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第14話 生存者

 聖者フィリスが神託の子コルウィンと出会っていた頃、ラーズたちはちょうど最後のメッサーを屠り、戦闘を終えたところだった。


「思ったよりも数が多かったな」


 ラーズの隣で戦っていたウォーレンが息を弾ませながら言った。


「そうだな……」


 思いのほか手間取った、というのがラーズの率直な感想だった。戦いが始まると同時に次々とメッサーが集まってきて、最終的に三十体近くにまで増えたためである。

 ただ、人間と違いメッサーには個性がない。どの個体も同じように動くので、数で圧倒されない限り不覚を取ることはまずない。周辺にいくつも家屋があったので、それらを利用して敵を分断しながら戦えたことも大きかった。


「隊長は何匹()ったの?」


 鎧にべったりと返り血をつけたオッシがやってくる。


「五体だ」


 ラーズは手を広げて答えた。


「ウォーレンは?」


「俺もだ」


 ウォーレンが答えると同時にオッシは拳を突き上げた。


「よっしゃ! 俺は六匹だから、俺の勝ち!」


「念のため言っておくが、三の次は六じゃなくて四だぞ」


「それくらい知ってるっての! ……まったく、素直に負けを認めないなんてみっともないな、ウォーレンは」


 そう言い返しつつ、オッシは最大の好敵手へと目を向けた。

 イームクレンは地面に転がるメッサーの頭部に剣を突き刺して回っている。その周辺にある死骸の数は、ぱっと見ただけでも十以上あった。

 オッシが把握している限り、イームクレンは屋根の上から弓矢で聖者一行を援護していたはずである。それがいつのまにか地上に下りてきて誰よりも多くの怪物を葬っているのだから、まさに八面六臂の活躍と言えた。


「相変わらず、でたらめな強さだねぇ。本当に魔王がいたとして、イームだったら勝てるんじゃない?」


「……」


 オッシの声が聞こえているだろうに、イームクレンは淡々とメッサーにとどめを刺す作業を続けている。


「っていうか、そもそもこの大陸でイームに勝てるヤツなんていないか……」


 その発言を受け、イームクレンはようやく手を止めた。


「そんなことはない。俺より優れた戦士はいるさ」


「へぇ、例えば? 隊長とか?」


「さてな」


 イームクレンは教えるつもりはないとばかりに怪物の頭に剣を突き立てた。黒い血しぶきが派手に飛び散る。


「今更だけどさ、イームって誰から戦い方を教わったの?」


「……そんなことを知ってどうする?」


「いや、どうもしないけどさ、気になるじゃない」


「なら気にするな」


 素っ気なく返されたオッシは、やれやれと肩を竦めた。


「イームってば、ほんと自分のことは喋らないよねぇ」


「いつも言ってるだろう。沈黙は百の言葉に勝る。知りたければ、それ相応の対価を用意することだ」


「最初から教える気なんてないくせによく言うよ」


 そう言ってオッシは口を尖らせた。


 イームクレンの素性については、隊長であるラーズも詳しくは知らなかった。

 五年ほど前にハルディの地にふらりと現れ、傭兵として戦いに参加し、気が付けば騎士隊に加わっていた。

 彼は滅多に自分のことを語らないため、知っていることと言えば、大陸南方の騎馬民族の出身で、ラーズ同様、祖国を帝国に滅ぼされたということだけである。

 無口で不愛想、おまけに強者との戦いを好む性格ゆえに戦闘狂と見られがちだが、己を高めることへの妥協しない姿勢と、高潔な戦士としての一面も持ち合わせていることから、騎士隊では誰もが彼に一目置いていた。

 オッシに言わせると「尊敬はするけど、理解はできないし真似したいとも思わない」となるらしいが。

 なんにせよ、イームクレンは隊にとって欠かせない存在だった。


「それで結局のところ、イームは何匹殺ったの?」


 オッシの問いに、イームクレンは口元にかすかな笑みを浮かべて答えた。


「十三だ。どうやら俺の勝ちのようだな」




 その後、ラーズは他の三人に生存者がいないか捜索するよう命じ、自身はフィリスと合流し、神託の子との対面を果たした。

 神に選ばれし赤子がどんなものかと思ったが、見た目は普通の赤子だった。


 ただ、ラーズはコルウィンという名のその赤子に、妙な違和感を抱いた。

 最初に目が合ったとき、赤子の瞳に知性が宿っているように感じたのだ。「見ている」というより「観察している」という表現がしっくりくる目つきだった。同じ赤子でも、イダはそんな目をしたことがない。

 もっとも、違和感を抱いたのはその一度だけで、それ以降は別段おかしな様子は見せていない。今も老婦人に抱かれながら、彼女のほつれ髪を掴もうと無邪気に手を伸ばしている。

 ラーズは軽く頭を振って、赤子のことを頭から追い出した。

 フィリスの言葉を信じるなら、あの赤子は神の使者かもしれないのだ。普通の赤子と違ったところがあっても不思議はない。

 それよりも今は他に考えねばならないことがあった。


 村が襲われたということは、メッサーの行動範囲がすでにこの一帯にまで広がっていることを意味している。ここから先はいつ襲われてもおかしくない。さらに、赤子を連れていくとなれば行きのような無茶な行軍もできなくなる。

 その条件下で神託の子と聖者を守りながら、ハイマンとの待ち合わせ場所であるボタモイ平原までたどり着かねばならないのだ。


 ラーズが通るべきルートや隊の配置について思案を巡らせていると、広場へと続く道からウォーレンがやってきた。


「ウォーレン、他に生存者はいたのか?」


 そう声を掛けると、ウォーレンはなんとも言えない複雑な表情を見せた。


「いたことはいたんだが……少々面倒なことになった」


「どういうことだ?」


「見ればわかる」


 ウォーレンはそれだけ言うと、くるりと向きを変えて広場に戻っていった。

 ラーズは不審に思いつつも後を追う。そして広場についてすぐに、ウォーレンの発言の意味を理解した。

 ウォーレンに連れられてラーズの前にやってきたのは、年端もいかぬ子供たちだったのだ。それもひとりふたりではなく八人も……。


 発見したイームクレンの話では、村の集会所の地下室に隠れていたのだという。

 状況から察するに、大人たちがそこに子供たちを匿ったのだろう。そして自分たちは子供たちを守るために怪物どもと戦った。せめて子供たちだけでも――そんな彼らの悲痛な声が聞こえてくるようだった。


 はたして、その想いが天に通じたのか、怪物どもはやってきた一行によって倒され、子供たちの命は守られた。

 それ自体は僥倖と言えるだろう。

 だが、ラーズとしては喜んでばかりもいられなかった。

 ただでさえ神託の子とその家族が重い足枷となっているところへ、さらに子供たちを連れていくなど無謀以外の何物でもない。

 だからといって、ここに置き去りにすれば怪物どもの餌食になる未来が待ち受けているだけだろう。よしんば襲撃を逃れられたとして、いずれ村は黒い霧に呑み込まれてしまう。仮にダンという若者とその母親に託したとしても、彼らだけで安全な場所まで逃れられるとは到底思えなかった。


 案の定、聖者フィリスに子供たちを見捨てられるはずもなく、一緒に連れて行きたいと言い出した。


「あなたの使命は神託の子を無事に連れ帰ることだったはずでは?」


 ラーズはあえて事務的に確認した。


「そうですが、あの子たちを放ってはおけません」


「お気持ちはわかりますが、我々の能力にも限界があります。我々だけで彼ら全員を守ることはできません」


「わたくしが守ります」


「口ではなんとでも言えるでしょう。なにか具体的な方策はおありですか?」


「それは……」


 フィリスは口ごもった。それがあるなら最初から口論になどならないのだから当然だった。


「フィリス殿、あなたは神から重要な啓示を受けてここまでこられたはず。目先の感情に囚われているようでは使命を果たすことなどできないのではないですか?」


「たしかに神の啓示は貴ぶべきものです。ですが、盲目的に従わなければならないようなものでは決してありません。大切なのは神の声と真摯に向き合い、自分で進むべき道を選び取ることです」


「ご立派な考えです。ですが、私は隊を預かる者として、あなたと部下の安全を最優先に考えねばなりません。到底承服はできかねます」


「……騎士のみなさんに無理を強いてしまうことは本当に申し訳なく思っています。けれど、最初から無理だと決めつけて救えるかもしれない命を見捨てることが正しい選択だとはどうしても思えないのです。それで本当に人類の未来を守ったと言えるのでしょうか?」


「なるほど。では、あなたは私の部下に、あなたのわがままに付き合って死ねと、そうおっしゃるのですね?」


「おい、貴様――」


 アイラがたまらずに割って入ろうするが、それを遮るように誰かが「あのっ!」と大声をあげた。

 神託の子を保護したという若者、ダンだった。


「騎士様! どうか我々も一緒に連れていっていただけないでしょうか? いえ、私はどうなっても構いません。せめて母と子供たちだけは! このとおりですっ!」


 若者は跪き、額を地面にこすりつける。その後ろでは、子供たちが今にも泣き出しそうな顔で身を寄せ合っていた。


「ラーズ殿、わたくしからもお願いします!」


 フィリスが祈るように両手を胸の前で組んで見つめてくる。ただ、態度とは裏腹に、その表情には一歩も引かないという強い決意が滲んでいた。


 ラーズは小さくため息を吐いた。


「これ以上は時間の無駄か……」


 そう呟くと、「どうかお慈悲を……」と縋りついてくる若者に向かって、おごそかに告げた。


「――われらが偉大なる皇帝陛下は、恭順を示す者には寛容であらせられる。皇帝陛下と帝国に忠誠を誓うのなら、お前たちを難民として保護しよう」


「ち、誓います! 皇帝陛下と帝国に忠誠を誓いますっ!」


 必死の形相で叫ぶ若者に、ラーズは鷹揚に頷いてみせた。


「けっこう。たった今、お前たちは帝国の庇護下に置かれた。これより我々がお前たちを帝国領まで連れていく」


「ありがとうございます! ありがとうございますっ!」


「すぐに出発するから準備しろ。長旅になる。余計な物は持っていくな。持てる限りの食糧をかき集めるんだ。急げ」


「は、はいっ!」


 若者は鞭で打たれたように跳ね起き、走っていった。


「あのっ、ありがとうございます」


 フィリスが近寄ってきて深々と頭を下げた。


「フィリス殿はなにか勘違いしておられるようだ。これは帝国騎士としての務めにて、あなたに礼を言われる筋合いではございません」


「それでも、わたくしはあなたに感謝します」


 随分と熱のこもった瞳に見つめられて、ラーズは一瞬怯んでしまった。それを咳払いで誤魔化し、少女に告げる。


「また怪物どもが襲ってくる前にここを離れます。お疲れでしょうが、すぐに出発のご準備を」


「承知しました」


「神託の子と子供たちのことはお任せしてもよろしいですか?」


「はい」


「では、私は部下に指示を出さねばならないので、これで」


 ラーズはフィリスと目を合わせないように背を向け、自身の発言を忠実に実行すべくその場を後にした。



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