淑女の装い
朝の日差しが、薄桃色のカーテンを透かして部屋に差し込んでいた。
白いレースのカーテンをふわりと開けると、
柔らかな日差しがベッドを優しく照らした。
1週間の療養を終え今日は魔術学院の登校日だ。
(学院に行く服装をどうするか・・・だな)
今クローゼットにある服をざっと数えても50着以上はあり、
数に圧倒されて右往左往していた。
これだけあれば自分だけで決めても十分じゃないかしら。
そこでエマが来る前に試着してみることにした。
「服くらい、自分で選べるし……」
ぽつりと呟いて、クローゼットの前に立つ。
上質な絹や刺繍の細工が目を惹く中、ひとつひとつ吟味しながらも、
どこか落ち着かない。
(華やかすぎるのはいや……でも、地味すぎても浮くし……)
結局、選んだのは、淡い青に白いレースの縁取りがついたドレス。
どことなく修道女の制服にも似たその服は、
清楚というよりは「慎ましい」を通り越して少々“地味”だった。
「髪か……今日は自分で結ぼう」
あえて侍女を呼ばず、ドレッサーの前に座る。
後れ毛を残さぬようきっちり編み込み、飾りは控えめなパールのリボンひとつ。
(よし、三つ編みハーフアップ。……たぶん)
と、頷いてはみるが、どこかぎこちない。
化粧も同様だった。
ローズ系の香油に手を伸ばし、唇にそっと色をのせるが──
「……濃い。いや、薄い? ん……?」
鏡の中の自分ににらまれ、結局は色味を薄めすぎ、
結果としてほとんどすっぴんに近い仕上がりに。
肌の透明感は悪くない。が、少々ぼんやりとした印象が否めなかった。
傍から見れば、地味な青に控えめな髪。
(いいんじゃない、これで・・)
慣れないしやっぱり少し不安かもな。
でも、改めて鏡の中の自分を見つめると、
そこにはかつての地味な喪女ではない姿があった。
白磁のような肌に、伏し目がちな目元。
しなやかで、気品が漂うご令嬢だ。
姿見を見ながらぶつぶつと念仏のように呟いていたら、
控えめに扉がノックされ、侍女のエマが入ってきた。
「お嬢様? ……って、あらまぁ」
その手には朝食前の紅茶のトレイ。
しかしマリーネの姿を見るなり、彼女は半歩立ち止まり、目を瞬かせた。
「まさか、お出かけの準備……それで全部お済みになったんですか?」
「ええ、今日は自分で選んでみたの。学院は貴族の子弟ばかりだし、悪目立ちしないようにって……」
「ふむふむ。そうですねぇ……その気持ちは立派ですけど」
エマは口元に笑みを浮かべながら、
トレイをサイドテーブルに置き、さりげなくマリーネのまわりを一周した。
その様子はまるでベテランの仕立て屋か、舞台衣装の確認をする演出家のようだった。
「……お嬢様って、以前はもう少し華やかなお色がお好きだったような? お忘れかもしれませんけど、ピオニー色のドレスに金の髪飾りを合わせて、ダンスの練習もしていたこと、わたくし覚えてますよ?」
「う……」
その頃の“マリーネ”とは中身が違うとは言え、少し気恥ずかしさを感じてしまう。
エマはニコニコとしながら、マリーネのリボンをふわりと外した。
「でも、今のも悪くはないです。むしろ、お嬢様らしい慎みが感じられて。
だからこそ、ほんの少しだけ、華を添えてみませんか?
……たとえば、これなんて」
そう言ってエマが取り出したのは、薄紫とシルバーのリボンだった。
落ち着いた青のドレスに合わせると、控えめながら光沢が映える。
「さりげなく品が出ますし、お顔まわりに明るさも足せます。さあ、結び直しますね」
テキパキと手を動かすエマは、髪の編み込みに緩やかなふくらみを持たせ、リボンをさっと結ぶ。
鏡を見ると、先ほどよりも少しだけ華やかな、
けれど派手すぎない仕上がりになっていた。
「……あ、前よりも、可愛い気がする」
ぽつりと呟くと、エマはくすっと笑ってうなずいた。
「それから、お嬢様。ドレスが落ち着いているぶん、
アクセサリーでバランスを取りましょうか。
この小粒のサファイアのイヤリング、お嬢様の瞳とおそろいで素敵です」
そして、足元にはアイボリーにほんのり光沢のある、ヒールの靴。
「学院の階段でも歩きやすくて、それでいて女性らしいヒールです」
鏡の中の自分は、先ほどよりも少しだけ誇らしげだった。
「おはようございます」
食堂に足を踏み入れたマリーネは、背筋を正して挨拶した。
窓辺から差し込む朝の光が、サファイアのイヤリングを柔らかく照らす。
「……ん、マリーネか?」
先に席に着いていたグラナド侯爵が目を瞬かせた。
新聞から顔を上げた彼は、普段とは違う娘の雰囲気にしばし言葉を失う。
「ずいぶん……落ち着いた装いだな。いや、似合っておる。だが急にどうした?」
その隣でカップを持っていた母も頷いた。
「ええ、本当に。今朝は少し顔色が柔らかいわ。
……体調は大丈夫? 無理はしていないでしょうね?」
マリーネは、椅子に腰を下ろしながら微笑んだ。
「ええ、おかげさまで大分良くなりました」
両親の視線に、少しだけくすぐったさを感じた。