第19駅 大陸鉄道リンカール魔界ライン
一番線壱号国、星雲列車の運天士シャナク。
やつとの遭遇から二週間。
シュバルツさん一行との別れの日が近づいていた。
鳥さんとの並走が楽しくないのか、シュバルツさんは空飛ぶ鉄空車の助手席で、むう、と腕を組んで思案顔。
何度か唸った後、俺の方に振り返って、
「トレイン君。残念だが、これ以上は一緒に行けそうもないな。このままでは次の駅島までの魔宝石が……足りなくなる。つまり、燃料切れだ」
「いえいえ、こちらこそ大変お世話になりました。三番線に用もないのに、ここまで運んでくれてありがとうございます」
「うーむ、本当に残念。君を養子に迎えられなくてだね」
「ははは。またそれだ」
笑っていると、シュバルツさんは顔を寄せて、こちらをじぃっと見つめてくる。
ち、近いよ。
もしかしてかなり本気で養子にしたかったのかな?
まあいい、問題はここから先をどうするかだ。
下の大地、小さく見える線路を目でなぞりながら考える。
むむむ……あっ、黒いボディの魔導機関車が街の方へ走っていくのが見えた、ラッキー。
ふむ、列車か。
駅員に注意しましょう! と念頭に置いてはいたが。
そう、ジスターの件があって、なるべく近づかないようにしていた。
けども。
徒歩だと、魔界列車に乗り遅れるかもしれない。
物欲しそうにこちらを見つめるシュバルツさんに対し、俺は線路を指差した。
「シュバルツ伯、あの線路は?」
「アールド鉄道大陸支線だろう。駅大陸の本線ホームを繋ぐ大陸内の線路だよ」
「むむ、それは興味深い」
なるほど、面白そうじゃないか。
俺たちは魔導機関車が走っていった大陸東部の街、リンカールハッドに降り立った。
◆ ◆ ◆
リンカールハッドの大きな駅舎が見える立地の宿を借りた。
さすがは元貴族、駐車場付きだ。
部屋の窓からは途切れない人々の往来が見え、どうやらターミナル駅の様子。
暇なのだろう、真奈とフィフィは窓に張り付いて、行き交う人々の数を数えていた。
あらあら、メルフェルタさんまで一緒になっちゃって。
おっと、いけない、アールド鉄道大陸支線についてもっと話を聞かないと。
テーブルに着いて、読書をしているシュバルツさんの向かい側に座った。
ギィとイスが鳴ると、シュバルツさんが顔を上げた。
モノクルを外し、フッと笑う。
こうして見ると、男の俺でも見ていたいダンディーなおじさま。
「この街でお別れだと思うと、寂しいものがあるね。しかし君はどうだ、すでに大陸支線にしか興味がなさそうな顔をしている。ふふ、それでこそ私が惚れたレイルロード家の男子だよ」
「そんなことより、大陸支線の話を」
「よかろう。……外に迎賓館のような駅舎が見えるだろう、あそこは一番二番線ホームと三番線ホームを結ぶリンカールハッド駅。今は国列車が停車しているから、リンカール魔界ラインの始発駅となっているはずだ。最短距離を飛べる鉄空車に比べたら時間はかかるが、その路線を使えば魔界列車へ十分乗り換えはできるだろう」
「なるほど。でも俺たちはジスターに追われてたから、他の駅員にマークされているかも……。俺たちが列車を使っても大丈夫でしょうか?」
「問題はそこだな。しかしだね、楽園行きである本線と大陸鉄道である支線では鉄道を管理する組織が違う。分かるかい、ここがミソだ」
本線、支線の管理組織か……えっと、さっきシュバルツさんに聞いたな。
今まで利用していた、馬鹿でかい国列車が走る線路、それが本線。
管理組織は終点駅楽園に到着した零号国の末裔たち――アールド鉄道本局。
大陸鉄道のように、前の世界と同じサイズの列車が走る線路、それが支線。
こちらの管理組織は途中下車した零号国の末裔たち――アールド鉄道支局。
髭を整えつつ、シュバルツさんは続けた。
「運天士すら従えるというジスターの権限を聞く限り、おそらくその車掌は楽園本局の人間だろう。するとどうだ、支局の管理する支線なら問題なく利用できるかもしれん」
「だ、大丈夫そうですかね? いきなり鉄道員に襲われたりしないですよね?」
期待を込めつつ、問いかける。
するとシュバルツさんは顎に指を当て、
「断定はできん。ただね、楽園本局の車掌が他国の運天士を従え出向してくるという話を、私は一度も聞いたことがない。何が目的だったか知らんが、ジスターとやらは一般の鉄道員に対して秘密裏に動いていたのかもしれない」
「そう、ですかねえ……」
「はっはっは! そうと考えようじゃないか。駅員に捕まった時はその時だ。なに乗車券を手に、どーんと構えていたまえ。支線の接客は本線のそれとは違う。楽しみたまえ」
はは、自分は空の道があるからって言ってくれる。
まあ、でも当たって砕けるのも悪くないか。
自分でも楽観的だと思うが、やってみないことには前へ進めないだろう。
とにかく明日だ。
アールド鉄道大陸支線を利用してみよう。
ふふ、駅弁が楽しみだっ。
◆ ◆ ◆
宿で一晩明かし、リンカールハッド駅の前でシュバルツさん一行と別れを告げる。
ここからは子供だけで列車の旅。
ちょっと寂しくなるな、と熱くなった目頭をこすってみたりする。
と、何とか湿っぽくならないようにしていたのだけど。
人が行き交う道の真ん中で、メルフェルタさんはフィフィと抱き合い、涙していた。
普段ほんわかしたお姉さんはやはりと言うか、涙もろかった。
十以上は歳が離れているフィフィに頭を撫でられる姿はなんだろう、ドキドキする。
「い、行っちゃうんだね~フィフィちゃん。本当は一緒に行きたいけど。けどね、私はご主人様の空賊家業をサポートしないといけないからあ~。ちゃんと、ご飯食べるんだよ~」
「よしよし、メル姉。でも泣かないで! 僕は大丈夫っ、だってトッくんとマナが付いてるもんっ。それに小さな列車の旅って初めてだから、むしろ楽しみなくらいっ」
「そっか、フィフィちゃんは前向きだねえ。うふふ、だったらお姉さんの私も泣いてられないね」
仲が良いことは素晴らしい。
でも、あんまり長くやってると列車に乗り遅れちゃうぞ?
「ほら、フィフィ。そのくらいにして乗車券を買いに行こう」
「そんなこと言わずにトレインさん。もう少し待ってあげましょうよ」
フィフィの手を引こうとしたら、隣のごつい外套の彼女に引き止められた。
肩にポンと手をのせられただけなのに、このメカニカルフィンガーがビクともしないんだ。
仕方ない、もう少し待ってやるか。
やれやれ、と、歳が離れた姉妹みたいな光景を眺めていると、おや、シュバルツさん。
妙に改まった様子で寄って来た。
俺とシュバルツさんじゃ、あっちみたいに気持ちいい画にはならないだろう。
そう思って、石畳一枚分だけ退くと、
「トレイン君。別れの前に一つ話しておこうじゃないか」
「えっと。養子の話なら、もう聞き飽きましたよ? 耳にタコができるくらい」
「いや、リリーザとリニアードについて話しておきたい。今を逃すと、もう話す機会もないだろうからね」
「母さんとシュトロハイム博士について、ですか。ええ、聞きましょう」
「では、少し話そうか。そうだな君も知ってのとおり、リリーザは三つの武術を修めた天才剣士だった。私は今でもあれを王国最強の剣士だと思っているよ」
「ええ、そうですね……」
そう、母さんは強く美しかった。
けど、七天士最強の一角、シャナクに殺されたんだ。
母さんの血がべっとりと付着した陽炎の剣と、ジスターの狂気の表情。
今もよく覚えている。
懐かしそうに語るシュバルツさんの口ぶりは、すでにいない人間に対するもののようで嫌だった。
「昔からあれは聞かん坊でね、私の教えなど聞かなんだ。それは当然、王国であれに敵う人間などいなかったから。運天士になれずとも、実力では間違いなく七天士と肩を並べていた。結果、どんな屈強な男もリリーザからは距離を置いたのだ。花も恥じらう十五の少女にだぞ? 笑えるだろう」
「母さんの強さは自分がよく分かっています。……で、結局、何が言いたいんですか?」
「前置きが過ぎたか。ではトレイン君、女性は男性の何に惚れると思う?」
「は? えっと、それは……」
鉄オタにそんなこといきなり聞かれても分からん。
……か、仮に俺が女の子だとして、そうだな、知らない土地で上手く電車を乗り換えて、目的地までスムーズにエスコートしてくれれば惚れると思う。
時は金なり。
でも、シュバルツさんは俺の考えとは違うみたい。
「女性はな、自分が持ちえない魅力を持っている男性に惹かれるのだよ。リリーザの場合は、知性、そしてあくなき強さ、だろうか」
シュバルツさんは続けた。
「君が生まれる一年と少し前か、王国列車に謎の男、リニアードがやって来た。出身列車不明、どうやって乗車したのかも不明。だが子供のように一途な男だった」
「謎の男……それが俺の父親」
「世界の真実を探すと言い、やつは毎日飽きもせず列車内ダンジョンへと潜った。改札転移装置の発掘など、その功績は計り知れん。むろん研究車両筆頭となるのに、そう時間はかからなかった」
「……で、母さんとはどうやって知り合ったのですか? その様子だとシュトロハイム博士は酷く単調な生活を送っていたみたいだ」
「リリーザがリニアードに決闘を挑んだのだ」
「へ、決闘?」
「王国最強と持てはやされ、孤高の存在となっていたリリーザだ。新進気鋭の学者、リニアードの存在が面白くなかった。それに彼は冒険者としても一流だった。ますます面白くない」
いつかメルフェルタさんが言っていた。
このおじさまのせいで、母さんは列車のことが嫌いになったらしい。
そして親父は鉄道バカと来た。
なるほど、これでは衝突は避けられない。
「それで戦いの結果は?」
「信じがたいことに、リニアードは武術を心得ていなかった。鍛えた魔術は戦闘用ではなく、いわゆる学術系だった」
「じゃあ、母さんが勝ったの?」
「……いや、リニアードが圧倒した。やつの魔術は常識の外にあった。探究心だけに裏打ちされた学術が武術を超えたのだよ」
あの母さんが負けるって、大変なことだろう。
武術系の魔術でないと十分戦えないと思ってたが、そうでもない、のか?
一芸を尖らせる学術系、か。
親父を見つけたら是非とも話を聞きたいところだな。
もの思いに耽っていたら、あれ、いつの間にかシュバルツさんの声がちょっと怒り気味。
「リリーザがリニアードに惹かれるのに時間はかからなかった。リニアードは知識は当然のこと、学者でありながら強さも備えていたのだ。最強を自負していた十五の少女にとって、衝撃的だったろう……っ」
「あれ、もしかしてシュバルツ伯。怒ってます?」
「幼いころのリリーザはだね……列車が好きだった。いや、この世界に生まれて列車が嫌いな子供はいないはずっ。だが、残念なことにそれもまたリニアードに惹かれる要因となった……っ!」
「えっと、あの……、どうしたんです?」
「結果として、リリーザとリニアードは結ばれた。周りは祝福しなかったがな。だが結局、リリーザの恋は一時的で甘い勘違いにすぎなかったのだ……っ」
シュバルツさんはそこまで言うと俯き、何度か首を振った。
しばらく何か考え込んだ後、今度は俺と目線が合うようにかがむ。
グッと俺の肩に手を置くと、こちらを真っ直ぐ見つめ、こう言った。
「リニアードは君が生まれる前、大きくなった腹のリリーザを置いて王国列車を旅立った。君に言うことではないのかもしれんが、リニアードは人の親になれるような人間ではなかった」
「……」
「それにな、リリーザとリニアードは夫婦と呼ぶには、一緒に過ごした時間はあまりにも短かった」
母さんは親父の話題になると、いつも不機嫌になっていた。
でも、上手くは言えないけど、嫌っているという感じではなかったと思う。
親父について多くは語らなかった母さんだけど、それだけは分かる。
だって、俺を命がけで守ってくれたんだもの。
憎む男の息子相手に、そんなことはしないだろう。
シュバルツさんの手には力が入り、少し震えていた。
「シュバルツさん、そろそろ列車が出ます」
「……しつこいのは百も承知だ。だが、最後にもう一度だけ引き止めさせてくれないか?」
「ありがとうございます。でも、これで最後ですよ」
「いいかいトレイン君。父を探すと君は言う。しかし、リニアードはもしかしたら君のことを我が子とすら認めないかもしれない。それはとても悲しいことだ……それでも探しに行くのかい?」
「俺は、シュトロハイム博士に会わないと。母さんは最後、博士の写真を俺に渡しました。母さんが最後に頼ったのは、他の誰でもない博士でした。だから会って、話さないと」
「気持ちは……変わらないのか? 魔界列車は恐ろしい場所だぞ。そこまでして君は、君と母親を捨てた父親を探すのか?」
「はい」
シュバルツさんは「そうか」と言うと、ゆっくり立ち上がった。
遠くから、近づく汽笛が聞こえる。
街灯に吊るされた拡声器から駅員のアナウンスが、二回ほど流れた。
魔界行きの列車に乗り込む人は少ないようで、駅前の通りはいつの間にか閑散としていた。
乾いた風に煽られた紙屑が、コロコロと俺とシュバルツさんの間を転がった。
シュバルツさんはメルフェルタさんの元へ歩み、そして背を向けたまま、
「正直、最初、君の存在をよく思っていなかった。君の顔はリニアードを思わせたから。ああ、そうとも君をリリーザの元から引き離そうとした。リニアードの遺産を取り上げたかったのだ」
「ふふ、そのおかげで大変な目に遭いましたけどね」
「言うな、メルフェルタ。それほどにリニアードはリリーザを変えてしまったのだ」
シュバルツさんはコホンと咳払い。
「しかしそれは勘違いだったようだ。リリーザにとって、君は負の遺産ではなかった。リニアードとの出会いによって、リリーザは少女からレディに変わった。ああ、教育係として屈辱だとも」
「まあまあご主人様。さ、背を向けてないで、トレイン君たちを見送りましょうよ」
「……うむ、そうだな」
メルフェルタさんに促され、シュバルツさんはこちらに向き直った。
モノクルを取り出し、そっと掛けた。
そして燕尾服のような衣服を整えると、顔に浮かんだのはダンディーなスマイル。
「もう止めはしない。リニアードに大きくなったその姿を見せてやるといい。そしてリリーザとの仲を取り持ってやれ。あれはきっとどこかで生きているはずだからね」
「母さんが生きている? どうして、そう思うのですか」
「私の教え子はそう簡単に死なない。そう信じている」
「なるほど……少しだけ希望が湧きました。では、またどこかで」
「はっはっは。次は終点駅の楽園で、だな」
「はい……っ」
こうして元貴族の空賊、シュバルツさん一行と別れを告げた。
◆ ◆ ◆
《本日もアールド鉄道支局をご利用いただき誠にありがとうございます。5番ホームより、十二時三十分発、三番線魔界行き下り、リンカール魔界ラインが発車いたします》
ジリリリリリリ! と頭に響くベルの音がリンカールハッド駅構内で響いている。
俺たちは駅員のお姉さんから乗車券を受け取り、5番ホームを目指し構内を進んでいた。
制服姿の彼女は、大変よろしい接客だった。
シュバルツさんの読みは当たっており、本局の鉄道員であるジスターは支局の鉄道員とは連繋していなかった。
あの恐ろしかったジスターの権限が、大陸東部に及んでいなかったことにほっと一息。
俺とフィフィを肩に乗せた真奈もまた、ガシャガシャと走り喜びをあらわにしていた。
「上手く列車に乗れそうで良かったですね。ね、トレインさんっ、フィフィさんっ」
おっと、あまりスキップを踏まれると乗り心地が悪くなる。
あと、床の石も割れちゃう。
まあでも、幸先が良さそうで何よりか。
「乗車券さえ持っていたら、彼らは特上のサービスマンだったわけだ。よーし、フィフィ、駅弁は持ったか? 先は長い、車内でランチタイムだっ」
「もちろん! わーい、列車の旅だ~」
俺たちは浮かれていた。
すべてが順調だと思っていたからね。
赤絨毯の階段を降り切ったところで、構内でアナウンスが響く。
《間もなく、リンカール魔界ライン発車いたします。お乗りのお客様は5番ホームへお急ぎください》
「二人とも、着きましたよ。えーと、列車はあれですね」
5番ホームに着いたら、望遠鏡みたいに真奈のメインカメラが伸びた。
すぐに目当ての車両を発見。
「三両編成の黒光り……SLタイプか!」
「トッくん、SLって?」
「あ、いや、こっちの話」
こっちの世界はmagic locomotion。
魔宝石の魔力を揮発させた時のエネルギーで走っている。
通称MLだ。
「ではっ、加速しますよ、二人とも」
真奈に担がれ、俺たちは停車していた黒い魔導機関車に乗り込んだ。
乗り込んだと同時に、車両のドアがプシューッと音を立てて閉まる。
ガクン、と発車を示す車内の揺れ。
窓から見える、駅の様子もゆっくりと後ろに流れ始めた。
ふう、ギリギリセーフだったな。
とりあえずどこに座ろうかと車内を歩く。
座席はロングシートではなくて、ボックスシートだ。
窓際の席からは景色が良く見えそうだが、赤い布地は薄く、座り心地は悪そうか。
木の床を軋ませながら、車内を散策。
ぶーらぶーら、と照明のランプが頭上で揺れている。
目立った動きはそいつらくらい。
なんだろう、車内は酷く空いていてで景気が悪い。
一人、二人……数えるほどしかいないじゃないか。
乗っているのも、肌の色が赤かったり白かったりで魔族の方らしい。
「がらがら、だな。モータリゼーションの波がこの世界にもやってきているのか?」
時代は空賊、とシュバルツさんは言っていたっけ。
すると真奈。
「ほら、トレインさん。おかしなこと言ってないで、どこかに落ち着きましょうよ」
「わーい。ほとんど貸切みたいだねっ!」
「よし、適当なところに座ってランチタイムだ」
と、座席に着いた俺たち。
そーれ、と、駅弁をパカリ。
フィフィも同じく。
真奈は外套をめくって、魔宝石を動力炉に突っ込んだ。
そうやって駅弁と窓から見える景色を楽しみながら食事をしていると、おや、車掌さんがやって来た。
乗車券の確認にでも来たのだろうか。
「大陸支線をご利用いただきありがとうございます。おや、人族の親子連れ……。魔界列車に用とは珍しいお客様ですね」
どうやら車掌は、真奈のことを俺とフィフィの親父だと思っているみたい。
外套の大男、こんなのに乙女の魂が秘められているとは思うまい。
もっともこれは毎度のことだから、今回の真奈は声を低くして対応する機転を披露してくれた。
「んん、ゴホン。ええ、まあ、そんなところですね。ゴホン、ウホンッ。ゲホゴホ……ちょっと、むせた」
オートマタってむせるんだ。
車掌は不思議そうに首を傾げた。
「風邪、でしょうか?」
「荒野の乾きに喉がやられてしまって……」
特に反応は見せず、制服の彼は車掌帽を整えると後部車両の方を指差した。
すると穏やかな表情から一転、目深に被った帽子から覗く目つきが心持ち鋭くなった。
「お客様。リンカール魔界ライン御乗車の際、注意していただきたいことがございます。よろしいですか?」
「はい、どうぞ」
「当路線は本来、旅客業務を行っておりません。現在は三番線に魔界列車が停車しております故、魔族のお客様を中心に旅客業務を行っておりますが……」
「はあ、そうですか」
「当路線は魔界列車が停車していない平時、流刑業務を行っております。大陸東岸部のスラムに罪人を搬送する業務、です」
「え、流刑……」
「当列車の編成は、先頭車両を機関車両。第二車両を旅客車両。第三車両を収容車両としております。くれぐれも一般のお客様は第二車両からお出になりませんよう」
「わ、分かりました……」
「それでは、魔界へのよい鉄道の旅を」
車掌は深々と一礼すると、他のお客の元に向かっていった。
流刑業務か……。
なるほど、どおりでガラガラなわけだ。
魔界列車に行くってだけでも物好きなのに、その上、罪人と一緒じゃあな。
さ、弁当が不味くなる、と食事を再開しようとしたところ。
真奈がしゅんとした様子で俯いてしまった。
「どうした真奈? あ、もしかして罪人と一緒の列車で怖くなったとか?」
「いえ……少し思うところがありまして」
「大丈夫、この車両から出なけりゃ、何も起きないって」
「ううん、違うの。もしかしたら、この列車にリリーザさんが収容されているのかもと思って……あ、変ですよね、そんなことあるわけないのに」
あっ。
もし、もしも母さんが天衣無縫に殺されず、色々あって罪人としてこの列車にぶち込まれていたとしたら……。
可能性は限りなく低いが、絶対にないとは言えない。
結局シャナクのやつから母さんの生死は聞けなかったのだ。
でも、それは希望的観測にすぎないだろう。
ふとフィフィの方を見ると、弁当にがっつくのは止めて、座席に掛けた陽炎の剣をじっと見つめていた。
ぎゅっと口を結ぶと、立ち上がり、
「トッくん、ちょっと僕、収容車両の方を見てくる。師匠、いるかもしれないし」
「あ、フィフィ。母さんがいるわけなんて……」
「そんなの見てみないと分かんないよ。車掌さんには上手くごまかしといてねっ」
「おい、待てって」
あの馬鹿、行っちまった。
車掌に見つかったら、なんて言われるか。
でも、母さんがもしかしたらいるかもしれない……。
そう、希望的観測ではある。
でも、フィフィの言うとおり、見てみるだけ見ておきたい。
悶々としていると、ガシャリ、と肩に大きな手が乗った。
「トレインさん。車掌さんには上手く言っておきます。収容車両の方を見てきてください」
「あ、真奈」
「私はやんちゃな兄妹を持つ二児のパパ。ふふ、そういう設定みたいですからね。んん~、ごほん。ほら、早く行きたまえ」
「はは、シュバルツさんの真似か。……うん、分かった。ちょっと確かめてくる」
◆ ◆ ◆
ドアを開けて、連結部を跨ぎ、収容車両に入った。
少し、肌寒い。
車内は旅客車両と違って装飾はなく、鉄がむき出し。
おかげで走行音が車両内部で反響、工事現場みたいにうるさい。
もちろん振動も車輪から直に伝わってくる。
薄暗いので目を凝らすと、車内の両側に十個ずつ牢が設置されているのが確認できた。
意気消沈した様子の罪人たちがうなだれて、固く冷たそうな壁にもたれている。
ロクに食事もとっていないのだろう、乾いた唇に羽虫がとまっていた。
「簡易のトイレ、ベッド……れっきとした牢屋だな。罪人相手とはいえ、ひどい列車だ」
恐る恐る車内を進むと、フィフィが一番奥、右側の牢屋の前で、立ち尽くしていた。
ジィッと中を見つめ、牢屋の前から動かない。
どうしたんだろ? あんなに固まって。
罪人たちを刺激しないよう、ゆっくりフィフィの元へ向かった。
「おい、フィフィ」
「あ……、トッくん」
「もしかして中に母さんがいたのか?」
「ち、違うよ……でも」
フィフィは困惑した様子で、牢の中を指差した。
その中を見ると――
「え、ロローク……さん?」
「あ、れ……この、こ、え…………トレイン、くん?」
ズタボロに引き裂かれた制服姿の女性がそこにいた。
生きているのが信じられないくらいで、それはそれは……ぐったりと牢屋で転がっていた。
列車が揺れるたび、彼女の頭が床に打ち付けられ、ゴトゴトと重い音を立てる。
ああ、ロロークさん、なんてこと。
内臓が抜かれたのか、異常に腹がへこんでいる。
両腕、両脚、両目を失っていて、もはや見る影もない。
ダ、ダルマだ。
わわ、あ、お、俺が憧れた運天士、天女のロロークの姿がこんな……。
お、思わず腰を抜かしてしまった。
そして……、
「……か……かっこう、悪い……ところを……みられちゃった、ね」
「た、大変……っ。ロロークさん……今、助けますっ」
震える右腕の魔術プログラムを溶接バーナーに組み替えた。
は、早く助けないと、ロロークさんが死んじゃう。
でも、彼女は小さく首を振った。
すると彼女の傷んだ髪がはらはらと抜けて、床に散らばった。
頭皮から、酷い火傷の跡が見えた……。
「いいよ……もう、私は……だ、め、だから……。そんなことより……早く、逃げなさい…………」
「で、でも……ロロークさんは俺が憧れた……」
「……運天士? だめ、途中下車、しなさい…………れ、零号国は、鉄道本局……は………………」
ロロークさんの声が徐々に小さくなる。
治癒魔術を施そうとしたけれど、牢屋に仕込まれていた妨害魔術によって遮られた。
これは、もう……。
「…………リリィは……ただし……かった……」
「ロロークさんっ。か、母さんはどうなったんですか? 母さんは!?」
返事は……ない。
「ろ、ロロークさん?」
ロロークさんはピクリとも動かなくなってしまった。
ガタンゴトン、ガタンゴトンと、鉄の道が車輪を叩く音だけが、車内で無情に響き渡っていた。
いくら待てど、彼女が再び動くことはなかった。
膝を突いてしばらく呆けていると、背後から声がした。
四十歳くらいの男の声だった。
振り返ると、声の主は牢屋の中にいた。
壁にもたれながら胡坐をかき、ポリポリと無精ひげの生えた頬をかいている。
黒金のような肌にピアスだらけの長い耳、はだけた制服の胸元からおどろおどろしいタトゥーが見える。
この人は、魔族だ。
「お向かいさんが死んじまったか。天女のロローク、ベッピンさんだったのに残念な最期で悲しいよ」
「あ、あなたは……?」
「俺か? 俺は元アールド鉄道支局所属、大陸鉄道整備士のコークスだ。おう、坊主……お前は天女と知り合いだったようだが、目の前の悲劇についてどう考える?」
運天士の死を目の当たりにした今日。
俺は魔界行きの列車で、元鉄道員の罪人、コークスと出会った。
車内では、鉄の道が車輪を打つ音だけが響いていた。




