束の間の癒し
翌日になり馬車で学院へ向かう途中、昨日のことを思い出していた。
明らかに無断で余計な融合魔法を繰り出したのは良くなかった。
反省しないといけない。
そしてもう一つ考えないといけないのは、
ルシエラ王国と霧や瘴気との関連だ。
その歴史は深く、おそらく瘴気や魔獣を呼び起こすような
霧や霊といったものは禁忌とされているのだろう。
学院に行く際、これまで興味本位でイラストを
持参していたけど、もうやめておこう。
エドアルド王太子とは少しずつ話せるようになっている。
今日ももう少し話せると良いのだけど。
そんなことを頭の中でぐるぐると考えていたら、
馬車が学院へ到着した。
「おっはよー!!マリーネ」
「アリシア、おはよう」
「あ、マリーネ、寝癖ついてるよ」
「え、そうなの!?」
「冗談冗談~」
「もう!アリシアったら!」
だいぶクラスメイトとも打ち解けてるけど・・一部の人を除いては。
席についてユグナにも挨拶をした。
午前中はほとんど、治療魔法や薬草や香草についての講義だった。
昼になりアリシアやユグナからランチを誘われたが、
ちょっと用事を思い出してと言って今日はやめておくことにした。
ユグナも不思議がる。
「マリーネ様、今日はお弁当一緒じゃないの?」
「ごめん、ちょっとね」
アリシアが横から口を挟む。
「ユグナ?マリーネは秘密の時間なのよ」
「なるほど」
(バレてるなあ完全に)
教室を出て、隣のクラスの前で待ち伏せする。
「エ、エドアルド様?」
「マリーネか。その様っていうの、よせよ」
「わ、わかったわ。あの~今日ランチでもどう?」
「やっといつものマリーネに戻ってきたじゃん」
「そしたら、裏庭のテラスで待ってるわ」
「ああ、すぐ行くよ」
いつもの四阿は他の生徒がいっぱいいるので、
学園で一番のデートスポットに行ってみることにする。
きょろきょろしながら人がいないことを確認して、
また移動するの繰り返しだ。
良かった~ほとんどいないみたい。
テラスには木漏れ日が差し込み、心地よい風が吹いていた。
暫くすると黒いブロケード織のベストを着たエドアルドがやってきた。
「お待たせ」
「私もちょうど今来たところ」
「隣に座ってもいいかな?」
「うん」
「療養明けは様子が少し変だったけど今はだいぶ落ち着いたね」
「あのときはまだ体調が戻ってなかったみたい」
木の木目が繊細なテーブルにお互いの弁当を広げた。
マリーネの手作りの弁当と、
王宮の厨房で用意されたエドアルドの豪華な弁当。
その差に気圧されて、マリーネはそっと蓋をずらして隠すようにした。
「それ、マリーネが作ったの?」
「え、ええ……ちょっとだけ」
「ちょっとだけって……これ、手間のかかる詰め物料理もあるし、
キッシュみたいな焼き物も入ってるじゃん。デザートまで、すごいね」
エドアルドがにこりと笑い、マリーネの弁当箱を覗き込む。
近い。香水ではなく、洗い立ての髪の匂いがふわりと鼻先をくすぐった。
「そっちの方がおいしそうだな……ちょっとだけ交換しない?」
「わ、私の!? い、いいの?」
思わず声を裏返してしまった。
口を押えて、慌てて取り繕う。
「……というか、王太子殿下のお弁当と私のものなんて、釣り合わないわ」
「エドでいいって言ってるだろ。俺は、マリーネが作ったものが食べたいの」
さらりとした声でそう言われると、余計に困ってしまう。
顔が火照って熱い。手元がふるふると震えて、
フォークを落としそうになる。
「じゃあ、キッシュを少しだけ……」
「うん、ありがとう」
エドアルドが嬉しそうに微笑んで、ひと口。ふと目を細める。
「……ああ、これ。なんか、懐かしい味がする」
「え?」
「母さんが昔作ってくれたのに似てるんだ。優しい味っていうのかな」
そんな言葉を向けられるとは思っていなかった。
胸の奥に、じんと温かいものが広がっていく。
「……よかった。気に入ってもらえて」
食べ終わり歓談をしていたら、
エドアルド王太子がさりげなく体を寄せてきた。
思わず身をよじり、照れ隠しの笑みが漏れてしまった。
周囲を見回してみるが人の気配はなさそうだ。
「初めて合ったのもここだったよな。学院の生活に慣れなくて
泣いていたのを、ここでオレが偶然見かけたんだっけ」
マリーネの記憶によれば、そうだったが緊張で失念していた。
「そうだったわね、あのときは何をやっても空振りばかりで・・
でもそんな私に色々とアドバイスしてくれたわよね」
気づいたときには、エドアルド王太子の左手が私の華奢な腰を抱いていた。
その場の雰囲気に飲まれ右手を王太子の腿の上にのせる。
顔が真っ赤になってるのを想像すると、いてもたってもいられない。
「そうだ、魔術演習の授業はどうだ?
最近隣のクラスで誰か霊の召喚をしそうになったって噂になってたけど」
「……あ、うん。そういう話が、ちょっと、出ていたみたいね」
ふいに視線を逸らす。心臓がどくん、と鳴った。
「私、その……あまり詳しくないから……」
嘘ではない。けれど真実でもない。
王太子は私の動揺を察したのか、それ以上は何も言わなかった。
ただ、私の頬にかかる髪をそっと払って、優しく微笑んだ。
「無理に話さなくていいよ。マリーネが元気なら、それでいい」
……その優しさが、逆に胸に痛い。
(隠しごとは、いつかバレる。けれど……今はまだ言えない)
そう胸の内で呟いて、私は小さくうなずいた。
二人して戻ると注目されるので、私が先に教室に向かうことにした。