お呼び出し
「げふぅ・・・」
べちゃっと顔から落ちて変な体勢で漏れた私の声は、17歳の乙女らしからぬものだった。
「おかわり!」
ばーん!と掲げた空のどんぶりを受け取り、この国の大臣の一人であるインテリ親父はせっせと私のおかわりをよそっている。
こいつが今回の元凶だ。
人の寝込みを召喚などというもので叩き起こしてくれちゃって、言うにことを欠いて花嫁様たあどういう了見だ、ああ?
ちっと舌打ちして睨みつける。
普段はこうじゃないけど、ここへ来て性格が凶暴になった気がする。
「お待たせ致しました!」
へいこらしながらおかわりを捧げ持つ大臣から満タンになったどんぶりを受け取り、黙ってかきこむ。
宮廷料理だけあって味はまあまあ。ただし一回一回の量が少ない。
なめてんのか?こっちはまだまだ成長途中だっつーの。
むぐむぐと咀嚼してごっごっとジュースを飲む。
「ぷはーっ!」
どん!とコップをテーブルに叩きつけるように置くと、インテリ親父をはじめ広間の奥に控えていた他の大臣たちもわずかに跳び上がった。
片手でさっと長い髪を後ろに払って全員を見渡し、鼻の頭に貼ってあった絆創膏をぴっと剥がす。
「それじゃあ詳しく聞かせてもらおうかしら?」
一段どころか何段も下にいる人たちを見下ろして、スウェット姿でどっかりと長イスに寝そべる。
唇の端をわずかに吊り上げ、きつめにインテリ親父に視線を合わせると、即座に目を逸らして忙しく汗を拭きだす。
しばらくして、やっと口を開いた。
「そ、その、た、大変申し上げにくいのですが・・・」
もごもごと口ごもる大臣を一睨みする。目が合ってないインテリ親父には効果がなかったが、奥の人たちには効果があった。
「「「「「・・・ひっ!」」」」」
短い悲鳴とさらに団子状に身を寄せ合う様にイケナイ何かに目覚めそうになる。
ちっと舌打ちをすると、インテリ親父が気づいたらしく焦ったように顔を上げた。
「あ!あなた様を水龍様の花嫁様にするために召喚いたしたしだいでありますっ!!」
はあはあと肩で息をしながら、インテリ親父は一息で叫び終えた。
「ふぅん。で、その花嫁様ってのは一体何をするの?」
にこーっと笑って言えば、広間にいた全員がすごい勢いで壁に張り付いた。
どうしてここまで怖がられるのかわからなかったが、これはこれで実に面白い。
自然とにやあっという笑みに変わって、ついに失神者がでた。
だから何でだっつーの。
「は、花嫁様は花嫁様です!特に何もすることはありません!ただじっとしていて頂ければ!!」
ははーっと低頭して喋ったのは別の大臣だった。
ヒゲが立派なのでヒゲ大臣と呼ぶことにする。
最初に名乗られたけどそんな長いの覚えられるか。
「そんな簡単なことならどうして私なんかを召喚したのかしら?この世界にも女性はいるでしょう?」
ついっとヒゲ大臣から端のほうにいる女性に視線を移す。
目が合った途端、顔を真っ青にして俯いてしまったけど、あの豊かな体つきが男だとは言わせない。
ぼんきゅっぼん!な体を上から下まで見回してヒゲ大臣に視線を戻した。
「そっ!それは・・・!」
頭を上げ拳を口の前にして、あわあわと口を開いたり閉じたりしていても全く可愛くない。
ちっと舌打ちをすると、びくっとしてから再び低頭する。
「こ、この世界の人間ではその、少々問題がございまして・・・」
徐々に尻すぼみになる声でも聞き逃せない一言を聞いた。
問題?
それを聞こうとしたとき、微かな頭痛がして急激な眠気に襲われる。
こいつら、薬盛りやがった・・・
「ですがコルウェン大臣、今回の花嫁様は大丈夫でしょうか?」
「そうですよ。こんなに力の強い方は今まで召喚した中にはいらっしゃいませんでしたもの。」
「いや、この睡眠薬は強力だ。二日くらい余裕で眠っていただけるはずだ。」
「それなら良いのですが・・・万が一、水龍様が来られる前に目が覚めたりなどすれば・・・」
「貴公たちは心配性だな?託宣では水害が起こるのは明日だ。どんなに早くともそれまでに目が覚めることなどありえんよ。」
「・・・そう、ですね。」
「では、あとは水害が起こった後に水龍様をお呼びするだけですね。」
「ああ。」
「ええ。」
暗闇の中で気がついた。
体育座りの体勢で何時間眠ってたのか知らないが、関節が固まってて体を動かすのが少し痛い。
ちっと舌打ちして、そのへんを蹴りつけたり叩いたりしてみる。
少し余裕があるくらいの木箱で、結構しっかりした作りみたいだ。
薬盛ったり閉じ込めたり、こんなの花嫁に対する仕打ちじゃないっつーの。
天井部分をコンコンと叩いてから押し上げる。
釘などで打ち付けられてたら終わりだ・・・が、予想外に軽く持ち上がった蓋をそのままにして立ち上がる。
あたりは満月の光を浴びて明るく、森に囲まれた湖面がきらきらと輝いてとても幻想的な様子だった。
今ならファンタジーも信じられる気がする。
蓋を頭の上に持ち上げたまましばらく見惚れていると、右手の茂みから乾いた音が聞こえてそっちを振り向いた。