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第20駅 異世界鉄道の金銭感覚

 牢中の男性は、こけた頬には似合わないギラギラとした瞳でこちらを見据えていた。

 なぜだろう、視線を外せない。

 彼が鉄道員だと名乗ったから、鉄オタである俺は視界と言う名のフォトフレームから彼の存在を外したくないのかも。


 いや、違う。

 彼は鉄道員だ、と言ってはいたが、普通の風体ではない。

 公務員にはまず似合わない、派手なタトゥー。

 そう、牢がよく似合う男なだけ。


 おそらく動けないのは、ロロークさんの死にビビって体が強張っていたから。

 俺は頬を伝う涙をぬぐうと、最悪な場所を象徴する彼、コークスへ問いかけた。


「ロ、ロロークさんの身に何が起きたのですか……? あなたはきっと知っている」

「おう、身内の死に様に絶望したか? 男前が台無しだ」


 男性は無精髭をポリポリとかくと、尖った歯を見せ不敵に笑った。


「よお。交渉といこうじゃないか、坊主」


 ぬらあとした動作で、俺のことを指差す。

 骨ばった細長い指が印象に残った。


「交渉……?」


 男性はふらふらと立ち上がり、頼りない足取りで鉄格子に寄りかかった。

 ジジジ……と、魔術の障壁が音を立て、俺と彼の間に紫色の膜が展開。


 男性は野心に燃える黄金の瞳を注ぎ、言葉を紡いだ。


「お向かいさんだったからな、嬢ちゃんといくらか話をした。……お前のことだって聞いたぞ、トレイン……っ」


 男性のひび割れた爪が鉄格子をこすり、カリカリと音を立てた。

 気だるげに「腹が減った……」と呟くと、鉄格子を握る手はずるずる滑り、ガクンと膝を折ってしまう。

 背の高い彼だったから、それでちょうど俺と視線が交わった。


「もちろん、大陸の外の話だって聞いた。どれもこれも信じがたい話だった。はっ、もっと聞きたかったもんだ……」


 俺が押し黙っていても、コークス氏は構わず続けた。


「今でこそこんな状態だが、俺は元々、支局の鉄道員として大陸の中で職務を全うするつもりだった。だがよ……坊主、俺は知ってしまった」


 いつの間にか、男性の視線はロロークさんの亡骸に向かっていた。

 だが、彼女の死を悲しんでいるというわけではない。

 俺と同じ、知ってしまった者の目をしていた。


 この人もまた魅了されてしまったのだ。

 この世界の果てに。

 俺もロロークさんに教えてもらったから、よく分かる。


 コークスという男性の目には、ただの罪人では持ち得ない未来への希望がたぎっていた。

 唇がわなわなと震え、鋭い歯が覗く。


「〝アールド鉄道の英雄〟この世界の人間なら、誰もが一度は憧れる物語。そして、それは作り話なんかじゃなかった。嬢ちゃんがそうだった……!」

「コークスさん。あなた」

「お前はわかってる。……じゃあ交渉だ。ジスターを倒したというその手腕で、俺に外の世界を見せてくれないか。俺は、こんな場所で終わりたくはねえっ。それに、こんなナリでも整備士だ。いつだって鉄道に対して真摯に生きてきた。断言する、俺はお前らの力になれる……っ」


 俺は、誘われている?

 それになんだ、やけに自信にみなぎった口調に思わずたじろいだ。


 するとフィフィが、恐れと興味が入り混じった表情を浮かべた。

 こいつのこういう神経の図太さが、うらやましい。


「トッくん、どうするの? なんだかよく分からない話になっているみたいだよ」

「いやフィフィ、俺には分かる。俺は今、自らの器が試されている、そんな気がする」

「坊主、お前にはいくつかの選択肢がある。……一つ、このままお前らだけで魔界列車に乗り込むか。二つ、恐れをなして途中下車するか。そして三つ、俺を連れていくかだ!」


 喉がゴクリと鳴った。


 思い出せ、ロロークさんは死の間際言っていた。

 途中下車しろ、と。


 だが、もっと思い出せ、俺たちは魔界列車を目指さないといけないんだ。

 今、目の前の男性は、俺を連れていけ、と言っている。

 そしておそらく彼の中に、ロロークさんの残した意思がある。


「どの選択も大変そうだ……」

「これは強制じゃあない。あくまで交渉だ。それにスラム街……魔界列車への乗換駅まで、まだ一週間もある。その時、俺を連れていく気になったら、この牢まで来い」

「ね、ねえ、どうするのさトッくん?」


 フィフィはコークス氏に興味を持ったらしい。

 彼女の問いかけに小さく首を振った俺。

 フィフィほど図太くはない俺は、かなり参っていた。

 精神的な疲れから、頭痛がする。


「……時間を下さい。今は冷静な判断をするには、気持ちが乱れすぎている」

「おう、賢明な判断だ。せいぜい初対面の魔族、それも犯罪者を信用できるよう、時間に身を任せるといい」

「あ、頭を冷やしてきます。ロロークさんが寂しくないよう、話し相手をしてあげててください」

「お向いさんのことは任せな」

「では、失礼します」

『――――、――』


 最後、三番線語だろう言語で放った彼の言葉が妙に耳に残った。


  ◆ ◆ ◆


「そ、そんなことがあったのですか…… なんてこと」


 旅客車両の座席に戻り、真奈に事の一部始終を話した。

 ロロークさんの死に、彼女もショックを受けているようだった。

 列車に揺られたオートマタ、彼女の関節部がギシギシと悲し気な音を立てていた。


「俺も今だって信じられない。これが悪い夢だったらどれだけ幸せか……っ」


 自然、俺の口調もきついものとなっていた。


 それにしても色々なことが起きすぎてしまった。

 状況を整理しないと。


 冷えた弁当のおかずに目を落とせば、胸の辺りに不快な感覚。

 俺は流れる景色を見ることもせず、額に手を当ててうなだれた。

 口から出てくるのは後悔の念ばかりだった。

 頭の中は当然まとまっていない。


「ロロークさんは殺された。俺たちが逃げている間に、人の尊厳を奪われて、死んだっ。やったのは多分……シャナクだ」

「トッくんが荒野で会ったっていう運天士だね。七人の中でも一番強いかもっていう……」

「〝天下無双〟と張るらしい。だけどさ、そんなのはどうでもいい。ちくしょう、今度会ったら酷い目に遭わせてやる」

「うん……やっつけよう」


 顔を上げると、フィフィは母さんの剣を抱き、雨に濡れた猫のようにぶるるっと震えていた。

 車内が揺れるたび、伸びかけた金髪がなびき、その横顔はどこか寂しげ。

 そりゃそうだ、ロロークさんの死は、母さんの無事に警鐘を鳴らしているに等しいから。


 それほどロロークさんの最期は絶望的だった。

 鉄オタをしてたら、轢死体なんて珍しいもんではないが……、それでも親戚の死体はきつい。


 ギリリ、と歯を食いしばったところ、はたと真奈が声を上げた。

 外套の奥から覗くカメラの光量をひそめ、


「あの。でも、私……あの運天士の方がそこまで残酷なことをしたとは思えません……」


 おずおずとした様子で、肩を抱いた彼女。

 何度か身震いすると、ひじ関節から魔力の排ガスが漏れ出した。


 真奈はシャナクに何を期待したのだろうか、そんな台詞は聞きたくなかった。

 俺は肩を落とし、首を振った。


「残念だが、ジスター相手にロロークさんが後れを取るわけがない。だったら、シャナクしかいない」

「で、でも、あの人は私たちを見逃してくれました。あの人ならやろうと思えばできたはずなのに」

「そんなの気まぐれさ。それにそんなこと言ったら、誰がロロークさんをだな……」


 母さんに劣るとはいえ、ロロークさんも十分強かった。

 シャナクを他にして、悲劇なんて起きないはず。


 すると真奈は、恐る恐る指を一つ立てた。


「ジスターさんにはシャナクさんの他にも協力者がいたのではないでしょうか? そう、例えば、私たちが知らない第三者。もう一人の鉄道員さん」

「第三者だって? 運天士をゴミのように殺す危ない野郎が他にいるってのか。それは……笑えないよ」


 いけないな……もう、真奈の話は置いとこう。

 こんなこと考えても仕方ないし、俺はシャナクがやったと思っている。

 それに誰が犯人であろうとも、ロロークさんはもう帰ってこない。

 何より今、問題はもう一つある。


「真奈、確証のない話はやめよう」

「じゃあ、あの魔族の整備士さんの話だね?」


 フィフィの問いかけに、こくりと頷いた。

 ロロークさんのことはもはやどうにもならないが、コークス氏のことは今から何とかしなければならない。


 列車がカーブに差し掛かったところ、俺は壁に身を預け、口を開いた。


「魔族の整備士。コークスと名乗った彼を何とかしないと。彼をどうするのか、決めないと」

「魔族かあ、話には聞いたことあるよ。黒魔術が得意な種族だってね。おまけに体の脈も人族より長いらしいんだ」

「よく知っているじゃないか、フィフィ」

「えへへ、メル姉に聞いたの」

「それに加えてだな。コークス氏はロロークさんとお向かいさんだったようだ。きっと彼は何か知っているはず」

「じゃあ、仲間に入れてあげよ? 無理やり話を聞き出そうとして騒ぎになったら大変だもん。せっかくの列車から追い出されちゃうっ」

「まあ……そう、考えるのが前向きだよな」

「でも話を聞く限り、怪しそうな方ですよね。そんなことよりも今は、ロロークさんの言葉の意味を考えましょうよ。運天士が途中下車しろって普通じゃないですよ」


 フィフィと違い、真奈はコークス氏を仲間にしたくないみたい。

 だけど、あの人は俺たちの力になってくれる、そんな気がしていた。


 さて、どうする。


「……ここまで来た以上、今さら王国列車への乗り換えは間に合わない。かといって途中下車はごめんだ。俺はだね、コークス氏は嘘を吐いていないと思う」

「そうだよね! だってあの人、どこかトッくんに似てたもん!」

「待ってください。なんで二人とも連れていきたそうにしてるんですかっ? そんなことよりロロークさんの身に何が起きたか考えましょうよ」

「だから、それはコークス氏を仲間にしたら分かるんだ」


 真奈は拗ねたのか、外套に潜り、寝たふりをしてしまった。


 ううむ、この調子ではコークス氏への返答は決まりそうにない。

 もっとも真奈の言うとおり、見ず知らずの魔族を相手にするのは馬鹿げているとも思う。

 だけど、あの男性の目は嘘など吐いていなかった。

 あの人は俺と同じで、この世界に夢を見ていたのだ。

 ついさっき会ったばかりなのに、俺はあの男性を信じたいと心のどこかで思っていた。


 自嘲気味に笑い、外の景色を見てみる。

 窓の向こうで渦巻く雷雲とそびえる山脈。

 ああ、この旅は大変なことになりそうだ。


  ◆ ◆ ◆


 数日後、コークス氏との約束の時が迫っていた。

 リンカール魔界ラインに乗車して五日目。

 魔界列車への乗換駅はそろそろか。


 俺たちはロロークさんの忠告を不安に思いながらも、大陸東岸部三番線ホームを目指していた。

 外の景色、荒野は湿地へと様子を変え、窓からの風は湿り気を帯びて久しい。

 遠くで見える行商の一団をぼんやり眺め、俺は真奈とフィフィのやり取りに耳を傾けていた。


 どうやらコークス氏の処遇を巡って、意見が割れている。

 二人の性格は真逆だからな……あ、分厚い雲から雷が落ちた。

 稲光の後、大気の振動に車内がミシミシと音を立てたが、二人は構う様子を見せない。


「どーしてさ、どうして、コークスおじさんを連れていかないのさ! あの人、きっと鉄道に詳しいんだよ! だったら、一緒にお勉強が出来るよ! 運天士になるためのお勉強が!」

「でもフィフィさん。あの人、どう見ても怖そうな見た目ですし……。私、こっそり見に行ったんです。で、分かりました。あんな人がそばにいたんじゃ、怖いお化けが近くにいるみたいで夜も眠れない」

「車霊体でオートマタがよく言うよ……。見た目のインパクトじゃ、真奈も負けてない負けてない」


 俺はフィフィ派。

 で、真奈はそれが面白くないと。


「あ、ひど~い。トレインさんったら、んもう、馬鹿にして! 二人の列車バ~カ~」

「ふーんだ、僕たちの夢は運天士なんだもん。ね~え、トッくん?」

「まあ、そんなとこだね」

「もう、知りません! 二人には付き合ってられません!」


 意見は割れている。

 だが、あれだな。

 喧嘩しているというわけではなくて、むしろ元気がよくて楽しいくらい。

 真奈のこれも、別に本気で怒っているわけではないだろう。

 なんというか、ロロークさんの死を、それぞれが整理して受け入れることができていた。

 死に様を忘れたわけではないが、いつまでもくよくよしていたら気が滅入るってこと。


 しかし、どうしたものか。

 真奈がコークス氏を予想以上に毛嫌いしている。

 嫌よ嫌よも好きの内だと思っていたけど、一向に首を縦に振りやしない。

 うーん、人見知りか?

 でも昔のこいつなら、どんな人にだって分け隔てなく、無邪気な笑顔を振りまいてたんだけどな。


「真奈、本当のお前は優しい子なのに残念だよ。コークス氏は多分、悪い人じゃないと思うけどなあ」

「もう、知りません! 知りませんからねっ。二人とも勝手に話を進めちゃうんだから……ぶつぶつ」

「あ~あ、マナは照れ屋さんだなあ! 魔族なんて、ちょっと羽と牙と爪としっぽが生えてて、腕と脚がいっぱいで、目つきが鋭くて、三番線語を喋って、体に落書きがいっぱいの乱暴者なだけじゃないか!」

「ははは、乱暴な部分は、まるでフィフィみたいだ」

「わあっ、トッくんが僕を馬鹿にした! このいじわるんぼ! この! この!」

「いて、いて、腹を殴るな。特に腹の横は痛いから……。まったく、この馬鹿」


 と、溜め息を吐いたところ。

 トランペットみたいな拡声器から車掌のアナウンスが流れた。


 ふいの減速に、真奈のボディでフィフィが頭を打った。


《間もなく~ドクトーベ駅~ドクトーベ駅~》


 お、そろそろ駅に停車するらしい。

 とりあえず昼も近いことだし、腹ごしらえに食料を調達しておこう。

 駅弁が売っているといいなあ!


 さっそく真奈の装甲の内側から、財布代わりの宝珠袋を取り出した。

 すると真奈が変な声を出して、身をよじった。


「ひゃっ、くすぐったい! いきなり何をするんですか、トレインさん」


 あ、馬鹿、あんまり動くとシリンダーに髪が巻き込まれる。


「いてて、肘関節に髪が絡まった。……でもオートマタって、くすぐったいのが分かるんだな」

「それくらいわかりますよ。馬鹿にしないでください……!」

「ごめんごめん、とりあえず駅弁を買って来るからさ、真奈は銀星宝珠を補給して留守番してて」


 宝珠袋から、銀星宝珠の欠片を取り出して渡す。


「まったく……でも、無駄遣いはしちゃだめですよ! あとあんまり遠くに行かないように。ドクトーベ駅は十一時三十分発ですからね!」

「はいはい、分かってるって」

「あ、僕もトッくんと一緒に行くよ」


 ここ数日、機嫌の悪い真奈を置いて、俺とフィフィは列車を出た。


 ドクトーベ駅。

 車掌さんに聞いた話だと、帝国列車行きの上り線、インダストペリアルドクトーベラインの始発駅らしい。

 もっとも帝国列車はもう発車したはずだから、今はドクトーベ着の下り線しか運行していないが。

 それでも駅構内では、そこそこの人通りがあって、魔界が近いことを忘れさせてくれた。

 やはり魔族が多いが、人族もちらほら目立つ。


 洞窟をそのまま駅内にしたような景色、フィフィはもの珍しそうにきょろきょろ辺りを眺めていた。

 あちこちで水たまりがあるから、足元見てないと転んじゃうぞ。


「はぁ~、すっごいねここ。なんだか秘密基地みたいだ。わわ、ちべたい」

「んん、鍾乳洞だから、剣状の石から水滴が落ちてきているみたい。あうっ、ちべたい」


 雨粒みたいに、冷たい水がしとしと落ちてくる。

 おまけに気温が低いからね、濡れると風邪をひく。


 へっくちょん、と可愛らしいくしゃみをするフィフィを横目に、俺もヘックショイ。

 う~、鼻水が垂れた。

 とりあえず腕の金属魔術プログラムを変更、すぐに金属膜を張った傘を二つ作った。


 フィフィはそれを見て、楽しそうに跳びはねた。

 あーあ、お前も鼻水面だね。


「うわ~、トッくんは相変わらずすっごいね。あはは、テントみたいな武器で変なの~」

「こらこら武器じゃないから振り回すな」

「えへへ、剣よりずっと振りにくいねこれ」

「剣じゃなくて、ただの雨避けだよ。ほら、ほうっとくと魔力が切れちゃう。魔力供給も忘れずに」

「うん、分かってる」


 ちなみに黒魔術で生み出した物質は、最初に仕込んだ魔力を全て消費すると消滅してしまう。

 白魔術と違って、黒魔術は作ろうと思えば何でも作れるけど、そういう意味では本物は何も作れない。


 えいやっと、傘に魔力を込めたフィフィ、するともともと大きい目をさらに丸くした。


「おお~! ただの雨避けなのに、無駄に複雑な脈を張っているねえ。あはは、トッくんは本当、器用だよね」

「さ、感心してないで弁当を買いに行くぞ。ここの駅弁は何味だ~?」


 傘をくるくる回しながら、俺は構内を駆け出した。


「あ、待ってよ~トッくん」


 フィフィもピチャピチャと足音を鳴らし、走り出す。


  ◆ ◆ ◆


 岩のくぼみにある、コウモリが棲んでいそうな弁当屋。

 そこで香ばしい駅弁がフィフィの手に渡された。

 さて、気になる代金は……、


「毎度ありがとうございます。ドクトーベ駅弁~魔界風味~、合計で二点。代金はしめて、宝珠100メトロ分を頂戴いたしま~す」


 宝珠100メトロ分か。

 地味に高い。


 ちなみにこの世界のお金は宝珠。

 で、単位は距離だ。

 変な感覚だが、この世界ではそういうもんらしい。

 この世界の人たちはどれだけの距離を移動したかに、金銭的価値を認める傾向がある。

 最初は弁当二つで100円は安い! と思っていたが、そういう日本人の感覚は忘れた方がいい。


 さて、宝珠の中には、人間と同じように魔脈が張り巡らされている。

 純度の高いものほど、体積当たりの脈延長が長い。

 例えば俺がグラーチェさんから貰った銀星宝珠なんかの場合、石ころくらいの大きさに1000メトロ分の魔脈が流れている。

 そういえば、真奈の燃費も一日当たり宝珠100メトロ分くらいだったかな。

 ちょうど、弁当二つ分くらいだね。


 と、日に日に減っていく袋の中の宝珠を数えていると、すぐ後ろから誰かの驚く声が聞こえた。

 振り返るとそこにいたのは、


「駅員、弁当を二箱くれ――って、あ、坊やたちは!」

「う、わわあ、ママ! あの時の生意気な奴らだよ!」


 えっと、この人たちは誰だっけ?

 青い髪を後ろでまとめた背の高いお姉さん。

 青いマントに身を包み、仁王立ちでなんだか偉そう。

 と、そんなお姉さんのマントをギュッと握ってそばに立つ、アーモンド形の目をした黒い癖毛男児。

 え~っと誰だっけ?


「あの、どちら様ですか。フィフィ、この人たち知ってる?」

「ううん、知らないよ。早く列車に戻ろうよ。時間になっちゃう」

「そうだな、戻ろう。運天士の心得、時間厳守だ!」


 と、二人で仲良く立ち去ろうとしたところ、呼び止められた。

 本当、誰だよこの人たち。


「待て待て~い! ここにいらっしゃるのは、帝国列車が生んだ美女冒険家である僕のママだぞ。なのに無視するつもりかー!」

「そうさ我が息子! そうとも私が、帝国列車で三本……いや、それは言い過ぎだわね。ええっと、五本の指に入る冒険家! ふふん、〝魔氷のアルジェリカ様〟なのさ!」

「僕はそんなママの血を引く、ルフェール・ベルオルクだ! 将来は天下無双を超えて、最強の運天士になる男だ!」


 な、なんだか上機嫌に語っているな。

 お母さんの方はあんまり豊かではない胸を張って、何がそんなに誇らしいのだか……。

 だけど、お子さんの方は俺と同じ夢を持っているから、応援したい。

 おっといけね、弁当が冷えちゃう。


「……と、とりあえず、さようなら」

「じゃねー、二人とも」


 傘を差して、早いとこ立ち去ろうとした俺たち。

 けど、後ろがギャーギャーうるさいんだな。


「バイバーイ……――って、待て待て待て! え、本当に僕たちのこと覚えてないの? でも、こっちは覚えているぞ! そこの金髪の坊主がフィフィ・アルユンユ! ……ん、あれ、お前ちょっと雰囲気変わった?」

「そだねーちょっとだけ髪を伸ばしたかな! 魔術を使えば……それ!」


 ポンポンと頭を叩くフィフィ。

 すると、う……わわあ! フィフィの髪が伸びた。

 おいおい、お前がロングヘアーって、何の冗談?

 そういえば、最近髪が伸びたなー、と思ってたが、まさか白魔術で育毛力を高めていたとは。

 こいつは全世界のハゲを敵に回したな。

 ……ん、でも、お前ちょっと雰囲気変わった?


 フィフィの育毛魔術に、黒髪の少年はささっとお母さんの後ろに隠れてしまった。

 で、ちらちらとフィフィの方を見てる。


 俺も俺で、ちらちらとフィフィの方を見てる。

 うん、とっても可愛い。

 もともと顔立ちはよかったから、女の子らしい髪型をすれば、うん、いいね。


 黒髪の少年はもじもじとした様子で、フィフィを見つめる。

 そして頬を染め、妙に改まった様子で。


「あ、お、おい……本当に僕のこと、覚えてないの? ほら、君に一撃でのされた。ルフェール……ルフェール・ベルオルクだよ。ひどいよ、フィフィ……ちゃん」

「ん~…………っ! あ、あーっ、思い出した! あの時のへなちょこ君だ!」

「へ、へなちょこ……」


 おーおーこれは大変、ルフェール君が落ち込んでしまった。

 お母さんのマントで涙や鼻水を拭っている。

 ちょっと、可哀そうだな。


 と、同情心を抱いていると、フィフィが俺の肩をちょんちょんつつく。


「ねえねえ、トッくん! こうしたら、僕って女の子らしく見えるかな? えへへ」


 ニコニコしながら伸びた髪を手で握り、頭の横でまとめて、ツインテールを作った。

 さんざんクソ坊主だと言ってきた俺が言うのもなんだけど、普通に美少女だった。

 いつもは汗臭いと思っていたのに、心なしかいい匂いがするような……。

 なんか知らんが、こっちまで胸がドキドキしてくる。


「ま、まあ、なんだフィフィ。いや、意外と似合っていて驚いてる。しかし、なぜに髪を伸ばそうと?」

「だって、会う人会う人に、男の子に間違えられるからさ……。僕だって、一応女の子だもん。ほんと、失礼しちゃうよ……っ」


 むすっと頬を膨らませたフィフィは、ちぇっと地面の小石を蹴った。


「え、そうだったの? ははあ、お前にもそういう気持ちがあったんだなー」

「本当はね、トッくんにばれないように少しずつ伸ばして驚かしてやろうと思ってたんだよ。あ、でも、トッくんが僕のことを見て、ドキドキしてるなんてちょっと嬉しいなっ」


 ドキドキって、なんでこっちの心情が分かって――あ、こいつ、いつの間にか俺の手を握ってる!

 ちょっと悔しかったので、ブンッと手を振りほどいた。


「こら、そういうの卑怯だぞ! 確かに可愛いお前にはドキドキしたけどさ、でもそれは隠したかったんだ! ……ほれほれ」

「んもう、ほっぺを突っつくない」


 うむ、相変わらずのもち肌である。

 しかし何ともまあ、フィフィにも意外と乙女な一面があったんだな。

 ……と、そんなことより、この調子だと本当に弁当が冷えちゃう。

 とっとと帰らないと。


 すると、ルフェール君。

 うーん、君はしつこいやつだなあ。

 今度は俺かい?


「ま、待て! そこの赤茶色の髪で、妙に綺麗な目をしてるやつ」

「俺のこと? きれいな瞳とはありがとう」

「おい、お前、フィフィちゃんの何なんだ? 何でそんなに、親しそうなんだよ」

「何って、友達だよ。うん、ただの幼馴染。だって仕方ないだろ、成り行きでずっと一緒だったんだから」

「……ぐぬぬ。ママ! 僕、この二人を二人っきりにさせたくない! ついて行こう!」


 いきなり何を言うかと思ったら、ルフェール君、君は大胆な男の子だなあ。

 こっちはただでさえコークス氏のことで面倒なのに、君みたいなへなちょこはいらないよ。

 ほら、さすがのお母さんも困っている様子じゃないか。

 鼻水でかぴかぴになったマントじゃ、あの偉そうな態度もちょっと可愛いらしい。


「えっと、ルフェール。いい? 私たちは帝国からの依頼でこんな辺境まで来たの。そこのお子様たちと関わっている暇なんてないの!」

「そ、そんな~……」


 まあ、そうなるよね。

 さすがは帝国列車で自称五本の指に入る冒険者、仕事に対しては真面目みたい。


 さ、三度目の正直だ、いい加減列車に戻らないと。


「えっと、では失礼します」

「じゃねー、ルフェール君!」

「あ~、フィフィちゃーん。待ってよぉー」

「ルフェール! あんな野蛮な子なんてほうっときなさい。ほら、私たちも行くわよ」


 じゃあなルフェール君。

 悪いことは言わないから、フィフィなんかを好きになるんじゃないぞ。

 こいつは将来、おそらく母さん以上に厄介な女になると思うから。


  ◆ ◆ ◆


《間もなく、リンカール魔界ライン、発車いたします》

「はあ、やっと戻ってこれた……」

「楽しい親子だったね~」

「ううん、面倒くさそうな親子だよ。だってお前、ルフェール君に惚れられてるんだぞ?」

「なんで? 僕はあの子を殴っただけなのに!」

「世の中には、いろんな奴がいるんだよ。お前はルフェール君に新しい世界を見せてしまったのさ」


 フィフィは、ふ~ん、と言いながら、伸ばした髪を陽炎の剣で散髪し始めた。

 おうおう、本当に世の中にはいろんな奴がいるね。


「お前さあ、車内で髪を切るなよ」

「だって、伸ばし過ぎちゃったんだも~ん」

「また車掌さんに怒られるよ……」


 フィフィといると疲れる。

 溜め息を吐きつつ、とぼとぼ席に戻ると……。


「あ! フィフィちゃん!」

「うわっ、なんで坊やたちがここに?」


 なんかさっき見たような青いのと黒いのが、席に座っているな。

 んー……あれは、うわっ、ベルオルク親子だ。

 な、なんで、魔界行きの列車に乗ってるんですかね?

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