歴史小説【新選組列伝 国が燃える】
幕末
国が、静かに、しかし確実に燃えていた。
江戸の町には、もはや武士の世を疑わぬ者はいなかった。
倒幕の声は風のように広がり、刀の価値は日毎に軽くなっていく。
それでもなお、剣に生き、誠に殉じる者たちがいた。
そのひとりが、新選組副長・土方歳三である。
そして、彼の血を引く若者
日野の豪農・佐藤彦五郎の長男、佐藤源之助であった。
源之助は十七の春を迎えていた。
幼い頃より銃を手にし、十二段撃ち、乱打といった操銃法を自在に操る才を持つ。
だが、彼の胸を満たしていたのは、技ではなく志だった。
「武士とは何か」
「誠とは、どこにあるのか」
その問いの答えを、彼は伯父・土方歳三の背に見ていた。
慶応三年春。
土方は所用により京都を離れ、日野・佐藤家に滞在する。
庭先で披露された源之助の操銃を見た土方は、無言のまま頷いた。
そして、低く言った。
「京へ連れていく。
新選組の名に恥じぬ男にしてやる」
だが、姉ノブの猛反対により、その願いは叶わなかった。
土方はそれ以上、何も言わなかった。
だが、源之助の胸に刻まれたその一言は、生涯消えることはなかった。
やがて、戊辰戦争が始まる。
新政府軍は甲府城を制圧し、勝沼にて甲陽鎮撫隊を打ち破る。
わずか二時間。
旧幕府側は総崩れとなり、江戸へ敗走した。
甲陽鎮撫隊に、佐藤彦五郎が加わっていることは、すでに露見していた。
一家は追われる身となり、源之助は捕縛される。
詮議の場で、彼は問われた。
「父・佐藤彦五郎の隠れ場所を申せ」
源之助は、ただ一言。
「存じませぬ」
やがて現れたのが、新政府側の要人――板垣退助であった。
「今までの申し立てに、偽りはないか」
「真実でございます。
我が死命は忠節を尽くし、国より受けた恩に報いることにあります」
沈黙の後、板垣は語った。
「……知っていても白状せぬ。
己が罰せられても父を守る。
それは、考道に厚き心である」
そして、こう告げた。
「天朝の寛大なる御主意に基づき、
その志に免じ、今日すべてを許す。
必ず、親は大切にせよ」
源之助は、声を殺して泣いた。
この時、彼は知る。
武士の誠は、敵味方を超えて通じることがあるということを。
時は流れ、新選組は瓦解していく。
近藤勇は斬首され、隊士たちは散り散りとなった。
それでも、土方歳三は剣を捨てなかった。
源之助は、蝦夷へ向かう直前の土方を訪ねる。
土方は、痩せていた。
だが、その眼だけは、京の頃と変わらぬ炎を宿していた。
「源之助」
土方は、静かに包みを差し出す。
中には、
葵の御紋が刻まれた名刀 越前康継
遺髪
一通の手紙
そして、己の写真。
「俺は、最後まで戦う。
新選組は、負けるかもしれねぇ。
だが誠だけは、負けさせねぇ」
土方は、はっきりと言った。
「生き残った者が、語れ。
俺たちが、何者だったかを」
源之助は、刀を抱き、深く頭を下げた。
慶応四年五月。
蝦夷・箱館。
五稜郭に、最後の戦が迫っていた。
土方歳三は、馬上にあった。
銃弾が飛び交う中、彼は退かない。
「ここで死ねば、武士だ。
逃げれば、ただの亡霊だ」
銃声。
土方は胸を撃たれ、地に伏した。
最期まで名を名乗らず、
新選組副長・土方歳三は、戦場に散った。
その後
源之助は、生き延びた。
託された刀と手紙を胸に、語り続けた。
新選組が、ただの人斬り集団ではなかったこと。
誠を、最後まで捨てなかった者たちがいたこと。
国は変わり、時代は流れた。
だが、新選組の魂は、確かに受け継がれている。
それは、剣ではない。
旗でもない。
誠という名の、炎である。
【新選組列伝 国が燃える 完結】




