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窮地

 教室に戻るとエドアルド王太子とのデートを見ていたのか

ロゼリアはイライラした視線を向けてきた。


 席に着くとユグナがひそひそと声をかけてきた。

「どうだったの?」

「うん、色々話せたわ」


鐘が三時を告げると同時に、教室の扉がノックされた。


振り返ると、魔術演習を担当するゼオナ先生が立っていた。


「マリーネさん、生徒指導室まで、来てもらえるかね?」


一斉にクラスメイトの視線が集まる。

椅子の背もたれに手をかけながら立ち上がった。

胸の奥が微かにざわつく。


 静まり返った廊下を歩き、着いた生徒指導室。

扉を開けると、そこには銀髪を後ろで束ねた壮年の男がいた。

黒のローブに金糸の刺繍(ししゅう)、そして首元の徽章(きしょう)

副学院長、グリフォルトである。

 重厚な扉が静かに閉まった。


「失礼します」


 一礼すると、グリフォルトはその場から動かずに、

厳しい表情でこちらを見下ろした。


「マリーネさん。先日の魔術演習でこのイラストを使い、

詠唱を行ったのは君かね?」


イラストを見て目を見開いた。

(こ、このイラストが何故ここに!)

 

「……はい。ですが、それはあくまで――」


「答えは“はい”だけでいい」


 グリフォルトの言葉が鋭く遮った。思わず口をつぐむ。

「我々はね、君のような生徒が“瘴気(しょうき)残滓(ざんし)

を用いて魔術を試みたと耳にして驚いている。


君の家柄や成績は重々承知しているが、

あれは魔術学術の禁域に近い技法だ。

何を考えているのかね?」


瘴気(しょうき)残滓(ざんし)……? 

私が描いたのは、

あくまで見た通りのイラストだったのに……)


「ですが……その図形は、正確に写しただけで、危険な意図は――」


「見ただけで写せるイラストの図案を、

“魔法術式”として変換したというのかね?

君は書生か、芸術家か?」


嫌味とも嘲笑ともつかぬ口調。


 徐々に自分がしてしまったことの重大さを痛感し、

恥ずかしさがこみ上げる。

前世のホラーオタクの悪い癖がでてしまった。


「副学院長、マリーネ嬢はあの演習で明確に魔力を発動させ、

混成魔法を行使しています。あの術式に偶然性は少ない。

……ただ、それが即座に罰されるべきかどうかは、別の話かと」


 ゼオナが隣から静かに口を挟む。

だがその声音に、擁護の気配は薄い。


「ゼオナ先生……」


 グリフォルトに視線を向けるも、表情は硬く、

瞳は冷たい硝子のようだ。


「君のような生徒が、不安定な魔術を用いることで何が起こるか、

分かっているのかね。

学院の規律とは、君の個性を守るためではなく、

“未来の魔術士全体”を守るためにある」


 グリフォルトの声が低く響く。


 重く沈んだ空気の中、唇を噛んで黙っていた。

確かに、私は常識から外れた魔法を使ったのかもしれない。

けれど――。

(これは……ただ、写しただけのものだったのに)


 もう一度頭を振る。自分を擁護してしまってはダメ。

今は反省しないと。


 重い足取りで教室に戻ると、視線を合わせずにひそひそと

話し声が聞こえてきた。


 四時限目が終わった後、アリシアは心配そうな顔で机まで寄ってきて


「マリーネなんか元気ない?」

「うん、そうなの。さっきお呼ばれされちゃってね」

「あれかな、この前の魔術実践のこととか」

「そうなの」

「心配ないよ、ゼオナ先生は擁護してくれそうだし!」

「だといいんだけどね・・・・」




 今日の授業は長く感じたがようやく終わった。


帰りの馬車の中で今日の出来事を思い返していた。

結局王太子との恋にうつつを抜かしていたら、

午後はお呼ばれだなんて。


屋敷に戻り、いつものようにベッドにダイブする。

妄想しながら枕を抱いていたら、

ドアの方から駆けてくる足音が聞こえてきた。


バン!


ドアが勢いよく開いたと同時に父のグラナドが入ってきた。


「マリーネ、どういうことなんだ? 

今、セリオス家の方から、霊にまつわるイラストの件が問題

になるようであれば婚約を破棄させてもらうかもしれない、

という一報が入ったんだが」


聞いた途端、ベッドから飛び上がった。


「お父様ごめんなさい、あの~そのイラストを描いたのは事実です。

そして魔術演習の授業でイラストを用いて混成魔法を作ったことも」


「全く、事実だとしたら由々しき事態だ。

私もイラストを確認したが、あれは瘴気を呼び起こす霊だ。

描いたら最期、呪われることになる」


「そんな・・・まだ瘴気と霊についての関係は

あるとかないとかで、はっきりしてないんじゃ?それに・・」


「それに?なんだ?」


グラナドの表情は厳しく威厳があった。


「いえ・・ごめんなさいお父様。

でも必ず王太子様との結婚は成就できるように致しますわ」


「全く、このまま婚約破棄になどなったら承知しないからな」


「はい」


グラナドはドアを強めに閉め、出て行ってしまった。


「イラストを抜き取ったのは誰だろう?」

と疑問を呟く。やっぱりロゼリアかしら・・・


グラナドの表情を思い出すと申し訳なさが込み上げてきた。

一体どうすればいいのかしら。もしこのまま婚約破棄になどなったら・・・


 夕食の時間になり二人と夕食を共にすることになったが、

口数は非常に少なく、食べ終わったらすぐに私室に戻った。


 翌日、学院に向かう際も足取りは重かった。

馬車はもっとゆっくり走ってくれればなあ、

とか事故が起これば・・とか本気で思ってしまう。


 門に向かって登校する生徒を見るとアリシアがいた。

「おはよう、アリシア」

「おっはーって、マリーネあまり元気ないね?」


「うん、いや~そのやっぱりあのイラストが良くなくて、

婚約を破棄されるかもってお父さんに言われててさ」


「え~そうなの!もう!

あのイラスト抜き取ったのって絶対ロゼリアじゃない。

私が問い詰めてやるわ」


「アリシア!だめだよ。逆効果だって。また頑なになるだけだよ」


アリシアは本当に怒ってくれてるようだ。

席に着くなりユグナにもほぼ同様のことを伝える。

「何か力になれることがあれば協力するよ」

「ありがと」

表情から気持ちがすごく伝わってくる。


 昼の鐘がランチの時間を告げ、

隣のクラスからエドアルドが出てこないか待つことにする。

いつものように声をかけてくれるかと思った矢先、


「今日はやめとくよ」

ととれるような表情とジェスチャーで素通りされてしまった。


その瞬間何かが瓦解していくような錯覚に陥った。

後ろ姿を見送りながら昨日までの光景が、

懐かしい映像となり脳裏を通り過ぎていく・・


 覚束ない足取りで四阿(あずまや)に向かい、

アリシアとユグナと一緒にランチを食べた。

二人とも何と声をかけたらいいか分からないといった表情をしている。

「二人とも、ごめんね。心配かけちゃって」


アリシアは

「私たちのことは気にしないで」

と言ってくれた。ユグナも頷く。


 二人に先に教室に戻るように伝え、

エドアルドを探すことにした。


 裏庭を覚束ない足取りでふらふらしていると、

ロゼリアと鉢合わせしてしまった。

勿論取り巻き達も一緒だ。


「あら、今日は王太子様と一緒にお弁当じゃなくて?」

「彼は友達と食べるみたいで」


「彼は、じゃないでしょう。勘違いもいい加減にしなさい!

あのイラスト、あなたが描いたんですってね?」


「そう、ですけど」

「もう、あんな不気味で気持ち悪いイラスト、

王太子様もご覧になったら大変ね~

ましてやそれが婚約者さまだって!」


取り巻きたちも一緒になって笑っている。

「せ、先生にはきちんと謝りましたわ」


「ふっ、それで済むのかしらね。

婚約解消のお話まであるらしいじゃない?

まっせいぜい頑張ってね」


ロゼリアはさらりと金髪を片手でなびかせ、

颯爽と教室に戻っていった。


 エドアルドを探すのは諦め、

暫く呆然と立ち尽くした後、教室に戻ることにした。


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