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灰焔の残響の中で (R16)  作者: Wolfy-UG6
第1巻 ― 再生の残り火
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第2章:奇妙な出会い

太陽は天頂に輝き、ネリアが横たわっていた小さな草原を照らしていた。

彼女はゆっくりと目を開き、下に感じる奇妙な感触を確かめるように、手を動かした。


「……ここ、どこ……?」


声は弱く、掠れていた。


彼女は慎重に身を起こし、座った姿勢になってから周囲を見渡す。

先ほど感じていた妙な感触の正体は、どこまでも広がる草だった。

見渡す限り、終わりがあるとは思えない。

その周囲には、淡い桃色の花弁をつけた大きな木々が立ち並び、陽の光を柔らかく散らしていた。


「……桜?

何なの、これ……。

橋の上にいて……落ちたはずなのに……。」


声には、戸惑いと不安が滲んでいた。


彼女は視線を落とし、自分の服装に気づく。

履いていたはずのズボンも、Tシャツもない。

代わりに、全身を覆う長いチュニックのような衣を身にまとっていた。

目覚めの鈍さが残る身体で、少しよろめきながら立ち上がる。


「……誰か、いませんか?」


声を張り上げる。


だが、返事はなかった。

ネリアは草原を歩き出す。

この先に、村か街があることを願って。

木々の間から抜ける風が、優しく頬を撫で、髪を揺らした。


だが、数分も歩かないうちに、彼女はぴたりと足を止めた。


「そのままだと、同じところをぐるぐる回ることになるぞ。」


聞き慣れない声だった。


ネリアは周囲を見回す。

だが、近くに人影はなく、木々も十分に距離があった。


「……だ、誰?

そこにいるなら、出てきて。」


声は、はっきりと震えていた。


返答はなかった。

だが、その直後、彼女の近くに小さな光の粒が、ふわりと浮かび上がった。

次の瞬間、眩い閃光が走り、彼女は反射的に腕で目を覆う。

数秒後、恐る恐る腕を下ろすと、そこには一つの人影が立っていた。


堂々とした佇まい。

彼もまた、白いチュニックを身にまとっている。

背丈は、彼女より少し高い程度。

年老いた男で、灰色がかった髭は胸元まで伸びていた。

髪もまた灰白色で、短く整えられている。


「……夢、よね?

落ちた衝撃で、幻覚でも見てる?

それとも……頭がおかしくなった?」


ネリアは呟くように言った。


老人は、静かに彼女の肩に手を置いた。

その握りはしっかりしていたが、不思議と、そこには温かさがあった。


「いいや、我が子よ。

これは夢ではない。

君は、君たちの言葉で言うところの……エーテル界にいる。」


声は、奇妙なほど穏やかで、心地よかった。


ネリアは、その言葉を理解しようとしたが、意味が掴めなかった。


「……ごめんなさい。

エーテル界って、何?」


老人は、意外そうに眉を上げた。


「話をする前に、ついてきなさい。

温かい茶でも飲みながらの方がいい。

その方が、理解もしやすいだろう。」


そう言って、彼は踵を返し、ある方向へと歩き出した。


ネリアは、数秒その場に立ち尽くす。

この男が何者なのか、何も分からない。

突然現れた、正体不明の存在だった。

それでも彼女は、やがてその後を追った。

今、自分の身に何が起きているのか、答えが欲しかった。


楽園のようだと感じる景色の中を、しばらく歩く。

やがて、遠くに小さな家が見えてきた。

男は扉を開け、振り返る。

小さく微笑み、手招きして中へ促した。


家の中は、驚くほど簡素だった。

すべてが整然と配置され、不要なものは一切ないように感じられた。


「ようこそ、私の家へ、ネリア。

よければ、座りなさい。」


ネリアはテーブルへと歩み寄り、椅子を引いて腰を下ろした。

男は彼女の向かいに座り、何も言わずに片手を上げる。

すると、鈍い音が響き、棚が静かに開いた。

中から二つのカップと一つのティーポットが浮かび出し、やわらかにテーブルの上へと置かれる。


男が指を鳴らす。

次の瞬間、ティーポットの中に淡い緑色の液体が満ち、小さな湯気が立ち上った。

漂う香りに、ネリアは思わず喉を鳴らす。

男は二つのカップに茶を注ぎ、一つをネリアへ差し出した。

自分の分を手に取り、静かに口元へ運ぶ。

ネリアもそれに倣い、わずかに震える手でカップを持ち上げた。


理由は分からない。

心のどこかで迷いはあった。

それでも、身体は半ば自動的に動いていた。

やがて男はカップを置き、ネリアに視線を向ける。


「きっと、聞きたいことが山ほどあるだろう。

私はそれに答える。

その後で、これからの話をしよう。

それでいいか?」


穏やかな声だった。


ネリアもカップを置き、喉を鳴らして茶を飲み下しながら、小さく頷いた。


「まず……あなたは誰?

それに、その“エーテル界”って場所は、何なの?」


ようやく、問いを口にする。


「私の名は、ゲルゴラ。

ここは、死ぬにはまだ早すぎた者たちが辿り着く場所だ。

君も分かっているだろう。

あの橋からの落下は、本来、起こるはずではなかった。」


ネリアは言葉を失った。

理解しようとしながら、その意味を受け止めきれずにいた。


「……じゃあ、私は……死んだのね。

そんなつもりじゃなかった。

生きたかった……。

やりたいことも、夢も、まだ何一つ叶えてない。

本当に……馬鹿なことをした。

全部、台無しにしちゃった……。」


頬を、涙が伝う。


「自分を責める必要はない。

君の人生は、決して楽ではなかった。

人は、迷いや裏切りの中で、想像以上に暗い思考に囚われるものだ。

君が本心で望んでいなかったことも、私は分かっている。

だが、運命の糸は、ときに理由もなく断ち切られる。」


ネリアはカップを取り、もう一口、茶を含んだ。

その温もりが、落下へと至った行為への羞恥を、わずかに和らげてくれる。


「ただ……迷ってただけ。

一気に全部が崩れて、どうしていいか分からなかった。

何度も言うけど、望んでなんかいなかった。

でも、一瞬だけ……この選択肢が頭をよぎって、

何も考えずに、従ってしまった。」


ゲルゴラは椅子を立ち、テーブルを回り込んで彼女の隣に座った。


「だからこそ、もう一度言おう。

それを悔やみ続ける必要はない。

誰にでも過ちはある。

だが、その過ちに、これからの人生を支配させてはいけない。」


彼は慰めるように、彼女の肩へ手を置いた。

ネリアは顔を向け、袖で涙を拭う。


「……これから、どうなるの?

私は……どうなるの?」


ゲルゴラは立ち上がり、窓辺へと歩いた。

その視線は、外の景色へと溶け込んでいく。


「その前に、一つ、気になることがある。

私は、棚からポットとカップを出し、

何もないところから茶を満たした。

だが、君は一切、驚かなかった。

なぜだ?」


声には、はっきりとした興味が滲んでいた。


「ああ、それ?

確かに、超常的ではあるけど……。

森の中で、いきなり光の塊から現れて、私を眩ませたあなたの方が、

あのティーポットより、ずっと変よ。」


飾り気のない、率直な答えだった。


ゲルゴラは振り返り、小さく笑みを浮かべる。


「ははははは!

私が、変だと?

確かに……言われてみれば、その通りだな。

そこまでは、考えていなかった。」


ネリアは目を大きく見開き、自分の言葉に気づいた。

すべてを説明してくれているこの男を……変だと言ってしまったことを思い返し、指をもじもじと絡める。


「気にする必要はない。

君たちは神という概念を知ってはいても、実際に関わったことはないのだからな。」


彼は、ネリアの動揺を見てそう言った。


ゲルゴラは再び彼女の正面に腰を下ろし、背筋を伸ばし、両腕をテーブルの上に置いた。


「では、本題に戻ろう。

私は君に、新しい命を与える。」


そう告げ、彼は真剣な声音になる。


ネリアが何か言おうと唇を動かした瞬間、ゲルゴラは手を上げて制した。


「いいや、元の世界へは戻せない。

地球のある時空は、あまりにも複雑だ。

一度そこを離れた魂は、二度と戻ることはできない。」


語調は、先ほどよりも少し硬かった。


ネリアは視線を落とす。

わずかな失望が胸をよぎった。

だが、どこかで分かっていた。

彼女が読んできた物語は、どれもそうだった。

異なる世界へ渡った者は、元の場所には戻れない。


「家族はいなかったし、夫にも裏切られたけど……。

それでも、あの世界は嫌いじゃなかった。

じゃあ……私は、どこへ行くの?」


声は低く、静かだった。


「君は、ゼロから人生をやり直す。

行き先は、ヴェルグリンタール王国だ。

ただし、前世の記憶は保持させよう。

それが、より良い生を送る助けになることを願ってな。

だが、覚えておけ。

君の知識や経験を、軽々しく他者に明かしてはならない。

その世界には、君のいた場所のような技術は存在しない。

魔法と、あらゆる怪物が支配する世界だ。」


ゲルゴラはそう説明した。


その言葉を聞き、ネリアの唇に、自然と笑みが浮かぶ。

魔法と怪物の世界。

それは、彼女がこれまで好んで読んできた物語そのものだった。


「……じゃあ、私も魔法が使えるの?

冒険者みたいな人生も、送れる?」


声には、隠しきれない高揚が滲んでいた。


「そうだ。

この世界の生きとし生けるものは、誰もが魔法を扱える。

そして、どんな生き方を選ぶかは、すべて君次第だ。」


ネリアは椅子から立ち上がった。

物語だと思っていたものが、現実になろうとしている。

彼女は腕をつねり、痛みに小さく呻いた。

夢ではないことを、確かめるために。


「じゃあ……加護とか、そういうのも?

使命とか、クエストとか?」


興奮を抑えきれず、息を弾ませる。


「加護?

使命?

ネリア、君は危機的状況にある国に召喚されたわけではない。

説明したはずだ。

世界は、厳格な法則に従って動いている。

それを破ろうとした者たち……悪しき人間や、悪しき神々もいた。

だが、彼らは等しく、その代償を支払った。」


指で髭をなぞりながら、彼はそう言った。


ゲルゴラは再び立ち上がり、扉へと向かう。

ネリアも反射的に立ち上がるが、彼は手を上げ、座るように示した。


「ここで別れだ、ネリア。

これ以降、我々が再び会うことはない。

どうか、良い人生を。

存分に生きるといい。

忘れるな。

君は、自由だ。

好きなように、生きていい。」


穏やかな笑みとともに、そう告げる。


彼は家を出て、扉を静かに閉めた。

ネリアの中には、まだ数えきれないほどの疑問が残っていた。

この世界について、知りたいことも、聞きたいことも、山ほどあった。


「……でも、

自分で知っていく方が、きっと楽しいよね。」


そう呟いた、その直後。


視界が、揺らぎ始める。

景色が歪み、不快な感覚が一気に押し寄せた。

筋肉は痺れ、思考は霧に包まれる。

瞼が重くなり、頭がテーブルへと傾いた。


「……今度は……何……?」


言葉は、次第に弱くなる。


やがて、彼女の目は完全に閉じた。

抗うことはできなかった。

闇が、再び彼女を包み込む。


だが、今度は違う。

ここからが、始まりだった。


すべては、これから。

彼女自身の選択に委ねられる。


新しい人生が、幕を開けようとしていた。

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