第14駅 スラムを目指して 後編
見たところ、ジスターの力は七天士には及ばないものの、十分達人の域である。
おそらくは線路延長10000メトロ越えの特級剣士。
強力な魔術プログラムをいくつも持っているはず。
対して、俺は黒天一級、フィフィが白陽一級、真奈は武術を修めていないが、機械だから硬い。
うん……確実に勝てる相手ではない。
が、絶対に勝てない相手というわけでもない。
後は気持ちの問題だ。
意を決し、右手を構えた。
剣士相手に接近戦はない、俺が中距離で相手の隙を作りつつ、フィフィの一撃で敵を仕留める。
「土、風、火脈、連結――爆散金属弾!」
殺傷能力よりも当てることに特化した金属弾をジスターめがけ飛ばす。
ジスターは地を蹴って跳躍するが、誘導プログラムを仕込んだ弾は軌道を変化させ敵を追いかける。
クッとジスターが身をよじらせるも、もう遅い。
弾が花火のように爆散すれば、ショットガンのごとく弾幕となってやつに襲いかかった。
「うぐっ……仕込みか?」
弾を貰い、表情を歪ませるジスター。
しかし無傷である。
こちらの一撃で皮膚さえ貫けないとは、あの白魔力はかなりの練度。
それでも隙を作るには十分だったが。
剣を地面に突き刺し、やつが少し体勢を崩したところ。
真奈がフィフィを持ち上げ、ロボットアームのバネをギリギリと軋ませる。
そしてピッチングマシーンよろしく、フィフィをビュンっとぶん投げた。
彼女の小さな体が弾丸のごとくジスターへ迫り、グラーチェさんの長剣で切りつける。
ジスターの肩が大きく切り裂かれ、血がブシュウと噴水のように上がった。
おお、フィフィの白魔力なら、ジスターの魔力の衣を突破できる。
「こ、小癪な……だが、舐めるな!
〝大いなる炎よそして風よ。我が魔力を餌に与えん、呼び覚ませ、はるか天より灼熱の太陽神を――ゴッドバード!〟」
ジスターが二本の剣をクロスさせて、そのまま振り抜いた。
剣閃が飛ぶと、巨大な炎の鳥ができ上がる。
不味い、こっちを狙ってきた。
すぐに逃げようと走り出すが、炎の鳥に誘導プログラムが仕込まれているのか、追っかけてくる。
しかも特級の黒魔術だから規模がバカでかく、手持ちの魔術プログラムではどうしようもなさそう。
銀魔術なら結界を作れるらしいが、あいにくそんなの習っていなかった。
万事休すか、と思ったその時――
「トレインさん! 危ない!」
ガシャコンガシャコンと、真奈が俺の前に飛び出してきた。
そして腕をばっと広げると、彼女の体から銀色の光が溢れ……、
「ええい!」
なんと無詠唱で巨大な結界を作り出したのであった。
その摩天楼にも見紛う圧倒的スケールの銀色の盾は、炎の鳥を完全に無効化し、霧へと変えた。
夜空に、血のように赤い蒸気が上っていく。
とんでもないな。
あいつ、何の魔術訓練もしていなかったのに、対特級の結界を出すとは。
銀魔術が得意ってレベルじゃないぞこれ。
「す、すげえ……」
強く、そして魅了されてしまうほど美しい魔術であった。
はらりはらりと結界の塔から散る光はまるで雪のようで……、
「おお、なんということ……! さ、さすがはマナ様、これほどの力をお持ちになっているとは…………ああ、マナ様……っ」
敵ながらジスターも息を呑んで、真奈の結界術に見入っていた。
ひざまづいた姿は敬虔な信者そのもので、まるで祈りを捧げているようだった。
もちろん真奈はジスターの隙を逃さず、彼の足元に足止め用の魔法陣を発生させて動きを封じてしまう。
「さあ、トレインさん、今ですよ!」
「お、おう、分かった」
勝負ありだった。
俺は右腕の魔脈を一撃必殺の魔砲弾に組み換えて、ジスターに向かって射出。
やつは成す術もなく魔弾に弾かれ、空高く打ち上げられた。
戦いの後、下半身を吹っ飛ばされたジスターが地面に転がっていた。
じくじくと真っ赤に染まった土の上で、ぼんやりと星空を仰いでいる。
その表情は案外落ち着いていて、こちらとしては拍子抜けだった。
「母さんの剣を返してもらうぞ……」
ジスターから陽炎の剣を取り上げる。
すると彼はキツネ目をかっと見開き、吐血した。
元々不健康そうな見た目だったけど、こうなってしまえば目も当てられない。
かと言って母さんの仇を助ける気になれるわけもなく……、
「ジスター、さようならだ」
「あの、トレインさん。殺しちゃうんですか、彼を?」
「いーよ、マナ。こんなやつ死んじゃえばいいんだ!」
フィフィがむすっと頬を膨らませて、ジスターにアッカンベー。
俺もフィフィに同意しておく。
「フィフィの言うとおりだ。こいつは生かしちゃおけない。生きている限り、俺たちを追い回すに違いないから」
「でも、トレインさん……」
「それに真奈。こんな大怪我、誰にも治せないんだ。仕方ないよ」
「や、やっぱり駄目ですよ……私、何とか治してみます!」
真奈はお人よしだな。
確かにさっきの戦いを見る限り、彼女は銀魔術が得意なのだろう。
けれど、さすがにこの怪我を治せるわけはない。
俺が放った最強の一撃はジスターの下半身を完全に消滅させてしまったのだ。
それこそ人体生成の域まで、治癒レベルが求められる。
ほら、無理だった。
真奈はジスターの止血だけすると、残念そうに首を振った。
「ジスターさん。痛くないようにしましたから、安らかにお眠りください」
「真奈……もう、そんなやつ放っておいて行くぞ」
遠くの草陰から聞こえてくる、リーンリーンとした悲しげな虫の音色が耳につく。
星明りによって、世界は青白く死んだよう。
気分が落ちる、さっさとこの場から離れないと。
ふいに、ジスターが口を開いた。
「ふ……っ、せいぜい……終点まで、マナ様のナイト気取りで足掻くことだな、少年……」
「最後まで口の減らない」
「ふん……最後にマナ様の慈愛に触れ……俺は満足しているのだよ。……そして少年、これだけは覚えておけ……俺が死んでも……まだ、終わりじゃ――……………………」
捨て台詞でも吐こうとしたのだろうが、やがて彼の目からは生気が失われた。
……どうやら、息を引き取ったらしい。
「あばよ、ジスター。せいぜい足掻かせてもらうよ」
もちろんジスターからの返事はない。
しかし、結局最後までクソみたいな野郎だったなこいつ。
だけど真奈の顔は立てて、せめてもの情けは掛けてやるか。
土魔術で地面を掘り返してジスターの亡骸を埋めると、俺たちはスラムへと向かった。
ジスターの脅威はなくなったが天衣無縫がまだ残っている、急ごう。
◆ ◆ ◆
関所を抜けてスラムに来たが、そこはドロドロしていた。
いや、まじでドロドロしてるなあ。
ほら、排水溝から溢れかえってる黒い物体とか酷い臭いだ。
多分、ウンコだな。
細い路地の脇にはウンコというウンコが山積みだったのだ。
「トッくん~……くっさいねえ」
「我慢しろ」
「鼻がひん曲がりそうだよ……」
フィフィは鼻をつまんで、おえーっと、目をショボショボさせてる。
あ、そこにウンコ落ちてるから、踏むなよ。
対して真奈は嗅覚がないのか、平気な様子でガシャガシャ歩いてた。
ふう……しかしまあ、寂れたところだな。
街? なのかは知らないけれど、青紫色っぽい街並みは不潔な印象。
木製の骨格にボロ布を被せただけのテントが立ち並び、ぬるい風にバタバタと音を立ててる。
これじゃあ、夜は寒くて眠れないだろうな。
悪臭の溜まった道を歩いていると、広場に出てこれた。
ここは人が多いけど、男も女も関係なく小汚い。
地面に寝転がるのは当たり前、糞だらけの塀にもたれかかっているのは死体みたいに動かないんだ。
ふと、広場で佇む一際でかいテントに目が留まった。
その前では酒を飲んだり賭博をしたりしている浮浪者の集まりができてて、何だか賑わっていた。
「あそこ、盛り上がってるな……」
「トレインさん、あの方たちにお話を聞いてみましょう」
「そうだな、排出路の場所を聞こうか」
さっそく浮浪者の集まりに近寄って、
「すみませーん。何をしてるんですか?」
「おう、見ない顔だな。新入りか?」
「へえ、結構きれいな身なりをしてるじゃないか、どんな罪を犯したよ?」
「いや、ガキだから、親に捨てられたのかもしれないぞ」
くるりと振り向いた男たちは、黄色い歯を見せて卑しい笑みを浮かべた。
薄暗いのに、目だけはやたらギラギラしてて、ちょっと引いた。
「えっと、あの……排出路の場所を知りませんか? スラムにあるらしいんですが……」
男の一人がぎょろりと目を剥いた。
酒瓶をグイッと傾けて、プハアーと臭い息を吐きかけてくれる。
フィフィがけほけほ。
おっさん、顔、近いよ。
「排出路~? 馬鹿言っちゃいけないよお前! 排出路から捨てられてみろ……俺らスラムの人間なんて奴隷行き確定だ」
「いや、それでも駅に行きたいんです。捨てられても何でもいいから……」
「止めとけ。排出路から出た人間に人権は与えられん。こんな臭くて汚ねえスラムが天国だって思えるくらい酷いことになる。新入りには分からないだろうが、スラムにしがみつく方が得策だと思うぜ?」
「……うーん、その奴隷行きとやらは絶対なんですか?」
「そりゃそうよ! 排出路から出てくる人間なんて奴隷商の格好の的だ! やつらが雇った屈強な人攫いに捕まって……あー怖い怖い」
どうやらスラムから捨てられるのはとても恐ろしいことのようだ。
犯罪者に人権はないってのがこの世界のルールなんだろうか。
まあいいや、別の人に話を聞くことにしよう。
「お話ありがとうございました。では、失礼します」
「ちょっと待て坊主。お前、どうしてそんなに列車の外に行きたいんだ? わざわざ奴隷になりたいだなんて、そんな物好き聞いたことないぞ」
「いや、別に奴隷になりたいわけじゃ……」
「さてはお前、あれだろ? その恰好から察するにどこかの貴族で……ああ、そうだ! 駅員とコネがあるんだな? なるほど、そういうことか! けっ、気にくわねえ!」
「えーと……だからそういうわけじゃ」
「嘘つけっ、いけすかねえな! 貴族様はよう!」
なんだか勘違いされてるな。
確かに貴族ではあるが……こちとら逃走してる身なんだけど。
言い訳を考えていると、おっさんは面白くないな! とイラつきながら大きなテントを指差した。
「コネがあるんなら、そこのテントの主に話でも聞けよ! 伯爵様も貴族仲間ができてうれしいことだろうよ。ほら、とっとと失せろ!」
「はあ……」
どうやら伯爵という人がテントの中にいるらしいが。
まあ、いちおう話だけでも聞いておくかな。
失礼しまーす、とテントの中に入ると、そこには、
「ぐぬわっ!」
「きゃあ!」
合体している男女……。
ヤバ!
夜の営み、おおう、お取込み中だった。
フィフィがテントの中に入ろうとするけど、すぐに目隠し。
子供は見ちゃ駄目だよ。
「わあ、トッくん。何するの?」
「ちょっとね。子供には刺激的な、そんな行為をしてたのさ……」
「? !?」
しばらくテントの前で待っていると、貴族風の男がコホンと咳払いしながら出てきた。
ちょっと息が上がってるけどそこはスルーしておく。
「何かね、少年? ……おや、君、どこかで会ったような……」
「あっ、シュバルツ伯」
「あーっ、君はレイルロード郷のところの……!」
シュバルツさんはアッと声を上げて、目を見開いた。
ちょっと鼻水が出てしまったのだろう、とんがった鼻をしきりに擦り、
「き、君、どうしてここに?」
「いやーちょっと、大変なことになってしまって……」
「ま、まあいい、テントの中に入りたまえ。話を聞こうじゃないか」
テントの中か。
さっき裸だった女の人がいたけれど……。
パサリと布を捲り、テントの中に入るとやっぱりいた。
薄い紫色の髪をした女の人。
でも昔と違って短髪じゃなく長髪になっていて、それを頭のてっぺんで結ってる。
ああ、この人も懐かしいや。
赤ん坊のころ、俺を誘拐してくれた騎士さんだ。
シュバルツさんは気まずそうに咳払いすると、騎士さんへとぶっきらぼうに命令した。
どうやら主従関係は相変わらずみたい。
「メルフェルタ、お客さんだ。飲みものを出してやれ」
「かしこまりました、ご主人様」
メルフェルタと呼ばれた騎士さんは、はだけたボロ衣装を整えつつ頷いた。
酒瓶を取り出してはこれじゃないな~と首を傾げ、ゴミ山を忙しそうに漁る。
そうしながら、ちらちらと俺のことを盗み見てくるメルフェルタさん。
なんだかこっちも気になって仕方ない、そうだな挨拶しておこうか。
「あの、お久しぶりです。僕はリリーザ・レイルロードの息子、トレインです。……分かりますか?」
「あっ、やっぱりあの時の赤ちゃんだ。うん分かるよ、髪の色が同じだものね……。あ、でも、どうしてスラムに?」
「いや、ちょっとまあ……」
こうしてスラムにて、シュバルツさんとその愛人メルフェルタさんと知り合ったのだった。
そして、伯爵と協力して列車から脱出することになってしまった……。
先が、不安だなあ。




