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第10話 ハルディの戦士

 翌日も強行軍は続いた。

 半日かけてボタモイ平原を走破すると、少し起伏にとんだ丘陵地帯に出る。

 そこからさらに二日ほど東に進めば、ガラトの王都ガラトバルガンが見えてくる。

 目的地はその王都から北にある山岳地帯……ハルディ砦から見て北東に位置する集落である。

 このまま今日一杯は東に進み、丘陵地帯を抜けてから北へ進路を変える予定となっていた。


 ところが、しばらく進んだところで先行していたイームクレンが前方の丘から片手をあげて止まるよう合図を送ってきた。


「どうした?」


 ラーズは馬を寄せて問いかける。

 イームクレンは答える代わりに黙って前方を指さした。

 だだっ広い草原に、動物とはあきらかに違う異質な生物が存在していた。

 暗灰色の人型怪物――メッサーである。数は十体ほど。そのうち何体かは脇に獣らしき死骸を抱えている。


「奴ら、もうこの辺りにまで出張ってきているのか……」


「どうする、迂回するか?」


 ラーズは少し考えてから答えた。


「いや、始末しよう。気付かれて追われる方が厄介だ」


 ラーズは振り返り、合図を送った。

 それを見たウォーレンとオッシが丘を駆けあがってくる。フィリスたちも少し遅れてやってきた。


「なるほど、あれがメッサーか」


 聖騎士アイラが嫌悪を込めた口調で言った。


「わたくしたちも戦います!」


 そう申し出たフィリスを、ラーズは「いえ、結構です」とすげなくあしらった。


「あなた方はメッサーを見るのは初めてでしょう。初見では思わぬ不覚を取ることもあります。ここで我々の戦いを見ていてください」


「ですが――」


「お嬢様、ここは彼らに任せましょう。見ることもまた戦いです」


 アイラに諭され、フィリスは渋々ながらも引き下がった。


「奴らに挨拶してやれ」


 ラーズは隊で随一の射手に命じた。

 イームクレンは頷き、弓を引き絞って狙いを定める。

 勢いよく放たれた矢が、寸分違わず標的に命中した。

 頭部を射抜かれたメッサーがもんどりうって地面を転がる。それで残りのメッサーがラーズたちに気付いた。一斉に方向転換し、一直線に向かってくる。


突撃(チャージ)!」


 ラーズの号令と同時に、四騎の騎馬が横一列になって勢いよく丘を駆けおりる。

 騎馬と怪物、双方の影がぐんぐん近づき、やがてひとつになった。


「はぁッ!」


 すれ違いざま、ラーズの剣が飛び掛かってきたメッサーの足を斬り飛ばした。

 いくら高い再生能力を持っていると言っても、斬り飛ばされた手足が一瞬で元に戻るわけではない。

 ラーズは素早く馬を反転させ、片足を失ってじたばたしている怪物の頭部めがけて容赦なく剣を振り下ろした。

 どす黒い液体が飛び散り、絶命した怪物が地面を転がる。

 他の三人も巧みに馬を操り、次々と倒れた怪物にとどめを刺していった。そして素早く馬を降り、残りの敵と白兵戦を展開する。

 この三ヶ月間、幾度となく戦ってきたことから、騎士たちはメッサーの動きの癖を完璧に把握していた。鋭い爪をなんなく躱し、口から吐き出される瘴気を浴びないよう素早く動き回っては、的確に手足を斬り飛ばしていく。


「……この分だと、我々の出番はなさそうですねぇ」


 戦いを遠巻きに見ていたトーキルが間延びした声を発した。


「ああやって次々と討ち取られていく様を見ていると、メッサーとかいう怪物も案外たいした敵ではないように思えてきますね」


「だとしたら貴様の目は節穴だな。あれは敵が弱いのではない。あの騎士たちが強すぎるだけだ」


 アイラの発言にトーキルは「ほう」と声を上げる。


「聖騎士団一の剣の使い手と言われる貴方がそこまでおっしゃるとは、よほどのものなのでしょうなぁ」


「実際、たいしたものだ。少なくとも聖騎士団に彼らに比肩する者はいないだろうな」


「あなたよりも、ですか?」


 続く質問に、アイラは少し考えてから答えた。


「剣術の試合であれば、おそらく私が勝つ。だが、戦場で相まみえたとき、生き残っているのは彼らの方だろう」


 騎士たちは相当な手練れだった。おそらくかなりの修羅場を掻い潜ってきているのだろう。一見好き勝手に戦っているように見えて、互いに死角を作らないように上手く立ち回り、数的不利を補っている。

 しかも、あの剣技……あれは貴族が学ぶようなお行儀の良い剣術ではなく、いかに効率よく敵を殺すかに特化した剣だった。


 ハルディの戦士……。

 十年前、エレニール帝国の大陸中央部への進出の切っ掛けをつくったとされる東方出身の戦奴兵。それがこのハルディの地から連れてこられた戦士だというのは、有名な話だった。

 帝国はハルディ王国に侵略した際、千にも満たない戦士たちに幾度となく撃退された。その強さに心酔した皇帝が、彼らを手中に収めるべく、数万の大軍で取り囲んで自ら降伏勧告をしたのだという。

 あれから十年以上経つが、どうやら故郷に残った者たちも負けず劣らずの戦士へと成長を遂げていたようだった。


 アイラはそっと隣にいるフィリスに目を向けた。

 彼女は固唾を飲んで戦いを見守っていた。拳を強く握りすぎているせいで、手が白くなってしまっている。初めて見る怪物に恐れをなしているのではなく、戦っている騎士たちの身を案じているのだ。

 彼らの強さは、主も理解できているはず。

 それでも心配せずにはいられない……その優しさこそが主の良さであり、聖者たらしめている理由の最たるものだろう。もっとも、時おり行き過ぎだと思わないこともないのだが。

 アイラはそっと手を伸ばして敬愛する主の手に触れ「彼らなら大丈夫ですよ」と声を掛けた。それに応えるように、フィリスは手を握り返してきた。


 それから数分後、アイラの発言が正しいことを証明するかのように、騎士たちはすべてのメッサーを討ち取り、戦いを終わらせたのだった。




「ラーズ、あれを見ろ」


 最後の一体にとどめを刺し終えたラーズに、イームクレンが近寄り声を掛けた。

 指し示された方角……遥か東に見える稜線に、(もや)のようなものが掛かっていた。少なくとも前回ここを通ったときには見ていない。

 あれが黒い霧なのは、もはや疑いようもなかった。

 黒い霧の脅威は、ハルディ砦の目と鼻の先まで迫ってきているのだ。


「あの、お怪我はありませんか?」


 フィリスが心配そうな顔で馬を寄せてきた。


「大丈夫です。それよりも、あれをご覧ください」


 ラーズが指し示した方角を見て、フィリスもすぐに黒い霧に気付いたようだった。


「……あれが黒い霧、ですか?」


「そうです。なにか感じますか?」


 フィリスは目を閉じた。しばらくそのままじっとしていたが、やがて怯えたように自身の体を両腕で抱きしめた。


「よくわかりません……ただ、なにかとても嫌な気配を感じます」


 彼女のその態度が、ラーズに方針の変更を決断させた。


「フィリス殿、予定よりも少し早いですが、進路を変えましょう。北のニカール山まで行って、そこから麓を沿うように東に進みます。おそらくその方が結果として早く目的地にたどり着けるはずです」


 ラーズの提案に、フィリスは頷いた。


「わかりました。お任せします」



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