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第15駅 俺は魔術の溶接工

 シュバルツさんはどうやら、俺のことを高く評価しているようだった。

 そういえば俺が赤ん坊のころ、英才教育を施そうと誘拐を試みるくらいだったか。

 けど、それはちょいと買い被り過ぎじゃないか?


「いやー同志よ。これも何かの偶然! トレイン君、私の再チャレンジ計画に協力してもらうぞ!」


 うわあ、勝手に同志にされてるし……。

 しかし話を聞く限り、なんともまあシュバルツさんは駄目人間だと分かってきた。

 かつての貴族然とした優美さは見る影もなく、ゴミ山の大将といった感じなのだ。

 ヒビ割れたワイングラスで酒を嗜みつつ、俺たちに語ってくれる。


「私はなあ、トレイン君。駅大陸に逃げ延びたら、空賊になろうと思うのだよ」

「はあ、空賊ですか……どうしてまた?」


 空賊ってのは確か、国列車や駅島の間を飛び回る人たちのこと。

 例外こそあれど、大抵は違法人物として認識されている。

 運天士の仕事の一つに、違法人物の撃退があるくらいだ。

 まあ、貴族落ちの身の振り方としては妥当な選択肢なのかもしれない。


 ボロボロのソファに踏ん反り返ったシュバルツさんは、尖った鼻を天に向けた。

 うーい、ひっく、としゃっくりを一つ。

 もしかして酔ってるのかな?


「空賊はいいぞ! なぜなら線路や駅に縛られず、楽園に一番乗りできるかもしれないのだからな。そう、私は楽園で一発逆転を目指そうと思うのだよ!」

「そうですか……まあ、好きにすればよろしいのでは?」

「むう、興味を示していないな。メルフェルタ、この子たちにアレを見せよう!」

「はい、分かりました、ご主人様」


 はて、アレとは……。


  ◆ ◆ ◆


 メルフェルタさんに連れられテントから出ると、スラム街の一番奥に向かった。

 そして地面に口を開ける巨大トンネルまでやってきた俺たち。

 下水道のようにかなりの臭いがしている……、悪臭立ち込めるここが排出路の入り口だった。

 ネズミがチューチューとトンネルの壁を這ってく……。


「じゃあ、お兄さんと坊やたち、奥に行きましょう」


 お兄さんという単語に、外套の巨男は少し戸惑ったもののこくりと頷いた。

 さすがに慣れたのだろう、真奈もいちいちショックを受けたりはしなかった。


 ぴちょんぴちょん。

 ぐちゃぐちゃ……。

 ふよふよ、ふよふよ。

 うわ~……、腐敗した汚物が水面を漂っていて歩きづらい。

 そんな汚水が滴る排出路を歩いていくと、すぐに〝それ〟は見つかった。

 うん、ごみ溜め場の一角に打ち上げられている。


 メルフェルタさんは鼻をつまみながら松明を闇に掲げて、じゃーん! と大げさなアクションでそれを示した。

 あ、もしかしてこの人、案外楽しい性格なのかも。


 炎の光によって、ごつごつとした物体が浮かび上がり、シュバルツさんは満足げにそれを見上げた。


「うむ、見たまえ少年たち。これが私たちの切り札だ」

「ああ、ご主人様。私たちの希望ですね……!」

「うお……っ」


 これは驚いたな、排出路に隠されていた物体とはつまり小さな車両だった。

 それは一両編成で、なぜか翼が生えていて……、


「坊やたち、これがご主人様の〝鉄空車〟だよ。そう、これに乗れば私たちは空賊になれるというわけです!」

「おお、かなりのボロだけど面白そうな乗り物ですね。どうやって手に入れたのですか?」


 翼が邪魔くさいけど、列車みたいなそいつにちょっと興味が湧いてきた。

 そうやってワクワクしていると、メルフェルタさんは気持ち得意げに語ってくれた。


「ふふん、スラム送りになる前に、ご主人様の取引先の空賊から貰っておいたのです」

「なるほど、さすがは元上級貴族、コネが強い」


 と、貴族の力に感心していると、メルフェルタさんは肩を落とし、


「ただ、一つ問題があってね……」

「問題?」

「実はこれ、動かないんだよねー……」

「だ、駄目じゃないですか!」


 話を聞けば、鉄空車を手に入れたまではいいものの、貴族を妬むスラム民たちの手によってスクラップにされてしまったらしい。

 排出路にだって隠しているというわけではなく、嫌がらせで捨てられてしまったからだとか……。

 要はいじめみたいなものか?


 面白くなさそうに、シュバルツさんはフンととんがり鼻を鳴らした。


「下賤の者はまったくどうしようもないな。まあ、スラムの馬鹿どもが貴族を妬んでいるのは分かったこと。壊れてしまったものは仕方ない。そこで、だ」


 シュバルツさんはちらりと俺の方に目をやり、


「トレイン君、折り入って君に頼みたいことがあってね。なんでも君は魔術の天才だそうじゃないか?」

「……?」


 シュバルツさんの期待の眼差しが一身に注がれてさ、これは嫌な予感がする。


  ◆ ◆ ◆


 翌日。

 むむう、これは面倒事を押しつけられてしまったぞ。

 シュバルツさんに頼まれて鉄空車の修理作業を開始した俺だった。


 どうやらシュバルツさんは前々から俺のことを養子に迎えようと策を巡らせていたようで……。

 そこでメルフェルタさんをスパイに使わせて、陰ながら俺のことを監視していたらしい。

 その結果、シュバルツさんは俺のことを天才だと判断するに至ったという。

 母さん以上の才能の塊だと絶賛してくれた。

 特に黒魔術の才能がすごいらしい。


 うーん、これは買い被りすぎだよ。

 とは思うものの、こっちとしても鉄空車があれば駅大陸の旅が楽になるので協力することにした。


 カチャカチャと壊れた鉄空車をいじり、奮闘する俺。

 排出路の悪臭は相変わらずだが、すっかり慣れたもんだった。

 それに趣味用の魔術は武術用の魔術と違い、使っていて楽しかった。

 魔脈を組み換えて、あれこれ試行錯誤しながらプログラムを組むのが面白いんだ。

 戦闘に使う必要がないので、魔脈効率も気にせず好き勝手やれる。

 ふふ、母さんに知られたら、また変な魔術を使って! と怒られるだろうなあ。


 とりあえず火脈と風脈を混ぜて溶接機器を作成、それで修理作業を進めている。


 バチバチと火花を散らせながら溶接作業を進めていると、シュバルツさんがやってきて、


「おお、やはり天才だな! まさか魔術だけでここまでやってしまうとは」


 買い被りすぎだけどなあ。

 金属魔術で整形してるから見た目こそマシだけど、俺は別に溶接工員でもなんでもない。

 ほら、また鉄を溶かし過ぎて失敗した。

 あちち、バーナーの出力が難しいな。


 だけどシュバルツさんにはこれが天才の所業にしか見えないらしい。

 しげしげと作業を見つめ、すっかり感心した様子だった。


「うむ、素晴らしい出来栄えだよ。どんな魔術を使っているのだね?」

「えっと、これは溶接魔術です。鉄を溶かしてくっつけているのですよ」

「ふむ……私にはよく分からんが、君はどうやら私の予想以上の才能を持っているね。ううむ、筆舌に尽くしがたい」

「ありがとうございます」

「あ、そうそういい忘れるところだったな。作業が終わったらテントに来なさい。メルフェルタが夕食を作って待っているからね」

「分かりました、後で行きます」


 ちなみにメルフェルタさんは元騎士で、そしてメイドだったから料理もお上手。

 もちろん剣の腕前も見事だから、フィフィの訓練相手にもなってくれているよう。

 断言しよう、彼女はきっといいお嫁さんになると思う。

 本当、シュバルツさんにはもったいない。


 いや、そんなことは置いといて、最後の追い込みでもかけるとするか。

 魔術で作った遮光メガネを掛け直し、バーナーで壊れた動力回路をバチバチくっつける。

 くそっ熱いなあー、と思いつつも頑張る。

 するとシュバルツさんが近寄ってきて、妙に改まった様子で、


「……なあ、トレイン君。思ったのだが、やはり私のところで養子にならないか? 私の伯爵位があれば、きっと悪いようにはならないと思うが……。英才教育だって施すぞ?」


 まだ言うのかこの人は……。

 その自信はどこから来るのやら、本気でやり直せると思うその姿勢は素直に見習いたい。

 が、スラム落ちの元伯爵じゃなあ……。


「あまり近寄ると危ないですよ。それに僕は母さんに父さんを探せと言われたんです。気持ちだけ受け取っておきます」

「ふむ……リリーザの旦那か。あまり、いい噂を聞かない人物だったがな」

「えっ、父さんのこと知ってるんですか?」

「まあ、公爵家の人間を嫁にした稀代の天才学者だからな。良くも悪くも有名な人物だったよ」

「へえ、父さんはやっぱりすごい学者だったのですね」

「確か、古代文明を研究する研究車両筆頭だったかな。ただ何を考えているのか分からない人物で、リリーザと結婚してすぐ赤ん坊の顔を見ないままに旅立った。そんな無責任な男が君の父親だよ」

「……無責任な親、ですか」

「ああ、すまない。君の父親を悪く言うつもりはなかったんだ」

「…………」


 いけない、ちょっと嫌なことを思い出してしまった。

 しかし前世でも赤ん坊のころ親に捨てられてたから、ちょっと笑えない。

 はあ……この世界でも親に捨てられてたのかよ、俺は。

 だったら何が何でも親父を見つけ出して、母さんの分まで文句を言ってやらないといけないな。


 ◆ ◆ ◆


 数日後。

 ようやく、壊れた鉄空車を修理することができた。

 幸い、浮遊動力の専門的な部分は生きていたから思ったより大変なことにはならなかった。

 ふう、俺の鉄道知識で何とかなる範囲で助かったよ。

 さすがに古代文明技術は謎だからな。


 さて、排出路に集まった俺たち一行。

 よし、みんな驚いているな、直した甲斐があるもんだ。


「おお、トレイン君! たった数日で直してしまうとは、君は天才魔術師だな!」

「ご主人様、ぜひとも彼を養子にしましょう!」

「へえ、トッくん。ずっと穴に籠ってこんなの修理してたんだあ。頑張ったね~」

「わあ、トレインさん、素敵です!」

「さ、とっとと列車から脱出しましょうか、みなさん」


 立派に息を吹き返した飛行車にさっそく乗り込み、排出路の奥へ飛行開始。

 暗い下水道トンネルを突き進み……、そして明るい光が差し込んできて――

 じめじめした空気が一気に開放され、晴れ渡る青空に繰り出した俺たち。

 そう、とうとう王国列車からの脱出に成功したのである。


 下を見れば、二番線ホームで大挙する奴隷商とその用心棒、そして捕まった奴隷たちが唖然とこちらを見上げていた。

 あっ、この前の貴族嫌いのおっさんが悔しそうに俺たちのことを睨んでる。

 おっさんには悪いが、彼らを尻目に三番線ホームに停車する魔界列車を目指して空を駆けていった。


 飛行中、シュバルツさんは高笑いしながら俺に肩を回した。

 ぼさぼさに伸びた髭を風になびかせながら、笑いが絶えない。

 しかしなあ、顔が近くて尖った鼻が突き刺さりそうだよ。


「わーはっはっ! ここから私たちの逆転劇が始まるのだ! なあ、トレイン君?」

「えーと、どこまで一緒にいるのか分かりませんが、とりあえず途中までよろしくお願いします。シュバルツ伯」

「はっはっはっ、大船に乗ったつもりでいたまえよ!」


 スラムから脱出できたのがよほど嬉しかったのだろうな、調子に乗って背中を叩いてきてちょっと痛い。


 すると鉄空車を運転するメルフェルタさんが振り返り、こちらも満面の笑みを浮かべたのであった。

 笑顔の彼女は、小動物みたいで普通に可愛らしかった。


「ありがとうね、トレイン君! 本当に君はただ者じゃないよ。お礼に駅大陸の旅、途中まで協力するよ!」


 すると後ろの方で真奈。

 鉄空車はマイクロバスくらいの大きさだから、彼女はダンゴムシみたく窮屈そうに席に収まってた。


「あのー、次の目的地はどこでしたっけ、トレインさん?」

「さっき二番線ホームから飛び出したところだから、次は三番ホームだな。そこに停車してる魔界列車に乗るんだよ」

「ねえねえ、トッくん。魔界列車はいつ出発するの? 乗り遅れたら大変だよね?」

「お、珍しくいい質問だなフィフィ。そうだな、あと半年は大丈夫らしいね」

「じゃあ、けっこうのんびりできるね!」

「とりあえず君たち、汚れたこの格好から何とかしなければならないぞ? 街に下りたら、旅の準備をするとしようではないか」

「あっ、そうですね。とてもじゃないけど、貴族に見えないし……って、空賊になるんでしたっけ?」

「ふっふっふ、私は優美なる空の貴族になるのだよ! なあ、メルフェルタよ?」

「はい、ご主人様。私はどこまでもついていきますとも」


 こうして俺たちは大陸東岸部の三番線ホームを目指し始めた。

 そして数時間後、駅大陸のとある街〝アルペル〟に到着した。

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