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第11駅 嫌な予感

 この前のお使いについて思う。

 ただの買い出しだったのに、母さんはなぜついてきてしまったのだろう、と。

 そりゃあ、心配だったのだろうけど。

 でも、それだけじゃない気もする。


 そんなふうに疑問に思っていたある日。

 不穏な気配が日常に少しずつ入り込んできた。


 庭で魔術の修行をしていると、正門の方から話し声が聞こえてきた。

 どうやら母さんとアルユンユの奥さんが、ひそひそとやり取りしているようだった。

 最初は気にもとめず、池の水で氷魔術を開発しようと取り組んでいたのだが、


「リリーザ、本当に大丈夫なのかしら?」

「……心配しないで。ちゃんと鍛えているから」

「…………でも、トレイン君もフィフィも顔を覚えられちゃったんでしょう? 相手は零号国の人……それにあと何駅かで駅大陸にも着くわ。心配よ」

「だから私が責任を持って守るって。あの子たちが大人になるその日まで」

「ええ、あなたの力を疑っているわけじゃないの。そう、王国列車でも一番だと私は信じてるわ。でも……やっぱり、相手が相手だから」

「大丈夫。だってあの子たち、この前一人で冒険できたのよ? あの子たちには才能がある。自分のことを自分で守れるようになる日は決して遠くないはず」

「そう……そうね、リリーザ。はあ、ごめんなさいね。それじゃあ、フィフィのことよろしく頼むわ」

「もちろんよ、任せて」


 と、何やら俺たちについて話し込んでいたのだから落ち着けない。

 せっかく作り上げた氷の膜も溶けちまった。

 気になって仕方ないので、母さんたちの方へ向かい、話に加わろうとしてみる。


「母さん、何の話してるの?」

「あ、トレイン」

「……じゃあ、私はここで。トレイン君、魔術の練習がんばってね。ばいばい」


 奥さんはニコリと笑うと、逃げるようにその場を後にした。

 その足取りにスカートの裾が忙しそうに、どこか余裕なさ気に振る舞っていた。

 すぐに黄金の稲穂の向こうに彼女は消えた。


「あ……、行っちゃった」


 首を傾げ、母さんに目をやる。


「母さん、さっき何の話をしていたの? 零号国の人が何とかって」

「えっとまあ、その、ね。そのあれ、あれよ…………そうっ、そんなことより! さて、修行を始めましょうか!」


 母さんは一瞬だけ憂いのある目を見せたが、すぐに陽気な笑顔を浮かべた。

 剣を抜いて天高くに掲げて、わっはっはーと笑っている。

 最初は疑っていたけど、頭をゴシゴシと撫でられてるうちに、結局うやむやになった。


  ◆ ◆ ◆


 翌日、王国列車は駅島に到着した。

 いつも忙しそうに空を走る羊雲の群れも、今日はゆっくりゆっくり流れてく。

 そしてこの日、俺たちは初めて列車の外に出ることになった。

 そう、初めての車外演習である。


 ベッドで熟睡していたところ、寝間着姿の母さんが体を揺すってきて、こう言った。

 それはもう、いきなりだった。


「トレイン、冒険に行くわよ! 実戦も積んでおかないとね。さ、起きた起きた」

「ふああ……あ、え、冒険?」

「そう、冒険。そろそろ、実際にやってみるのもいいころだもの! ほら、とっとと着替えてきなさい」

「えっと、うん分かったよ。分かった……」

「あら、珍しく緊張してるの?」

「……いや、そうでもないよ。うん、なんでもない」


 本当に突然だったから、なんとなく変に思った。

 けど、その疑問は俺の中では微かなものだった。

 ただ、少しだけ母さんが焦っているように思えたのも事実。

 表面上の態度こそいつも通りだったけど、そんな気がした。


 フィフィを迎えてから、俺たちは村を出た。

 もう彼女が俺たちと一緒にいるのは当たり前となっていた。

 修行もずっと一緒だし、そして今日の冒険も一緒、それはごく当然のこととして俺は受け止めていた。


 今日のフィフィは、やーっと列車の外で冒険ができるのだ! と、ウッキウキだった。

 スキップを踏み、一人でどんどん先に進んでは、早く早く~と急かしてくる。

 楽しげに小高い草原をピョンピョン跳ねる女の子。

 お前はウサギさんかよ! と突っ込んでやりたいが、その弾ける笑顔に言葉は出ない。

 ただ母さんは師匠として、その度に彼女へ注意をくれてやっていた。


「こら、フィフィちゃん。一人で先走らないの! こけて怪我するわよ」

「師匠~、トッくん~、マナ~。早くしないと日が暮れちゃうよ! はーやーくー」

「あーあー、フィフィは相変わらずだな。マントを羽織ってすっかり冒険者気分だ」

「ふふ、トレインさんも似合ってますよ。その赤いマントと短剣。これぞ、冒険者って感じがしますね」

「ありがとう、真奈」


 と、こんなやり取りをしながら原っぱを進んでいった。

 そして歩くこと三十分。


「あ、乗降施設に着いたわね。じゃあ、お二人さん、〝駅〟について説明を始めましょうか」


 原っぱで居を構える横に長い建物、母さんはそいつを指差した。

 パッと見は駅舎のように見えなくない。

 なんだろ、前世最後に使った赤い三角屋根の駅舎が思い出された。

 俺にとって、色んな意味で非日常が始まる象徴が駅舎。

 こっちの方がずいぶん大きく、草が茂ってるけど、湧く思いに変わりはないのか。


 母さんは得意げに人差し指を立てて説明してくれた。

 さらさらーと母さんの綺麗な髪が風になびく。

 説明の前置きは、ヘックションというくしゃみだった。


「う~、鼻に髪が入った。えーコホン。まず、列車の外に行くにはあそこの施設を使います。そこで切符を発券してもらうの」

「切符~?」


 フィフィが首を傾げて、難しい顔を作る。

 母さんは苦笑して、


「そうね、じゃあ実際にやってみましょうか」


 というわけで昇降口を抜け、施設の中へ入った。


 乗降施設の中は冒険者風の男や紳士風の男、はたまた行商人といった人々が行き来していた。

 様々な人がいて、まさに駅って感じだった。

 母さんは俺たちを連れて、窓口の前まで向かう。


 あ、ロロークさんと似たような格好の鉄道員らしきお姉さんがいるぞ。

 これはきっといい画になるな、と思うけどカメラはない。

 くそー、なんでこの世界にはカメラがないんだろう。

 悔しがっていると、鉄道員のお姉さんは爽やかスマイルで俺たちを迎えてくれた。

 胸元に手を当てて腰からのお辞儀。


「本日もアールド鉄道二番線上り、楽園行きをご利用いただきありがとうございます。はい、リリーザさん。今日もダンジョンへ挑戦ですか?」

「そんなところね。じゃあさっそく切符をちょうだい、大人一人、子供三人で」

「子供三人ですね……ええ、子供三人……? あの、まことに申しあげにくいのですけれど……」


 お姉さんは怪訝そうな顔を浮かべて、真奈を見つめた。

 うん、どう見ても子供じゃないな、あの肩幅は並じゃないと思う。

 怪しげに外套で全身を覆い隠す大男、そうとしか見えない。


 じろじろと他の客にも見つめられて、真奈は居心地悪そうに外套を被り直した。


「うう、トレインさん。毎度のことながら慣れません」

「頑張れ、真奈」


 仕方なく、切符を大人二人、子供二人で購入したのだった。


 石造りで、ちょっとだけ埃っぽい構内連絡路を進む。

 母さんは窓の景色を見つつ歩き、切符の重要性を説くのだった。


「いい、切符は絶対になくしちゃ駄目よ? そして切符の期限も守らないと駄目っ。何においてもこのことは厳守! 分かった?」

「えーっと、三日後の風曜日まで有効って切符に書いてあるね」

「師匠~、それを破ったらどうなるの?」

「列車に乗れなくなって置いてかれちゃうわ。そうなったら、ずーっと駅島で一生を過ごさなければならなくなーるー……! わぁああああっ!」


 と、おどろおどろしい大声を出して、背後からいきなりフィフィを抱きあげた母さん。

 フィフィは大声を上げてびっくり。


「わ、わああ、びっくりしたあっ!」


 母さんさあ……この人、子供っぽいんだよなあ。


「はは、驚くフィフィちゃん可愛いねえ! ま、今日は私が付いてるから、大丈夫よ。安心しなさい」


 ふむ、それにしても切符か。

 ちゃんと管理してないと取り返しのつかないことになるってわけだな。

 うん、この世界ではかなり重要なものだ、あとできちんとコレクションに加えておこう。


 少し歩けば、構内奥の改札口に着く。

 そこにある装置はなんだろう、なんというか……石器時代の改札? かな。

 そんな表現が妥当な、石造りの改札機だった。

 あはは、ちゃんと切符を入れるところがあるや。

 でも、不思議なことに改札の先は行き止まりで、魔法陣が通せん坊してる。


「魔法陣の壁があって行き止まりだ」

「あれは、改札転移陣ね」


 母さんは切符をピラピラさせながら、古びた改札機に目を落とした。


「こいつで切符を切れば、転移できるわ。じゃあ、あなたたち最初にやってみなさい」

「じゃあ、僕が一番!」


 フィフィはせっかちさんなので一番乗り。

 えいやっと装置に切符を突っ込むと、魔法陣っぽい紋章が光り輝き、やがて半透明の膜へと変化した。

 彼女はそのまま走っていき、膜の向こうへ姿を消した。

 呆けていると、すぐに膜は魔法陣の壁に。


「ゴクリ……じゃあ、次は俺」


 俺も同じ要領で切符を突っ込む。

 そして膜の向こうへ進み入ると、眩い光に包まれ転移した。


  ◆ ◆ ◆


 転移した先、空気が澄んでいた。

 空が見上げ、深呼吸。

 視線を落とすと、あ、石の改札機から切符が出てきていた。

 それを受け取り、改めて辺りを見渡す。

 おお、ここがずっと名前だけは聞いていた〝駅島〟という場所か。

 振り返れば、かなり遠くの方で王国列車が見える。

 初めて外から列車を見たが、やはり馬鹿でかい。

 まるで山脈、あるいは煙突たくさんの工場ってところだろうか。


 なんにせよ結構な距離を飛ばされたものだ。

 なるほど、改札転移陣を境に列車側と駅島側の改札を互いに行き来する仕組みらしい。

 帰る時はこの改札機に切符を切らせればいいってこと。

 確かにこれだと切符をなくしたら帰れなくなる。


 すぐに母さんと真奈が改札に転移してきた。

 母さんは辺りの様子を一通り観察すると、一息置いた。


 少し遠くの方で高い塔が立っており、その周辺では草っぱらが風に揺れている。

 塔を目指して、草原を歩く人影がまばらに確認できた。


「ふーん、駅員はいないようね。無人の駅島か。さて、あの人たちについてってダンジョンに行きましょう」


 男たちについていき、俺たちは歩き出した。


 草原の中、ダンジョンに向かう途中、母さんに駅島の種類を教えてもらった。

 基本は二つ。

 ここみたいな無人の駅島と、有人の駅島である。

 有人の駅島には古代人の末裔が住んでおり、島ひとつが一つの文化を形成しているらしい。

 ……と、話している間にダンジョンに着いた。


 ダンジョン。

 王国列車のダンジョンは地下への穴を潜っていく形になるが、島のダンジョンはそうとも限らない。

 今回の場合は塔だな。

 白い粘土で固められた高い建造物。

 ちらほらと男たちがそれに挑戦していった。


 母さんは雲を突き破るそれを見上げて、腕を組みながら目途を立てていた。


「うわあ、かなり高いわね。あなたたちと一緒だと三日で攻略は難しいか」

「師匠、そんなこと言わずに上を目指そうよ! てっぺん!」

「相変わらずフィフィちゃんはむちゃくちゃ言うわね。でも、駄目よ、今日は冒険の練習。ダンジョンの攻略よりも、サバイバルの仕方を優先的に覚えてもらうわ」


 サバイバル――

 この一言に、妙な胸騒ぎを覚えた。

 いや、気のせいかもしれないが、母さんの表情が少し余裕なさ気なのである。

 何なんだろう、この感じ。

 あんまりいい気持ちじゃない。


 びゅうと風が吹いた。

 すると、母さんはいつもの陽気な態度に戻った。

 よーしと、長い髪の毛を後ろにまとめてポニーテールを作る。

 その姿には、冒険への気合すら感じた。

 うーん、やっぱり俺の気のせいなのか? そうだといいんだが。


 ダンジョンに入ると、母さんはまず俺たちにこう教えてくれた。

 粘土質のぶよっとした地面に剣を立てて、


「まず、装備の確認ね。グラーチェ製の武具だからまず間違いはないと思うけど、二人とも大丈夫?」

「うん、こっちはばっちりだよ」

「こっちも!」


 俺の装備は革のガントレット、に厚手のブーツ。

 防寒用のマントに、短剣を一つ。

 まだ子供だから、軽い皮素材がメインの装備だった。

 おっと靴ひもが解けかけていたな、ちゃんと結んでおこう。


 ちなみにフィフィも似たような装備、あっちの武器は長剣だけど。

 真奈の装備は特になし、というか機械だからそんなものいらない。


 母さんは一通り俺たちの様子を見つめ、ひとまず頷いた。


「ダンジョンに潜る前は装備を確認するように。いいわね?」

「了解」

「はーい」


 それからゆっくりゆっくりとダンジョンを登っていった。

 母さんにあれこれ教えられながら。

 特に魔術の使い方にはうるさく言われた。

 魔術線路を作る魔脈の消耗は命取りになる、だから術の使いどころは見極めろだって。


 そんな具合にダンジョンを進み、数時間が経った時。

 母さんはふと立ち止まった。

 螺旋階段の踊り場で、うーんと口元に手を当てて考え始める。

 悩んでいる、すごく。


 途中何度かすれ違った冒険者の男たちは、それこそ悩ましい母さんの美貌に目を奪われていた。

 しかし母さんはそんなの眼中になく、神妙な面持ちである。

 ぶつぶつと独り言を言っている。


「この間のお使いといい……ダンジョンでの度胸といい、やっぱりこの子たち才能があるわね……これなら、もしかしたら……」

「ねえ、母さん?」

「……いや、でも油断は禁物ね……まだこの子たちは八歳……私が守らないと……」

「? 母さん! おーい! ボケッとしてどうしたんだよ!」


 大声を出してやると、母さんは腰を抜かし、よろよろっと階段の手すりにもたれかかった。

 母さんは目を丸くしたままで、


「ふあっ!? おっとと、何かな~トレインくん?」

「喉が乾いたーって、フィフィが駄々こねてる。どうしたらいい?」

「あっそうね、そういう時は――」


 これは確定的だな。

 母さんはアルユンユの奥さんと、何か重大なことを隠してる。


  ◆ ◆ ◆


 ダンジョンの窓から差し掛かる日が傾き始めていた。

 粘土質の地面や壁は、ぼんやり薄暗くなっていく。

 気温も下がり、床もやがて硬く、冷たくなった。

 カツーンカツーン、と、空の向こう、それこそ天国まで足音が届くようだった。


 日が落ちかけたころ。

 迷路状の空間で、ようやく落ち着ける場所を見つけた俺たち。

 母さんは野営すると言い、俺たちにそのやり方を教えてくれた。


「野営するためには安全確保が重要よ。例えばこんな迷路状のダンジョンだと、そうね」


 母さんはおもむろに地面へ手を当て、粘土をボコボコと操作し始める。

 元々地面に張っている脈に、自分の土脈を連結させているみたいだ。

 すぐに部屋の四方を繋ぐ通路を土魔術の壁で塞いでしまった。


「こうやって道を遮断してしまえばいいの。トレイン、あなたならできるはずよ」

「へえ、臭いと熱を分断するってことだね」


 熱で反応するオートマタがいるからな、分厚い壁で遮断しないとだ。


 母さんは、うん、と頷き、


「今日はベッドなしで硬い床で寝てごらん。これも練習」

「はあ、地面に寝るのかあ、嫌だなあ……」

「文句を言わないの。どんな場所でも寝れるようにしておかないと、冒険者としてやっていけないわよ」

「別に冒険者になるつもりは……ま、いいか。分かったよ。おやすみ」

「私が見張りをしておくから、ゆっくり休みなさい」


 寝る時の見張り係も重要よ、とのことだった。

 こうして俺たちはダンジョンの地面をベッド代わりに眠りへついた。


 深夜、ふと目が覚めた。

 母さんはじっと座り込んで、闇の中、辺りに注意を配っていた。

 当然、起き上がった俺に気が付かない天才剣士はいない。


「起きたのトレイン。やっぱり眠れない?」


 母さんは俺に背中を向けたまま尋ねた。

 さすがは凄腕の冒険者だけあって、その声からは眠気の一つすら感じさせなかった。


 俺はフィフィの方に視線をやり首を振った。

 真奈と寄り添いながらおへそを出し、スースーと寝息を立てる彼女。

 それはもう気持ちよさそうに熟睡していた。

 こいつには敵わないなあ。


「フィフィと違って俺はデリケートだからさ。ちょっと寝つきが悪いかも。あ、でも冒険は結構楽しいよ」

「そう、それは良かった」

「母さん、俺が見張り変わろうか?」

「いいわ、子供は寝てなさい」

「…………」


 しばしの沈黙。

 俺は魔術で松明を作り出して、母さんの方へ向けた。

 じっとして動かない母さんの背中が照らし出される。

 ぐにゃりと伸びる母さんの影が、部屋の隅の闇へ呑み込まれた。

 母さんは一体何を隠している?

 少し汚れたマントと、白いうなじが疲れた印象をこっちにくれるのだ。

 ダンジョンに俺たちを連れ出して、何を急いでいるんだい母さん?


「母さん」

「何?」

「ちょっと、お話ししようよ」


 ……俺が起きてきたのは別に寝床が悪いからというわけではない。

 そもそも鉄オタの俺は、線路脇の砂利で寝れるからな。

 線路すぐそばで寝袋装備での場所どり、鉄オタなら一度はやることだ。


 起きてきたのは他でもない母さんのことがあるから。

 気になって気になって眠れなかったのだ。

 俺は母さんの隣に松明を置いた。


「母さん、俺に何か隠し事してない?」

「……へ、へえ、なんのことかしら?」


 上ずった声。

 ほらあ、母さんは嘘が下手なんだよなあ。

 ビクッとして、ポニーテールがぴょこんと跳ねるんだもの、間違いない。

 松明の明かりも相まって、じわりと汗を流す笑みは余裕なさ気。


「母さん、この間のお使いも、俺たちのこと見張ってたんでしょ? ねえ、なんで見張ってたの?」

「……え、えーと、何のことかしら? ただ心配してたから、それだけよ」

「嘘だ。これは予想だけど、母さんは俺たちのこと試してるんだろう? 俺たちだけでどれだけやれるかってさ」


 多分、母さんは俺たちが独り立ちできるようにあれこれしてるんだと思う。

 前回のお使いだって、今回の冒険の練習だってそうだ。

 サバイバルまがいのことを俺たちにさせて、何かに備えている。

 この人は、近いうちに来る何かを危惧しているんだ。


 母さんは、はあ、と溜め息を吐いて、額に手を当てた。

 困ったように宙を仰ぎ、目をギュッと瞑る。

 泣きそうな声だった。


「……まったく聡い子、あーあ、あなたに嘘は吐けないね。そうよ、その通り、私はあなたたちに強くなってほしいのよう……」

「でも、俺はまだ八歳だよ? そんなに急がないと駄目なことなの?」

「…………分からないわ。だから、不安なのね。あなたを狙うジスターって男、相当ヤバいから……。だから、せめて後悔だけはしないようにしてる」

「………………」


 松明の炎に照らされた母さんの目には、涙が浮かんでいた。

 この人は今、不安を感じていると言った。

 母といってもまだ若いのだ。

 松明の明かりに弱々しく照らされる母さんは、俺の知らない儚げな少女を思わせた。


 松明の炎が揺らめくと、母さんはこちらに向き直った。


「トレイン、これだけは言っておくわ。あと少ししたら、駅島よりさらに大きい駅大陸って場所に着く。そしたら多分、ジスターが動き出すと思うの」

「ええ、ジスターが? どうしてさ、今までなんともなかったじゃないか?」

「彼が本気であなたを狙うのだとしたら、そこ以外にタイミングはないの。駅大陸にはたくさんの駅員がいて、そして一番線から三番線の列車が一堂に集まるから。運天士を刺客に寄越す可能性だってあるわ」

「で、でも、母さんが守ってくれるんだよね」

「もちろん、全力で守るわ。……でも、もしものことがあるかもしれない」

「か、母さんは強いんだろう? それにロロークさんだって味方になってくれるって言ってたし……」

「そうね……変な意地張ってないで、もうロロ姉に頼った方がいいかもしれない。とにかくよトレイン、万が一の時に備えて私はあなたを強くする。あと少しの時間で、できるだけ世界の生き方をあなたたちに教える。分かったわね?」


 俺は黙って頷いた。

 すると母さんはそっと俺に腕を回した。

 そしてぎゅうっと抱きしめて、


「ああ、可愛い我が子。ずっとずっとあなたと一緒にいれますように……」


 この日を境に、俺と母さんの修行の日々がさらに本格化した。


 すべての線路が集まる駅大陸、そこで何が待っているのか俺にはまだ分からない。

 祈ろう、万が一の時が来ないことを。


 母さんは孤児だった俺にできた初めての母親なんだ。

 だから、何があってもずっと一緒にいたいと思う。

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