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灰焔の残響の中で (R16)  作者: Wolfy-UG6
第1巻 ― 再生の残り火
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第1章:味のない人生

夜が訪れていた。

通りの街灯が、金妻社のオフィスをかすかな光で照らしている。

それでも、その暗い建物の中で、一つの窓枠だけは明かりが消えていなかった。

一つのデスクでは、ランプと画面だけがまだ光を放ち、すでに全員が帰宅した時間帯にもかかわらず、そこだけが生きていた。


全員、ただ一人を除いて。

ネリアは、同僚たちの穴埋めをするため、いつも残業を押し付けられる社員だった。


「あと一つ終われば、やっと帰れる。

ミスしたのはあいつらなのに、手助け一つもなしとか。

飲んだくれてる間に、私が仕事してるってのに。」


そう口にしながらも、彼女は残業を受け入れていた。

請求書やローン、そのほか諸々の出費が重くのしかかり、稼がなければならなかった。

夫は働いておらず、生活はすべて彼女の肩にかかっていた。


「二十三歳の誕生日に仕事とか、本当に最悪……。

フランスで漫画家になれば楽だと思ってたのに、また失敗ね。」


十七歳の頃から、ネリアはイラストに強く惹かれていた。

言葉を形にすることは、話すことよりも自然に感じられた。

彼女はその技を磨くことに時間を費やし、やがてそれを生業にした。

だが、締め切りに追われる厳しさまでは想像していなかった。

いや、それ以上に、無能な同僚たちの尻拭いを自分がすることになるとは思っていなかった。


二時間が過ぎ、ようやくネリアは仕事を終えた。

携帯を軽く操作し、時刻がすでに二十一時半であることを知る。


「やっと。

おまけに、今日は少し早く帰れる。

早くお風呂に浸かりたいな。」


腕を伸ばしながらそう呟き、彼女は荷物をまとめ、パソコンとランプの電源を落とした。

エレベーターでホールへ降り、そのまま外へ出る。

夜は静かで、バーから聞こえる話し声と、車のエンジン音だけが、その穏やかな沈黙を破っていた。


「ああ、この街に来て正解だった。

ドルラックは、夜になると本当に綺麗で落ち着く。」


そう言って伸びをすると、冷たい小さな風が頬を撫で、髪をやさしく揺らした。

ネリアは、ささやかなものを大切にする女だった。

秋の涼しさを味わうため、あえてゆっくりとした足取りで家路につく。


「せめて、ちょっとしたケーキくらいは用意してくれてるといいな……。

それか、買ってきてくれてるとか。

今は、ミルフィーユが食べたい気分。」


髪を耳にかけ、視界を開く。

一日は、ようやく終わった。

鼻歌を口ずさみ、軽く跳ねるように歩く。

その短い時間だけ、ネリアはすべての悩みを忘れていた。


アパートの前に着くと、彼女は夫を驚かせるため、静かにドアを開け、そっと閉めた。


部屋の中は静まり返っている。


だが、不意に小さな音が耳に入った。

妙な音だった。

靴を脱ぎ、廊下を進んでリビングへ向かう。

くぐもった呻き声と、荒い息遣いが聞こえる。

はっきりと認識できるほどの音量だった。


「何してるのよ。

まるでマラソンでも走ってるみたい。」


声を潜めつつも、わずかに緊張が混じる。

寝室のドアへ近づき、ノブに手を伸ばす。

だが、その動きがぴたりと止まった。

聞こえていた呻き声は、確かに夫のものだった。

だが、それとは別に、もう一つが重なる。

今度は、女の声だった。


ネリアの心臓が激しく脈打ち、ドアを開ける手が震える。

そこにあるものを見てしまうことへの恐怖が、彼女を縛りつけていた。


「違う、そんなはずない。

あの人が、そんなことするわけない……。

落ち着いて、ネリア。」


彼女は大きく息を吸い込み、そしてドアを開けた。

だが、目にした光景は、瞬時に彼女の身体を凍りつかせた。

夫が顔を上げる。

頬を伝って、いくつもの汗の滴が落ちていた。

だが、ネリアにとって最も衝撃だったのは、掛け布団の下にいた、もう一人の存在だった。


「……そんな……。

嘘……。

夢、よね……。

そう、夢を見てる。

すぐ目が覚めるはず。

現実なわけがない……。」


声は震え、かすれていた。


布団の中の女が、身体を起こす。

ネリアは、その女を知っていた。

それは、彼女の上司だった。

誰よりも尊敬し、誰よりも仕事で応えようとしてきた相手。

その女が、夫と同じベッドにいた。


「ネリア?

どうしてここに……。

一時間後に帰るって言ってただろ?」


夫の声は、荒い呼吸に途切れ途切れだった。


だが、ネリアは答えられなかった。

涙が、意志とは無関係に込み上げてくる。

世界が、完全な闇の中で崩れ落ちていった。

足を震わせながら後ずさりし、彼女は玄関へと走った。

靴を履き、ドアを開け、そのまま飛び出す。

夫が追いつく隙すら与えなかった。


どこへ向かうのかも分からないまま、数分間、走り続けた。

周囲のすべてが消え失せていた。

息は荒く、筋肉は張り詰め、やがて立ち止まる。

涙は、途切れることなく溢れ落ちた。


「どうして……。

私が……何を……間違えたの……?」


問いは、虚空に溶けた。


光景が、頭の中で繰り返される。

見たくもない映像が、何度も、何度も再生される。

逃げ場はなかった。

ついに彼女は膝をつく。

胸の奥が、ねじれるように痛み、まるで心臓が苦しみから逃れようと、身体を突き破ろうとしているかのようだった。


「全部、捧げた……。

仕事を失った時も支えた。

堕ちないように、全部背負った……。

それで……これ?

あの人も……あの人も……。」


かすれた息とともに、言葉が零れ落ちる。


彼女はゆっくりと立ち上がり、傍らの手すりに手を添えた。

身体を支えながら、周囲を見渡す。

少し離れた場所に、小さな標識があった。

そこには、こう記されていた。

――クレールオンブル橋。


ネリアは視線を落とす。

眼下には、暗く広がるアスファルトだけがあった。


「……どうして、生き続けるの。

全部出し切って……ほとんど、人生なんて残ってない。

ずっと笑って、人を助けて……。

それで、返ってくるのが、これ?」


声は、不思議なほど穏やかだった。


彼女は柵を跨ぎ、振り返る。

虚ろな視線が、何もない空間を彷徨っていた。

それでも、迷いはあった。

死にたくはなかった。

悪いのは、自分じゃない。

それなのに、なぜ、自分が終わらなければならないのか。


「――奥さん?

大丈夫ですか?

それは危険です、向こう側に戻ってください。」


男の声が、わずかに取り乱して響いた。


ネリアは驚き、反射的に手すりを強く掴む。

そして、男の方へ顔を向けた。

風に煽られ、髪が舞う。

彼女はそれを手で払い、視線を定める。


「やめてください。

助けが、必要ですか?」


男は、そう問いかけた。


ネリアは、答えられなかった。

だが、飛び降りたいとも思えなかった。

この行為が、どれほど愚かなものかを、ゆっくりと理解し始めていた。

彼女は一瞬、空を仰ぐ。

まるで、夜空に淡く瞬く星々が、答えをくれるかのように。


再び男へと視線を戻す。

彼の顔には、不安がはっきりと刻まれていた。


「……大丈夫です。

少し、気持ちを落ち着かせたかっただけ。

ありがとうございます。」


ようやく、言葉が出た。


ネリアは片手を手すりから離し、身体を戻そうとする。

だが、向きを変えた瞬間、汗と緊張で湿った指が滑った。

掴んでいた感触が、消える。

時間が、止まったかのようだった。

身体が、ゆっくりと傾いていく。


「……これで……答えは、出たみたい。」


囁きは、風に溶けた。


橋の上の男は、彼女の手が滑るのを見て、慌てて駆け寄る。

だが、間に合わなかった。

ネリアの身体は、すでに宙へ投げ出されていた。

涙が、空へと舞い上がる。

まるで、その痛みから逃れようとするかのように。


最後の息で、彼女は目を閉じた。

そして、死に身を委ねる。


「……これで、もう……苦しまなくていい……。」


低く、やさしい声だった。


鈍い音。

熱。

鋭い痛みが、彼女を貫く。

やがて、すべてが闇に覆われた。

最後の呼吸が胸を持ち上げ、

ネリアの意識は、完全に途切れた。

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