016:成人のウタゲ・2
今回は、楽しく街の見物をするつもりでしたが、シリアスモードに変更しました。
街に着くと、夕刻迫る頃にも関わらず人で溢れていた。
美しい石畳を行きかう人々。露天の立ち並ぶ往来は活気に溢れ、見る物全てが目新しい。
生まれて初めて足を踏み入れる場所にシエルは心躍っていた。
「やっぱ、お前といると注目の的、だな。」
辺りの様子を見ることに夢中になっていたシエルは、カロルの声で我に返る。
ふと見ると、周囲の人々の目がみなこちらに向いていた。
不意に、脳裏を駆け巡る幼い頃の記憶。村人から向けられた容赦のない憎悪のまなざし。カロル達との幸せな日々の中で忘れかけていた辛い日の記憶がよみがえり、シエルは体が震えた。
「・・どうした?大丈夫か?」
「・・だ、」
「シエル?」
「嫌だッ!」
シエルは自分に向けられる憎悪のまなざしの渦から逃れようときつく目を閉じ、耳をふさぐ。
シエルの悲痛な叫びに、カロルは唇を噛んだ。シエルの心の奥深くに刻み込まれた深い傷はこれから先、消えることはあるのだろうか?癒えることはあるのだろうか?その痛みを共有してやりたいと思っても、本当の痛みを理解してやることさえ難しい。
「シエル、大丈夫だ。」
馬の足を止め、両手で耳をふさいで震えるシエルの肩に手をかける。
「自分の目で確かめろ。お前を見る皆の瞳を。」
今シエルに向けられている眼は、決して負の感情ではない。闇人でありながら光を抱くその稀有な力の存在に、そしてシエル自信の類まれな美しさに、みな羨望と憧れを持って見つめる。その場に跪いて手を合わせる者もいる。
シエルは動かない。何かに耐えるかのように強く目を閉じ、小さく震えている。
涙も流さずに泣いているのだろうか、とカロルは思う。どれほどの痛みがシエルの中で暴れ、彼を傷つけているのだろうと思うとやりきれなかった。だが、その痛みを乗り越え、顔を上げて生きていかなければならない。助けてやりたくても、カロルにはシエル自身にしか成しえない過去との決別を、見守る事しかできない。
「シエル、たとえ世界中がお前を憎んでも俺はお前の見方だ。それだけは忘れるな。」
カロルはそう呟き、街の奥へと馬を進める。行く先々で皆がシエルを振り返る。うな垂れているせいで瞳の色や額の印が見えなくても、それと分かる銀色の髪。カロルには皆がシエルを見る理由がよく分かる。初めてレイに引き合わされた時に受けた衝撃、畏敬にも似た感情を今も覚えている。皆がその美しすぎる力の色に見とれるのも無理はない、と思う。
だが今のシエルにとって、どのような視線であれ痛みにしかならないのなら、カロルにとっても彼らの眼は邪魔でしかなかった。かわいい、愛すべき弟を傷つけるモノ。守るべき相手を傷つける凶器。
体の芯が熱くなる。武の力が騒ぎ出す。背に帯びた大剣で周囲の視線をなぎ払いたい衝動に駆られ、街の人々の往来の中、ゆっくりと馬を進めながらカロルは己の力の印が刻まれた左腕を強く抑えた。印がうずき、今にも力が駆け出しそうだった。
「・・・カロル、」
シエルの声に、カロルはハッと我に返る。視線を落とすと、うな垂れて震えていたシエルの銀色の瞳とぶつかった。切れ長の銀色の美しい瞳に。
「守ってくれて、ありがとう。」
シエルには、カロルの発した恐ろしいほどの殺気が、武の力の波動がはっきりと伝わっていた。そしてそれはシエルの体を包み込み、街のざわめきも、人々の視線も全てを遮断し、カロルの深く強い想いをシエルに届けていた。
シエルはカロルの武の力に包まれ、戦わずして愛すべき人を守れると言う事を知った。その人を守りたいと、強く願う心が力の形を変え、その人を抱きしめるヴェールのようになる事を。
「当たり前だ、愛してるっていったろう。」
「取り乱してごめんなさい。もう、大丈夫。何も怖くない。」
シエルは顔を上げ、周囲の人々のまなざしを受け止める。
シエルの額の黒水晶を見て驚きと賞賛の声をあげる人々にシエルは微笑んで見せた。
「もう、大丈夫。」
シエルはもう一度、自分自身に言い聞かせるようにつぶやく。
「それでこそ、俺の弟だ、」
カロルはそう言ってシエルの頭をぐしゃぐしゃとかきまわすように撫で、ニヤリといつものいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「おまえ、罪作りなヤツだな。」
「何が?」
「わかってないならいい。お前、皆がお前を見る理由、わかってるのか?」
「闇人だから。」
「まぁ半分正解だけど。」
カロルは小さくため息を付く。「自分が色男だって事、わかってないのか?」
「カロルのほうがかっこいいよ。」
「いやまぁそりゃそうだけど、ってそんなこと言ってんじゃねーよ。お前の話、」
「?」
「あんまり、むやみに女に笑いかけないほうがいい。街中の女がお前に夢中になる。」
さっきお前に笑いかけられて魂が抜けた女が何人いたことか、とカロルは大げさに肩をすくめる。
そんなことされたら俺が遊ぶ隙がなっくなっちまう、とカロルは軽口をたたいた。
「僕はカロルには敵わないよ。成人して大人になっても、カロルはいつまでも僕の兄さんだ、」
シエルの言葉に、カロルは目を見開いた。
《与えた愛が本物ならいつか愛が返ってくる事もある》
そういった自分の言葉が真実となった嬉しさと、心を閉ざしていた少年が自分を信頼してくれる喜びに胸が震えた。
「お前は俺の自慢の弟だ。」
カロルは一言だけ答え、少しうるんだ瞳を隠すように、暮れかけた街を宿に向けて馬を進めた。
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