019:重なる運命
レイに続き、カロルが言葉を継ぐ。
「俺が覚えている言霊『熱き魂の剣と風切る精鋭の弓を携えた武王よ、王を守る盾となれ』。俺はずっとどこかの国の王に仕えるのかと思っていたが、」
まさか、かわいい弟分の事だったとはな、とシエルに微笑みかけた。
「私に与えられた言霊は『冷静なる水はを湛えた聡明な炎の揺らめきで啓蒙の守護者となれ』と。私の役割はいわゆる参謀、と言ったところでしょうか、」
シエルは、と問いかけられ、シエルは己に囁かれた、記憶の底に眠る言霊を呟く。
「・・・『光と闇を抱きし君、闇王となり世界を変えろ』」
言霊を口にすると、身体が震えた。
『闇王』
やはり、レイが確信した通り、彼らの主となるべきは自分なのだろうか?
運命。
自分を守るために、この優しい父と兄達は存在すると言うのだろうか?運命だから、共に歩んでくれるのだろうか?もしも、守るべき相手が自分ではない、他の王だったら?シエルの中で様々な思いが渦巻く。
闇王になんか、なりたいと思わない。自分を守るために、大切な人たちが戦ったり傷ついたりするような未来を選びたくない、と思った。それでも、名の契約は絶対で、抗うことは難しい。抗うは棘の路、従うも棘の道、ならばお前はどちらの道を選ぶ?そう、問われているようだった。
「よかった、これで堂々とずっとシエルの側にいてやれる。いや、いさせてもらえる、と言った方が正しいかもしれないな、」
重い沈黙を破ってカロルが声を上げた。
「成人したら、各々別の道を歩めと、そう言われると覚悟していました。」
フラムも続ける。
「シエル、我々が運命に従い側に仕える事を、許してくれるか?」
レイが二人の兄弟子の言葉を代弁する。
シエルは言葉に詰まった。シエルとて、馬鹿ではない。各々に定められた運命の路の持つ意味は理解している。レイはシエルの牙に、カロルは盾に、フラムは参謀になると言う事。
つまり、シエルの為に、戦うと言う事に他ならない。
シエルは数刻前に街中でカロルに守られた時の事を思い出した。
カロルは文字通り盾となり、周囲の視線からをも自分を守ってくれた。あの時の包み込まれるような心地よさは言葉では表現できない。だがそれは、自分が感じる痛みを、カロルにまで共有させただけだと言う事実に、シエルは気付いていた。シエルと共にあるというだけで、同じ痛みを、悲しみを、大切な人たちに共有させてしまう。
シエルの瞳の奥で悲しみに似た痛みの光が揺らめく。何か言おうと口を開きかけたシエルの背中をカロルは力強く叩く。
「・・痛ッ!」
「お前がイヤだっつっても俺は付いていくぜ?お前みたいな世間知らずのガキが一人でウロウロしてたら何するか分からないからな。ランプの工房へ連れて行く約束もあるし、」
カロルは軽くウインクする。
「それに、愛する弟を守れるのは兄貴にとっても幸せなもんだからな。」
「めずらしく、カロルと意見が一致しましたね。シエル、私も貴方が一人で思い悩んでいるだろうと離れた場所で想うよりは、貴方の痛みが少しでも軽くなるように、近くでその悩みを共有したいと願います。」
背に触れるカロルの暖かい手にフラムの穏やかな微笑み、その様子を優しく見守るレイ。シエルの視界がぐにゃり、と歪んだ。
「・・・でもッ」
ポロリ、とシエルの瞳から涙が零れた。銀色の瞳の奥に紅い光が揺れている。
「俺は、俺の為に優しい父様や兄様が辛い思いをしたりするのは嫌だっ!先刻だって、カロルもきっと心、痛く、なって、」
シエルは涙で途切れる声で思いを告げる。痛みを感じるのは一人で十分だ。なぜ守りたいと願う大切な人たちに自分の痛みを与えなければならないのか、と。
大好きな人たちとずっと一緒にいられるという喜びよりも、自分が与えてしまう痛みの大きさが恐ろしかった。自分だけが守られて、皆が傷つくのではないかと思うと身体が震えた。
「先刻・・何かあったのですか?」
突然、大粒の涙を流して泣き出したシエルに、二人の優しい兄弟子は戸惑う。
フラムの問いに、カロルは苦い顔をした。
「・・・シエル、お前は勘違いしてる。俺達・・・少なくとも俺は、お前の為に何かしたいと言ってるんじゃない。俺は自分の為にお前の側にいたいと言ってるんだ。お前が嫌がっても俺はお前についていくし、来るなと言うならお前を殴って気絶させて俺が連れて行くくらいに思っている。」
「それはちょっと乱暴ですね。シエル、でもカロルの言葉の前半には、私も同意です。私も私自身の為にそうしたいと願っているのですよ。貴方の気持ちを考えずに無理強いをするようで辛いのですが。」
幼い子供のように泣きじゃくっているシエルの身体を抱きとめたカロルは幼子をあやすようにその背を撫で、小さくため息を付く。今シエルが感じている痛みを、共有など出来ていない。それどころか、どれほどの痛みを感じているのかを察してやることさえ、自分には出来ずにいると言うのに。
「シエル、俺はお前を愛していると言ったはずだ。愛している人の事を守りたいと思うのは当然だろう?」
シエルの波立った心をなだめるようにカロルはゆっくりと背中を撫でる。カロルのその言葉にフラムがハッと反応した。
「カロル、いつの間にシエルに愛してるって言ったんですか?!それは抜け駆けと言うものです!許せません!」
いつも穏やかなフラムが声を荒げる。
「シエルも俺の事を愛してるって言ってくれたぜ?俺達は相思相愛なんだ、残念でした!」
「あぁぁぁなんて言う事を!だからシエルを馬に乗せるのは私だと言ったのに!カロルが無理やりシエルを攫って馬に乗せたんですよ?シエル、カロルに愛してるって言ったのは本当ですか?」
「うるさいなぁ、俺が嘘なんかつくわけないだろうが。こわーいフラムより優しいカロル様の方が愛されてるに決まってるじゃねーか。なぁ?シエル?」
「いいえ、貴方のような下品な人より私の方がいいに決まっています!シエル、嘘だと言ってください!」
「・・・・」
突然シエルを奪い合って言い争いをはじめた二人の兄は、シエルの身体を奪い合いながら口論する。泣きじゃくっていたシエルは突然の嵐に巻き込まれ、翻弄されていた。
「あっ、あのっ・・・」
「俺の方が好きだよな?」
「私ですよねっ?!」
詰め寄る二人の兄にシエルは部屋の片隅に追い込まれる。何が辛くて泣いていたのか、今となってはわけが分からなくなっていた。
シリアスな空気に耐えきれず、コメディーっぽくしてしまいました・・・。