009:キミノナハ・1
どのくらい、闇の中を彷徨っただろう。神殿が現れたときと同じように唐突に、目もくらむような光が辺りを充たし、光の渦の中からふわふわウサギが飛び出してきた。ふわふわウサギが姿を現したのと同時に、辺りを包んでいた光と闇が集束し、石が放つ、仄白い穏やかな光が満ちる。
闇になれた目がくらみ、立っている事も困難だったが、少年は片手で目を覆い、よろめきながらも飛び出してきたモノの気配に耳を澄ませる。
「君は、不思議な子だね、」
不意に、すぐそばで声がした。少年は、声の主を探して辺りを見回す。神殿内部は思っていたよりも広く、何もない。見上げると遙か頭上にドーム状の天井が見えた。
「何、探してんのさ、」
再び、声がした。
「どこ、見てんのさ、」
キョロキョロと辺りを見回す少年の裸足の足に、フワリ、と柔らかな毛が触れる。
「・・・ウサギ、」
少年は柔らかな毛の感触を確かめようと、目の前のウサギに手を伸ばす。
「さわるなよ、」
触れようとすると、不機嫌そうな声がした。
「触られるのは、キライなんだ。」
「それに、俺はウサギじゃない、名を与える者だ。」
激しい閃光が放たれ、目が眩んだ少年の手を、力強い人の手が掴んで引き寄せた。
《俺の瞳を見ろ。名を与えよう。》
ハッと目を開けると、額が触れるほど間近に白金色の光に包まれた美しい青年の、漆黒の瞳。その瞳に射抜かれた少年は身動きをとることすらできなかった。
精悍、と言うよりは妖艶、と表するのが正しいと思われる美しさ。名を与える者は両手で少年の頬を包み込み、ジっと、少年の瞳の奥を覗き込む。
《シエル・ソワ・ルーロ・メランダスク》 漆黒の夜明け・真実の光
『名』が少年の意識の中に流れ込む。眼の奥で眩暈がするほど激しい閃光が走る。光と闇が入り混じって溶け、少年の瞳の奥に紅い光が点り、拡大する。
『闇と光を抱きし君、世界の道理と秩序を与えよう』
意識の奥に響く言葉。
スッ、と名を与える者が少年、否、シエルの額に口付ける。触れた部分から、焼印を押されたような痛みと熱が広がる。気を失いそうな程の衝撃にシエルが声をあげかけた時、名を与える者はシエルから手を離した。
青年がシエルの身体から手を離すと同時に辺りを包んでいた白金色の光が消え、再び仄白い石の放つ光が穏やかに辺りを満たす。
シエルは意識の中に流れ込む膨大な知識の渦に飲み込まれていた。焼け付くような額の痛みと、吐き気がするほどの『知』。そして、身体の奥で目覚めた『力』。
君の名は、《シエル・ソワ・ルーロ・メランダスク》漆黒の夜明け・真実の光
美しい青年名を与える者は空虚とも思える瞳で『知』に翻弄される少年を見つめた。目の前の『不思議』な少年を。