっているのか、車両がギシギシと悲鳴を上げていた。

 あまりに揺れるので、頭上のランプが壁にぶつかって割れ、足元に破片が散らばっている始末。


 おかしなことになってるぞ、と辺りを見回す。

 乗客の数は少ないが、車内のざわめきは大きくまた大きく。

 うん、神経質な鉄オタの勘違いではないだろう。


 辺りの様子をうかがっていると、窓に張っていた薄い氷の膜が割れた。

 寒気に身を縮こまらせ、俺はアルジェリカさんの方を振り返った。


「なんだか、おかしくないですか? さっき、カーブの半径に比べて過剰な侵入速度でした。これはちょっと、運転士さんの気分がノリノリとかそういう問題じゃなさそう」

「へえ、トレイン・レイルロードも気付いたんだ? このタイプの車両で理論値ギリギリの速度だったよね。これじゃあ、脱線しかねないよ。それでなくとも、こんな運転してたら足回りがすぐにいかれちゃう。運転してるやつは列車への愛が足りない。……お前はそう言いたいんだろ?」

「ふふふ、ルフェール君とは今度、ゆっくり話したいね」

「フィフィちゃんと一緒なら考えてあげるっ」


 ルフェール君も運天士を目指しているだけあって、中々情熱を感じさせる考察だった。

 なんだか仲良くなれそうな気がしたが……今はそんな場合ではない。

 緊張を高めていると、壁を伝う金管のホーンからアナウンスが流れた。


『こちら鉄道支局リンカール魔界ライン。状況報告、最終閉塞にて列車が何者かに占拠されました。緊急事態につき、お客様はお席からお立ちになられないよう』


 ビブラートしていたホーンだったが、一方的に連絡するとすぐに沈黙した。


「ふん、やっこさんも同乗していたとはね」


 酒のつまみ、果実の種をペッと吐き捨てたアルジェリカさん。

 すぐにルフェール君を従えて立ち上がった。

 異常な様相を見せる車内で席を外し、機関車両の方を見据えた。


「……坊やたち〝魔宝財団〟っていう反鉄組織は知ってるかい?」

「魔宝財団? いいえ、知りません」


 ううん、知っている。

 確か、銀色の魔術師が所属している組織だっけ?

 あの時はそうだな、銀色の魔術師がジスターたちにボッコボコにされていて、成り行きで協力してしまったんだよ……。

 とりあえず話の流れから察するに、魔宝財団の一員と知り合いだと思われない方がいいな。

 俺は素知らぬ顔で首を振り、不安げな少年の態度に努めた。


「普通、知らないだろうね。ま、早い話? あたしは帝国の依頼でそいつらを追っかけてるのさ。財団は空賊と協約して反鉄活動……今みたいに業務妨害をする連中だね」

「彼らはどうしてそんなことを?」

「可能性としては、この列車に罪人として捕まっている仲間を助けに来たか」

「なるほど、大変だ」

「あるいは列車をこのまま終点駅に突っ込ませて車両の破壊を! って魂胆だろうね。終点駅も近いし、やつらには鉄空車っていう逃走手段もある。可能性は高いよ」

「そ、それはとんでもない!」

「大丈夫、あたしがいるから、すぐに片づけてあげるよ」


 魔宝財団、銀色の魔術師もそうだったが迷惑な連中だな。

 車霊体らしい真奈を閉じ込めていたことといい、なるほど徹底的に鉄道局と敵対してる。

 この分だと、銀色の魔術師もやっぱり悪い奴だったということか。

 一応助けてもらった恩もあって、少しだけ落胆を感じた。


「坊やたちはそこで待ってな。私とルフェールでちゃちゃっと終わらせてくるからさ」

「魔導機関の操作はお手の物だよ。トレイン・レイルロードはそこで指を咥えて待ってるんだね!」


 棘のある言い方のルフェール君、フィフィと仲良しの俺は敵認定ってわけか。

 でも、それだけ自信はあるということで、二人は先頭の機関車両へ颯爽と向かっていった。


 レールを打つ車輪の音、そいつが女の悲鳴に思えて、ぶるるっと俺は震えた。


 しばらく。

 ……えっと、二人が先頭車両に消えてもう何分になる?

 んん、待てと言われたけども。

 俺、真奈、フィフィは、席で膝を合わせたまま、そわそわと落ち着かなかった。


「あれから十五分以上か。ちゃちゃっと終わらせるという割には長くない?」

「速度は依然上がってますね。終点のスラム駅に、このままではあと三十分もしないうちに突っ込むでしょう」


 真奈は車霊体とかいうのだからか、妙に列車の運行状況に詳しかった。

 ライセンスにも似たような機能はあるけれど、俺は使えないから便利なもんだ。

 なんにせよ、彼女の言うとおりだとすると、このままベルオルク親子の華麗な活躍を期待し続けるのは危険だろう。

 同じく危機を感じているのか、真奈の口調は神妙なものだった。


「山脈トンネルを抜けたら、終点駅はもうすぐそこです。一体アルジェリカさんたちは、どうしてしまったのでしょうか……?」

「トッくん、マナ! 僕たちも先頭車両に行こうよ! きっと犯人が手強くて、苦戦しているんだ。協力してあげよう」


 こういう時、前向きな提案をしてくるのは決まってフィフィだった。

 さっそく母さんの剣を背負い、席を立っている。

 恐怖よりも、まだ見ぬ車両の構造にでも興味を抱いているのか、あるいは強敵の気配にドキドキしているのか。

 どのみち、こいつは止まらなさそうだった。


 硬いシートから顔を出し、席の後ろに目をやる。

 ええっと……他の乗客はビビっちまって、車両の隅に固まっているな。

 あれじゃ、期待していても仕方なさそう。

 時間もないし、今回ばかりはフィフィに賛成だな。

 と、立ち上がろうとしたところだった。


「ん……?」


 膝が砕け……あれ、どうした? 足が震えてる。

 おや、手もそうだ。

 アルジェリカさんに毛皮を貰っていたから、洞窟の寒さにやられたわけではないはず。


 がちがちと歯を鳴らしながら外を見ると、氷の割れ目から窓に映っている俺の顔が見えた。

 不安そうに眼が泳ぎ、半開きになった口元が間抜けな、吹いたら消えてしまいそうな少年の面持ちが映っていた。

 胸の中、心臓の鼓動が速い。


 フィフィが俺の手を引いたところ、こちらの異変に気づいたっぽい。

 おや? と、眉を上げて、


「どうしたのトッくん。ん~、寒いの?」

「いや……違うみたい」

「変なトッくん。ほーら、早く行くっ」


 フィフィが何度か手を引く。

 けれど俺が一向に動こうとしないので、やがて諦めたように肩を落とした。

 むう、と眉間にしわを寄せたら、真奈を引っ張り通路へ飛び出した。


 後ろの方でランプが落ち、耳に触る音が鳴った。

 列車はお構いなしに暴走中だ。


 フィフィは怪訝そうに首を傾げて、こちらを一瞥。


「もう知らないからね! ……ふんだ、僕とマナで何とかするから」

「あの待ってください、フィフィさん! トレインさんの様子がなんだかおかしいみたい」

「今はトッくんに構ってる場合じゃないよ。ほら、急ぐよ!」

「あっ、でも」

「ほら~早く!」


 真奈もフィフィに引きずられる形で行ってしまった。


 困ったな、どうしたものか。

 ううん、震えの正体は見当がついてる。

 どうやら……俺の魂ってやつが、トラウマを覚えてしまっているんだ。

 この世界に来る前、俺はこのシチュエーションによく似た状況で死んだ。

 無残な死に方だった、と我ながら思う。

 今まで意識することなんてなかったけど、きっとこの状況で思い出してしまったのだ。


「真奈は記憶がなくてよかったな……。しかし、俺が列車にビビる日がまさか来ようとは……」


 と、悲劇のヒーローを気取って、自嘲気味に笑う俺。

 車内の揺れのままシートに倒れ込んで、ぶるぶる震えてる。

 硬めの生地に身を預け、宙で揺れるつり革をぼんやり見つめるだけ。

 なんとも情けない。


 いつの間にか、乗客のざわめきが悲鳴に近いものとなっていた。


「本当、あの時とそっくりの状況。あの時は真奈も助けられずに死んじまった……。ああ、無力だ」


 肝心なところで役立たずな自分を笑いつつ、腕で顔を覆った。

 すると、


「ううん、ちがう。……ちがーうっ」


 あ、真奈の声。


「あなたは、しっかり私を助けたじゃない。私に外の世界を、そして家族を教えてくれました。……だから、無力なんかじゃありません」


 腕をどけたところ、真奈がひょいっと俺のことを抱き上げていた。

 外套のすぐ下、ゴツゴツとしたボディが震えているのが分かった。

 俺と同じ……と思ったけど、オートマタだから、ただの動力機関の振動か。


 ただ、いつも小さく見ていたこいつの背中が大きく感じられて、なんだか不思議な気持ちだった。


「真奈、どうして戻ってきたの。犯人は?」

「先頭車両では、アルジェリカさんがすでに犯人を捕えていました!」

「じゃあっ」

「だけど……」

「だけど?」

「列車が止まりません! 止め方が分からないんです。魔導機関に細工がされているみたいで、ルフェールさんはもちろん、運転手さんにも止め方が分からないんです」

「駄目じゃないか、ルフェール君……っ」


 犯人を捕まえたことはさすがだけど、列車が止まらないんじゃいけない。

 何とかしなければ、と思うけれど、体の震えだって止まらないみたい。

 鉄オタが聞いて、呆れちゃう。


 すると真奈はよいしょっと俺をおんぶして、


「震えてますね、トレインさん。実は、私も。ええっと、わかり……ます?」

「……魔導機関で魔力を燃焼させた時、筋肉シリンダーが駆動力を与える振動、じゃなくて?」

「んもう、ルフェールさんに教えてもらった知識とか? ……ううん、そんなじゃない。私は以前、今と似た経験をどこかでしている気がするから。それはとても怖かったような……」


 ん、なんだそれ。

 ……あ、もしかしてこいつ……!

 俺と同じで、あの時のことを……っ。


「ま、真奈、もしかして記憶が戻ったのか!?」

「……記憶?」

「ダンジョンに閉じ込められる前……そう、昔のことだよ。あ、ほら、お前が感じている記憶の中に、自分の他に誰かいた、とか! そんなのさ」

「誰か? あの、どうしたんですかトレインさん?」

「ほら、鉄道オタクみたいなやつだよ。ちょっと、いや実に気持ち悪いやつだったけど、お前といつも一緒にいた、そんなやつがいただろ?」


 列車が暴走中なのに、妙に饒舌なのが笑えた。

 うん、意味のないことだと分かってはいるとも。

 今の俺はトレイン・レイルロード、真奈の中のあいつはもういやしない。

 だけど、こいつには俺のことを覚えていてほしかった。


 俺が外套を握り込んだところ、真奈は小さく首を振った。


「ご、ごめんなさい。できれば思い出したくありません……。きっと悪夢でしかないでしょうから」

「悪夢? なんで」

「すごく、怖かったと思うから」

「真奈、お前……」


 悪夢、そりゃないぜ。

 とは言いたいけれど、そうかも。

 異世界行きの列車で死んだ俺。

 あいつの肉体と記憶を奪って、新たな人生を謳歌してる俺。

 銀色の魔術師の転生術がどんなものだったのかは分からない。

 けど俺を助けるために、真奈が恐ろしい目に遭ったのだとは分かる。


 ちくしょう、腐ってる場合じゃない。

 そうだ、俺はトレイン。

 そして、トレイン・レイルロードはやる男だ……っ。

 女々しかったな、と鼻をこすり、俺は三両目の収容車両の方を見据えた。


「真奈、俺はお前を助けるよ。今度こそ、今度は俺が」


 震えはまだ治まっていない。

 けど、真奈におんぶまでされているんだから、これ以上の醜態をさらすわけにはいかない。

 やってやる、今度はちゃんと列車を止めるんだ。


 幸い、その道のプロが罪人として収容されていた。


「真奈、コークスさんのところへ。あの人の力を借りて列車を止める!」

「あの人、ですか? え、ええ……そうですね、わかりました」


 真奈はコークス氏のことを苦手に思っているみたいだけど、今は彼が頼り。


 不安そうな面持ちの乗客を尻目に、俺たちは収容車両へ向かった。

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