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第13駅 スラムを目指して 前編

 母さんがどうなってしまったのかは考えず、ひたすら走った。

 馬車を走らせ、二時間強。

 俺の乗馬なんて下手くそもいいところであり、脱輪とかもやらかしたが、力持ちな真奈がいて助かった。

 ウィーン、ガシャンッと、そのロボットアームはフォークリフト顔負け。


 さあ、日が傾いてきたぞ……。

 急がないと。


 空が茜色に染まり、空気が徐々に冷えてきたところ。

 俺たちは王都から研究車両に逃げ延び、グラーチェ工房の玄関扉を叩いていた。

 店仕舞いをしちゃっているようだけど、母さんが言っていたように頼れるのはグラーチェさんだけ。

 焦りつつ、ドンッドンッドンッ! と乱暴に扉を叩いていると、ガチャリとノブが回る。

 ヌッと肥えた男が顔を出した。

 てらてらと相変わらずの脂汗で、そいつが夕日に照っている。


「うるせえなあ……。んん、リリーザさんところのガキどもじゃないか? また俺にたかりに来たのか? ええ?」

「ち、違いますよっ」


 あれこれ説明してる時間がもったいなかったので、ポケットから父さんの写真を取り出した。

 それを見せると、グラーチェさんは明らかに表情を一転させ、


「こ、こいつは……博士の写真か。よし入りな、事情は聞いてやる」


 と言って、工房の中に招き入れてくれた。


 工房の二階で俺たちはテーブルを囲んだ。

 グラーチェさんは、飲めよ、と温かい紅茶をコトリと置いてくれた。

 そして自分だけ二人分の椅子を用意してそれに腰掛けた。

 ギギギイ、椅子の足と床が悲鳴を上げる……。

 もっとも本人は気にする素振りも見せず、ただただ神妙な面持ちを浮かべていた。

 ズズッとティーカップを傾け、


「博士の写真を持ってるってことは、リリーザさんに何かあったってことだ。違うか?」

「そ、そうです。よく分かりましたね」

「そりゃあ、俺と博士とリリーザさんの仲だからな。あの夫婦のことならお見通しだ」

「じゃあ、早速ですが、列車から脱出する方法を教えてもらえませんか? 父さんを探さないといけないんです」

「……訳アリって感じだな」


 それからグラーチェさんに事情を話した俺たちだった。

 話を聞くと、彼は顎のたるんだ肉をしきりに揉みながら、冷や汗を流した。

 やはりジスターってやつはかなりヤバいらしい。


「そりゃおめえ、大変なことだぞ。零号国の人間に狙われるとは……おまけに一番線壱号国の運天士、あの天衣無縫に襲われただって? それでよく生きてたもんだ」

「騎士や母さんが身を挺して時間を稼いでくれたので……」

「そ、そうだったな、悪い。……さて、列車からの脱出方法となると、ああ、あそこしかない〝スラムの排出路〟を使うといい」

「排出路?」

「ええとな、スラムってのは異端審問に掛けられた犯罪者の溜まり場なんだが、そいつらを列車から捨てるための通路があるんだ。それがスラムの排出路で、あそこなら列車から出る手続きも必要ない」


 さすがは技術屋のグラーチェさん、列車の構造にとても詳しい。

 よし、最後尾車両のスラムに行けばいいのか。

 しかしスラムか、確か俺のことを誘拐しようとした伯爵様が送られた場所だったっけ。


 まあいいや、脱出方法は分かった。

 じゃあ次は、父さんの行方を聞かないと。


「あの、父さんの居場所をうかがいたいのですが、どこに行ったか知りませんか?」

「へえ、博士の居場所か。あの人は、奔放だったからなあ。さすがにあの人が現在どこにいるのかは分からない。ただ……」

「ただ?」

「旅に出る時、三番線壱号国に行くと言ってた覚えがある。……博士の居場所を知るには、そこで情報を集めるしかないだろうな」

「三番線壱号国ですか。そこは一体どんな場所なんですか?」

「うーん、一言では言い表しにくいが……事故があった三番線で唯一運行している国列車だな。そこの運天士が変わり者で〝天涯孤独〟と呼ばれている。良くも悪くも普通じゃないから、研究畑の博士と気が合ったのかもしれない」

「天涯孤独、ですか。あの、その人は今回の大陸会議に出席していないんですか?」

「出ていないんじゃないか? 天涯孤独の国列車は〝魔界列車〟と呼ばれてるくらいだから、他の国列車からは距離を置かれてるんだ」

「じゃあ、直接乗り込むしかないってことですか……」


 ……なるほどな、とりあえず必要な情報は集まったか。

 まず王国列車から出るためにスラム車両へ行く。

 そして駅大陸に出たら、三番線ホームに停車してる魔界列車に乗り換えて父さんを探す。

 むう、これは大変そう、けれどフィフィと真奈となら頑張れるはず。


 俺たちは席を立つと、ぺこりと頭を下げて礼を言った。


「そろそろ行きます。ありがとうございました」

「お、もう行くのか?」

「ええ、ジスターがいつ来るのか分からないので……」

「そうか。しかし子供たちだけで旅をさせるのは流石にあれだな。だけど俺も命が惜しいし……。あ、そうだ、いいもんがあったな。ちょっと待ってろ、餞別をやる」


 グラーチェさんはギシリと立ち上がると、部屋の棚にしまわれていた銀色の宝石を取り出した。

 俺の気持ちだ、と言って、その綺麗な石をくれた。

 てらてらとした脂汗と天井から吊るされたランプの明かりに、それは輝いていた……。


 グラーチェさんは丸々太った人差し指を立てて、


「それは魔宝石の〝銀星宝珠〟だ。高純度で質もいいから高値で売れるだろうよ。旅の足しにでもして、有能な用心棒でも雇うことだな。後はそうだな、装備品もいいのをやるから持ってけ」

「すみません、助かります」

「はは、気を付けて博士を探せよ。まずはスラムだな。そして駅大陸も危険だから注意しろ。後は――魔界列車に乗り遅れないようにしないとな……って、俺が言っても仕方ないか。じゃあな、元気でやれよ坊主ども」

「はい、本当にありがとうございました」


 ありがたいことに装備と金品がもらえた、感謝しないと。

 こうして俺たちはグラーチェ工房を後にし、列車から脱出するためにスラムを目指した。


  ◆ ◆ ◆


 空が紫色に染まり、星が出始めていた。

 馬車を走らせスラムに向かう途中、真奈がギリギリと荷車から顔を出して、


「トレインさん、星がきれいですね」

「あ、本当だ」

「ねえ、トレインさん……」

「どうした?」

「また、この王国列車に戻れる日が来るといいですね。そしてリリーザさんとまた屋敷で楽しく……」

「そうだな……。じゃあ、そのためにも真奈とフィフィには頑張ってもらわないとだ。頑張って生き抜こう、俺たちで」

「はい、トレインさん」

「僕も~……頑張るよー……だって、一番お姉さんだし」

「はいはい。分かってますよ、フィフィさん」


 そうだ、これで終わりじゃないんだ。

 俺たちはまた元通りになるため、今日を生き抜く。

 母さんとまた会うために、俺たちはこの世界で生きる。


 そして、馬車を走らせること一時間。

 すっかり空は黒く染まり、白い星の輝きが散らばっていた。

 研究車両を出て、農業車両を抜けたところ、ようやくスラム車両の関所にたどり着いた俺たち。


 しかし、俺たちの道を阻む男が。

 目の前には巨大な石造りの建物、車両間関所があり、その前で俺たちを待っていた者は――


 ハッと息を呑み、馬の腹を蹴って乱暴に馬車を止める。

 馬がいななくと、後ろの車体がスリップしザリザリと砂埃が舞い上がった。


 モクモクと砂煙の向こうへ目をやり、絶句。

 全身から嫌な汗が噴き出して、悪寒のままにぶるぶると体が震えた。

 星明りに照らされた世界は、木々も草も地面もうっすらと青白く、血の気が失せたよう。

 そのため、前方で佇む男の眼差しが冷たく際立っていた。


「ジスター……っ」


 冷たい風が吹くと、ジスターはくっくっと笑った。


 つん……っと血の匂いが鼻をくすぐり、思わず身構えた。


「待っていたぞ少年。おおかた列車から逃げようとしたのだろう? だが、逃がさないぞ俺は……!」

「な、なんでお前がここに……か、母さんは……」

「くっくっく、陽炎の剣士には手こずったものだ。途中でその姉、天女も来て……ああ、今思い出しても忌々しい。本当にあの姉妹には手を焼かされた!」


 な、何を言ってんだ、こいつ……。

 それよりもだ、母さんは絶対に負けないって言ってたのに、どうしてジスターがここに?


「お前、母さんをどうしたんだ……?」

「さあ、どうなったかな。……いや、これを見れば説明はいらないかな、少年?」


 ジスターは腰元の鞘からおもむろに剣を抜いた。

 あぁ……っ。

 その燃えるように赤い剣は、間違いなく母さんのものだった……。

 ものを言わない母さんの剣は、星明かりを寂しげに照り返していて……。

 そして刀身には、まだ新しい血がべっとりと付着していた……。


 サーッと血が退いてさ、ははは、全身から力が抜けてさ。


「残念だが、君の母親は負けたのだ。いくらロロークが助けに入ったと言っても、完璧と称された男にはかなうまい。今ごろは天衣無縫に止めを刺されたことだろう……」

「か、母さんが負けた……?」

「くくく、今は母の心配より自分の心配をするべきでは? 俺は確かに言ったぞ、君に生きていたことを後悔するほどの絶望を与える、と。待ち切れずに、わざわざこちらから出向いたんだ。いい悲鳴を上げてくれよ」

「う、嘘だ……母さんは絶対に負けないって言ったのに……」

「はーはっはっ! 出発進行ォッ! 閉塞に侵入した異物の排除を開始! ――さあ、母の剣で切られる絶望を味わえ!」


 ジスターがじりじりと寄ってきて剣を振りかぶり、弾けるように跳躍。

 いつも俺を守ってくれた母さんの剣は、こちらの命を狙い、ぎらぎらと攻撃的な光を反射していた。


 ああ駄目、足腰に力が入らない。

 ペタンとしりもちを突いてさ、はは、抵抗する気も起きないや。

 だってもう、母さんは死んじゃったし。


「まずは右腕から切り落としてやろう!」


 ああ、そうかい。

 もう、どうにでもなれよ。

 すると、


「トレインさん!」


 ガギイィイン! と金属が打ち合う甲高い音が鳴った。

 ベキャッと地面に鉄板が一枚落ち、ウウッと苦しそうな真奈の声。

 顔を上げると、彼女が身を挺して俺を庇ってくれていた。

 ジスターの動きを止めようと、ガシャリとしがみつき、


「ト、トレインさん、立ち上がってください。苦しいでしょうが、ここであなたが死んでしまっては、リリーザさんが浮かばれません!」

「真奈……でもっ、母さんが殺されたんだぞ? 俺たち孤児には分かるはずだ……母さんの意味が……」


 するとフィフィが俺の手を引いて立ち上がらせた。

 しっかりしろ! と、俺の肩をがくんがくんと揺さぶって、


「トッくん、諦めるな! 倒すんだ、こいつを!」

「フィフィ、でも……もう俺には生きる理由が……」

「そんなことないぞ。僕がいる限り、トッくんは生きてなきゃいけないんだ」

「な、何言ってんだよ? 意味分からない……」

「分かれー!」


 と叫んで、ギュッと目を瞑ると、なんと彼女はいきなり頭突きをかましてきた。

 ゴチン! といい音がなって、頭がくらくらする。

 だけど、妙に唇に柔らかい感触が、そして微妙に飴の甘さが……。

 あれ、違う、これは頭突きじゃない。

 キス、か?

 フィフィのやつ、なぜかいきなり俺の唇を奪いやがった。


 あ、でも、フィフィの気持ちは何となくわかった気がする。

 ああ、そうか、そう言えば、いつか母さんも言ってたな。

 相手が何を考えているかを知るには、体と体を合わせるんだ! って。


 そっか、そうか、本当に素直な脈してる。

 この魔術線路……例えるならそうだな、ブルガリア、ソフィアの路線図といったところ。

 まっすぐで熱い思いが伝わってきて、こんなにも俺を信頼してくれていると分かる。

 そしてフィフィの夢は、俺と同じで国列車の運天士……!

 そう、さすがに生きる理由がないとは言えないんだっ。


「フィフィ、顔が近い。あと、唇当たってるから」

「おっとごめん、勢い余っちゃったよ」

「でも」

「うん!」

「お互いの気持ちは分かったな」

「僕もトッくんの気持ちが分かったよ!」

「じゃあ……」

「やろう!」

「了解! 鉄道の魔術師と呼ばれたこの俺の――魔術線路プログラムを走らせる!」


 俺が立ち直ると、ジスターと組み合っていた真奈も嬉しそうに首をグルンと回した。

 すげえ! 首が180度曲がった。

 おまけにアイカメラがピッカピッカと光り輝いている。


「トレインさん! 元気になったのですね?」

「悪い真奈、おかげで目が覚めた。そうさ、俺はジスターをぶっ倒す! いつまでも逃げ回ってビクビクしてるなんてとんでもないからな!」

「わあ、その意気ですトレインさ――きゃあ!」


 俺が啖呵を切ると、真奈に抱きつかれて動けなかったジスターが水の魔術で彼女を吹っ飛ばした。

 うわ、あいつ真奈に乱暴したぞ。

 真奈はガランゴロンと粗大ごみのように転がり、後ろの方で静止。

 すぐに彼女の元に駆け寄り、ジスターから距離を置く。


 ジスターは、つまらなさそうに唾を吐くと、剣をもう一本抜いて二刀流の構えを取った。


「なるほどな、その声……オートマタにマナ様を隠していたのか。しかし、この俺を倒すだって? 笑わせてくれる!」


 ジスターは刀身をペロリと舐めると、獲物を狙うハイエナのような狡猾な笑みを浮かべた。

 口元が裂けたみたいで、本当に獣かと思う表情。


「陽炎の剣士がいない以上、子供に後れを取る俺ではない! これでも特級の剣士、見くびるなよ!」

「……フィフィ、やれるな? 母さんの教え通りやれば、多分倒せない相手じゃない」

「うん、分かってるよ」

「トレインさん、わ、私も戦いますよ……!」

「ありがとう真奈……さあ、やるか!」

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