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灰焔の残響の中で (R16)  作者: Wolfy-UG6
第1巻 ― 再生の残り火
11/12

第10章:注がれる視線の下での儀式

二時間。

ネリアにとっては永遠のように感じられた時間のあと、彼らは前方に巨大な城壁を目にした。

門の前に到着すると馬車は止まり、衛兵がウェンズワースのもとへ近づいてきた。


「通行証と書類を」


冷たい声で、衛兵は言った。


ウェンズワースは鞄の一つを探り、二枚の羊皮紙を取り出して差し出した。

衛兵はすぐにそれを広げる。


「教会への一日訪問、か。

それで、訪問対象は誰だ?」


相変わらず硬い口調だった。


「私のすぐ後ろに。

対象の子どもが見えるでしょう」


ウェンズワースは微笑んで答えた。


衛兵は一歩ずれ、エルドランとゼフィラを注意深く見たあと、ネリアに視線を落とした。

その視線を受けた瞬間、ネリアは胸の奥に不快な感覚を覚えた。

まるで、自分の存在そのものが邪魔だと言われているようだった。


「よし。

通っていい。

騒ぎは起こすな。

良い一日を」


そう言って、衛兵は羊皮紙を返した。


ウェンズワースは急いで書類をしまい、再び手綱を鳴らして馬車を走らせた。


「まったく、少しは肩の力を抜けばいいのに。

あれが人を迎える態度か?」


エルドランはいら立ちを隠さず言った。


「落ち着いて、あなた。

彼らは仕事をしているだけよ。

何時間もあそこに立つのも、楽じゃないでしょう」


ゼフィラはそう答えた。


「それに、奴隷商人たちが大騒ぎを起こしたせいもあります。

街の人間を、良心のない傭兵に売り渡していたんですから」


ウェンズワースは溜め息交じりに説明した。


巨大な街の中を進むあいだ、ネリアは高い建物や行き交う人々に目を奪われていた。

だが、ある光景に気づき、思わず声を上げる。


「ねえ、あれなに?

あの女の人、へんなかっこうしてるの?」


エルドランとゼフィラは、ネリアがそっと指さした先を見た。

そこには、ぼろ切れのような服を着た若い女性がいた。

頭には細長い耳。

背中からは、橙色の小さなふさふさした尾が、外套の下からのぞいていた。


「仮装じゃないのよ。

あの人は……どう説明したらいいかしら」


ゼフィラが言いかけた。


「人と獣が交わった存在だ。

俺たちと同じ人間だが、俺たちにはない特徴を持っている」


エルドランが続けた。


「ペットなの?

だから、あのおじさんが紐でつないでるの?」


ネリアはさらに尋ねた。


エルドランとゼフィラは顔を見合わせた。

ネリアにとって、これから見るものすべてが未知であることを、完全には考えていなかったのだ。


「違うわ。

そして、絶対にそんなことをしてはいけない。

多くの人が彼らを人以下のように扱うけれど、あの人たちは人間よ。

売られた、奴隷なの」


ゼフィラは落ち着いた声で言った。


やっぱり。

こういうものは、本当に存在するんだ。

本で読んだ話だけじゃなかった。


ネリアはそう思いながら、まだその女性を見つめていた。


やがて視線を逸らし、母に向かって小さく笑ってうなずいた。

しばらくして、彼らは教会ではなく、巨大な大聖堂の前に到着した。


馬車は、重厚な木の扉へと続く石段の前で止まった。

地面に降り立ったネリアは、自分がひどく小さくなったように感じた。

ウェンズワースも降り、三人で階段を上る。

扉の前に立つと、その大きさはいっそう際立った。


「では、馬車を邪魔にならない場所へ移します。

もし私が必要でしたら、酒場にいますので」


ウェンズワースはそう説明した。


「終わったあと、私たちと一緒に来ないか?

誰も止めやしないぞ。

一日中酒場にいたら、金がいくらあっても足りないだろう」


エルドランがそう言った。


「遠慮しておきます。

私と教会の関係は……少々複雑でして。

できるだけ近づかないようにしているんです」


ウェンズワースは低く息を吐いた。


彼は身を屈め、真剣な表情でネリアを見た。

口を動かすたびに、大きな口ひげがわずかに揺れる。


「今日は思いきり楽しむんだ、お嬢さん。

こんな日は、一生に一度きりだ。

怖がらなくていい。

今夜、全部聞かせてくれ」


そう言った。


ネリアは母の脚の陰に少し隠れ、服をきゅっと握った。

控えめに微笑み、恥ずかしそうにうなずく。

ウェンズワースは体を起こし、階段を下りていった。


エルドランは、巨大な正門の左側に埋め込まれた小さな扉を押した。

ネリアは、それがそこにあることにすら気づいていなかった。

切れ目は、あまりにも目立たなかったからだ。

三人は中へ入り、長い回廊へと足を踏み入れた。

その瞬間、建物の圧迫感は少し和らいだ。


こんなに大きな建物なのに、これだけ?

ちょっと拍子抜け。

高さ以外は、廊下が全部台無しにしてる気がする。


ネリアは戸惑いながら、そう思った。


床に届くほど長い白衣をまとった人物が近づいてきた。

両手はそれぞれ、反対側の袖の中に隠されている。


「ようこそ。

本日はどのようなご用件でしょうか。

見学ですか?」


穏やかな声で、そう尋ねた。


「こんにちは。

はい、娘の件で予約をしています。

今日で五歳になります」


エルドランが答えた。


男はネリアに視線を向け、大きく微笑んだ。


「それはそれは。

とても可愛らしいお嬢さんですね。

こちらへどうぞ。

大広間へご案内します」


そう説明した。


彼は踵を返し、ゆっくりと歩き出した。

やがて、他よりもはるかに大きな扉の前で立ち止まり、軽々と押し開けた。

まるで重さなど感じていないかのようだった。

ネリアは思わず口を少し開けた。

外から見た建物の中に、どうしてこんな空間が収まるのか、理解できなかった。


長い通路が奥へと伸び、その両側に白っぽい木の長椅子が整然と並んでいた。

それが空間全体を明るくしている。

壁一面はステンドグラスで覆われ、高く彫刻された柱がそれを区切っていた。

三人は同じ歩調で進み、小さな祭壇の手前で足を止めた。


男は手で合図し、ここに座るよう示した。


「お子さまの名前が呼ばれるまで、動かないでください。

他の方の迷惑になりますので、私語も慎んで。

それから、名前が呼ばれたら付き添わないでください。

お子さま一人で、前に出てもらいます」


低い声で、そう説明した。


ゼフィラは長椅子に沿って進み、腰を下ろした。

ネリアもその隣に座る。

重たい沈黙が広間を支配し、その瞬間から待ち時間が永遠のように感じられた。


やがて、小さな扉の開く音が反響した。

体格のいい男が祭壇へ上がり、中央の台座に一冊の本を置いた。

彼は広間に目もくれず、背後の卓へ向かい、いくつかの道具を手際よく並べていく。

準備を終えると、待つ人々のほうへ向き直った。

本を開き、数秒めくり、視線を上げる。

そして喉を鳴らした。


「エルウィン・グラシノス。

こちらへ来なさい」


澄んだ声が響いた。


ネリアはそっと周囲を見回し、誰が動くのか探した。

すると、反対側の列でざわめきが起きた。

一人の少年が長椅子の間から出てきて、列のあいだをおずおずと歩いていく。


彼は階段の下で立ち止まり、一瞬、進むのをためらった。

だが意を決したように足を踏み出し、男の隣へ立った。

緊張から、指先が絡まり合っていた。


「よし。

その腰掛けに座って、動くな」


男は小さな椅子を指さして言った。


少年は言われた通り腰を下ろし、じっと待った。

ネリアは興味深そうに、その一部始終を見つめていた。

男は両手を水盤に沈め、誰にも聞き取れない言葉を唱え始めた。

奇妙な青白い光が彼の周囲に灯り、すぐに弱まりながら、容器から手を引き上げる。


男は少年に近づき、額に手を置いた。

二人とも目を閉じる。

男は再び、意味の分からない言葉を低くつぶやいた。

青い光が彼の手から溢れ出し、ネリアには、それが少年の中へ吸い込まれていくのが分かった。


「ママ、あの人、なにしてるの?」


ネリアは小声で尋ねた。


「見てなさい。

あの子のマナを、目覚めさせているのよ」


ゼフィラは答えた。


ネリアは再び視線を戻した。

男が手を離しても、少年はしばらく動かなかった。

だが突然、青白い光が少年の体から噴き出した。

まるで、もう抑えきれないと言わんばかりに。


蒼い輝きが広間を満たし、ネリアは眩しさに目を覆った。

それでも、何も見逃すまいと指の隙間から覗いた。

光は次第に収束し、少年の前の一点へと集まっていく。


終わりかと思われた、その瞬間。

宙を漂う粒子が激しく動き出した。

やがて、小さな存在が形を取り始める。

現実のもののように、輪郭を得ていく。

少年の前に、小さな猫が座っていた。


だが男は、喉を鳴らした。


「いい。

次は制御だ。

内にあるものと融合させ、マナの獣を呼び戻せ」


そう説明した。


少年はしばらく戸惑い、親のほうを見て答えを求めた。

やがて、目の前の小さな存在に視線を戻し、目を閉じて集中した。

ネリアは息を詰め、期待とともにその様子を見守った。


しかし、何秒も過ぎたが、何も起こらない。

やがて、マナの獣が崩れるように霧散し始めた。

それは再び少年の体へと吸い込まれ、少年は目を開けた。

努力の代償か、体がわずかに揺れた。


「よし。

もういい。

これからは、魔法をどう使うかはお前次第だ」


男は少年の様子など気にも留めず、そう言った。


少年の両親が駆け寄り、父親が彼を抱き上げた。

男は再び、広間に向き直る。


「エストレラ・アルヴィオーネ。

前へ」


そう呼びかけた。


広間の空気がざわめき、人々は周囲を見回した。

だが、しばらく待っても誰も出てこない。


「いつもこうだ。

必ず一人は来ない」


男はいら立ちを隠さず言った。


彼は再び本へ視線を落とし、頁をめくる。

そして、もう一度。


「ネリア・ロルヴァン。

こちらへ来なさい」


そう告げた。


自分の名を聞いた瞬間、ネリアの心臓は激しく脈打った。

立ち上がるのを一瞬ためらい、それから席を立つ。

両親の視線を背に、中央の通路へ進んだ。

だが同時に、他のすべての視線が自分に集まっているのも、はっきりと感じた。


やめてよ、そんな目で見ないで。

見世物じゃないんだから。


ネリアは苛立ちを押し殺し、そう思った。


彼女は壇上に上がり、腰掛けへ向かい、何も言わずに座った。

男の大きな体が、やけに近く感じられる。


近くで見ると、でっかい熊みたい。

子どもが怖がるのも、無理ないよね。


そんな考えが頭をよぎった。


男は再び水盤の儀を繰り返した。

同じ青白い光が、また立ち上る。

そしてネリアに近づく。

期待と不安が入り混じる中、男は彼女の額に手を置き、再び意味不明の言葉を呟き始めた。


青白い光が再び男の手から噴き出した。

だが次の瞬間、広間にどよめきが走った。

ネリアの周囲には、見えない何かが張り巡らされていた。

マナの粒子はそれにぶつかり、弾かれ、散って消えていく。


男は一瞬驚いたものの、儀式を止めず、さらに力を込めた。

それでも粒子は拒まれ続けた。

やがて、ネリアを覆うそれは、はっきりとした形を持ち始める。

黄金色の殻。

それを見た瞬間、男は動きを止め、慌てて手を引いた。


「……なんだ、これは。

神々の祝福を拒む者など、見たことがない」


男は後ずさりしながら言った。


その直後、ネリアの周囲で閃光が炸裂した。

突風のような衝撃が広がり、周囲のすべてを弾き飛ばす。

広間にいた者たちは、嵐に近い風を顔に受け、鈍い轟音とともに、ステンドグラスが震えた。


ネリアが理解する前に、すべては終わった。

空気は元に戻り、完全な静寂が広間を支配した。

ネリアは、無数の視線が自分に突き刺さるのを感じ、強い居心地の悪さに襲われた。

何が起きたのか、分からなかった。


「長い年月の中で、初めて見る。

魔法を扱えない子どもだ。

お前は、神々から授けられるこの恩寵に値しないと判断された」


男は冷たく言い放った。


その言葉は、重石のようにネリアにのしかかった。

冗談だと思いたかった。


使え……ない?

魔法が……?

どうして……?

だって、普通に生きられるって……。


ネリアの思考は混乱していた。


エルドランとゼフィラは互いに視線を交わした。

ネリアは二人を見て、その表情に浮かぶ悲しみをはっきりと捉えた。

その瞬間、何かが胸の奥で崩れた。


ネリアは涙を滲ませながら立ち上がり、通路を駆け出した。

広間を飛び出し、教会を抜け、街の中へと消えていく。


エルドランとゼフィラは、すぐには状況を理解できなかった。

だが遅れて立ち上がり、後を追った。

しかしネリアはすでに人混みの中へ紛れ込んでいた。

小さな体は、群衆の中で簡単に見失われる。


「ウェンズワースを探して。

ネリアを見つけないと、エルドラン」


ゼフィラは切迫した声で言った。


エルドランはうなずき、宿屋の方へ走り出した。

ゼフィラは人々の間を縫いながら、必死にネリアを探す。

だがネリアは、街の外へ続く道へ向かっていた。

向けられる困惑の視線を気にも留めずに。

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