表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/28

第18駅 運転士って良い人? 悪い人? 後編

 数日後。

 アルペルの街を発った俺たちは鉄空車でひたすら東を目指した。

 魔物が厄介らしいので、野宿はせずに街と街を渡っていく。


 途中、用心棒を雇おうと思ったのだけど、A級冒険者を雇うにはかなりの大金を要求されるので驚いた。

 相場はよく分からないが、一月も雇えば金欠になる額だ。

 どうやら三番線近辺は治安が悪いので、どうしても報酬額は吊り上がるそう。

 ちなみに奴隷の場合、掘り出し物を当てれば強くて安いのが手に入るのだけど……。

 奴隷には凶悪犯罪者が紛れている可能性があり、子供の用心棒としてはお勧めできないのだと。

 まあ、今はメルフェルタさんがいるので、焦って無駄使いする必要はあるまい。


 一週間後。

 空の旅は比較的快適だった。

 駅大陸は国列車と違い地上にも強力な魔物が出てくるのだが、空についてはその限りではなかった。

 地上に比べて魔物が少なく、地形の影響もない。

 ああ、スイスイと進んで順調な旅である。

 これなら半年どころか、一月だって掛からないかも。


 シュバルツさんたちと交流を深め、中々楽しい旅は続く。

 まあ、フィフィとシュバルツさんは相変わらず仲悪いけど……。

 そんなある日のこと。


 休憩がてら、荒野の湖で釣りをしていると、


「トレインさん、釣りお上手ですね~」


 金属箱に氷を詰め込んだクーラーボックスから魚を取り出して、真奈はウキウキ。


「ああ、待つことは得意だからね俺」


 例えば田舎の路線で列車を撮影しようと思ったら軽く一時間は待たなければならない。

 ベストショットを求めれば、時間はいくらあっても足りないだろう。

 鉄オタをするには忍耐力が求められるのだ。

 その辺りは釣りも似たようなもの。

 奇異の目を向けられない分、こっちのが楽なくらい。


 ちなみにフィフィは待つのが嫌いなので、湖に潜って素手で魚を捕まえていた。

 はは、まるで海女さんだ。

 と、笑っていると、


「あ、トレインさん! 浮き、浮き!」


 お、掛かってる。

 ピクンピクンと、木の実で作った浮きが上下してる。


「む、この手ごたえっ元気がいい。さて、どんな獲物が釣れたかな?」

「わ、わ、ト、トレインさんっ。はやく引っ張らないと逃げられますよ!」

「慌てるな。大丈夫だから、じっとしてろ」


 ちょっ、真奈、危ないなお前。

 オートマタは鉄の塊なんだから、桟橋の上であたふたされると板が抜ける。


 それに心配なんていらない。

 金属魔術で釣り針にはきちんと返しを作ってあるし、竿だって土魔術の似非カーボンファイバーだから問題ない。

 あとはワイヤーをしっかり巻き取っていけば……、


「そーれ、くるくるーっと」

「わあ、水面に何か出てきましたよ。大きいっ」

「おー、かなりの大物だ!」


 バサーッと水しぶきが頬に掛かって、よしっ大物を釣り上げた!

 と思ったら、なんとそいつはフィフィだった。

 どうやらパンツに針が引っかかってしまったらしい……。

 そのまま勢い余って、彼女からパンツだけを釣り上げてしまう俺だった。


「パンツだ。かぼちゃパンツ……」

「……びちょびちょのパンツですね。あ、フィフィさん怒ってますよ」

「こらートッくん! 僕のパンツ返せ!」


  ◆ ◆ ◆


「トッくんに裸、見られた……」


 体を丸めて、真奈の外套で身を隠すフィフィ。

 そうやって大人しくしてればこいつも可愛いもんだ。

 ポンと彼女の肩に手を置いて慰めてやる。


「大丈夫さ、俺は全然気にしてないから。だから安心していいよ」


 子どもの裸なんて孤児院で腐るほど見てきたし、そもそもこいつとは一緒に風呂に入ったりしてたから問題ない。

 それにどっちかっていうと女の裸よりも、車両間の接続部分に興奮する俺だ。

 そういう意味では、真奈の関節部から覗くマッスルシリンダーのがエロく思える。


 フィフィは口をとんがらせて、ぎゅっと膝を抱いた。

 ああ、拗ねたなこれ。


 パチパチと湖の畔で火が焚かれ、そこでパンツが干されてる。

 フィフィは恨めしそうに、パンツと俺を交互に見て、


「嘘つけ、気にしてないわけないでしょう! だってトッくん、見たんだもの!」

「見たよ。うん、見た。でも気にならないんだもの、しょうがないよ」

「な、何か、感想はあるでしょう? ねえ!」

「いや、特に。何言ってんのお前?」

「僕だって、わ、分かんないよっ。むむうう、なんだか分からないけど、腹が立ってきた! あっち行け!」

「イテッ」


 こら、腹を殴るな、腹を。

 というか、パンツはいてないんだからあんまり動き回るなって。


「おい、フィフィ、見えてるぞ。また」


 はは、こっちの人間の構造も前世の人間と変わらないな。

 イテテ、また殴られた。


「ひ、ひゃあ! 早くあっち行け! この馬鹿!」


 ったく大げさだな、昔は一緒に風呂入った仲だろうに……。

 ま、でも今は放っておいた方がいいな。

 ああいう手が出るタイプは、頭が冷えるまで距離を置くに限る。


 ちょっと散歩。

 真奈の肩に乗せてもらいながら、荒野の乾いた風を楽しむ。

 おお、視界が開けていて、遠くの方まで見えるや。

 ふむ、魔犬の親子が馬の魔物を仲良く食べてる。

 なんだか大自然って感じがする光景だな。


 ふと真奈の鋼鉄頭に手を乗せてみる。


「なあ、真奈。俺たちって、前の世界じゃ考えられなかったような光景をずっと見てきてるんだよな。不思議だよな~」

「前の世界? えっと、言っている意味がよく……」

「ああいや、今のなし」


 そうだった、記憶がないんだよ。

 つい忘れてしまいそうになるけど、やっぱりこれは寂しいものがある。

 さて、困った真奈にもう一度約束し直しておかないと。


「真奈」

「はい、なんでしょう?」

「フィフィには内緒なんだけど」

「え~、いいんですか?」

「いいんだよ、馬鹿はほっとけ。……えーっと、あの、俺さ、頑張って国列車の運天士になるよ! そして、この世界の果てまでお前を連れてってやる。これ、約束な」

「え、本当ですか? わあ、ありがとうございます」

「この世界の果てには、すごい魔法や技術があると思うんだ。お前だって元に戻れる、そんな方法があるはずなんだ。だから一緒に探そう」

「うふふ、分かりました。ちゃんとした体が手に入る日を楽しみにしてますね。私が何者だったのか、その時まで楽しみに待ってます。それじゃあトレインさん……」

「おわっ」


 ロボットアームでひょいっと俺を下ろすと、真奈は手のひらを差し出して小指を立てた。


「指切りしましょう。約束、ですからね」


 長い鋼鉄の腕と武骨な指だけど、ちょこんと指を立てるその動作は中々可愛らしくて、

 思わず笑みが漏れちまった。


「よしっ、約束だ」


 小指と小指を絡ませて、指切りを交わす。

 うん、ひんやりとした鉄の冷たさだな。

 だけどおかげで、こいつの温もりを取り戻そう、と思える。


「真奈。俺の考えてること、伝わるか?」

「いいえ。残念ですが、分かりません……」

「そうか、こっちもだよ」


 体を合わせれば心が通じる、と母さんが言ってたおまじないだけど。

 この機械の体じゃ伝わらない。

 あるいは俺と真奈との間に圧倒的な力量差があるのかもな。

 まあ、なんにせよだ。


「ま、いつかは俺たちの思いが伝わる日も来るさ。その時こそ、俺たちの約束が果たされた時だな!」

「はいっ。そうですね!」


 そうさ、真奈が元に戻れば、俺の正体にだって気づいてくれる。

 俺のことを〝トレインさん〟ではなく〝テッちゃん〟と呼んでくれる。


 ――さあ、この世界でやることはたくさんあるぞ!

 真奈の体を取り戻す方法だって考えないとだ。

 こうなったら何が何でも、親父を見つけ出してやる。

 天才技術者で学者様に、色々と聞きださないと。


 そうして親父を探す冒険への思いをより強めた時。

 どこからともなく拍手が聞こえてきた。

 パチパチパチ。

 それが鳴りやむと、視界の端がふいに輝いた。


 真奈が咄嗟に俺を突き飛ばし、そして彼女の腕がぶった切られた。

 巨大な剣閃が俺たちの間を通っていったのだ。

 ガランと彼女の腕が地面に転がり、砂埃が足元で上がる。


 ビュオオ、と砂を含んだ風に思わず目をこすった。

 目を凝らし、攻撃の出所へと振り返る。

 すると、そこには灰色髪を乾いた風になびかせる男がいた。

 美しい白銀の剣を片手に、鉄道制服の彼はこちらに歩み寄ってきていた。

 風が強くなると、剣を脇に挟み、ネクタイと胸のバッジを整える。

 その所作はどこか処刑執行人の身支度にも見えた。


 お、追ってきたんだ、天衣無縫が……。

 王都の時もそうだったが、こいつは神出鬼没。

 クソ、こんな見通しのいい荒野のどこからやってきたっていうんだ。


 走って逃げ出すも、すぐに追いつかれた。

 そして握手を求められた。

 こいつ、笑ってる。


「久しぶりですね。いやー、探しましたよ少年君。さ、握手でもしましょうか。積もる話もありますしね」

「ま、真奈……逃げろ」

「で、でも……」

「悪い、ちょっと頭に血が上ってるんだ……っ」

「おや、聞こえてますか? ほら、握手ですよ握手。君の考え、君を作る魔力の線路を私に教えてくれないかな?」

「て、天衣無縫だったか。おいあんた、母さんをどうした……?」

「ああ、それですか。ふふ、握手をしたら分かるかもしれませんね。ほら」


 綺麗な顔に嫌味な笑みを浮かべやがって、ちくしょう……。

 ちくしょう、ぶっ殺してやる!

 体の脈を全部、腕に集めて――放つ!

 手のひらが金色に激しく輝き、空気がぶるるっと震えた。

 空気が熱を帯び、全身を打つほどの爆発音。


 よし……、ざまーみろ。

 隕石でも落ちたのかってくらいに地面が大きく抉れ、天衣無縫をブッ飛ばしてやった。

 モクモクと土煙が立ち上り、辺りの魔物は恐れをなして逃げ出した。

 しかし煙の中から、ぬっと天衣無縫が現れて……。

 え? 傷一つない。

 マジか、天龍の時よりもジスターの時よりも、威力は上がってるはずなのに。


 なんなんだ、天衣無縫はいつの間にか灰色の衣を身にまとっていて……。

 そんな輝く衣をサラサラと引きずりながら、こっちに向かってくる。


「いきなりですねー。しかしなるほど、天龍のドラゴンスケイルが削がれるわけですねえ。ふっふっふ、少年君、いいセンスしてますよ。私が見る限り、最強の子供だ」

「母さんの仇……殺す!」


 爆熱金属弾を発射する――が、効かない。

 その微笑みはまるで崩れず、爆風にサラサラとやつの長髪が舞い上がるだけ。


「はははー、熱いですね少年君。でも無駄です。私の固有魔術〝完全無欠の衣〟の前ではね」

「く……っ」


 くそ、諦めてたまるか、こいつだけはぶっ殺す。

 と、歯を食いしばったところ、後ろから真奈に抱き上げられた


「落ち着いてください、トレインさん。わ、私があの人の動きを止めます。……はあっ!」


 天衣無縫の足元に、ジスターの動きを封じた結界陣が現れた。

 古代の文字が浮き上がると文字と文字とが鎖を紡ぎ、それがやつの足に絡みつき捕縛。

 灰衣の男は地面へと目をやり、ピタリと動きを止めた。

 しかしその笑みはまだ崩れる様子はなかった。

 グッグッと足を動かし、剣で靴を撫でてる。


「おや、これは驚きました。特級、いやそれ以上の結界術ですか……。なるほど、ジスター殿もやられるわけだ」

「ぐ……うう……」


 真奈が苦しげな声を上げる。

 一方、男の微笑みは相変わらずだった。


「ふふふ、苦しいでしょうね。これほどの魔力を消費したら、当然です。これ以上は止めた方がいい。あなたの体が持ちませんよ?」


 男が結界を破りながら歩いてくる。

 そのたびに真奈がやつの足を止めるのだが……、


「う……ぐ……」


 やばい、アイカメラの輝きが鈍くなってきた。


「や、やめろ真奈。これ以上、魔力を使ったらお前が消える」

「す、すみません……私の力が足りないばかりに……」


 真奈が膝を突くと、天衣無縫がトーンと跳ねて、俺の元に着地。

 うっ甘い香りがする……、男のくせに香水をつけてるのか。

 そして男は俺の額をチョンとつつき、こちらの考えを読み取ったのだ。


「ふむ、私に対して憎悪に燃えている……母の仇ってところですか。そして使命感に燃えてもいる……ふふ、そうですか。なるほど、荒々しくも壮大でいい脈だ」

「さ、触るな!」

「おっと、仕方ないじゃないですか? 君が握手してくれないのですから。まあ、でも君の中は大体わかりました」


 男は白い歯を見せて微笑むと、しゃがんで俺の頭をなでなで。

 う、なんだこいつ……。

 真奈にも俺の中は見せてないのに……最悪な気分。


「そう睨まないでください。雇い主であるジスター殿がいなくなった以上、私が君たちを追い回す理由はなくなりました。今回やって来たのは、君の中が気になったから。リリーザと天龍が絶賛した君の中がね」

「……?」

「いや、天龍の言うとおりでしたよ。線路延長9000メトロ超、壮大な鉄道路線のごとき魔脈でした。君ならもしかしたら、いずれ私たちと同じ立場になるかもしれませんね」

「お、おい、ちょっと待て。あんたは俺の敵じゃなかったのか……?」

「私は運天士、自国のために働く者です。そういう意味では出身列車が違うあなたとは敵同士かもしれませんね」

「じゃあ、やっぱり……」

「ただ、それでも私は君から車霊体を奪う気にはなれなかった。車霊体に肉体を与えるというその発想、面白いと思いますよ? そして君ならやってしまいそうだ。ええ、頑張りなさい」

「ぬ、盗み聞きしてたのか!」

「ふふ、車霊体との恋……運天士としてすごく興味深かったですからね。叶わぬ恋……あぁ、いいですねぇ」

「……ちっ」


 綺麗な顔して気持ち悪いなこいつ。

 微笑むばかりで本心がなかなか見えてこないし、胡散臭い。

 まるでピエロのよう。

 そんな彼はすっくと立ち上がった。


「さて、私はそろそろ帰ることにします。ただし、くれぐれも零号国の方たちには見つからないように。我々運天士は彼らに逆らうことはできませんからね。君を殺せと言われたら、もう次はないでしょう」


 不穏な台詞を残すと、男はくるりと踵を返す。

 そして、すたすたと歩き始めた。

 長い脚、その足取りはどこか悠然としていて。

 って、見送ってる場合じゃない、あいつを逃がすわけにはいかないんだ!


「おい待て、逃げるな。お前、母さんをどうした? 言え!」


 男は立ち止まると、ゆっくりと振り返って歯をちらり。


「君は今すべきことをするべきです。ああ、そうだ、別れの前に自己紹介でもしておきましょうか。んー、コホン、私は一番線壱号国〝星雲列車〟の運天士〝天衣無縫のシャナク〟です。では、いずれまたー」

「あ、おい!」


 呼び止めようと駆け出したら、すぐさま剣閃が足元に飛んできた。

 なんと速さ、まるで見えなかった。

 やつの斬撃は地面に氷の白線を描き、白々とした霜柱を逆立てている。

 これより先へ進むことは危険な気配。

 シャナクは流れる動作で剣を収め、


「危険ですので、白線の内側からは出ないでくださいね」


 運天士にそう言われたら、氷の線を跨ぐことなどできなかった。

 シャナクの背中を見送るのみ。


 結局、母さんがどうなったのかは分からずじまい。

 親父探しの旅を続けるしか道はなさそうだった。


 それにしても運天士……やっぱり実物は俺が思ってるのと全然違う。

 笑えないが、雇われの殺し屋って感じじゃないか。

 ただジスターと違い、シャナクは車霊体の力に魅了されてるってことはなさそうだった。

 それだけが唯一の救いだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ