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クラスメイト

 侯爵家の紋章が入った馬車が、整備された石畳の道を軽やかに進んでいく。


 朝の光がステンドガラスの窓越しに差し込み、

肩先で揺れるサファイアのイヤリングがきらりと光る。


「ふぅ……なんだか、服のせいで背筋が余計に伸びるわね」


 胸元のリボンを指でそっとなぞりながら、ため息交じりに呟いた。


 自分で選んだ地味なコーディネートに、

エマが彩りを添えてくれたことで、

どこか浮ついたような気恥ずかしさがあった。


馬車が学院前のロータリーに停まると、門の方から元気な声が飛んできた。


「マリーネ! おっはよー!」


 田舎伯爵家の令嬢、アリシアだ。

比較的小柄でピンク色の長髪を左右で結わえている。


彼女は心底ほっとした顔で私の手を握った。


「大丈夫なの? ずっと寝込んでたって聞いて……無理してない?」


「……ええ、大丈夫。お医者様の許可も出たわ」


「そっか……でも顔色、まだちょっと白いよ。無理しすぎちゃだめだからね?」


 その真っ直ぐな優しさに、私は少し言葉に詰まった。

普段おしゃべりで元気なアリシアが、こんなに真剣な顔をしてくれるなんて。


「ありがとう……でも、もう大丈夫よ。

ずっと家にいて退屈だったから、むしろ気分転換になりそう」


「ふふっ、じゃあ今日は特別に歓迎の日にしよう!

あ、でもちょっと待って。なんかマリーネ、雰囲気変わった?」


アリシアの視線が、服装に止まる。

控えめなグレイッシュブルーのドレスに、胸元のリボン。

少し高めのヒールに、艶やかなイヤリング。


「え? そ、そんなことないわよ」


「いやいや、あるある! なんかこう、落ち着いてるっていうか、

しっとりしてるっていうか……貴族令嬢って感じ。

ちょっと綺麗になったっていうか」


「そ、そうかしら……?」


自分で選んだ服にエマが手を加えただけなのに、

そんな風に言われると妙に照れくさい。

頬がほんのり赤らむのを感じ、そっぽを向いた。


「うふふ、赤くなってる〜! やっぱり何かあったんでしょ〜?」


「な、ないってば……!」


からかうアリシアの笑い声が、青空の下に明るく響いた。


私は思わず笑みをこぼしながら、学院の門をくぐった。


 教室に入るなり席につきおもむろに一時限目の教科書を広げた。

暫くすると周囲からひそひそと囁きかわす声が聞こえてくる。


「マリーネ嬢、何か変わったかな」

「なんかちょっと落ち着いたね」


 ある程度好意的なようで胸を撫でおろした。

顔を上げるとグレーがかった黒髪

をポニーテールにした令嬢が教室に入ってくるのが目に映った。


「おはよう。ユグナ」


 マリーネの記憶によればユグナよりも

アリシアと話すことの方が多かったようだ。

まあ性格的なことを考えれば頷ける。

でもユグナは前世の私とどこか似ていて、

魔術オタクっていうのも興味が湧くし、

これからはユグナと仲良くなるかもしれないなと勝手に想像していた。


「あの、マリーネ様・・・・ですよね?」

「はい、いかにもマリーネ・ド・グラナドですわ」

「クスッ 口調もなんだか・・・雰囲気が変わられたのですね」

「ええ、ちょっとした気分転換ですの。ユグナから見てどうかしら?」

「似合ってらっしゃいますわ。っていうかもうその口調やめてよ。そういえば・・体調は大丈夫なの?」

「うん、大丈夫」


幸運にもユグナは隣の席だった。

教科書と一緒に偶然持ってきた先日描いた瘴気のイラストに興味深々だ。


「これマリーネが描いたの?」

「うん・・・屋敷にあった図書を参考にしてみたのよ」


ユグナはいつの間にかイラストを手に取りクルクルと回したりしている。

(こりゃ、想像以上だな・・やっぱりオタクはこうでなくっちゃ)


で1時限目は「理数・・・魔術・基礎理論」・・・・

よりによってなんで1時限目からなのかしら・・


「こほん……席につきなさい、諸君」


ドアを静かに開けて教室に入ってきたのは、銀髪交じりの髪をきちんと撫でつけ、

深緑のローブを纏った穏やかな眼差しの老教師。

少し丸みのある頬と、落ち着いた声。


「え……尾崎さん?」


思わず小声で呟き、自分の言葉に内心どきりとし、慌てて視線をそらした。


(……違う。もちろん、あの館の案内をしてくれた初老の男性に似てるだけ)


けれど、その微妙に猫背で手を組みながら歩く所作、少し乾いた咳の音。

確かに、転生前の世界で「ベラローセ館」を案内してくれた尾崎さんの面影があった。


「わしはゼオラ・ミストグレイン。学院で理数魔術を担当している」


黒板に魔術で名前を走らせながら、ゼオラは続ける。


「ちょうど侯爵令嬢マリーネが復帰したところですので、

皆さんの理解度を確認するため――抜き打ち小テストを実施します」


「ええー!?」

というクラス全体の叫びを背に、テスト用紙が一人一人の机に配られていった。

問題をざっと見た私は、早くも苦笑を漏らしていた。

(……えっと一番難しい問題で三角関数の基礎か)


(封魔陣って、こっちでは三角関数を応用してるのね……高校の数II、懐かしい)


さらさらと羽ペンを走らせ、特に迷うこともなく解を導き出した。


ゼオラが私の答案を一読し、眼鏡の奥の瞳がわずかに見開かれる。


「……ふむ、素晴らしい。マリーネ嬢、見事な解法だ。

実に論理的かつ正確。復帰早々とは思えませんな」


生徒たちがどよめく。前の席のアリシアが、驚いて振り返った。


「ちょ、マリーネ、すごすぎじゃない!? いつからそんな数学ガールだったのよ!」


「え、いや……前に少しだけ読んだのを覚えてたというか……」

(前世で何度も解いたからね……)


隣のユグナも驚いてこちらに顔を向ける。


私はそう内心で苦笑しながら、再びゼオラに目をやった。

――やっぱり、どこか尾崎さんに似ている。その人柄までも、少しだけ。


思わぬ喝さいを浴び、恐縮をしていたら教室のどこかから冷たい視線を感じた。


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