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第一章 禁足地


 約一千年後。最果てにもっとも近い場所にあると言われる離島、修羅ヶ島。渦潮と鋭く尖った角のような岩礁にぐるりと取り囲まれており、天然の要塞の様相を呈している。季節を問わず波も高く、行きも帰りも困難なこの場所へ珍客が訪れた。

勇者モニカ•フォーゲルとその一行は最寄りの港町にて水夫に頼み込んで近づける限界まで船を寄せてもらい、伝説の名刀紅月(くれないのつき)が眠るという、空岩戸(うつろのいわと)と呼ばれる鍾乳洞の入り口に降り立った。


表に連絡係として踊り子のルーカスとエルフのカルミアを残し、勇者モニカ、氷魔法使いキノス、魔女メイプル、キョンシーの九龍、破戒僧フィリップの五名は『門』を目指し、道中洞窟コウモリに襲われながらも数百メートルほどつつがなく順行した。そして間も無く到着したドーム状に開けた空洞の、切り立った岩壁の根元にそれは存在した。


物々しい鳥居と注連縄に囲まれた『門』は、獲物を待ち受けるかのようにぽっかりと開いた口のように思えた。挑戦者たちは固唾を飲み込んだ。そして不思議なことに、近くの灯籠にメイプルが狐火による明かりを灯してもなお鳥居の向こう側に何があるのか視認することができなかった。故意に墨が塗りたくられたかのようにこっくりとした暗黒だけがそこに佇んでいたのだ。


「なんだこりゃ!不気味だな。もっと神聖な感じを想像してたよ」

「もしかして例のお宝って名刀ってより妖刀なんじゃねぇの?俺様行きたくなぁい」

ぶるぶると巨体を震わせるフィリップに皆呆れた眼差しを向けたが、それでも彼の気持ちは痛いほど分かるので皆何も言わなかった。

霊感がない者でもビリビリと肌で分かるほどの不吉な空気を感じていたからだ。威圧するような、挑発するような何かを。


「明らかに自然魔法とは違う雰囲気ですね。呪いでしょうか?」

手を伸ばしかけたキノスを「障りを受けるぞい」と制止し、メイプルが解析を始めた。

「ふむ。呪いの類じゃが術式として成立しておらんな。幾重にも渦巻いた怨念そのものといったところかのう。これほどまで邪悪なものを見たのは初めてじゃ」

「自分が行って様子を見て来ましょうか」

チャンパオに身を包んだ小柄ながらもしっかりした身体付きの青年が落ち着いた様子で進み出た。キョンシーの九龍だ。彼は一度既に没した身であり、魔女メイプルの多彩な技のひとつである『冥界夔来(ミンジェグイライ)』で蘇生させられて以降は彼女の魔力を供給源として動いている。今回はメイプルの尻尾を紡いで作った赤い糸『天絲囁(ティエンスーシエ)』で互いを繋ぎ、彼女を入り口に残し、彼単体で斥候を行うこととなった。


「九龍、後続が入っても問題なさそうなら二回糸を引いてくれ」

「何やら危なそうな目に遭ったら三回じゃ。緊急事態であれば即Uターンで帰って来てもかまわん」

「知道了。行って来ます」

彼は頷き、ひとつ息を吐くと鳥居を潜った。


次の瞬間、継ぎ目がほどかれ肉塊と化した九龍がぷりんと門から吐き出された。運悪く生首をキャッチしたキノスは悲鳴を堪えながらフィリップに押し付けようとしたが、彼は黙って首を横に張って拒否した。

「アイヤー」と驚きつつもこともなげに九龍の左腕(単品)を持ち上げたメイプルが『修理』に取り掛かる背後で一同は青ざめた。それもそのはず。勇者モニカに並ぶエースアタッカーである彼が対処しきれないほどの何かが中で起こっていることを意味していた。或いは、

「とんでもなく強い奴がバラして寄越したのかもしれないな」

モニカが確信めいた声色で呟いた。こと強者の気配に関して妙に勘の鋭いところのある彼女は、この後出会うことになる厄災めいた存在の放つ殺気を無意識下で感じ取り、剣の柄を握り締めることで武者震いを殺そうとした。九龍の証言次第ではパーティ編成や装備を見直す必要が出てくる。それに伴っての金策も。モニカはとりあえずの中間報告として、現状をツインハーミットに吹き込んでおいた。片割れは幼馴染が持っている。即時で繋がることはなかったが、伝言に気づいたら何かしら折り返してくれるだろう。


 さて、今回の紅月入手クエストは、ライオネル王国直々の勅命だ。突如世界を騒がせたキメラの大量発生や、その原因と思しきテロリスト集団、アストラル教団に対処すべく王室は急遽騎士団を再編成した上で、希望の象徴たる『勇者』制度を建てた。選出は熾烈を極めたが、一体どんな手を使ったのかモニカの幼馴染であるアベル•ラドフォードがその座を獲得した。

厳密に言えば、天に選ばれガチの勇者となってしまったモニカを危険や重責から庇い世間から隠すためだったりするのだが、肝心の彼女が父親探しの道中で人助けをしたり出会う敵を蹴散らしたりしているうちに能力が開花してゆくわアストラルに目をつけられるわで、勇者モニカの存在はとうとう王国の知るところとなったのである。

そして今回本物の勇者であることの証明として課された試練が、件の刀の入手であるというのがことの経緯だった。


乳白色の貝殻が彼女の言霊を吸い込み数回明滅したことを確認したころ、九龍の修理が完了した。急いだためか針運びが粗くなったようで若干縫い目がジグザグしている。会話能力に問題はなかったが、彼からの報告内容はモニカの先ほどの予感を肯定するものだった。


「鬼、がいました。たしかにあれは鬼の剣客でした。二刻ほどの間戦いましたが、まるで歯が立たず顔布を取るのが精一杯でした……ッ」

九龍は拳を地面に打ちつけた。齢五つの頃から始めた拳法を十四年もの歳月をかけて極め、天下一に肉薄したこともあるほどの彼だ。それが今回いとも容易く敗れてしまった。その悔しさは計り知れない。一方のメイプルは普段は聞き慣れないながらも知識の辞書に確かに引っかかるワードに反応し、魅惑の切れ長アイズを丸めて瞬かせた。

「鬼とな?確か極東の島国の伝説の怪物じゃのう。実在しておったか。それに二刻とは」

「妙ですね。九龍さんがこちらに戻って来たのは突入してから数秒後ですよ」

キノスが受け合った。極東のお伽話に、海底の城と地上とでは時空の流れが違うというものがある。同様のことが起きているのではないかと予測が立てられた。慎重を喫する必要がある状況ではあったが、九龍の次の言葉を聞いたモニカは即座に身支度を整え門の前に立った。彼女の青い瞳に炎が宿ったが最後、誰も止められやしないことは皆が分かっていた。


「行ってくる。九龍の分もきついの一発お見舞いして来らぁ」

言い残し、嵐のような少女は勇ましい足取りで大きく一歩踏み出し、あっけなく門の中へ吸い込まれて行った。もとより血気盛んではあったが、何が彼女をそこまで駆り立てたのか。それは鬼が九龍に託した伝言にあった。


「もっと猛き者を寄越して来られよ」

鬼の言葉と、敗北の雪辱を反芻し九龍は黙り込みがちであった。そして頭部を損傷したために海馬の奥に埋没していた情報を掘り起こし、キャンプを張る仲間たちを呼び止めた。

「モニカさんは勝てないかもしれません」

「どういうことですか?」

九龍曰く、かの鬼の強さはただ腕が立つ以上のものであったと。彼は盲目だった。大きなハンディキャップがあるにも関わらずこの始末だった。加えて、明かされるもうひとつの重大な事実。


「おそらく鬼は、心を読むことができる」

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