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灰焔の残響の中で (R16)  作者: Wolfy-UG6
第1巻 ― 再生の残り火
8/10

第7章:遅れてきた誕生日

事故から、丸一週間が過ぎていた。

六日間、村は沈黙に包まれていた。

ネリアはゼフィラのそばに付き添い、回復を手伝っていた。

五日間寝たきりだったが、ようやく、ふらつくことなく起き上がれるようになった。

再び自由に動く姿を見て、ネリアは心から安堵した。


「ありがとう、ネリア。

あなたがいなかったら、どうなってたか分からないわ。

お手伝いしてくれる?

お父さんも、もうすぐ帰ってくるはずよ」


ゼフィラは微笑みながら言った。


「うん、ママ。

ネリア、テーブルする」


そう答えて、彼女はゼフィラの後を追った。


ゼフィラが台所に立つ間、ネリアは皿を持って、食卓へ向かった。

テーブルは、まだ彼女には高すぎる。

腕をいっぱいに伸ばして、皿を置く。

同じように、他の食器も並べた。

靴下で床を拭うようにしてから椅子に登り、さらにテーブルに乗って、位置を整えた。


準備がほとんど終わった頃、庭から笑い声が聞こえてきた。

ネリアは扉へ向かい、彼女のために取り付けられた小さな紐を引いて開けた。

エルドランが、グリドールと一緒に立っていた。

グリドールは、ネリアを見ると身を屈めた。


「おや?

これは誰かな。

さあ、おいで。

大好きなパパに、大きな抱っこをしてくれ」


両腕を大きく広げて、彼は言った。


ネリアはその胸に飛び込み、身体を押し付けて、その温もりを味わった。


「大好きなパパ?

他にも、パパって呼ばれてる男でもいるの?」


ゼフィラが、うんざりした様子で言った。


彼女は扉の枠にもたれ、グリドールに手を振って挨拶する。

エルドランはネリアを抱いたまま、立ち上がった。


「お前の性格なら、あいつにもパパって呼ばれてそうだな。

ガラス市に突っ込むヒュドレオン並みに、繊細さがない。

オークマウの件で、二人も新兵を叱る羽目になったぞ、愛しの妻よ」


笑いながら、彼は答えた。


その言葉を聞いた瞬間、ゼフィラの視線が鋭くなり、エルドランの笑みは即座に消えた。


「ははは。

相変わらずだな、二人とも。

神々も、たまに悪趣味な冗談を言う。

ケリナと俺が落ち着いてて助かるよ。

お前たちでいるのは、さぞ疲れるだろうな」


グリドールが付け加えた。


ネリアは、その時初めて気づいた。

グリドールの背後に、もう一人、誰かがいた。

その人物は、控えめに前へ出てきた。

唇に、遠慮がちな笑みを浮かべている。

グリドールほど大柄ではないが、ほっそりとした体つき。

長い髪は一本の編み込みにまとめられ、腰の下まで垂れていた。

白い衣が、柔らかな光を添えている。


彼女は、少し迷うようにして、ネリアに近づいた。


「あなたが、うちの人がずっと話してる、可愛い女の子ね?

はじめまして、ネリア。

私はケリナよ」


そう言って、彼女はネリアの手を取り、優しく振って挨拶した。

それからゼフィラの方を向き、軽く身を屈める。

礼の形だった。


「さあ、中に入らないか。

夜もいいが、この匂いは腹が減る」


エルドランが言い、腹の音がそれに応えた。


「確かに、いい匂いだ。

戦士としても一流だが、料理の腕も大したものだな。

文句なしだ」


グリドールが同意した。


彼らは家の中へ入り、エルドランはネリアを床に下ろした。

皆がテーブルを囲む。

ゼフィラは、それぞれにワインを注いだ。

それから、ネリアの杯には、搾りたての林檎の汁を満たした。


「調子はどうだ、ゼフィラ。

お前が頑丈なのは分かってるが、あの日は少し無茶をした。

第三円環を扱えるのは事実だが、まだ最近のことだ。

軽々しく使うものじゃない」


グリドールが尋ねた。


「分かってるわ。

でも、あなたも見たでしょう、あの場にいたなら。

あの愚か者……魂に安らぎを……。

焼け死んで、恐怖と疑念だけを残した。

何もしないまま、あのままにはできなかった。

疑念が芽生えれば、強化された剣ですら、役に立たなくなるのよ」


ゼフィラは、物思いに沈んだ視線で、そう答えた。


「助けたいと思うのは分かる、ゼフィラ。

お前が強いことは、誰よりも俺が知っている。

だがな……他人の過ちのせいで、妻を失うのは御免だ」


エルドランは、穏やかな声でそう続けた。


「私は砂糖菓子じゃないわ。

やったということは、できるということよ。

ただ……円環が上がるほど、マナの消費は重くなる。それだけ」


ゼフィラは淡々と説明した。


ネリアは会話に耳を傾けながら、ときどき小さく飲み物を口にしていた。

すべてを理解できているわけではない。

それでも、この世界の規則を、少しずつ覚えていっていた。

七日ではなく六日で巡る週。

月の名前と、その巡り。

最初は、慣れるのに苦労した。


「ゼフィラ。

みんなが言いたいのはね、あなたがまだ若いってこと。

二十一歳でしょう。

しかも、魔術師としての正規の修練も受けていない。

資源を何度も空にすれば、命が削れるのは分かってるはずよ。

あなたは強い。

でも、他人を信じることも必要。

あなたの夫は、あの子たちを鍛えて、村を守っている。

彼のやっていることを、信じてあげて」


ケリナが、静かに言葉を重ねた。


ゼフィラは何も言わずに立ち上がった。

背後の火にかけてあった皿を取り、テーブルの中央に置く。


「心配してくれるのは、ありがたいわ。

本当に。

でも、今夜はその話をする場じゃないでしょう。

もっと大事なことがある。

そう思わない?」


そう言いながらも、その視線は、返答を求めていなかった。


彼女は蓋を外した。

濃い湯気が一気に立ち上る。

それがネリアの鼻に届いた瞬間、口の中に唾が溢れた。

飴色の香り。

鶏肉と芋の匂いが混ざり合い、家中に広がっていく。


「始める前に、ネリア。

ちょっと来てちょうだい」


ゼフィラは微笑みながら言った。


その言葉に少し驚きながらも、ネリアは椅子を降り、母のもとへ向かった。

ゼフィラは彼女を膝に乗せ、グリドールを見る。


「今、渡して。

食事の後は、この子の大好きなパパが、教えてあげるでしょうから」


声を落として、そう言った。


グリドールは椅子を立ち、入ってきた時に置いた荷物の方へ向かった。

中から、大きな布包みを取り出す。

中には、確かな重みのあるものが入っていた。

彼はそれを持って、ネリアの前へ戻る。


ゼフィラはネリアを床に下ろし、背中を軽く叩いた。


「行きなさい。

あなたのよ。

お誕生日の贈り物……少し遅れたけどね」


ネリアはおずおずと、グリドールのところへ歩み寄った。

差し出された包みを受け取り、横の椅子に置く。

そして、慎重に、その中身を露わにした。


彼女は、しばらく動けなかった。


白く輝く柄を持つ剣。

柄頭は、交差した指のような形で、シグニロスの宝石を抱いている。

磨き上げられた金属の鍔は、緩やかな弧を描き、刃の方へ向いた鋸歯が刻まれていた。

そして、その刃。

ただの剣ではなかった。

わずかに波打つ形状。

柄と同じように、淡く光を放っている。


だが、ネリアは気づいた。

刃には、文字が刻まれている。

けれど、読めなかった。


「どうだい、気に入ったかい。

エルフの友人に頼んで、付呪してもらった。

年を重ねたら、自分の魔力を剣に通せるようになる」


グリドールは、ルーンを見つめる彼女を見て言った。


「エルフ語だ。

読むことはできない。

だが、込められた術は強力だ。

高濃度の魔力でも、きちんと受け止められる」


ネリアは小さな手で柄を握り、剣を持ち上げた。

大きさの割に、驚くほど軽かった。


「グリドール……本気なの?

エルフの付呪が、どれほど希少で……高価か、分かっているでしょう。

夕食一つで、お礼が済む話じゃないわ」


ゼフィラは、驚きを隠せず言った。


「戯言だよ、ゼフィラ。

事情を話したら、皆、快く引き受けてくれた。

それに……君たちの娘のためだ。

知らない相手には、やらない。

誰にでも、秘密の一つや二つはあるものさ」


彼は笑いながら答えた。


だが、そのやり取りの最中。

ネリアの胸に満ちていた喜びの奥で。

別の感覚が、静かに広がっていった。

冷たいもの。

まるで――彼女の手にある剣が。

何かを、語りかけようとしているかのように。


違う……。

そんなはずない。

きっと、疲れてるだけ。

幻覚よ。


そう思いながら、ネリアは剣を布の中に戻した。

視線は、まだ剣に縫い止められたままだった。

そこへゼフィラが近づき、肩に手を置いた。

不意の接触に、ネリアはびくりと跳ねた。


「今は片づけておきましょう。

食事の後で、練習すればいいわ。

パパが、まだ立っていられたら、だけどね」


そう言って、ゼフィラは剣をしまった。


包みは戸棚の上に置かれ、ゼフィラは席に戻る。

ネリアも、同じように椅子へ戻った。


本当の誕生日って……私、何歳になるんだろう。

でも、もういい。

今は、どうでもいい。

今は、幸せだし。

早く、ちゃんと話せるようになりたいな。


ネリアはそう思いながら、皿を差し出した。


小さな木のフォークを握り、鶏肉に突き立てる。

ぱり、と皮が音を立てた。

肉に刃が入った瞬間、肉汁が溢れ、表面を伝う。

小さく切り取り、次に芋を刺す。

そのまま、口へ運んだ。


肩の力が、ふっと抜けた。

味が、口の中で溶け合う。

母の料理は、何度も食べている。

それでも、毎回、新しい感覚だった。


「おいしい、ママ。

ネリア、お肉、すき」


満面の笑みで、そう言った。


食卓は笑いに包まれた。

会話は続いていたが、ネリアはもう、あまり聞いていなかった。

ほどなくして、皆より先に皿を空にする。

瞼が、重くなってきていた。


「おやおや。

小さなお姫様は、もうお眠りかな。

でもね、もう少しだけ、起きていなきゃだめだ」


エルドランはそう言って立ち上がり、ネリアを抱き上げた。


「ケリナが、小さな菓子を用意してくれた。

きっと気に入るぞ、天使ちゃん」


彼はそう言って、席に戻った。


ケリナは椅子の背に掛けていた鞄を手に取る。


お菓子……?

なのに、どうして鞄を……。

きっと、小さな甘いもののことだよね。


ネリアは、首を傾げた。


だが、その疑問はすぐに変わった。

ケリナが鞄に手を入れる。

腕は、肘まで、難なく沈み込んでいった。

数秒、探るような動き。

やがて、腕が引き抜かれる。

その手には、大きな金属の箱があった。


「お母さんほど、料理は得意じゃないけど……。

気に入ってくれると、いいな、ネリア」


少し照れた笑みで、ケリナは言った。


箱が開かれる。

淡い桃色の菓子が姿を現した。

甘い香りが部屋に広がり、鶏肉の香ばしさを押し流す。

中央に、三本の小さな蝋燭が立てられた。

暖炉で火をつけた細い棒で、順に灯される。


「さあ、ネリア。

お願い事をして、思いきり吹くのよ」


ゼフィラが、菓子を近づけながら言った。


ネリアは目を閉じた。

頭が、少し後ろへ傾く。


お願い事……。

家族が、ずっと幸せでいられますように。

この時間が、ずっと続きますように。


心から、そう願った。


目を開き、蝋燭に息を吹きかける。

小さな息では足りず、三度、吹いた。


ゼフィラは菓子を切り分け、皆に配った。

最後に、自分の分を取る。

ネリアはケリナに微笑みながら食べていたが、視界は次第に滲んでいった。

そして、気づかぬうちに。

頭が、エルドランの肩へと傾いた。

呼吸は、ゆっくりと、穏やかになっていた。


彼はネリアをそっと椅子に寝かせ、残りの食事を終えた。

ネリアは、安らかな眠りに落ちていた。


ほどなくして、夜は終わりを迎える。

ゼフィラが食卓を片づけ、エルドランはグリドールとケリナを門まで見送った。

数分後、戻ってきた彼は、軽く伸びをしてから、ゼフィラの片づけを手伝った。


「ネリアを寝かせてきて。

私はもう片づけ終わったから。

あとで寝室に行くわ。

それと……あの子をからかわないで。

ちゃんと休ませてあげて。

私の世話をずっとしてくれたんだもの。

休む資格は、十分あるわ」


ゼフィラはそう囁きながら、眠るネリアに優しい視線を向けた。


エルドランはネリアをそっと抱き上げた。

目を覚まさないよう、細心の注意を払う。

そのまま、ネリアの部屋へ向かった。

ベッドに寝かせ、布団を首元までかける。

そして、額に静かな口づけを落とした。


「おやすみ、我が娘。

いい夢を見るんだ。

知っていてくれ。

私たちは、お前を何よりも愛している」


声を極限まで落とし、微笑みながらそう言った。


扉を静かに閉め、エルドランは自分たちの寝室へ向かう。

そこでは、すでにゼフィラが待っていた。


「正直に言うと……。

生まれた時は、少し怖かった。

本能が、私を拒むんじゃないかって……。

まあ……そんな心配、無用だったな。

あれ以上は、望めない。

本当に、愛おしい子だ」


そう呟きながら、エルドランは上衣を脱いだ。


「当然でしょう。

私の娘だもの。

完全じゃないかもしれない。

私たちが思い描いていた形とは、違うかもしれない。

でも、愛を注げばいい。

それだけで、あの子が自分を疑う理由なんて、なくなるわ」


ゼフィラは、静かに答えた。


二人はベッドに横になり、布をかけ合う。

ゆっくりと口づけを交わし、灯りを落とした。

ほどなくして、部屋にはエルドランの小さな寝息が響き始めた。

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