表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

花畑の女神

作者: アヒージョ
掲載日:2026/07/03

 東京都足立区花畑。はなばたけではなく、はなはたである。東京の端っこ、ほぼ埼玉といっていいこの土地に令和の時代、一柱の女神が住まっていた……。


 猫の頭を持ち、古代エジプトで信仰を集めていたこの女神は、バステトと言った。今は足立区で清掃の仕事をしている。


 ─


 バステトが数千年ぶりに目覚めた時はどういうわけだか毛長川に流されている最中だった。慌てて抜け出したはいいものの、日本という見知らぬ国に身一つで放り出されてしまい、彼女は途方に暮れた。

 猫の姿で彷徨っていると近所でキチガイとして知られる猫好きの老婆に拾われ、無事安定した生活基盤を得た。

 程なくして老婆は死に、残されたバステトは未だボロ屋に住み続けている。


 ─


 彼女の朝は遅い。14時を過ぎた頃にようやく起床し、横になりながらYouTube shortsを見る。スマホは遺品のらくらくスマホ、Wi-Fiは出所不明のフリーWi-Fiだ。

 この日は仕事がなく、そうなると予定もないから日がなスマホをいじるに限る。彼女は電気水道ガスとスマホさえあればそれでいいと思える神だった。

 気分が乗ったので人間の姿になり、最近流行りの爆裂してる音源に合わせてダンス動画を撮った。舞踊は神としての嗜みである。

 TikTokに上げると『和室界隈やん笑』と揶揄するコメントが来たので怒りのレスバトル。最初は屋内に蔦が這っていたくらいだからこれでも十分綺麗にしたのだ。小一時間粘着し、ふと虚しさを覚えてやめた。


「腹が減った」


 神といえど腹は減る。シュガーという、主に足立区のグルメを紹介しているインフルエンサーがいるが、いつか彼が投稿した店を制覇するのがバステトの夢だ。


 冷蔵庫を開けると中には卵が二個と賞味期限の怪しい豆腐、それから老婆が生前に漬けた怪しい梅干しだけが残っていた。

 バステトは数万年の歴史を持つ女神だったが、料理は苦手だった。いや、正確には面倒くさいと思っていた。古代エジプトでは供物が勝手に集まってきたのだ。信奉者がいなくなってからも自炊は絶対にしない。


 Uber Eatsを開く。らくらくスマホのくせに妙なところで動作が重く、バステトはやきもきした。こんなのラグラグスマホだ。そして牛めしは700円強である。


「……どう考えても高すぎるだろう」


 ねぎマヨ辣牛めしの並盛りを注文する。そういう出不精なせいでいつまで経っても貯金ができないのだ。それでも神としての矜持から、配達員へのチップは絶対に払う。十円。初回ダウンロード限定のクーポンを今回で使い切ったので、これからはデリバリーを頼まないということになる。

 待っている間にシュガーのアカウントを眺める。最新の投稿は最寄りの谷塚駅からすぐの中華料理屋で、五目焼きそばの写真が鮮やかだった。コメント欄に『いつか行くぞ』と打ち込んだ。このアカウントに同じコメントを残すのはもう三十回を超えているが、実際に行った店は一軒もない。そろそろブロックされるかもしれない。


 インターホンが鳴った。


 玄関まで出ると、配達員のおじさんがヘルメットを被ったまま立っていた。バステトの顔を見て一瞬固まる。人間の姿に変じているつもりだったが、急いで出たので猫耳がそのままだった。


「こ、コスプレですか」


 とおじさんは言った。


「そうだよ」


 とバステトは答えた。置き配の存在はまだ知らない。


 牛めしを受け取り、縁側に座って食べた。とてもうまい。家の敷地内に猫がいたが、女神の姿を見て逃げていった。動物にとっても非常に恐れ多い存在なのである。

 食べ終えた容器をゴミ袋に入れながら、明日の仕事のことを思い出す。清掃の仕事はバステトに向いている。浄化というのは古来より神の司る領域のひとつだ。変な口調だけど慣れたら面白いと人付き合いもそこそこ悪くない。


 夕方になると部屋が橙色に染まった。バステトはその光の中で膝を抱えて、故郷の古代エジプトのことを考えた。信者の声、香の煙、ごま油の匂い。

 べつに恋しくはなかった。

 ただなんとなく、思い出すことがある。それだけだ。


 スマホが鳴った。知らない人からコメントに返信が来ていた。


『そろそろ行けよ』


 バステトは二分かけて返信を打った。らくらくスマホのフリック入力は難しい。


『私の勝手だ』


 送信してから、これくらい無視したほうがよかったかもしれないと思った。


 翌朝、いつもより早く起きた。六時である。バステトにしては異例の早起きだ。

 清掃の仕事は週に四日、近所の商業施設が現場だ。着替えながら猫耳を頭の中に収納する。完全に人間の姿になりきるのは少し疲れるが、職場では仕方ない。

 一度うっかり耳を出したまま出勤したら、パートのおばさんの一人、田辺さんに『アニメ好きなの?かわいいね』と言われた。それ以来、田辺さんは何か行き違いがあるたびに『まあ苦労してるだろうから』とよくわからない理由で許してくれるようになった。便利なのか不便なのかわからない。


 バスに乗り込み、窓の外を見る。車窓から見える花畑はいつも通りの花畑だ。建物が低いから空が広い。それ以外に特筆すべきことは何もない。それを彼女は気に入っていた。数千年生きてきて学んだことのひとつは、特筆すべきことが多い場所というのは大抵ろくでもないということだ。ナイル川の氾濫とか、民や神々の諍い。


 商業施設に着くと、ロッカーで着替えて清掃用具を引き取った。担当は今日もモール一階のフードコート周辺だ。朝一番でも既にたこ焼き屋のソースの匂いが漂っている。バステトは少し鼻をひくつかせた。猫の部分がそういうところで出る。


「おはよー猫山さん、今日早いじゃん」


 田辺さんがいた。田辺さんは足立区生まれ足立区育ちを誰よりも誇りに思っている人間だ。ギャルだったから口調が若い。八人の子を持つビッグマミーでもある。出産をしすぎたせいか、まだ四十代なのに、手も、顔も、皺皺で、声は老人みたいに嗄れている。それがとても人間らしいので気に入っていた。


「少し早くに目が覚めた」


「めっちゃわかるー、急に早起きできる日あるわ。すげーもったいないんだよ、そういう日に限って何の予定もないっつう。あたしは子供の弁当作んなきゃいけないから関係ないけどさあ」


「早く来ても腹が空くだけで意味がなかった。寝ていればよかった」


「ははは。ウケる」


 田辺さんはカラカラと笑い、脂のしみついたテーブルを手際よく拭いていった。バステトはモップを引きずりながらその後をついて回る。マニュアルでは逆の順番だが、どちらでも結果は同じなので誰も何も言わない。


 清掃は浄化だ。古代エジプト風に言えば。

 自分でも気づいていなかったが、バステトはそういう言い訳が少し好きだった。


 それにしても、フードコートにいるととても食欲が刺激される。極貧生活においてもバステトはご飯と清潔感にだけは気を遣っていた。豪奢な生活をしてきた彼女にとって飯を抜くというのはあり得ないし、古代エジプトではみんな基本軽装なので臭いとすぐバレるのだ。特に脇は露出しているので、清潔にするのは当然として除毛もかかせない。


「その点花畑は過ごしやすい」


 独りごちた。なにも臭いままでいいというわけではなく、寒暖差のことを言っている。ここで日本ではなく花畑を出すあたりが狭い世界で生きていることを示していよう。


 午後の清掃では子供が床にソフトクリームを落として泣きだした。彼女は淡々とそれを拭いた。子供は泣きやまない。母親が申し訳なさそうに何度も頭を下げるのを手で遮り、


「気にしなくていい。これが仕事だ」


 バステトは言い聞かせてやった。女神としての言葉というより、ただそれが事実だったので言った。母親は少し面食らったような顔をしてから、「ありがとうございます」と言った。子供はまだ泣いていた。


 毛長川は東京と埼玉に流れる一級河川で、両県の県境である。ややこしい通り方をしているが概ねこのような認識で構わない。『草加市』という標識が大きく見え、境目を越える妙な感覚を味わえる。

 バステトはこの川で目覚めた。

 仕事からの帰り道、ここを通るたびいつも疑問に思う。いったいなぜ川で流されていたのかと。


「知ったところでどうすることもできまい。なら、考えるだけ無駄だな」


 声に出しながら歩いていたので、中学生らしき集団にガン見された。これは恥ずかしい。通り過ぎた後この変人をネタにして一笑いが生まれるだろう。


「何回も教えたよ、田辺さん。今度からいきなり電話をかけてくるのはやめて欲しい。それではさようなら」


 ハンズフリー通話しているフリをするファインプレーだ。だいぶ現代に順応してきたらしい。そして咄嗟に出た汚れ役の名前が田辺さんなのも彼女らしい。


 家に帰って完全にだらけてからスマホを確認する。

 リールでは横浜にある豚骨ラーメンの名店がうんたらかんたらみたいな動画が流れてきた。濃厚そうな白濁したスープに太めの麺が沈み、チャーシューが二枚、半熟卵が鎮座している。淡麗系の博多豚骨。


 バステトはしばらく写真を見つめた。


 豚骨。


 豚骨か。


 古代エジプトでは豚は不浄の象徴とされ、バステトも長らく豚を遠ざけていた。気にせず食べる者もいたし、なんならバステトだって今は食べる。しかし、豚骨ラーメンの店は避けてきた。あれは流石に豚すぎる。あの独特の匂いも猫の嗅覚には少々きつい。


「あだっ」


 動画を食い入るように見つめていたら、仰向けでスマホをいじっていたせいで額に落としてしまう。


 なぜかスープの色が、妙に頭から離れない。臭いのは分かっている。なのに、味を想像すると唾液がとめどなく湧いてきた。見た目からしておそらくクリーミーな筈。鶏白湯ラーメンなら食べたことがある。あれより白いのだから、あれより濃ゆいのかもしれない。


 コメント欄には『ここめっちゃおいしいですよね』『絶対行きます』『チャーシューとろとろすぎ』と並んでいる。


「私は豚骨を食ったことがない。それは良いことなのか。私が知らないものをこいつらは知っている」


 声に出すと、急に確信した。そうだ、不健全だ。数千年生きてきて、人類の文明を見守り、様々な食文化を目撃してきた女神が、豚骨ラーメンだけは食べていない。それは何か重大な欠落のような気がした。神の直感がそう告げていた。


 地図アプリで調べると、自転車で10分もしないところに東京屈指の豚骨ラーメンの名店、『田中商店』がある。近くにそんな店があることを全く知らなかった。

 調べた感じだとバステトが好きなユーチューバーSUSURUも何度か訪れたようだ。

 営業時間は午後六時から午前四時。もう開店済みだった。


「今から行っても全然間に合うな」


 間に合ってしまうのである。なら、まだ行かなくていい。時間が経てば気分が変わるかもしれない。神は気まぐれなのだ。


 SUSURUが田中商店に時間をあけて二回行き、早い方と遅い方どちらがうまいかという彼にしてはユーチューバーらしい動画を見て、店主が朝っぱらから一所懸命に仕込みをする動画を見た。どこにでもいそうなおじさんが田中商店を食べるだけの動画も見た。食事の最初につまむナツメヤシのようなものだ。パクッと食べて食欲を増進させる。


 十時。恐ろしいほど腹が減っていた。豚骨以外のことは考えられないし、脳ミソがおかしくなって唾液が出っぱなしである。

 もう限界だ。行ってしまいたい。だが、SUSURUはより遅い時間に食べた方が美味いと言う。せめて0時までは待つのが道理だろう。


「あー腹が減ったー」


 スープに少しレンゲを沈めると、白いレンゲがベージュ寄りの乳白色の豚骨スープで満たされていく。熱いだろうから恐る恐る口をつけて啜ったら、口内に荒い豚の旨みが広がって……


「財布はどこへやったか」


 妄想していたら余計食べたくなったので、さっさと店に行くことにした。並ぶらしいし。


 バステトの自転車はジモティーで買ったママチャリである。家の裏手に鍵を差したままで停めてあるが、ボロボロなので誰も盗もうとしない。

 カゴに地図アプリのスクショ表示したスマホを置いて発進した。


 夜の足立区、と書くといかにも治安が悪そうに思える。実際はただの住宅街の範疇に収まるくらいの静けさで、偶にパトカーがうるさい程度だ。コンビニ前などはその限りではないとはいえ、ヤンキーとか半グレはイメージよりもだいぶ少ない。


 チャリンコに跨ってコキコキ漕ぐ姿はとても神には見えない滑稽さがあった。

 ママチャリって、高い自転車よりも足を回さなきゃ進んでくれないのはなぜなんだろうか。バステトはふと疑問に思った。水面下の白鳥の如く必死に漕いでる横を、ロードバイクがスイーと通って行ったら負けた気分になる。


「すみませーん、そこの自転車の方ちょっと止まってもらえますか?」


「! はい」


 横から穏やかなのに通る声が聞こえた。思わず視線をやると交番があった。そして、声をかけられたのはバステトだ。

 二人の警官が立っていた。


「自転車のライトが点いていないみたいなんですけど」


「ああ、いやこれは、点いていないわけではない。この自転車は古いから、ライトの光も弱くなっている」


「夜間は点灯義務ありまして。危ないですから…………本当ですね。ちょっと光ってますね」


 内心かなり焦った。


「一応身分証を確認させていただきたいんですけど、お持ちですか?」


「はい」


 なんやかやあり、バステトはマイナンバーカードを取得していた。そのカードだと名前は『猫山バステト』ということになっている。

 彼女は神といえど大した力を持たないので、取得するには一苦労どころではない苦労があった。そもそも神話は誇張されすぎている。

 セクメトにボコボコにされてただけのデカい蛇が太陽を呑み込む反神になるのだから、当事者からしてみれば聞くだけで赤面する黒歴史が大半だった。何もしなくても日は昇るのである。


「身分証ありがとうございます」


 カードはすぐに返されて一安心。金よりも大切なものだ。雑に財布に入れるよりも今度専用の入れ物を買ってやろう。


「今回は注意で大丈夫です。早めに電池交換しておいてください」


「分かった。気をつけます」


「お気をつけて」


 警察官は軽く会釈し、暗がりに戻っていった。再びペダルを踏み出すと、背中に滲んだじっとりした汗に今更ながら気づいた。こんな体験は心臓に悪い。まあ警戒心が高いのは良いことだと自分を納得させた。神は懐が深い。


 一悶着あったものの、見覚えのある通りに辿り着いた。実は田中商店の近くにはノックアウトという二郎系ラーメン屋があり、ここもかなりの有名店だ。バステトだって訪れたことがある。

 右に曲がれば目的の店があった。外でも少し豚骨が香るし、夜なのに人が数人並んでいた。


 入店して列に並ぶ。前には八人。

 豚骨というのは主張が激しいもので、人形態とはいえ常人よりよっぽど嗅覚がいい彼女には情報量が多すぎた。臭い、というより、臭くて濃い。空気に厚みがある。

 列は次第に減っていき、そのうち着席した。ワクワクしながらメニューを見ると何やらいろいろあるが、大して金もないしオーソドックスな『らーめん』を頼んだ。SUSURUも食べていた『韓国風明太子ごはん』は我慢する。本当に口惜しい。


 水を飲んで待つ。丼が来た。

 さっき見た豚骨ラーメンは真っ白だったのに比べ、こっちは少し茶色い。麺は細く、チャーシューが二枚、海苔とキクラゲ、そしてネギが乗っかっていた。不思議なことに、ラーメン自体からは豚骨の臭い匂いはしなかった。

 とりあえず写真は撮って、いざ実食。


 まずレンゲでスープを掬う。口に含んだ瞬間、うまい。

 いや、うますぎる。


 バステトの心は大きな感動を覚えた。なんというか感動したのだ。店主が頑張って仕込んだあの、動画で散々見たスープなのだ。うまいだけじゃなく、揺さぶられた。


 二口、三口と飲んだ。言葉にするなら、クリーミーとか濃厚とか予想していたものとは異なる味だった。重くない。濃くない。豚なのに、獣臭さが一切排除されたスープだ。ただ旨味が来た。何時間も煮込んだ骨の旨味は滑らかに口内を侵した。味わう間もなくゴクリと嚥下した後も舌にじんわり脂と旨味が広がる。そしてネギの匂いが鼻を抜けた。

 細麺はスープとよく絡んで、一口ごとに完成された味がある。夢中になってズバズバ啜り、思い出したようにチャーシューを齧った。見るからに柔らかい脂身はやはり、口の中で溶けてなくなる。


 骨も肉も脂も美味しいなんて、こんなに素晴らしい生き物が他にいるだろうか。豚という食材の可能性を彼女は真剣に考えた。猫のミイラよりこちらを捧げてもらいたいものだ。

 麺をほとんど食べてしまってから、卓上調味料の存在に気づいた。味変の辛子高菜を入れ、胡麻を執拗に振りかける。少し辛くなりすぎたがうまい。


 結果、バステトはスープをほぼ完飲し、非常に満足して店を出た。ちなみにノーマルのラーメンは900円で、ウーバーで頼んだねぎマヨ辣牛めしより安かった。

 冷たい夜風が吹き、温まった体の心地よい熱が冷めていく。体を縮めて上着に埋もれると、ものすごい顔で匂いを確認しだした。


 食べている最中は全く臭くないと感じていたが、鼻が麻痺しただけだったのか。上着に豚骨の匂いが染み付き、冒涜的な獣臭さが鼻腔まで漂ってくる。思わず表情が引きつるのも無理はない。


 脱いだ上着をカゴに入れて走り出す。大通りを渡る途中、満月が見えた。なんとなくそれも写真に収めた。


 花畑の空は広い。遮るものが少なく、夜でも深い奥行きがある。


 古代エジプトの空もこんなふうに広かった。砂漠や草原の夜空は、星が多すぎて白く見えるほどだった。


 べつに恋しくはなかった。ただ、あの満天の星空を思い出す。


 それだけだ。


「くぁあ……」


 あくびが出て、涙が浮かんだ。


 翌日。休憩室で田辺さんとお弁当を食べていた。冷凍食品ばかりだが、白米に乗った梅干しだけは自作のものだ。バステトではなく、老婆の。

 それにしても甘いものが食べたい口なのに、おやつのグミを家に忘れてしまった。


「ちょっとおトイレいってくんね。猫山さん私のメシつまみ食いすんなよ」


「分かった。我慢してみる」


「ねえ冗談だって!」


 一人になり物思いに耽る。


 数万年生きてきたし、数千年眠った。これからもおそらく、しばらくは生き続けるだろう。

 それは悪くないことだ、と思った。悪くないどころか、かなり良いことかもしれない。


 だって、バステトは人が好きだ。愛嬌がある。崇めてくれる。すぐ死ぬくせにお気楽に生きて、面白いものや美味しいものを作る。


 神の直感として、今の文明は殺し合いで千年以内に崩壊する。大した力はないが、せめて身の回りの者くらい守ってやろう。あの一番美しかった時代、古代エジプトで信奉者たちにそうしたように。


「ただいま〜」


 田辺さんが戻ってきたので、お弁当を平らげて立ち上がった。気恥ずかしくなった。時計に目をやると休憩終了まであと十八分ある。

 甘いものが欲しい。ジュース買うかどうか、バステトはしばらく自動販売機の前で考えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ