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第17駅 運転士って良い人? 悪い人? 前編

 ギルドでの一件も終わり宿に戻った。

 とりあえず部屋で各々の時間を過ごす。


 メルフェルタさんとフィフィはベッドの上で禅を組み、瞑想を始めた。

 俺はというと、商店で買っておいた語学本を開いてお勉強。

 そうやって三番線語の勉強をすることしばらく、シュバルツさんと新車みたいにピカピカとなった真奈が帰ってきた。


「帰ってきたぞー。それにしても、腹が減ったな。さて、夕食でも頂くとしようか」

「あ、じゃあ……私は部屋で留守番してますね伯爵様」


 真奈は外套を脱ぎつつ、残念そうに声を落とした。

 彼女は車霊体とかいう魔力の塊である。

 よって食事は魔宝石から抽出できる魔力となる。


 可哀そうに思いつつ、俺は荷物袋から魔宝石を取り出した。

 それを……テーブルの角で叩いてっと。

 コーンコーン、パキャっと、小さく割って石の欠片を彼女に渡した。


「ごめんな真奈。銀星宝珠で魔力を補充しててくれ。ちょっと少ないけど夕飯代わり」

「ありがとうございます。では、いってらっしゃい」


 カチャリと石をつまむと、アイカメラの輝きが細い棒状となった。

 これが彼女の笑顔で、慣れれば意外と可愛らしい。


 階段を上り、最上階にある食堂に向かった。

 客はそこそこ多かったが、空いていた窓際の席に座る。

 いや、高い宿というのは給仕が早い。

 ウェイターに注文してからものの数分で料理がやってくるんだから。

 窓から射す夕日に、スパゲティらしきものが赤々と染まって美味しそう。


 フォークでゲッティをくるくる巻きながら、シュバルツさんに今日の出来事を話してみた。


「シュバルツ伯。今日、ギルドで冒険者に登録してきたんですよ。ほら、このカード」


 金色のカードをテーブルに置いた。

 シュバルツさんは赤い酒をグビグビ飲みながら、あごひげをゲッティみたいにくるくるいじる。

 ひとしきり感心すると、ぷはあ、と酒臭い吐息をこっちにくれた。

 フィフィが彼の隣でケホッと咳き込む。


「おお、金色ではないかっ。さすがはトレイン君と言ったところかな。それに推薦印も貰ってるとは、流石だな。ふむ、なるほどな……」


 シュバルツさんは肉にフォークをザクッと刺すと、物憂げに窓の外に目をやった。

 フィフィが隙をうかがい、そーっと肉に手を伸ばそうとするが、すぐに彼はこっちに向き直った。


「いや驚いたよ。まさか十歳足らずの子供まで推薦されるとはね。よほどの人材不足ということか」

「やっぱり普通じゃないですよね」


 シュバルツさんは再び、外の景色を眺め始めた。

 赤い夕日が、黒く染まった街の三角屋根と教会の大きな鐘の間に沈んでいく……。


「年に一度、選抜試験があるのだがね……」


 日が眩しいのか、彼は目を細めた。


「実はだ、王国列車以外、十年以上運天士は変わっていないのだよ。つまり、まったくの不作が続いているというわけだな」

「十年ですか、長いですね。あ、でもそれって何か問題があるんですか? 今の運天士に頑張ってもらえればそれでいいんじゃ……」

「……まあ、色々あるのだよ。健全なサイクルがなければ、例えば国列車が運天士に独裁されるかもしれない」

「はは、運天士が列車を支配するって。まっさかーそんなことってあるんですか? 運天士ですよ、みんなの英雄の」


 ロロークさんがそんなことするとは思えないけどな。

 うん、あの人はいつでも最高に美しく高潔だったもの。


 と、懐かしい思い出をなぞっていると、シュバルツさんはふいにフィフィの手をペシン! と叩いた。

 あ、彼のステーキをつまもうとしていたんだな……。

 彼はチッと舌打ちして、フィフィを睨みつける。

 どうでもいいが、高潔な彼は平民の彼女とあまり仲良くない。


「ちっ、やめんか。この農民風情が」

「ねーえ、おじさん。お肉ちょうだい」

「まったく、トレイン君のお友達にしては品がないのではないかね。高潔な人間はな、人から食べ物を恵んでもらうなどあり得ないのだ。分かるかね、下等民?」

「もう、おじさん。喋ってばっかりだからご飯が冷めちゃうよ。えいっ」

「あっ、私の肉!」

「おいしい~」


 あーあ、食べられちゃった。

 まあ、人のことを下等呼ばわりするシュバルツさんもシュバルツさんだし、おあいこか。


 メルフェルタさんにお肉を分けて貰い、シュバルツさんはせき払いを一つ。


「えーと、話が逸れた。も、もちろんトレイン君の言うように、運天士は英雄であるべきだ。しかし当代の運天士たちは長く車霊体とかかわりすぎた……。ほらあれだ、君も彼らの危うさを身を以って味わったろう?」

「あ、そういえば確かに……二度も殺されかけた」

「運天士はだね、国列車の中枢である車霊体と協力しながら列車を運行する。そして車霊体は人智を超えた魔力の塊だ。いくら運天士と言えど、いずれはその圧倒的な力に魅了されてしまうのかもしれん……。だから一人の運天士が長く業務を続けるのはあまり好ましくないのだよ」


 へえ、それがサイクルが必要な理由ってわけ。

 なるほど、運天士が俺たちを襲ったのだって、車霊体である真奈の力を欲しがったからなのかも。


 やっぱりこの世界の列車の運転手は俺の考えるものとは違う。

 そう考えると、ちょっと残念だった。


 ……いや、落ち込むほどのことじゃないな。

 それにあれだ、真奈が食堂に来てなくてよかった。

 聞かれていたら、きっとまた余計な心配をさせてたろう。

 私のせいでご迷惑を~、とか言われるに決まってる。

 そんな泣き言、できれば聞きたくないね。


  ◆ ◆ ◆


 食事を終えて、部屋に戻った。

 シュバルツさんは私が一番に湯を浴びる! と言って湯浴みタイム。

 メルフェルタさんに桶と塩を貰うと、颯爽と通路の奥へ消えてった。

 さっそく壁の向こうからシャワシャワと水の滴る音と、おっさんの鼻歌が聞こえてくる……。


 上機嫌だな伯爵さん、と思いつつ、俺は語学の本をペラペラ。

 語学は大切だ、運天士になるには必須だし、これから三番線に向かう以上、避けては通れない。


「三番線に着くまでには、基本的な文法は押さえておかないとな……。おいフィフィ、こっちに来てお前も勉強しろ」

「お腹いっぱいで動けない~。うぅ~」


 ベッドの上で腹を出したまま寝転がってる。

 女の子なのにゲップしてるし……。

 真奈が、大丈夫ですか~? と手のひらを扇風機みたいに回転させて風を送ってる。

 そんなプロペラみたいな手を見て、フィフィがけらけら笑い始める。


 駄目だなあれは。

 しょうがない放っておけ、あいつは現地で体当たり的に覚えてけばいいんだ。

 と考えて、やたら刺々しい文字群相手に奮闘を開始したところ、


「ねえ、トレイン君。ちょっとお話いいかな」


 隣にメルフェルタさんが座り、ベッドがバインと跳ねる。

 ふわっと俺の体が飛び上がると、彼女に脇の下を掴まれた。

 こそばゆいなと思っていると、そのまま膝の上にちょこんと座らされて、


「見事にキャッチ! うふふ、懐かしいねえ」

「はあ、懐かしいって?」

「そっか覚えてないよね。えっと、あなたを誘拐しようとした時もね、こんなふうにキャッチしたのよ? ギュッて」

「あー、そういえばそんなことありましたね」

「うーん、大きくなったねえ。あの時はあんなに小さかったのにね」


 誘拐犯の台詞とは思えないが、まあ、そんなことも確かにあった。

 あの時のメルフェルタさんは鎧でゴツゴツしてたけど、今はフヨフヨしてて柔らかい。

 まあ、でも胸はやっぱり母さんの方がでかいけれど……黙っとこう。

 ていうか、あんまり頬ずりしてしてくるなよ、くすぐったい。


「えーと……それで話というのは?」

「あーそうそう、さっき運天士の話をご主人様としていたでしょう。その時、君がちょーっと悲しそうな顔してたから、お姉さんがフォローしてあげようと思って」

「そんな悲しそうな顔してましたっけ」

「うん。お姉さんがね、思わず胸が締め付けられちゃうくらい」

「そうですか」


 いちおう運天士が正義の味方じゃないってのは受け止めたつもりなんだけど。

 もちろん認めたくはないけどさ。

 まあ、二回も殺されかけたんだから理解する。


 しかしメルフェルタさんはいい人だな。

 恨みを買っててもおかしくないのに、こうやって気遣ってくれてるし。

 シュバルツさんだって貴族を鼻にかけたところはあるものの、うん、悪い人ではない。


 何だかんだでこの人たちと一緒にいることで、不安や寂しさはずいぶん紛れてると思う。

 やはり子供だけの旅というのはきついものがあるし。


「あの、心配してくれてありがとうございます。でも、俺は大丈夫ですよ。ほら、今は語学の勉強中ですから」

「あ、三番線語。おお、偉いね」

「まあ、フィフィよりは……」


 ちらりと彼女の方へ目をやると、もう寝てた。

 腹を出したままでぐっすりで、相変わらずマイペース。

 真奈も寝てるのかな、アイカメラの輝きは失せていた。


 さて勉強だ、と語学本に目を落とすと、おや、メルフェルタさんが頭を撫でてくれた。


「本当に偉いね。ねえ、そのお勉強は、お父さんを探すため? それとも運天士になるため?」

「そうですね、両方です」

「そっかあ。本気で運天士を目指してるんだね」


 前世、俺が電車の運転手となって真奈を遠くに連れてってやると約束してた。

 幸い、この世界の運転手は新幹線の運転手よりもカッコいい。

 ふん、だったらやるしかないだろ。


「そうですね。これは譲れない俺の夢ですから」

「ううっ、私、感動しました。もう、こうなったらお姉さんがだね、元気になる昔話を聞かせてあげる」


 なんだか知らんがメルフェルタさんの昔話を聞かされた。

 話を聞くに彼女も数年前、運天士を目指し試験を受けたらしい。

 昔のことを思い出しているのか、肩に置かれた彼女の手はギュッと力が入ったり、ちょっと震えてみたりと忙しかった。

 試験は一次から三次、そして最終選考まであって――

 それがかなりの難関で――

 命を落とす者も少なくないらしく――

 と、そんな興味深い話を聞かせてくれたところで、彼女は一息置いた。


「ふう。でね、私は三次試験まで行けたんだけどそこで脱落しちゃってね」

「お、惜しいところまで行ってたんですね! すごいじゃないですか、お姉さん」

「でもね、上には上がいたんだよ。例えば君のお母さんとか」

「か、母さん? あっ、まさか母さんもその試験を受けてたんですか?」

「うん、リリーザ様も受けてたんだよ。ロローク様と一緒にね。それはもう二人ともすごかったよ」

「……はは、母さんのやつ、やっぱり運天士を目指してたんだ」


 母さんの書斎で昔、読み込まれてボロボロになった本の山を目にしてた。

 やっぱりそうだった、母さんも運天士になりたかったんだ。

 そんなこと一言も言ってくれなかったのに、もしかして照れ臭かったのかな。


「特にね、リリーザ様がすごかったよ。全ての試験をトップで合格して、史上最年少運天士は確実! と誰もが思ってた。事実、武術も魔術も素晴らしくて、リーダーシップもあった」

「わあ、やっぱり母さんはすごかったんだ! ……あっ、でも母さんは運天士になれなかったんですよね」

「そうだね。残念だけど、リリーザ様は運天士になれなかった」


 そう、俺の知ってる母さんは農業車両の地方貴族で冒険者、そしてシングルマザーだった。

 どうしてあれだけすごかった母さんは、運天士になれなかったのだろう?


「不思議ですよね。母さんほどの才能を持った人はそういないのに」

「リリーザ様はね、車霊体に選ばれなかったんだよ」

「選ばれなかった……え、たったそれだけのことで?」


 車霊体に選ばれるかどうか……それはおそらく、運天士第四項――器量の要素だ。


 メルフェルタさんは手に少し、力を込めた。


「ねえトレイン君。ここまでの話を聞いて、運天士になるために一番必要なことって何か分かる?」

「うーん……難しいことは分かりませんが、ただ俺は列車が好きだから、諦めずに頑張ろうと思ってます」

「あ、なんだ。分かってるじゃない、君」

「そうなんですか?」


 安心したような拍子抜けしたような声に、俺は振り返った。

 メルフェルタさんは唇に指を当てて、んー、と目線を宙に上げて、


「えっと、ご主人様が言っていたことなんだけど。王族は運天士になるため小さなころから猛勉強して、血反吐を吐くような訓練をするんだって。英才教育ってやつだけど、リリーザ様はそれが嫌だったみたい」

「うわ、血反吐って……。英才教育というにはあまりにも……」

「だからリリーザ様はご主人様からいつも逃げ回ってたそう。それでも才能はダントツだったから、無理やり運天士を目指させられたのね。その結果、列車が嫌いになっちゃったんだと思うの」

「母さん、そういう窮屈そうなの嫌いそうでした」

「だからねトレイン君。運天士になりたいのだったら、列車を嫌いにならないでね。あなたの列車が好きだ! っていうその気持ちを大切にして頑張るのよ。そしたら、自然と車霊体はあなたを選んでくれるはずだから」


 列車を嫌いになるな、か。

 大丈夫だ、何も問題ない。

 グモろうが、運天士に命を狙われようが、そして真奈を狙う追っ手に殺されかけようとも、俺はそれでも運天士を夢見てる。

 昔も今も鉄道の魅力に取りつかれている、それだけ。


「メルフェルタさん、心配無用です。なぜなら俺は〝鉄オタ〟ですから」

「て、鉄オタ? なに、それ」

「鉄道に命を燃やす男のことです!」

「あはは、それはすごい! 頑張りなよ、鉄オタ君」


 メルフェルタさんは俺の頭にポンと手を置くと、ゴシゴシと撫でてくれた。

 くすぐったいなあ、もう。


 ふいにガチャリと扉の開く音。

 と共に、ムワッとした湯煙が漂ってきた。

 通路の向こうから、シュバルツさんが鼻歌まじりで現れたのだ。

 あーあー、ちゃんと足拭いてから上がらないから床がびちゃびちゃだ。

 高価そうな絨毯なのに――って、うわ!? なんだこのおっさん、股間をブーラブラで真っ裸じゃないか。


「はっはっは、トレイン君。私の家来と仲良くなったみたいで何よりだ」

「シュバルツ伯……前、隠さないんですか?」

「はーっはっは、湯浴みの後は裸と決まっておるのだ私はな。なあ、メルフェルタ?」

「はい、ご主人様。いつも、ご立派でございます……」


 うわ、メルフェルタさん頬が真っ赤じゃないか。

 手で目を隠してるが、指の間からしっかり見てるんだな、これが……。

 二人とも悪い人じゃないけど、どこか変。

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