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灰焔の残響の中で (R16)  作者: Wolfy-UG6
第1巻 ― 再生の残り火
18/23

第17章:秋の涙

ゼフィラとネリアは市場のある広場に辿り着いた。

警告の後、そこは完全に無人となっていた。

倒れたままの露店の前を通り過ぎ、あちこちに商品が散乱している。


「ママ、何が起きてるの?

どうしてそんなに慌ててるの。

それに、どうして警報が五回も鳴ったの?」


息を切らしながら、ネリアは尋ねた。


ゼフィラは答えず、ただ手で合図をしてネリアを促した。

二人はそのまま進み、大門の前へと辿り着く。

そこには村人たちが集まり、何が起きているのかを待ちわびていた。


ゼフィラは立ち止まらず、人混みの中を縫うように進む。

ネリアの手を掴み、離れないようにしながら。


進む途中、ネリアの目に入るのは不安に満ちた村人たちの顔だった。

小声で囁き合う者もいる。


やがて一つの扉を抜け、階段を上がる。

村を囲む城壁の上に出た。


「エルドラン、何があったの。

どうして警報があんな鳴り方をしたの?」


ゼフィラは問いかけた。


「まだわからん。

斥候が慌てて戻ってきてな。

森の中に、はためく旗を見たと言っていた。」


エルドランは林の縁を睨みながら答えた。


二人が話し、ネリアが耳を澄ませていると、遠くの森の中から角笛が強く鳴り響いた。

その瞬間、下で交わされていた会話がすべて止まった。

村人たちは凍りついたように門を見つめる。


「旗に描かれていた紋章は見えなかったの?

相手が何者なのかも、ここに来るのかどうかも、何もわからないの?」


ゼフィラは低く息を吐いた。


「いや。

森が深すぎて、何も見えなかったそうだ。

だが、確実にこちらへ向かっている。

しかも数が多い。」


エルドランは説明した。


その言葉の途中で、森の中に明確な動きが現れた。

流れる秒が、異様に長く感じられる。

一つ一つの呼吸が、貴重なもののようだった。


ネリアもまた林の縁を見つめていた。

胸が高鳴り、頭の中で無数の想像が膨らんでいく。


やがて、長い沈黙の末に、馬に乗った一人の男が森から姿を現した。

ネリアは戸惑った。

なぜ、たった一人なのか。


だが、その表情はすぐに固まった。


森の端から端まで、果てがないかのように。

次々と、鎧に身を包んだ兵たちが姿を現した。

整然と並ぶ列。

絶え間なく平原へと進み出る兵士たち。


何千もの足音が大地を震わせ、

金属の響きが空気を満たし、

他の音が存在しえないかのようだった。


エルドランはその光景を凝視し、ついに軍旗をはっきりと捉えた。

血のように赤い布。

吠える狼の頭が描かれ、その口には人の首が咥えられている。


「王の軍だと?

なぜここに。

事前の使者も来ていない。

戦に出るなら、準備のために知らせるはずだ。」


エルドランは、安堵の混じった声で言った。


「状況がそれを許さなかったのかもしれないわ。

王国の安全が脅かされているなら、直接来ることもある。」


ゼフィラは答えた。


「ここで待っていろ。

俺が様子を見てくる。

ゼフィラ、兵に準備をさせろ。

合流することになったら、すぐ動けるようにな。」


エルドランは命じた。


ゼフィラは頷いた。

一方、ネリアは状況が理解できずにいた。


「……ママ、行っちゃうの?

私を置いていくの?」


ネリアは悲しげに尋ねた。


ゼフィラは、動き始めた兵たちへの指示を止め、戸惑ったようにネリアを見た。


「わからないわ、ネリア。

でも心配しないで。

もし私たちが出ることになっても、グリドールがいる。

留守の間、きっと守ってくれる。」


そう答えた。


慰めようとした言葉とは裏腹に、ネリアの胸は早鐘を打った。

両親が自分から遠くへ行ってしまう。

そんなこと、考えたこともなかった。


彼女は顔を上げ、無理に笑みを作った。

母を、これ以上不安にさせたくなかった。


「下で待ってて。

この騒ぎじゃ、すぐに混乱するわ。

終わったらすぐ合流するから。」


ゼフィラはそう言った。


ネリアは素直に従い、階段を下りて人混みの中へ戻った。

王の軍だと知れ渡り、危険ではないとわかると、群衆は次第に散り始める。

中には、無駄に不安を煽ったと文句を言う者もいた。


「まったく。

王国の旗も見分けられない斥候なんて。

選抜、もう少し厳しくした方がいいんじゃないかね。」


年配の女が吐き捨てるように言った。


「やめとけよばあちゃん。

本当に襲撃だったら、今度は警報が遅いって文句言うだろ。

歳取るほど、自分に都合よくなるんだから。」


隣の若い男が返した。


ネリアはそのやり取りを聞いて、思わず小さく笑った。

村が本当の危機に陥っていなかったことに、少しだけ安堵する。


それでも、両親が去ってしまうかもしれないという考えが、頭から離れなかった。


「門を開けろ!」


はっきりとした声が響いた。


木が軋む音とともに、巨大な門扉がゆっくりと開いていく。

ネリアは、馬に乗った父の姿を見つけた。

エルドランの視線が一瞬こちらを捉え、彼は穏やかな笑みを向ける。


次の瞬間、手綱が鳴らされ、馬は平原へと駆け出した。

蹄の音はすぐに遠ざかっていく。


そのとき、ネリアの肩に手が置かれた。

驚いて振り向くと、隣にはテリシアが立っていた。


「心配しなくていい。

もし出征しても、二人に何かあるわけがない。

王の軍を見たでしょ。

この国に喧嘩を売るなんて、正気じゃない。」


テリシアは微笑んで言った。


「わかってるけど……。

でも、二人が行くかもしれないなんて、考えたこともなかった。

もし事故が起きて、帰ってこなかったら……。」


ネリアは、堪えきれず涙を滲ませた。


「帰ってくる。

あんたの母親を見たでしょ。

あの性格よ。

簡単に死ぬような人じゃない。

怖すぎて、魔物の方が逃げるくらいだ。」


テリシアはそう言った。


だが、その言葉の途中で彼女の体が強張った。

首元に、はっきりとした気配を感じたからだ。


背後にはゼフィラが立っていた。


「じゃ、あとは任せた。

今回は私は無関係だからね。」


ネリアは小さく笑い、囁いた。


「存在だけで魔物を追い払う、ですって?

うちに通ってた間、少し自由にしすぎたみたいね。」


ゼフィラは冷ややかな視線を向けた。


テリシアは言葉を失い、口を開いたまま固まった。

だが次の瞬間、ゼフィラは彼女を引き寄せ、抱きしめた。


「もし私たちが出ることになったら、その間ネリアをお願い。

あなたは同行できないのはわかってる。

だからせめて、メルフィナから甘いものをもらいすぎないように見てて。」


優しい声だった。


「本当は、ご一緒したかったです。

仲間も、家族も、あなたたちと一緒に守りたかった。

でも約束します。

戻られるまで、ネリアは私が見ます。」


テリシアは答えた。


「全部聞こえてるんだけど。

いい加減、私を赤ちゃん扱いするのやめてよ、ママ。」


ネリアはため息をついた。


ゼフィラはテリシアを離し、ネリアの方へ向かう。

娘の抗議を無視して、そのまま抱きしめた。


「わかってるわ。

でもね、もう少しだけ。

あなたが子どもでいられる時間を、ママにちょうだい。」


そう言って、髪を撫でる。


ネリアは母の胸に額を預け、目を閉じた。

文句を言いながらも、その時間を受け入れる。


やがて体を離し、門の方を見た。

ゼフィラとテリシアも同じように、平原を埋め尽くす軍勢へと視線を向ける。


「何を話してるのか、気になるな。

王自らエルドランと話してるなんて、そうそう見られるものじゃない。」


テリシアはそう呟いた。


ゼフィラは拳を軽く握りしめ、夫から視線を離さなかった。


「ただ、深刻すぎないことを願うだけよ。

こんな軍を、娯楽で動かすわけがない。

私たちが思っている以上に、状況は悪いはず。」


張り詰めた声で、ゼフィラはそう言った。


沈黙が三人の間に落ちた。

誰もが同じ光景を見つめ、エルドランが戻ってくるのを待っていた。


村はすでに日常を取り戻していた。

動き続けているのは兵士たちだけだ。

出征を思い、不安に沈む者もいれば、戦を前にして焦燥に燃える者もいた。


数分が過ぎたころ、馬のいななきが響いた。

エルドランが戻ってくる。


近づくにつれ、蹄が地を叩く音が大きくなる。

その顔を見て、彼の表情が硬く閉ざされているのがわかった。


彼は彼女たちの前で馬を降り、視線も向けずに叫んだ。


「門を閉めろ。

今すぐだ。」


「どうしたの、エルドラン。

なぜそんなに急ぐの?」


ゼフィラが問う。


「テリシア、来い。

今すぐだ。」


声は冷え切っていた。


テリシアは一瞬ためらった。

その冷たさに理由がわからず、戸惑いながらも歩み寄る。

ネリアの横を通り過ぎるとき、彼女は不安そうにその様子を見つめていた。


「ネリアを連れて、うちへ行け。

数日分の支度をする。

今すぐ出発だ。」


エルドランは簡潔に言った。


「ねえ、何が起きてるの。

いい加減、無視するのはやめて。

本当に腹が立つわ。」


ゼフィラは低く言った。


「想定以上に深刻だ。

村は、来るものに近すぎる。

ネリアを一刻も早く安全な場所へ移す必要がある。

それだけだ。」


そう言ってから、言葉を続ける。


「テリシア。

ネリアを連れて行け。

言った通りにしろ。」


テリシアはなおも戸惑っていた。

それでも、ゆっくりとネリアの方へ向き直る。

彼女は手を差し出した。


だが、ネリアはその手を取らなかった。


「いや。

行かない。

どうして私が行かなきゃいけないの。

それに……もし、二人に何かあったら……。」


声は震えていた。


「ネリア。

意見は聞いていない。

テリシアと行け。

言った通りにしろ。」


エルドランは強く言った。


「何があってもだ。

お前が無事でいること、それだけが大事だ、娘。」


ネリアは言葉を失った。

父がここまで強く言うのを、彼女は初めて見た。

一度も怒鳴ったことのない父が、まるで別人のように見えた。


「言う通りにしなさい、ネリア。

辛いのはわかる。

でも、彼がそう言うなら、あなたより状況を理解している。」


ゼフィラが続けた。


ネリアは母を見た。

その顔は強く、揺らいでいなかった。

恐怖を隠している様子もない。


ネリアは一歩近づき、ゼフィラを抱きしめた。


「わかった、ママ。

でも約束して。

必ず帰ってくるって。

ちゃんと気をつけるって。」


震える声だった。


「約束する。

さあ、行きなさい。

出発まで、どれだけ時間があるかわからない。」


ゼフィラはそう囁き、娘を抱き返した。


ネリアは体を離し、今度はエルドランの前に立った。

視線を逸らしながら、ためらうように腕を伸ばす。

そして、彼を抱きしめ、胸に額を預けた。


「ごめんね、パパ。

怒らせるつもりじゃなかった。

行ってほしくないし、何かあったらって思うと……。

一人になるの、怖い。」


ネリアは途切れ途切れに言った。


「怒ってはいない。

ただ、お前の身が最優先なんだ。

辛いのはわかっている。」


エルドランの声は、少し和らいでいた。


「だが、俺たちは兵士だ。

この日は、いつ来てもおかしくなかった。

支度をしてこい。

母さんが後から合流する。」


ネリアは大きく息を吸い、最後にもう一度強く抱きしめた。

それからテリシアの後を追って歩き出す。


エルドランはテリシアを呼び止め、無言のまま小さな紙切れを手渡した。

それだけ告げると、行け、と合図した。


二人の姿が十分に遠ざかると、ゼフィラはエルドランに歩み寄った。

表情は硬い。


「さあ、説明して。

何が起きてるの。

ここまで張り詰めるほどの事態って、何なの?」


ゼフィラは問うた。


エルドランはすぐには答えなかった。

一瞬、視線が宙を彷徨う。


ゼフィラが軽く肩を叩き、彼を現実へ引き戻す。


「……あいつは、知っている。」


エルドランは、震える声でそう言った。

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