初恋
お昼になりアリシア、ユグナとお弁当を食べに教室をでた。
「マリーネ様とお弁当♪ マリーネ様とお弁当♪」
アリシアはいつもこんな調子で、ユグナは黙々と歩く。
四阿はあまり生徒もおらず、悠々と席を取れた。
お弁当を開けるとパンや仔牛のロースト、デザートが入っていた。
二人のお弁当も豪勢な洋食だった。
暫く食べていたら後ろに人影を感じた。
アリシアとユグナも、少しニヤリとした表情で後ろを見るように促す。
そこには春の風に艶のある銀髪をたなびかせながら、
長身の青年がゆっくりとこちらに向かっていた。
しなやかな背筋に落ち着いた立ち振る舞い。
「エ、エドアルド王太子・・」マリーネが口にすると
「食事中失礼、マリーネ心配したよ。体の方は大丈夫かい?」
アリシアとユグナは慌てて片づけを始める。
「あ、あたしたちはもう食べ終わったから・・ごゆっくり・・・」
「ほら、ユグナ、行くよ!」
「は、はい!」
「ちょ、二人とも・・・」
二人はいつの間にかそそくさと教室に戻ってしまった。
二人きりになりどこか落ち着かない。
(ど、どうしよう!?こういうの慣れてないんだけど!)
上目遣いに見上げ、エドアルド王太子の薄紫の瞳と目が合った瞬間
視線を反らしてしまった。
「う、うん、だいぶ体調は戻ったかな」
「無理はするなよ」
エドアルド王太子は少し不思議そうにしながら
「横に座ってもいいかな?」
「え、ええ、大丈夫よ。エ、エドアルド王太子は授業はどうだったかしら?」
「ん、あーいつも通りだったよ、テストも簡単だったし」
「そ、そうなんだ。すごいね」
暫く二人で茂みから見える噴水を眺めていたら
そっと肩を触れた感触がする。
「あっ」と小声ででてしまう。
俯き加減に顔が火照るのが分かり、同時に脈も速くなった。
異変に気付いた王太子は少しためらいがちに
「オレがいきなり来たのが良くなかったのかな。また声かけるよ」
「ええ、ありがとう」
王太子は少し落ち着いたことを見届けると教室の方に戻っていった。
見られていないかきょろきょろしていると
右前方の茂みからさっと人影が動くのを感じた。
暫くすると動悸も収まってきたが、同時に申し訳なさも感じる。
今日の態度が気に食わないって言われたらどうしよう・・・・
予想していたが、教室に戻ると一斉に視線を感じた。
しかしひと際厳しい視線を送る令嬢がいた。ロゼリアだ。
侯爵家の娘となるとこうも注目されるのね。気が休まらないわ。
エドアルド王太子は隣のクラスだったのでそれが唯一の救いだったかもしれない。
放課後になり、ロゼリアが振り返り気味に冷ややかな視線を向けてきた。
教室を出ようとすると
「あら、マリーネ嬢じゃない!? その恰好、どういう風の吹きまわしかしら?」
「ロ、ロゼリア様、えっと・・」
「ちょっと! 聞いてるのは私なのよ」
「療養明けでまだ慣れてないので、ちょっと控えめにしようかと」
「ふんっ 王太子様の気を引こうってわけね。あなたらしいわ!」
まずい、いつの間にかちょっと教室の隅の方に追いやられてしまった。
大声を張り上げているので周りからもどよめきが上がる。
「わたしは、そんなつもりじゃ」
「ごまかそうとしても無駄なのよ。
あなたなんかより私の方がよっぽど相応しいじゃない?
なんであなたなのかしら?」
目の前に立ち、鬼の形相で威嚇してくるロゼリアは、
クラスでも目立つ存在でいわばリーダー格だ。
長い金の髪を綺麗に巻いて、目鼻立ちもパッチリとした美人。
さすがに名門伯爵家の娘といった風格を漂わせている。
彼女のとりまきたちと共に時折こうやって絡まれることがあるのだ。
後ずさりしていたら背中を壁に預け、取り囲まれてしまった。
ロゼリアの右手が宙を切り壁に当たった。
ドンッ
「ヒッ」
声が震えそうになるのを必死で抑えて、唇を噛みしめる。
「王太子様と別れなさいよ!」
音で異変に気付いた教師が立ち止まって教室を見まわした。
「くっ、今日はこのくらいにしておくわ!」
ロゼリアはいらいらしながら足を地団駄すると
他の女生徒と共に教室をあとにした。
ふうと一息入れて集まったギャラリーに向かって「もう終わりよ」と目くばせする。
アリシアが心配そうに声をかけてきた。
「ロゼリアったら、なにもあんな人前で堂々と大声あげなくてもねー!
絶対、嫉妬よ」
ユグナもぼそっと
「言い方がね、ちょっと」
「二人ともありがとう。いつものことだから、気にしてないわ」
と言ってみたものの内心では、かなり堪えていた。
身分的なことを考えれば出過ぎた発言は印象悪くなるし難しいところね。
アリシアが声をかけた。
「今日はいろいろあったね。ロゼリアがあの剣幕で怒ったとき
いつものマリーネなら言い返すかと思って・・ごめんね」
「ありがとう。療養後でいきなりだったからね・・」
でも前世でこんな友人がいたらどんなに幸せだったろうか
と思わずにはいられない。
学生のときはクラスの隅で弁当を食べ、
社会人になってからも最初は連れ立って食べていたが
いつの間にか一人で弁当を買いに行っていたのだから。