017:成人のウタゲ・3
引き続きシリアスモードでーす。
宵闇が近づく頃、宿で落ち合った4人は改めてシエルの成人を祝い讃えた。
レイは己の目論見通り、街から戻ったシエルが少し成長した事を見て取ると満足げに微笑む。
「さぁ、シエルこれに着替えなさい。」
レイはシエルのために正装を用意していた。成人した者に着ることが許される聖装束。
これがあれば国王に謁見を求める事も、海を渡って他国を旅する事も許される。レイに促され、シエルは真新しいそれに袖を通す。
決して華美ではないが細工は細かく繊細な作りであることが分かる。肌触りも柔らかく着心地も上々だった。
「シエル、見違えるな。」
聖装束に身を包んだシエルにレイが穏やかな微笑みを向け、いつもの稽古着とは違う装いに二人の兄弟子も目を見張る。白を基調とした聖装束に身を包んだシエルは一国の皇子と言っても疑う者がないであろう気品すら漂わせている。髪を整え、装飾品でもつけて街を歩けばみなその美しさにくぎ付けになるだろう。
「シエル、後で街遊びに行こうぜ。シエルを連れていけば女にモテること間違いなしだ。」
「カロル、貴方はなぜそう言う下品な発想しか出来ないんですか?その根性私が叩き直して差し上げますよ?」
「はいはい、俺は下品ですよ。もーしわけないっ!」
「シエル、こんな男と行動していたら毒されるだけです。言う事を聞いてはいけませんよ、」
「なんだよ、優等生ぶりやがって!俺はシエルに大人の男の楽しみを教えてやろうって言ってるだけだ。」
「偉そうにおっしゃいますが、貴方の教えはどうせ快楽だけでしょうに。たまにはもっとシエルのためになる事を教えて頂きたいものですね、」
それでも兄弟子ですか、と冷たく一蹴され、カロルは反論しかけたが、レイに遮られる。
「相変わらずお前たちの仲の良さには関心するが、今日の主役はシエルだ。そのくらいにしなさい。」
尊敬する師の言葉に二人は決まり悪そうに口を噤み、二人の言い争いを楽しげに見つめていたシエルに笑いかけた。
「では、食事にしよう。お前たちも着替えなさい。」
数刻の後、4人は連れ立って街の料亭に姿を現した。
女将は明らかに闇のそれとわかるシエルを従えている3人の男たちを見、次いでシエルの額に記された黒水晶を認めると、崩れるように跪いた。
「このような粗末な店にお越しいただくなどもったいなく存じ上げます。どうぞ、お気に召されますように。」
美しいヴェール・ランプの明かりに照らされた少し暗めの廊下を、シエルは兄弟子達に続いて歩きながら、初めて訪れる料亭に心を躍らせていたが、極度の緊張からか、震える足取りで4人を奥の間へ案内する女将の様子を見て心に影がさす。
やはり、自分は怖れられているのではないのだろうか。あの村の人たちがそうであったように。
自分達を出迎えた時、レイ達に笑顔を向けた後、シエルの姿を見て崩れ落ちた女将の姿を思い出すと心がしめつけられた。
何もしていないのに、どうしてどこへ行っても嫌われるんだろう。
少し歩みの遅れたシエルの様子に気付いたカロルは軽く吐息を付く。シエルの心の痛みに気付いてもそれを癒してやれない己のふがいなさに腹が立つ。
「シエル、このヴェール・ランプはこの国の名産品でな、細工の力で作るんだぜ。職人の力の大小で美しさと価値が変わる。選ぶ土によって色が変わったりもするらしい。」これは、いわゆる高級品だな、とカロルは小声でシエルにささやく。
「職人の工房、見に行くか?」
「作るところ、見れるの?!」
「あぁ、見られるさ。俺のツレの店へ連れて行ってやるよ。」
パッと瞳を輝かせたシエルにカロルも微笑み、嬉しそうに笑うシエルに内心ほっとしていた。これで少しでも、心の痛みが消えればいい。今だけでも痛みを忘れてくれればいい、そう思った。