波紋
校門で二人に見送られ馬車で帰路につく。
「ふう、今日は目まぐるしかったわ・・」
馬車の窓越しで一人ぶつぶつと呟いていたら、
ロゼリアも下校するところだった。
あら、あのバッグの横にある古びた小さな人形、どこかで見覚えが・・・
視界から外れると同時に記憶の断片と化してしまう。
まだ学院には全く慣れないし、
エドアルド王太子には失礼ともとられかねない
態度を取ってしまった。
右手を胸に当てるとまだじんわり暖かく、
褒められたわけでもないのに、こそばゆい。
屋敷に戻りバッグを放り投げ、ベッドにダイブした。
天井を見上げ、苦笑しながら枕を抱きかかえる。
「甘い恋、いつまで続くんだろうな・・・」
暫くすると侍女のエマがコンコンとノックしてきた。
「お嬢様、学院の方はいかがでしたか?」
「うん、いいこともあれば良くないこともあったわ。
まだ体調が戻りきってないけど」
「まあ、そうだったのですね。
1週間も休まれていたのですから、無理もないです」
夕食の席ではさっそく今日のことを母のレティシアに聞かれた。
「マリーネ、体調は大丈夫?学院はどうだった?」
「まだ慣れないかな。ロゼリアって娘がすごい剣幕だったけど」
「まあ、なんか始めて学院に行くみたいじゃない、
ロゼリアさんはマリーネいつも負けじと言い返してたじゃない?」
「え、ええまあ勿論そのつもりだったんだけど、やっぱり周りの目もあるでしょ?」
「マリーネも大人になったのかしらね、フフっ」
正直に堪えてしまったと言えないのが辛い。
父のグラナドも頷きながらフォークを器用に使い食事をとっていた。
「ところで、エドアルド王太子とは何か話したか?」
「ええ、まあ」
「はは、そうなのか?前は聞かなくてもベラベラ喋ってたじゃないか?」
「体調を心配してくださって。また今度お話しますわ」
「そうか。それならいいんだが」
父の様子を見ながら、もうちょっとお話しないとなと思った。
とにかく王太子との恋路の方は焦らずに進めていかないといけない。
それに学校の勉強も大事だ。
私室に戻りお風呂の準備をする。普段は私室のお風呂に入っているが、
今日は気分を変えて屋敷の大風呂に行くことにした。
重厚な扉を押し開け、脱衣所でドレスや下着を脱ぐ。
その際いつもの癖で嗅ぐと香水の匂いがふわっと残っていた。
「え!? なんか恥ずかしいな……?」
最初プールみたいな感じを想像していたが、
広い大理石張りの部屋に浴槽がポンと置かれていた。
湯船のふちに腰を下ろし、そっと足を入れる。温度は完璧。
贅沢な湯がふくらはぎを包み込むだけで、じわりと緊張がほどけていく。
全身を沈めると、思わず息が漏れた。
「ふゥ……」
しなやかで長い手足を浴槽の外に投げ出す。
こうやってぼーとしていると何もかも忘れてしまいそうだ・・
浴槽から出て優しくタオルで拭いていく。
淡いローズピンクの柄のパジャマに着替えたら寝室に戻り明日の準備を始めた。
---一週間後---
少しずつ学院生活にも慣れ始めた。
相変わらずアリシアは天真爛漫だし、
ユグナはちょっと無口だけどたまに見せる笑顔が可愛い。
だけどロゼリアは対抗心を燃やしてる。
今日は魔術実践やら薬草の扱い方といった授業で目白押しだ。
授業前ユグナと軽い雑談を交わした。
最初はぎこちなかったけど彼女の趣味は読書とのことだった。
とりわけ恋愛小説だったが「霧」とか変わった超常現象にも興味があるらしい。
お気に入りの恋愛小説や超常現象にまつわる本を紹介してもらった。
超常現象と言えば前世の綾瀬真夜にとっては十八番である。
そこで
「今度屋敷に遊びに来ない?」
と誘ったところ目を輝かせて応じてくれた。
「行きたい・・ですわ」
だってさ。
午前中さっそく魔術実践の授業があった。
この一週間でおよそ自分が得意な魔法がつかめてきた。
私はどうも火系属性魔法の扱いに慣れているようだ。
ちなみにユグナは風、水系のようだが、
代々魔力量が多いらしくどの属性も操れる。
アリシアはどちらかというと物理攻撃が得意で、
魔法理論や実習は苦手のようだった。
実は以前から試してみたいことがあった。
以前描いた「瘴気」のイラストから術式を導き出し魔力と合成、
そして詠唱まで行えれば面白い魔法を繰り出せるのではないか、
というものだった。
さっそくゼオナ先生が実践を担当することになった。
最初はまず先生がお手本を示し次に生徒が実践していく。
いよいよ私の番となった。
ノートに貼りつけたイラストの上に手を乗せ術式を紡ぎだしていく。
「……構造は逆五芒星。そして補助線は、火の属性で強化できる。ならば……。」
瞳がわずかに赤く染まった。
火精霊の加護が魔力に反応し、両手に赤い燐光が集まり始める。
「これを、私の“火”に織り込む──!」
空中に新たな術式を描いた。瘴気の術式に重ねるように、
火のルーンを組み込む。重なり合った術式が淡く赤黒い光を帯びて震えた。
──術式融合、完了。
「燃え上がれ、断罪の灯!」
叫びと共に、地を割るような轟音が響いた。
魔方陣の中心から赤黒い炎が吹き上がる。
通常の火とは異なる、冷たく、しかし凄絶に燃え盛る闇炎。
クラスから一斉にどよめきが上がった。
「な、何いまの!? すげえ」
「マリーネ嬢だよね、あの魔法使ったの」
「最初、なんかどす黒い、霊!?みたいなの出なかった?」
「瘴気と何か、関係あるんじゃないか・・」
好意的なものもあれば疑問や批判のようなものもある。
ちょっとやりすぎちゃったかな・・・
席に戻るとユグナもどうやったのよ!?と視線で聞いてくる。
ところがゼオナ先生は眉を寄せて黙っていた。
「いけませんな・・・これは・・」
「マリーネさん、すさまじい威力じゃった、それは認める。
しかし言われた通りに行わず、
瘴気を呼び寄せるようなことをしてはいけませんな」
「先生、申し訳ございません」
「まあ、聞き分けがある子じゃし今回は良かろう。ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」
ユグナは横でゼオナ先生の寛大さにほっとしていたが、
厳しい表情もしていた。
「マリーネ様も・・ちょっと、無自覚では?」
「そ、そうだよね、ごめん」
ロゼリアは教室を出るとき、してやったりといった顔をしていた。
そしてこのときの私は学院に持ってきていた
瘴気のイラストの1枚が抜き取られていることにまだ気づいてないのだった。