第12章:友の下に潜む異邦人
「ウェンズワース、どこへ向かっているんだ?
ネリアを連れて戻ってきてから、ずっと曖昧なままだ。
今すぐ説明してもらいたい。」
エルドランは苛立ちを露わにした。
だがウェンズワースは答えず、小道へと進路を変え、木々の間の人目につかぬ場所で荷馬車を止めた。
「降りてくれ。
これまでのことを思えば、その程度の信頼しかないとは、さすがに傷つくぞ、エルドラン。」
ようやく彼はそう言った。
「話をすり替えるな。
俺たちの娘のことだ。
どこからともなく連れ帰ってきて、何も説明せず、それで信用しろと言うのか。」
エルドランは冷たく言い返した。
しかしウェンズワースは再び無視し、荷馬車から少し離れ、ネリアを抱くゼフィラの方へ向き直った。
「彼女をこちらへ来させてくれないか。
すぐに分かる。」
彼はそう頼んだ。
ゼフィラは戸惑い、ネリアを見る。
ネリアは母の膝から降り、馬車から滑り降りて彼のもとへ向かった。
ウェンズワースは片膝をつき、彼女と目線を合わせる。
「外へ出してくれるか。
説明するためだ。」
彼は小声で囁いた。
「頼むだけでいい。
難しいことはない。」
ネリアは小さく息を吐き、目を閉じた。
呼吸がゆっくりと落ち着き、かつて目にしたその存在へ意識を集中させる。
胸の奥に、あの時と同じ熱を感じた。
だが今回は苦しみではない。
力が外へ流れ出すような、穏やかな感覚だった。
エルドランとゼフィラは口を半開きにしたまま、その小さな存在が実体を得るのを見つめる。
困惑した視線が、ゆっくりとウェンズワースへ向いた。
「どうして……どうしてこんなことが?
教会で見ただろう、マナの覚醒を拒んだはずだ。
司祭も、魔法は使えないと言っていた。」
ゼフィラが問う。
「ちっ……。
あいつらは盲目だ。
己の規律に縛られ、美しさ一つ見抜けん。
娘は一度も“資格なし”などではない。
ただ、お前たちとは違う在り方をしているだけだ。」
ウェンズワースは素っ気なく答えた。
ネリアは目を開け、自分の存在へと歩み寄る。
手を伸ばし、その頭に触れた。
小さな存在はわずかに身を低くし、心地よさそうに目を閉じる。
(どうして今回は周りの草が燃えないのだろう。)
ネリアは不思議に思った。
彼女は立ち上がり、エルドランと話すウェンズワースのもとへ近づく。
何度も彼のズボンを引いた。
「くさ、もえない。」
皆がその存在へ目を向ける。
エルドランとゼフィラはすぐには理解できない。
「当然だ。
今は落ち着いている。
詳しくは後で話す。
心配はいらん。」
ウェンズワースは低い声で言った。
「で、結局どういうことだ?
いい加減説明しろ。
なぜ覚醒は失敗した?
そしてあの存在は何だ?」
エルドランが問う。
ウェンズワースは長く息を吐き、草の上に腰を下ろした。
視線はネリアの存在に向けられている。
「魔法を使える力がどこから来るのか、考えたことはあるか。
なぜお前は妻より劣る。
教会は何も目覚めさせてはいない。
ただ人を縛りたいだけだ。」
彼は静かに言った。
「どういう意味だ。
皆あそこを通る。
なぜ人を縛る必要がある?」
エルドランが遮る。
「エルドラン。
世界の仕組みを一から教えるつもりはない。
自分で探せ。
そうすれば分かる。
だが娘には基礎を教えさせてほしい。
力の扱いを知らねばならん。」
ウェンズワースは落ち着いた口調で説明した。
その間、ネリアも地面に座り、小さな存在を膝に乗せて撫でていた。
翼は体に沿って畳まれ、炎もほとんど消えかけている。
静けさの中に溶けていた。
「ちいさな名前、いるよね。」
ネリアは囁く。
いくつかの名を思い浮かべながら、うとうとと寄り添うその頭を撫で続ける。
「フルリニアはどう?
いろ、にあう。」
彼女はさらに小さな声で言った。
一方、エルドランとゼフィラはなおもウェンズワースと話し込んでいる。
なぜそこまで娘を鍛えたがるのか、理解できないままだ。
「なぜ今になって娘に関心を持つ。
正直、妙だ。」
エルドランは冷ややかに言った。
ウェンズワースは顔に手を当て、顎まで滑らせる。
苛立ちに顔を歪めた。
「娘を見ろ。
そしてあの存在を。
まだ説明書が要るのか。
教会で見ただろう。
あの芝居を受け入れなかった。
お前の理解を超えているだけだ。」
彼は言い返す。
「なぜ教会のことを知っている。
お前はそこにいなかった。
どうして分かる?
街の者も気づいていなかった。」
エルドランが問い詰める。
「俺が娘と同じだからだ、愚か者。
教会は俺の魔法も目覚めさせなかった。
話が長引きすぎだ。
同じ問いを繰り返すな、エルドラン。
魔法の条件を、お前は何も知らん。」
ウェンズワースは苛立った。
「それは分かっている。
お前は魔法が使えないと言っていた。
散々からかったから覚えている。
だが娘と同じだと言うのは違う。
こいつは結局、マナを目覚めさせたんだ。」
エルドランはやや落ち着いた声で言った。
ウェンズワースはその言葉を聞き、目を回すようにして長く息を吐いた。
エルドランが呼び起こした記憶に、顔を曇らせる。
彼は袋から銀貨を一枚取り出し、折り曲げた指の上に乗せた。
エルドランとゼフィラは驚いた目でそれを見つめる。
彼は視界の端にある最も遠い木へと手を向け、夫婦へ一瞬だけ真剣な視線を送り、再び木へと意識を戻した。
ほとんど動いたようにも見えぬ鋭い指の弾きで、銀貨は凄まじい速さで飛んだ。
一瞬、赤い軌跡だけが残る。
次の瞬間、森に轟音が響いた。
木の幹は粉々に弾け飛び、砕け散りながら崩れ落ち、周囲の鳥が一斉に飛び立った。
「まだ冗談のつもりでいるなら、エルドラン。
娘を長く守ることはできん。
あの子は他人の目には武器にしか映らぬ。
目的を果たすための道具だ。
俺が楽しんで隠していたと思うか。
友に嘘をつくのが楽だとでも。
一人で抱えるのは骨身に堪える。
俺はただ、あの子に待ち受けるものへ備えさせたいだけだ。」
彼はようやくそう言った。
一歩退き、目を閉じる。
呼吸がゆっくりと落ち着いていく。
「エルズリーネ、姿を見せろ。」
低く告げた。
同じ光がウェンズワースの内から溢れ出し、その存在を形作る。
やがてそれは小さな竜の姿を取った。
皮膚は結晶の層をまとい、宝玉のように光を反射する。
それは彼の肩に舞い降り、長い尾を首元に緩く絡めた。
ウェンズワースが手を置くと、エルズリーネは目を閉じ、撫でられるままに身体をゆるやかにくねらせる。
「いつからだ。
なぜ一度も言わなかった。
友だと言いながら、何一つ話さなかった。
それで娘を預けろと言うのか。
俺を信じてもいなかったくせに。」
エルドランは憤りを込めて言った。
「教会に“資格なし”と烙印を押されてから、何年、自分を役立たずと罵ったと思う。
ネリアも同じ目に遭った。
違うか。
あの出来事の後で、あの子をただの子供として見ると思うか。」
ウェンズワースは返した。
エルドランが詰め寄ろうとするが、ゼフィラが腕を掴み、引き止めた。
「あなた、もうやめて。
彼は間違っていない。
あの愚か者も、私たちと同じ波を感じながら、娘を蔑んだ。
怒りを向ける相手が違うでしょう。」
落ち着いた声だった。
「それとこれとは別だ、ゼフィラ。
俺たちを信用していない男に娘を任せる話だ。
他に何を隠しているか分からん。
今のこいつが、他の何者でないと言い切れるのか。」
エルドランは彼女へ向き直り言い返した。
ウェンズワースは長く息を吐く。
話は堂々巡りだと悟っていた。
だが立ち上がったネリアが、彼の隣に並ぶ。
「パパ、わたし、このひととれんしゅうしたい。
おねがい。」
甘えるような声だった。
ウェンズワースは彼女を見下ろし、さりげなく片目を閉じる。
それからゼフィラとエルドランへ向き直った。
「分かっている、エルドラン。
お前を信じていないわけではない。
だがこの秘密は命に関わる。
自分の立場で考えてみろ。
酒に酔った拍子に、ぽろりと漏らす可能性があると分かっていて、友にすべてを話せるか。」
穏やかに問う。
エルドランは口を開くが、言葉は出ない。
娘とウェンズワースを交互に見やり、やがて空を仰いで息を吐いた。
「分かった。
どう言おうと、お前たちはもう決めている。
妻も娘もお前の味方だ。
心強いものだな。」
そう言った。
ゼフィラはネリアの存在へ近づく。
座って待っていたそれの前に膝をつき、ためらいながら手を伸ばした。
触れても、熱は感じない。
「本当に見事ね。
こんな種は見たことがない。
美しいのに……同時に、恐ろしい。」
彼女は驚きを隠さない。
「でしょ?
フルリニア、やわらかいよ。
ね、ママ。」
ネリアは嬉しそうに言う。
「フ……フルリニア?
そう名付けたの?」
ゼフィラは目を丸くする。
「ウェンズワース、あなたも名を?」
「ほとんど最初からだ。
“それ”や“存在”と呼び続ける気はなかった。
長い間、戦いでも苦しい時でも、唯一の相手だったからな。」
彼は答えた。
ゼフィラは立ち上がり、顎に手を当て、唇をなぞりながら思案する。
「考えたこともなかった。
私たちはただ、魔法の具現だと教えられてきた。
伴侶のように在れるなんて。
あなたはどう、エルドラン。」
「ないな。
正直、妙だ。
そもそもなぜマナは形を取る。
長い間、相棒と思ったこともない。
具現させたこともなかった。」
彼もまた考え込む。
「重ねて悪いが、そろそろ戻らないか。
酒でも飲みながらの方が話しやすいだろう。」
ウェンズワースが割って入る。
彼は目を閉じる。
エルズリーネは粒子となって溶け、彼の内へ戻った。
ネリアもすぐに倣う。
そして満面の笑みを浮かべた。
彼らは馬車へ戻る。
手綱の音が森に響き、再び道を進み始めた。
ネリアは両親の間に座り、交互に抱きつき、教会から逃げ出したことを詫びる。
「あなたのせいではない。
一度も失望したことはない。
ただ、魔法を楽しめぬと思ったから悲しかっただけ。
でも、もう二度とあんなふうに飛び出しては駄目。
危険な者に出会っていたかもしれないのよ。」
ゼフィラはそう諭した。
エルドランは黙ったまま、妻の言葉に頷く。
残りの道のりは静かだった。
ネリアは父の膝に身を寄せ、やがて深く眠りに落ちる。
数々の真実に触れ、力尽きていた。




