002:森の住人
まだまだ導入部分です。
生命の息吹。命の輝きがまぶしい早春。
天に向かって大きく手を広げるように若葉茂る木々、
薄紫の花をつけた草が絨毯のようにあたり一面に広がり、甘い香りがたちこめる。
花の香りに誘われた蝶が舞い、初めて見る夢のような光景に少年はその場に立ち尽くした。
少年は小川の水でのどを潤し、若葉が作り出した美しいモザイクを見上げる。
陽光を透かした若葉は重なり合い、ステンドグラスのようにも見える。
木漏れ日を反射するせせらぎのきらめきはさながら宝石をばらまいたようだ。
路は、ここで3つに分かれていた。
山に沿うように伸びる路、山頂へと続くであろう登り路、そして、目の前の森の奥へとのびる路。
この森は、村外れの森よりもずっと深い、少年はそう思った。
だが少年は迷うことなく、森の奥へと続く路を選んで歩き出した。
足を進めるにつれ、木々の枝は深く絡み合い、まだ高く昇っているはずの陽光を遮断する。
そこは昼間とは思えないほど薄暗く、湿度を蓄えた大気がひんやりと肌に絡みつく。
足元には光の差し込まない場所でもたくましく育った草が茂り、そこかしこに花をつけている。
こんな森の奥でもなお、路は続いている。
誰かが確かな意志を持って創ったのだろうが、薄暗い森の奥、一体何があるのだろう。
森に足を踏み入れた少年は、しばしば奇妙な感覚にとらわれた。
肌に感じる”気配”。
視線なのか、殺気なのか判断のつかないひそやかなもの。獣のそれとは違う不思議な気配。
注意深く辺りを見回してもそれらしきものは見当たらない。
しかし、少年は昼間でも薄暗い森の中をためらうことなく進んだ。
少年には、暗闇でもはっきりと物を見ることが出来た。少年の目には、草や木が暗闇に淡い光を帯びて浮かび上がって見える。
物心がつくころから少年は暗視ができた。暗視、と言うよりは物質が持つ個々のエネルギーを光として捉えることが事ができる、という表現のほうが正しいかもしれない。
生命力あふれるもののほうがより輝きを放ち、無機質な物の輝きは鈍い。
この世に存在する物の個性とも呼ぶべきその輝きは美しく、時には感情をも表した。
少年は、今までの経験で”知っていた”。赤みを帯びて輝く光は危険、白に近いほど、安全であると。
この森には赤い危険色は存在しない。たとえ、ひそやかな気配が少年をつけていたとしても、
それが危険なものではないと、少年は”知っている”。
きっと森の住人が侵入者を警戒して見張っているのだろう。